年末年始は、ブラタモリのほか、お城、ピラミッドを特集した番組を見て、正月気分は皆無。誰とも「よいお年を」「明けましておめでとうございます」を言ってない。ま、年末年始は猫には関係ないし。
そのピラミッドの番組を見て初めて知った話(としよりに、なってもしらぬ、ことばかり(季語のない五七五を川柳という(これも初めて知ったこと)))。ピラミッドは、今では、巨石が向きだしででこぼこしてるが、創建当時は化粧石で覆われていて、白くてつるつるだったという。てっぺんは金色だったという。
そう言えば、日本の古墳も、今では木々に覆われて小山のようだが、完成当時は木など生えてなくて石がむき出しでピラミッド同様「巨大建造物」の趣きだったそうな。
木はあっという間に生えるからなー。明治神宮も100年前は荒野で、木を植えるところからその歴史が始まったそうな。それが今ではあのような鬱蒼とした森になるのだから木の成長は速い。私の奥地の家の庭は、庭の草木をすべて伐採したが、2か月後にはかなり草がはえてきた。
そのうち、切り株から芽が生えてくるのだろうか。自分が伐採を経験したものだから、現住所のお向かいの家が一年に一度伐採をするのもこれまでと違う目で見るようになった。おっ、随分切ったなー、てな感じである。
因みに、前方後円墳はなぜ角張った方が前で丸い方が後ろなのかという疑問に対して、かつてどこかの専門家がテレビで「理由はない」と言っていた。その通りなのだろうか。それとも、理由を語る専門家もいるのだろうか。
文化遺産の今昔の話をもう一つ。奥州藤原氏が創建した中尊寺金色堂のことである。金色堂は、昭和の時代に大修復をする前は、金箔ははがれ、痛みもひどく、かなりくたびれた姿であった。それを大修復によって金ぴかにしたのである(それからさらに半世紀経ったので、最近も修復をしたそうである)。ところが、くたびれた姿を見慣れた人の中には金ぴかになってありがたみが減った感じを持つ人がいて、それを言う人もいたらしい。古いモノは古ぼけて見えてこそありがたい、ということなのだろう。私が通った高校のある先生は、そういう意見に異を唱えて「創建当時は金ぴかだった。その当時の姿が再現し、それを見ることができることこそありがたい」と言っていた。
金色堂を昔のように金ぴかにしたのなら、古墳も草木を伐採して昔の姿を蘇らせよう、という話になっても不思議はないように思うが、そうした話は寡聞にして聞いたことがない。
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