馬場さんが亡くなって今日で10年を迎える。私は確か、アルシオンの大阪大会の会場でその悲報を聞いた記憶がある。馬場さんが生きていたら、これほどの他団体にはならなかったし、いろいろな意味で秩序が守られていたと思う。
実は私がプロレスを好きになった時、一番好きな選手は馬場さんだった。みんなが、アントニオ猪木の方がカッコいいと言っても、私は猪木は好きではなかった。何かキザに見えたし、プロボクシングの西城正三とダブって見えたからだ。西城はシンデレラボーイと言われ、海外で世界フェザー級王座を獲得したが、カッコつけに見えた。猪木も派手なパフォーマンスが妙に目立っていた。その点、少年の目には馬場さんは誠実そうに映ったのだ。
16文キック、32文ロケット砲、やしの実割り、水平チョップ、脳天チョップ…そしてジャイアント・バックブリーカーに、ランニング・ネックブリーカー。大きくてダイナミックな馬場さんは、強豪外国人から日本マットを守ってきたのだ。
全日本プロレスを設立した時は、知名度のある外国人選手をこれでもかと招聘した。外国人に魅せられていた私には、馬場さんの手腕を絶賛したのだ。仕事での接点は全く無いが、馬場さんは常に雲の上の人でいい。馬場さんの全盛期を存分に見られただけで、これが財産なのだ。私が初めてサインを貰ったレスラーも馬場さんだった。千葉のデパートでサイン会が行われ、ここに載せたサイン入りブロマイドを手にしたのだ。
実は私がプロレスを好きになった時、一番好きな選手は馬場さんだった。みんなが、アントニオ猪木の方がカッコいいと言っても、私は猪木は好きではなかった。何かキザに見えたし、プロボクシングの西城正三とダブって見えたからだ。西城はシンデレラボーイと言われ、海外で世界フェザー級王座を獲得したが、カッコつけに見えた。猪木も派手なパフォーマンスが妙に目立っていた。その点、少年の目には馬場さんは誠実そうに映ったのだ。
16文キック、32文ロケット砲、やしの実割り、水平チョップ、脳天チョップ…そしてジャイアント・バックブリーカーに、ランニング・ネックブリーカー。大きくてダイナミックな馬場さんは、強豪外国人から日本マットを守ってきたのだ。
全日本プロレスを設立した時は、知名度のある外国人選手をこれでもかと招聘した。外国人に魅せられていた私には、馬場さんの手腕を絶賛したのだ。仕事での接点は全く無いが、馬場さんは常に雲の上の人でいい。馬場さんの全盛期を存分に見られただけで、これが財産なのだ。私が初めてサインを貰ったレスラーも馬場さんだった。千葉のデパートでサイン会が行われ、ここに載せたサイン入りブロマイドを手にしたのだ。