とり天とずる天の話をした流れで「もろ天」の話をすることになった。「もろ天」とは、シュッツやバッハが音を付けている旧約聖書の詩編19「もろもろの天は神の栄光を語り継ぐ」の省略形である(多分「もろ天」などと言っているのは私だけである)。もともとはヘブライ語だが、シュッツやバッハの曲の歌詞のドイツ語でしか知らない。それは「Die Himmel erzählen die Ehre Gottes」である。以下は、このドイツ語歌詞についての私の誤解の歴史である。無知の告白であるが、ブログのためであれば、恥を恥と思わない私である。
【名詞の性】私は、当初、「天」を表す「Himmel」を女性名詞だと思っていた。「Die Himmel」の「die」を女性名詞の定冠詞だと思ったのである。言い訳をすると、ドイツ語を習うとき、名詞は冠詞付で覚えなさいと言われる。男性名詞なら「デア○○」、中性名詞なら「ダス○○」、そして女性名詞は「ディー○○」と言った具合である。そんななか、この曲をいつも「ディー・ヒンメル」と呼んでいたものだから、「ヒンメルは女性名詞」だと思ってしまったのである。だが、ドイツ語の素養があればそんな誤解はしなかった。なぜなら、「Die Himmel」に続く動詞「erzählen」(語る)の語尾の「en」は主語が複数であることを表している。すなわち、「Himmel」は単複同形であり、「Die」は女性名詞の定冠詞ではなく複数名詞の定冠詞だったのである。このことをしっかり理解できていれば「Himmel」が女性名詞であるなどという早とちりをせず、しっかり辞書で確認して、「デア・ヒンメル」、すなわち男性名詞であることを認識したはずである。ドイツ語をきっちりやる前にこの歌を歌ったことによる悲劇(喜劇)でもある。さらに、ドイツ語の素養がもっとついていれば「Himmel」の「mel」はいかにも男性名詞っぽいと感じたはずである。
【複数の天】そうか、「天」が複数であることを表すための「もろもろ」なのか。たしかに、普通、日本語で複数を表そうと思ったら「達」を付けたりするが、「天達」(てんたち)ではいかにもしまりがない。これを「あまたつ」と読むと、朝の番組で何十年も天気予報をされている気象予報士さんになる。
ちょっと脱線するが、「お友達」が複数の場合は「お友達達」になるのだろうか。いやいや、そもそも日本語の名詞は単複同形であった。お友達が一人でも100人でも「お友達」だと今書いてて思った。因みに「友達100人できるかな」って童謡があるが良くないと思う。友達が100人いなければいけないみたいな印象を与えかねない。友達なんかいなくても生きていけると教えた方がずっとタメになる(と私は思う)。
諸外国語では「Die Himmel」をどう表現しているかというと、英語では複数形の「s」を付けて「the heavens」。なるほど。それから、中国語では「諸天」。もろ「もろもろの天」である。
問題は、「天」が複数あるとして、そのイメージである。「天」は一個だと思っていたが、あえて複数というのなら、私は、それを「東の天」「西の天」と言った具合に横の連なるイメージを持っていた。「足立区の天」とお金持ちの棲息地である「世田谷の天」と言った具合である。
こうした天達(てんたち)が、横に向かって神様の栄光を語る、というイメージである。
だが、仏教の天は、上下にいくつもあるらしい(光瀬龍原作を基に萩尾望都が書いた「百億の昼と千億の夜」にそんなイメージ図があったと思う)。すると、こんな感じである。
果たして、横なのか、上下なのか。と思案しているところに、鍵となるかも知れない情報がもたらされた。アブラハムの宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)には「7つの天国」という概念があるという。これは、天使の住む階層を表すという。「階層」と言うと、上下っぽいなー、との浅知恵を働かせるワタクシである(そもそも、そういう三次元的なイメージでは計り知れないモノなのかもしれない)。
【die Feste】「もろもろの天」については分かった(分からないということが分かった)。誤解はまだあった(誤解は続くよどこまでも)。続く歌詞の「Und die Feste verkündiget seiner Hände Werk」(die Festeは御手の業を告げる)についてである。私は、当初、「die Feste」は「大地」だと思っていた。と言うのも、「fest」は「硬い」という形容詞で、それが名詞化して「die Feste」になったものだから、これは硬いモノに違いない。すると大地だ、と思ったわけ。ミサの通常文の「空には栄光、地上には平和」にも影響されただろう。ところが、御手の業を告げるのは「大空」だった。昔の人は、天空をドームのように考えていた。われわれが住む大地がすっぽりと東京ドームのようなドームに覆われているイメージである。ドームだから硬いのである。硬いからアトラスは汗水垂らしてこれをかついているのだろう。