第9弾をお届けします(直近2回分へのリンクを文末に貼っています)。今回のネタ元は、時折、利用させていただいている「読むクスリ」シリーズ(上前淳一郎 文春文庫)です(文末に簡単な書誌を付記しています)。第19巻の「神の結びたまいし」に拠り、お届けします。我ながらよく続いているシリーズに、どうぞお気楽にお付き合いください。
★ 回文名前★
鳥取県内の農協に勤める四門勝代さんの姓は珍しい上に、実は、上から読んでも下から読んでも「よつかどかつよ」。
JR勤務のご主人と見合い結婚をして20年近く。「結婚式の1週間くらい前、これから名乗ることになる新しい姓の下に、子供のころからの自分の名を書いてみたんです」(同書から。以下の発言も)
そこで上下どちらか読んでも同じことに気づいてびっくりしたそう。でも、恥ずかしいようで、新婚時代はなるべくカナで書かないようにしていたといいます。
でも、二人の子供たちに手がかからなくなり、農協へ勤めに出るようになってから、自分の名前を売り込むことの大切さを知りました。「たとえば預金や年金加入の勧誘には、組合員の方たちにまずこちらの名前を知っていただかなくてはいけないんです」というわけです。そこで、打って変わって積極的なPR作戦を展開しました。
「よつかどかつよ、でございます。預金のご用は、上から読んでも下から読んでも同じこの私にぜひ・・・・」のように。これが大いにウケて、わざわざ農協を訪ねて来る人たちが現れるようになりました。「すごいのう。日本一の名前じゃよ」と言う人まで登場。
「いいえ、広い日本のこと、三門勝美(みつかどかつみ)さんという方もいらっしゃるかもしれません」と応じたのが、またウケて、座が和んだといいます。たまたま回文になる自分の名前を仕事に活かせたのも、このユーモア精神があったればこそ、と感心しました。
★同姓同名夫婦★
四門勝代さんの知人で隣町にあるキリスト教会の河口秀さんは、夫人の名もまったく同じ「秀」さん。ご主人は「まさる」、奥さんは「ひで」と読み方は違うのですが・・・
この教会に来て20年。地元では有名なご夫婦ですが、住んで間もない頃には、こんなエピソードがありました。
「二人揃って選挙の投票に行った時のことです。まずぼくが町役場から送られてきた入場券を渡して投票用紙をもらい、次に家内が入場券を出したら、選管の人があわてちゃったんです」
先に出した入場券と同じ名前ですから、奥さんの入場券に間違えてご主人の名前を印刷してしまった、と勘違いした係員たちが騒ぎ出しました。奥さんは投票できるのか、と額を寄せて相談しています。ご主人は「おかしくて仕方ありませんでしたが、真面目な顔で説明しまして」
事情がわかって、奥様は無事投票を済ませ、係員も胸を撫でおろしました。この1件でいっぺんに役場に存在を知られて、それ以来、不便を感じることはなくなったそう。
人口1万足らずの町のこと。銀行や郵便局でも同姓同名の牧師さん夫婦のことはよく知られていて、通帳の混同はありませんでした。それでも、うっかりルビを振るのを忘れて預貯金すると(当時は窓口で手続きするのが普通でしたから)「今日の分は、ご主人、奥さん、どちらでしたっけ」などと、あとで電話がかかってくることもあったとのこと。
おふたりは、大阪・寝屋川で育ち、地元のキリスト教会で知り合いました。同じ漢字の一字名とわかって親しくなり、1968(昭和43)年に結婚。「神が作り給うた縁というべきだろう」との著者の思いが、コラムのタイトルになっています。
さて、結婚の翌年、長女が生まれてから、もともと熱心なクリスチャンであった奥さんは神学校へ行きたいと言い出しました。まさるさんも一念発起して公務員を辞め、神学校に通い、牧師になったのです。四門さんが住む町の教会に赴任したのは、1973(昭和48)年のこと。勝代さんの親戚がこの教会に通っていた縁で、翌春の彼女の結婚式には牧師夫婦が招かれました。
とはいえ、夫婦で同姓同名だと、ちょっと困ることもあるようです。3人の子供さんが通っている学校からは、両親の名前が同じになっている、とお叱りの電話がよくあるとのこと。別々に所得税を申告したのに、一人の収入とみなされて、高い税金を取られたことも。
困るのは手紙で、開けてみるまでどちら宛かわかりません。「親しい友人は、ルビを降ってきますけどね」なるほど。中には二人宛の手紙をこう1行で片付ける友人もいるといいます。
(河口秀)X2 様
戸惑いながらも温かく接する周りの人たち。そして、ちょっとしたトラブルも楽しんでいるかのごときご夫婦の姿に心が温かくなりました。
<付記>「読むクスリ」シリーズは、1984年から2002年まで、著者が週刊文春に連載したコラムを書籍化したものです。企業人たちから聞いたちょっといい話、愉快な話などを幅広く紹介しています。文春文庫版は全37巻です。