1ヶ月ほど前、なにげなく新聞のテレビ欄を見ていると、夜の10時の時間帯に、Eテレでちょっと気になる番組が目にとまりました。「ダークサイドミステリー E+」との番組タイトルに続けて「陰謀!?タイタニックは沈められた?謎の真相に迫る」とあり、なかなかそそります。天下のNHKですから、まんざら根も葉もない中身でもなかろうと付き合いました(2022年4月19日放映)。果たして陰謀はあったのか、なかったのか、その報告です。
まずは、一般的な事実関係のおさらいです。タイタニック号は1910年に、北アイルランドのベルファストの造船所で建造されました。全長269m、幅28m、4万6000トン、当時、世界最大規模を誇り、建造費は220億円(現在価値、以下同じ)です。また、船底は二重で、船倉部分の内部は15もの隔壁で仕切られるなど、極めて安全性が高く「不沈船」とも呼ばれていました。
1912年4月10日、イギリスのサウサンプトンを出航し、処女航海で向かう先はニューヨーク。4月17日に到着の予定です。
事故が起こったのは、4月14日の深夜でした。氷山に衝突し、船腹に大きな亀裂が入り、わずか2時間40分で沈没しました。乗客、乗員2200人中、1500人が死亡という大惨事でした。
さて、陰謀説派の主張に耳を傾けてみましょう。主導したのは、ロビン・ガーディナー(1947-2017年)なる人物です。事故原因を調査する査問委員会の中で、タイタニック号を運営するホワイト・スター・ライン社(英国)が、この船に500万ドル(150億円)もの保険をかけていたことが明らかになりました。保険金目的の事故ではないか、との疑惑を抱いたのです。
陰謀説派が持ち出したのが、船のすり替えという大胆な仮説です。実は、タイタニック号と同時期に、隣のドックで「オリンピック号」というほぼ同形、同規模の船の建造が進んでいました(客室数でタイタニックがわずかに上回っていました)。そして、オリンピック号は、タイタニック号より1年ほど早く就航していたのです。しかし、最初の数ヶ月で、過失による海軍の巡洋艦とのひどい衝突事故、スクリューの脱落事故などを起こし、運営会社の経営を圧迫していました。
そこで、運営会社の社長イズメイが考え出したのが、両船のすり替えだ、というのが陰謀派の主張です。事故続きのオリンピック号をタイタニック号だと偽って沈没させれば、保険金が入ってきます。手元には、新品の豪華客船タイタニック号が残る、という仕掛けです。両船の画像です(右がタイタニック(同番組から))。確かによく似ています。動機としてはあり得る話です。
陰謀説派は、査問委員会で明らかになったこんな事実も援用しています。
事故の当夜、あたりを航行している船から、大きな氷山があるから注意するようにとの無線連絡が、タイタニック号にも入っていました。ところが、その報告を受けたスミス船長は、乗船していたホワイト・スター・ライン社のイズメイ社長には伝えず、独断で全速前進を命じたというのです。わざと氷山に衝突させようという意図があった、との言い分です。確実に沈没するという保証はありませんし、自身と社長の命がかかっています。ちょっと無理がありますね。
番組では、こう説明しています。当初は、ニューヨークへの到着を17日の朝と予定していました。しかし、スピードをあげて、深夜に到着すれば、新聞の締め切り(午前3時)に間に合い、当日、大々的に報道され、PRになる、というのが社長の意図でした。それを知っていた船長は、警告を無視し、船足を急がせたというわけです。こちらの方が、説得力がありますね。
一方、陰謀説派は、運営会社の親会社であるモルガン財団のオーナーであるJ・P・モルガンが、出航直前に乗船をキャンセルした事実も怪しいと主張します。でも、当時は怖い病気であったインフルエンザにかかったから、というのが事実のようです。
そんなこんなで、陰謀派の主張がだいぶ揺らいできたところへ、陰謀を否定する決定的な証拠が出ました。タイタニック号の事故を研究している作家・科学者のチャールズ・ペレグレーノ氏が見つけたのです。(撮影時期は番組では明らかにされていませんが)海底3800メートルに沈む船のスクリュープロペラに「401」という数字がはっきり読み取れました。
実は、陰謀説派がすり替えたと主張するオリンピック号は、400番ドックで、そして、タイタニック号は、すぐ隣の401番で建造されました。そして、そのドック番号が、それぞれのプロペラに刻まれたことがわかっています。ですから、沈没した船は、タイタニック号に間違いなかったのです。
事故のその後です。タイタニック号には、イギリス商務省が安全性を認め、乗客、乗員の半分程度用の救命ボートしか用意されていませんでした。それが、多大な犠牲につながったとの反省から、安全対策が見直されたのです。全員用の救命ボートの設置、氷山の監視などの安全対策を義務付けた国際条約の締結へ至ったことを番組では伝えていました。尊い犠牲を払った上での安全対策です。
歴史を書き換えるような新事実はなかった、との結論に、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。これに懲りる(?)ことなく、引き続きご愛読ください。
それでは次回をお楽しみに。