全女の専属カメラマンになったばかりの私に、朗報が舞い込んだ。「12月にグアムで興行があるんだけど、撮影に来てほしい」と松永社長から撮影依頼がきたのだ。当時20歳、海外に行ったことなど無く、「こんな重要な仕事を任されて、大丈夫だろうか…」と、プレッシャーを感じたが要望には応えなければならない。カメラマンの仕事では、試合などを撮影したポジフィルムを現像して事務所に持参していくたびに、5万円のギャラを . . . 本文を読む
▲自宅を初めて雑誌で見せた。
▲ドス・カラスとの特訓風景も茨城さんの成せる業。
▲ALLLのベルトを巻いた勇姿。
今回はあのW★ING茨城清志代表が、海外通信員時代に撮影された写真の中から何枚か紹介しよう。茨城さんは月刊プロレスの編集者を経て、単身アメリカに渡り通信員となったこの世界の先駆者だ。「華麗なる世界」のパート2では巻頭から自宅を披露したり、ドス・カラスとのトレーニングも公開し . . . 本文を読む