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日記

日々のあれこれ

素朴な田の原温泉に癒される

2024年06月22日 | 旅行

6/17と18は九州へ。宿泊は熊本県の田の原温泉。

場所は近年とみに有名になった黒川温泉の近く。

昔からのひなびた温泉とのこと、ここまでは息子情報。

はるばると行って見たら、山の中の純農村地帯に数軒の宿。

贅沢な施設ではありませんが、宿泊費は安く、インバウンド客も(それが悪い訳ではありませんが)皆無。

そして何よりも、夏休み、田舎のおばあちゃんの家に帰省したような心のほぐれる懐かしい眺め。

車で行けば簡単ですが、博多から高速バスが一日3便。日田経由して後は地道。

杖立温泉、田の原温泉、黒川温泉経由で終点は瀬の本。こちらは九重連峰の登山基地。何度か行ったことがありますが、バスでも行けるようです。


前回の記事は6/19.その前と続きです。

昼前博多着。私は14日に不調になりまだ十分回復していないので、駅ビルで夫が博多ラーメン食べるのを外で待っています。

駅ビルの9階、10階がレストラン街。植え込みに木などが多数植わっています。

座るところもたくさん。

来春完成の広島駅ビルもこんな感じだったらいいなあと・・・

ビルの中の小径。天窓から光も入って来るらしい。

このあと一時間くらい、夫は駅ビルに中を徘徊していたらしいですが、私は隣接するバスターミナルの出発ホーム前で椅子に座り、ひたすら体力回復に努める。

朝は自宅でおかゆ。昼は駅ビルで簡単に。


2時間半のバス旅で、田の原温泉に着きました。バス停はバイパス田の原。

男はつらいよのロケ地と直前に知りました。

宿は4軒のようです。嬉しいことにはバス停近くにコンビニもあり、他に何の店もないので心強いです。素泊まりでもとりあえず食べ物は調達できそうです。

温泉に入って、18時から部屋で食事をいただきます。

手の込んだ贅沢な料理ではありませんが、不思議とおいしかった。

原材料が新鮮なのと、水がいいのかもしれません。宿は農家でもあるらしく、ご飯は自家製米とのことでした。

ビールはサービスでした。ありがたや。

山菜の天ぷら、サツキ、ハナイカダ、オオバコ、マイタケ。

毒がないなら、新芽の頃は何を揚げてもおかずになる。

機織り工房へ、昔、ヨモギやクローバーを揚げて持って言ったら、先生に「**さん、いくらでも貯金ができるでしょう」と笑われた。

マイタケはあるいは買ったと思いますが、他は宿の敷地=森の中で調達?

でもからりと揚がっておいしかった。

鮎より一回り大きな山女?とか言う説明でした。

食べ応えがありました。

食事の後は談話室で一人で本を読みました。

これが面白かった。柳川市の有志で発行する文芸誌。

小説、詩、短歌と特化するのではなくて総合文芸誌。地方文化の発信媒体として頑張っておられると思いました。

えらそげで申し訳ありませんが、作品は初心のすがすがしさ、ひたむきさがよく出ているのが多かった。紙に印刷して残す。このやり方が人にものを伝えるのに、結局は確実かもしれませんね。簡単に出来たものは簡単に消費されていく。

同人募集。

誰も知った人のいない土地の同人雑誌に参加してみようかなと一瞬心が動いたけど、合評会とか親睦行事が多そうで断念。

観月川下り・・・どんなんでしょう。なんか風流そう。

この雑誌はどうも宿泊したお客さんが置いて行ったらしい。他に私家版(自費出版)の歌集もありました。

面白かったです。


談話室のお地蔵さま。


10時過ぎのバスまで時間があるので、宿の内外を歩きます。

紫式部?秋に向かって蕾の準備。

藪の中の寒葵。

紫露草。赤花?

蛍袋。

ちなみにこの温泉街は蛍も見られるらしいです。宿泊した夜はあいにくの雨で残念でした。

バイパスに出て見ました。あの先にバス停があります。

この付近は温泉があちこちにあるようです。

マタタビ。漢字だとこうでしょうか。瞬火?

高い枝に絡みつくことが多いけど、目の前にありました。

バス停横の案内板。宿は4軒のようです。

大朗館が映画撮影した宿のようです。こちら裏手のようで行き止まり。引き返します。

大朗館の玄関。

自販機。

宿の前の流れ。

違う道からバイパスに戻ります。

草の向こうの建物が大朗館です。赤い屋根はお寺。

腰の痛い夫は遅れ気味。振り返ると「後ろから見たら(私の)歩き方がおかしい」と言われます。年寄り二人、いたわり合う心がなくてけなし合い。

夫は薄い色の服が好きです。演歌歌手(それが悪い訳ではありませんが)みたいな白いジャケットを着ています。

私は顔がすすけて見えるので、真っ白は着ません。

帰りのバス停は向かい側。いよいよ田の原温泉ともお別れです。

最新式のきれいで贅沢な温泉ではありませんが、忘れていたいろいろなことを思い出すような非日常の体験でした。

人生の残り時間か短いので、同じところは行きたくないけど、どこかにこんな桃源郷のような場所はないでしょうか。

このところ忙しくしていた私はすっかり癒されて帰ってきました。少し善人になったかも。

映画のDVDを取り寄せて見てみました。宿はたてかえたようですが宿の前の橋も昔のまま、周りの眺めも50年近く経つけどほとんど変わっていないように見えました。

この後畑仕事をしていた老婦人としばし話をしたのでした。

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熊本県、田の原温泉へ

2024年06月19日 | 旅行

息子が宿泊券をくれました。故郷納税の返礼品ですが、土日は予約が取れないそうで。

それで、私たちは月火と仕事を休んで熊本県まで行きました。

振り返ってみたら、自分では決して行かない筈の宿。

古き良き温泉情緒いっぱい、癒されてきました。

宿はこちら。黒川温泉のはずれで少し日田寄り、数件の宿がある鄙びた温泉街の、鄙びた宿でした。

博多まではのぞみで約1時間。そこから黒川温泉行高速バスで2時間半、バイパス田の原下車、徒歩数分で宿があります。

宿泊棟。部屋数は7つ。

各部屋、ベランダ付。外は深い森です。

夫は腰が痛くて少し休むそうで、一人で宿泊棟から川べりまで坂道を下りて行きます。雨が降りそうです。

貸し切り温泉は6タイプ。空いているところに、中から鍵をかけて入ります。

あの先が温泉棟。

かわせみが見晴らしがいいそうですが、あいにくふさがっていたのでめじろへ行きます。

一人温泉。屋根はありますが素通しで、向こうは川。

川音が絶え間なくしています。温泉に水を混ぜて冷やしています。

静かです。野趣満点。

生えているのはタニワタリ?南国です。

建物の横にサクラソウのような花が。

この色は初見です。地元では見たことありません。

園芸種?

ウバユリのつぼみ。

水たまりにイモリたくさん。

葉はサジオモダカ?

期せずして一人動植物観察をするばあちゃん。

坂道を上がって宿泊棟へ帰ります。もうすぐ雨になりそうです。

部屋で食事を待っています。

雨が降ってきました。大きなガラス窓で、夜は寒かった。

冬はいっそう寒そうですが、雪が降ると風情があることでしよう。

休憩室。この日はお客さんは3組だけ。

人も殆ど出会わず、静かな静かな山の中の宿でした。


この温泉街は昭和53年の、男はつらいよのロケ地だったそうです。撮影は別の宿だったそうですが。

男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく 

男はつらいよ「寅次郎わが道をゆく」 (youtube.com)

「少年老い易く学成り難し」 男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく - YouTube

翌朝、宿の周りを歩いていたら畑仕事をしていた年配女性にどこから来たのかと聞かれ、「あの時は倍賞千恵子が来た」と映画の話をしてくれました。

長くなるのでこの後は次に。

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鳥辺野、定子陵へ

2024年05月24日 | 旅行

只今、大河ドラマ「光る君へ」で中宮定子の周りがたいそうドラマティックな展開。

落飾した後、妊娠が分かり、天皇のたっての願いで還俗するんでしたか。初め皇女、ついで皇子を、さらに皇女を産むけれど、出産時に落命する。昔のお産は命がけです。

定子陵、いつか行きたいと思いつつ、2016年秋、やっと念願果たしました。

ああそれなのに、肝心のお墓の写真撮ってません。何という迂闊さ。

説明版によると、複数の皇族の合同墓のよううですね。

11/30 養源院、鳥戸野陵、今熊野観音寺を歩く - ブログ (goo.ne.jp)

鳥辺野は古来より葬送の地。その目で見ると、確かに風景も寂しそう。人が余り住まない場所だったのでしょうか。

定子陵から泉涌寺に掛けては、墓地が多くて、不思議と人通りがなかった記憶が。

どこへ行っても歴史に行き当たる。京都の尽きせぬ魅力。でも最近は混雑しすぎてバスに乗れないので、足も遠のきがちです。残念。

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松江、出雲の旅

2024年04月30日 | 旅行

2月に従妹と松江、出雲を旅行し、たまたま食べたおいしいお蕎麦の話をすると、夫が行きたくなったとかで・・・

松江城近くへ車を停め、蕎麦屋を目指します。

堀端のアヤメで、もう初夏の感じ。

11時開店の店に11:30に着いたらすでに大行列。1時間待って店の中へ。そこで20分くらい待ち、結局食べ始めたのは13時。

手打 神代そば (かみよそば) - 松江しんじ湖温泉/そば | 食べログ (tabelog.com)

待ちくたびれたのと、暑さに疲れて味は分からず。普段なら文句言う夫も自分が言い出したことなのでおとなしく待っていました。その態度や良し。

私達の少し後ろで品切れになり、閉店したようでした。

やれやれ、駐車場へ行く途中にホーランエンヤ伝承記念館がありました。

ホーランエンヤ伝承館 (matsu-reki.jp)

豪快な海のお祭りです。

舳先と艫に人が乗り、漕ぎ手の音頭を取ります。どちらも男性です。

船の展示。

さらに歩いて行くと、神社の境内で神楽の上演中。

本場の石見神楽です。鬼退治のような演目でした。左の般若のお面の口から火と煙が出て迫力があります。

おはやしの音も大きくて、地区の人たちが見物しています。

図らずもいいものを見せていただきました。


続いて中海に浮かぶ大根島の由志園へ。

温暖な島では昔から花栽培、特にボタン造りが盛んで、昭和の時代、個人で牡丹園を開いたのが今では立派な施設になり、観光名所になっています。

入口入って回遊式の庭園を歩きます。

新緑がきれいで、陰に入ると涼しい。いい季節です。

藤はあと一週間くらいでしょうか。

奥が牡丹園。花いろいろ。

元気の出る黄色。

優美。

そして華やか。

今度は松江市内を通過して玉造温泉へ。私4度目。夫2度目。

この温泉街はJRの駅に近く、松江からの路線バスもあり、車を運転しなくてもアクセス容易、女性同士の旅行にもピッタリではないでしょうか。

昔から開けた温泉街のようです。

今回は温泉街の最奥近く、長生閣に泊まります。直前に探してようやく一部屋空いていました。

12.5畳の部屋です。

右奥に小さな部屋あり。

机があり、手元も明るく、ここに布団を持ち込んで、一人で寝ました。

夜中に目が醒めて、本読んだりします。

眺めがいい部屋でした。

食事はレストランで。仕切り付き。

前菜。

垣根の上に檜の葉、その上に刺身。

グーツグツグツと煮えています。

肉にソースいろいろ。

春の蒸し物。おこわ、アナゴ、タケノコなど。

土鍋で炊いた鮭といくらのご飯。

その他にシジミの佃煮、漬物、シジミの味噌汁など。

デザートは大きなパフェ。びっくり。

無理して食べる。

どら焼きはもう無理。持ち帰って、翌日車の中でおやつにしました。

楽天トラベルの何かのランキングで、こちらの宿と白石家がランクインしていました。

白石家は二度泊まったので、こちらにしてみました。

温泉は熱め、ひろびろとしたきれいな風呂でした。

湯船の底にメノウの輪切りを敷き詰めています。とってもきれい。

きれいな湯につかれば自分もきれいになれる??

写真は宿のサイトよりお借りしました。

翌朝は宿の近くの神社まで行き、

橋の上から温泉街を見て、出雲大社へ行きます。

こちら夫の希望。私は今年二度目なので、横の方を通過して鳥居の手前で待っていました。雨が降り始めます。

二日目は行列のない蕎麦屋で。行列はなかったけどおいしかったです。

続いて日御碕へ。

日露戦争の前にできた灯台。中はレンガ、外は石。

たぶん38年ぶりくらい。その前はまだ三男が生まれてなかった45年くらい前。高速道路もない時代には島根県へ行くのも大旅行でした。

三男を抱いて上まで登った記憶があるけど、三男はおっさんになり、この私は年寄りに。今回は登りません。

雨に煙る日本海。時折海鳥の声。しとしとと雨が降ります。

この後、雨の中を車で帰宅したのでした。

昨年の秋以来、久しぶりに夫と旅行。年明けから夫は背中が痛くて通院していて最近ようやく落ち着いたのです。

雨が残念でしたが、涼しくてよかったかも。夏までにあと一回は行きたいと言ってます。行けるかな・・・??

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4/19 春の桂離宮

2024年04月30日 | 旅行

4/19

近くの喫茶店で休み、時刻が来たので受付へ移動します。

事前に予約していたのは私達を含めて4人くらい、あとは当日朝8:40から受付で空いている時刻で予約、30名の枠に余裕があれば直前でもOKのようでした。

念のため、お出かけの時は事務所にご確認ください。

昔は日時指定の往復はがきで申し込みだった気がしますが、今は敷居が少し低くなっているのかも。

実質の見学時間は1時間、見学料は千円です。


友達、初めて。私は一昨年の秋に続いて2度目です。

あちら正門。内側から見たところ。皇族ほか各国貴賓以外はあの門ではなく、通用口から入ります。

サツキの季節。

茶室。

西側から。

サツキの季節。

持仏堂。八条の宮家がなくなり、位牌は別の場所にあるそうです。

書院。一昨年の工事は終わっていました。

床が高いのは庭の景色や月を観るためでしょうか。

こちらは手前で結界があります。

歩くのは敷石の上だけ。庭は自由に踏めず、一列で見学です。

バス停への途中で。

桂垣は、生きたままの竹を曲げて縛り合わせて垣根にしています。

歩いて数分のバス停から京都駅へ。

乗車券を買ってのぞみの上りと下りに乗り、解散です。

私は自販機でカード払い。友達は窓口で現金で払うつもりでしたが、ものすごく時間がかかりそうなので自販機に行ってカードで払いました。

私は旅行ではなるだけ現金は使わない。大抵のところはカード、ペイペイで済ます。現金使ったのは上野精養軒の懇親会と交通系のカードのチャージくらいかな。これは仕方ない。

懇親会は同じ額だけの賞金貰ったので差し引きゼロですが、東京へ出かける交通費その他考えると大赤字です。

何事も趣味にはお金がかかる。絵は搬出入の費用も大変ですが、布は巻けばいいので安価です。

昨日で東京の中央展も終わり、作品が帰って来るのでしょうか。それとも巡回展で各地を回るのか、知りません。とりあえずは名古屋、その後各地を回って最後が7月の広島。梅雨明けの頃です。地元の友達に見てもらうのを楽しみにしています。

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滋賀、京都友達旅行最終日

2024年04月27日 | 旅行

高校とこちらの学校が一緒の友達三人、旅行始めたのは10年前。

名古屋、四国、広島を回り持ちで案内していたけど、2年間は新型コロナで中止。昨年は一人が事情があって不参加。今年も引き続きで残念。

3人だと会話が何通りにもなり、楽しいので、彼女の復活を待ちましょう。

石山寺の後、三井寺へ。こちらは延暦寺から分かれた天台宗。格が高い。仏像も立派なのが本堂にたくさんあった。

紫式部の父、藤原為時が晩年こちらで出家したそうで、式部の写した後拾遺和歌集?の複製を展示していました。とても流麗な文字。流麗すぎて読みにくかったけど、字は書きなれていたことでしょう。

最近ネットで、ほんとはどうだった?という詮索を見ますが、どうなんでしょうか。

紫式部日記は中宮彰子が宿下がりをして子供を産むときに、一緒に道長の土御門邸に滞在した時の日記。道長に声を掛けられて、拒絶の返歌をしたそうですが、まずは断るのが作法だそうで。

一回目から、待ってました、どうぞでは風情がないらしいです。その後は分かりませんが、断る理由はないのでは・・・という意見もありますね。のちに為時がいい官位を貰ったそうなので、そういう打算も働いたはず。

平安時代の貴族が全員、広大な寝殿造りに住んでいたわけではなく、あれは妃を出せる家の朝廷の代わりの建物だそうで。度々火災に遭った内裏から妻の実家に避難してそのまま住み続ける帝もいたそうで、そうなれば臨時の政庁みたいな役割も建物が果たさなければならない。それで広い・・・ということ建築史家が書いていました。

光源氏が女性の元へ忍んでいくときも、御簾をかき分けるのと、襖を開けるのと、相手に身分によってきちんと書き分けているそうで。女性にマメな光源氏のお蔭で、建築史を補強する物語ともなっていますね。

今のドラマだと、倫子の元へは御簾を掻き分けて。まひろとは屋根も破れた廃屋での逢瀬。環境違いすぎ。シナリオライターもうまく書いていると思いました。


話がそれまくりましたが、石山寺、三井寺ともに大河ドラマシフトを敷いていて、参拝客もこれから増えることでしょう。

三井寺は世界遺産にもなったそうで、またいつかゆっくり見たいと思います。

ホテルは大津駅前。ウェルカムフルーツをコーヒー飲みながら頂き、外へ行くのも疲れるので夜はホテルで食事。

翌朝は京都駅に荷物を預けて錦市場へ行きます。

友達は買い物好きでいろいろ買い楽しそうですが、私は荷物が増えるのが嫌で何も買いません。

予約時刻が来て斗米菴という店で、お昼の定食をいただきます。

いろいろな食材が入っています。はんなりとした味です。

八寸。

吸い物。

季節の八寸定食とかいう料理でした。おいしくいただきました。そのあと寺町通りを鳩居堂まで。友達は便箋など買っていたけど、私は何も買わず。

そこから阪急で桂まで。バスで桂離宮まで。

予約時間まで間があったので、事前にリサーチしていた近くの喫茶店へ。

夢元

喫茶夢元

閉店の札が掛かっていますが、店は人の気配が。入って見ると日本人ならいいと席に通されます。

店内はお客さん3人。一人はノリのいい中年の女性。コーヒー運んでくれるのでスタッフとばかり思っていたら、「ほな、帰るわな」と店を出るのでお客さんと分かる。

私の隣はぶっちぎりの高齢女性、年を聞いたら95歳とのこと。近所に住んでいて毎日手押し車を押してここへ来て一日滞在するとのこと。向こうの席の年配男性が、近所とちやうで、20分はかかると言っている。

耳が遠いそうで、こちらの問いかけにはすべて男性が答えてくれる。

なんかお店というよりはご近所の集まりに、私たち二人が飛び入り参加したみたいで、普段着の京都の顔を楽しませてもらいました。

コーヒーにチョコレートとよそからもらったというお饅頭もつく。

これつかい、と95歳のおばあちゃんがごみ入れくださった。

これです。

ちゃんと準備しているところが素晴らしい。それからしばらく世間話をして時間が来たので私たちは歩いて2分くらいの桂離宮へ。

友達初めて。私は一年半ぶり。修復中だった書院の工事幕が外され、今回は春でまた違った印象でしたが、話しが長くなるのでまた後程。


新技法シリーズ、タピストリーを織るはアマゾンで中古で6,500円。 Amazon.co.jp: タピストリーを織る: 基本パターンと制作への展開 (新技法シリーズ 79) : 島貫 昭子: 本

3,500円でヤフオクに出ていたので入札して、誰も買わないだろうと油断していたら3,600円に付けた人がいて落札し損ねた。

でも近くの図書館が持っていて、借りてきた。1978年初版。1987年再版。しばらくはこれで間に合わせる。

 

 

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東京、滋賀、京都、よく歩いた

2024年04月26日 | 旅行

4/17 東京

110回記念に創設当時の画家の絵を展示。

手前、黒田清輝は前身の白馬会を作った人。

10回で解散後、若手画家が中心になって光風会を立ち上げる。その頃は洋画家が発表する場所は少なく、展覧会は販売会も兼ねていたとのこと。特に主義主張にない集まりは物足りないようでもありながら、緩やかな繋がりが一世紀以上続いた秘訣なのかもしれない。

お互いの立場を尊重して対立しない。緩やかにつながって行く。これって、夫婦関係にも言えそう。会派と違って出入り自由というわけにはいきませんが。

工芸の展示。

題名は変に凝ったのにしない。凝るのは作品、題名はあっさりと。

いいお天気です。

強化ガラス製?のルーバーで光を調節しているらしい。


シンポジウムに作品研究会と疲れてしまったので、ホテルへ戻り一時間くらい横になっていたけど、夕方になって上野まで出かける。

JR上野の公園口で出る予定が、地下鉄に乗ってしまい、公園口へ出たけれど、どこをどう迷ったか池の方へ出る。不忍池?

もっと北にありそう。丘を登る。まだまだ先らしい。

着きました。

受付して、受賞者は前の方に座ります。

隣の兵庫県から来た女性が、別の店へ行ってたそうで、「それなら本店」と教えてもらったそう。

授賞式の部分が長引きました。来賓多数。あいさつ丁寧。久しぶりの光景です。コロナでずっとできなかったらしいので、盛大な集まりになったようです。

お料理はおいしかったです。ソースなどに凝っているわけではなく、むしろシンプル。いい素材を使っているおいしさでした。

帰りは、同じ地下鉄に乗る人とホームまで。来年がもしあるとしたなら、次は迷わずに行きたいものです。


翌日は10時前に友達と名古屋で待ち合わせ。滋賀を観光して大津泊まり。

まずは石山寺へ。ちょうど門前でフリマをやっていた。桜がまだきれい。

石山寺。私も友達も二度目。でも20年くらい前でほとんど忘れていた。

参道。

お寺は瀬田の唐橋の少し下流、瀬田川?に面している。断層で東方向の見晴らしがよく、古くから月の名所だそうです。

本堂横の人形。

臨時の大河ドラマ館。

五節の舞の撮影時の衣装だそうです。唐衣、裳、引腰のみ。新しそうでした。

放送の台本。優美。

ここで道長、まひろをグッと抱き寄せる。などと書いているのでしょうか。

妻になってくれ。

それは北の方に・・・ということ。

北の方は無理だ。

じゃ妾に?・・・そんなの嫌、耐えられない。

やがて巷で評判の物語作家になり、妃になった娘を教養方面から支える女房としてスカウトされる。そこへどう話を持っていくのでしょうか。


どんなときにも人は愛があれば生きていける。それから仕事。それは20年以上前、被爆者の話を聞く活動をしていた時に思ったことでした。

そして水。一面の焼け野原に残った水道の蛇口。被爆三日後でもひねると水が出たそうで。いえいえ、被爆当日も水は流し続けていたそうで。

水があればとり合えず命を繋ぐことができる。

小道具?

三井寺には複製ながら、紫式部の書いた字が写本として展示してましたが。

いいお天気で旅は快調に進みます。友達とは1月以来です。あの時は名古屋で旅行の詳細を詰めたのでした。今回は彼女が担当で、ホテル、食事処など気を遣って貰いました。

毎日13,000歩くらい歩き、疲れました。

続きはまた後程。

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東京、美術の旅

2024年04月21日 | 旅行

4/16

午前中4時間弱かけて東京まで。

中央本線へ乗り継ぎ。東京駅の駅舎が見えます。

今回の旅、どんな出会いが待っているのでしょう。この年でもちょっと期待してしまうから、18歳で上京した同窓生たちの高揚感はいかばかりだったか。

「東京、俺はお前と〇〇したい・・・」は大江健三郎の「遅れてきた青年」の冒頭部分だったでしょうか。

50年以上前、東京ははるかに遠い花の都でした。

国分寺駅から某美術大学へ。卒業制作展をやっているそうで。

途中、JA東京むさしがあり。昔は農村?

着きました。桜が残っています。

美術館のエントランス。奥が図書館。

サモトラケのニケは我が地元の大学にもあり。

椅子とか・・・

椅子とか・・・

染色の作品。

ポップで若々しい。

着物の中で子供たちが遊ぶ。

繊維製品を使った造形。

着れるようです。

ストッキングのような布に綿を詰めています。右のも着られるようです。

二重になっている。

同じく。プリントの上から薄い布を掛けている?

染色。

大学前。今から帰ります。

途中、津田塾大学あり。同窓生で進学した人も。

ホテルへ行くのは早いので、お茶の水で下りて古書街へ。

ずんずん歩くうち、直接行った方がいいことに気が付き、さらに歩く。

向こうに見えてきました。神田の須田町交差点に面しています。

チェックインして夕食へ。旧中山道近く。18時頃だけど、お客さん多し。カウンター席に一人、何とか座れた。

美味しいお蕎麦でしたが、やや量が少なめ。大東京の話のタネに。

部屋からの見晴らしがいい。夜は車も少なく静かでした。

最上階に温泉あり。この日は疲れて早く寝たのに、真夜中前、スマホの地震速報の音で起きてしまった。

夫に電話したらかなり揺れたとか。

今東京で大地震に遭遇したらどこ逃げればいい?少し不安になる。


翌日。

街が動き始めました。地下鉄で国立新美術館まで行く。

会場。

工芸は少しだけ。絵は何百点と展示している。

こんな感じで。180㎝×110㎝くらい。

棒が太いのでフックを付けてもらっていた。

午後からそれぞれの作品研究会があり、指導、批評いろいろ。有難く承る。来年の糧にしたいのですが、毎年、難儀なことです。上京するのも体力勝負。


東京で2日間、友達と待ち合わせ滋賀、京都で2日間。しっかり歩き、歩きすぎて疲れ果て、土日はのんびりしています。

荷物は最小限にして、バッグも軽くしているのに、後は自分の体重を減らさないと地下鉄の乗り降りが大変と気が付いた。

駅の中でJRの方が移動距離は少ないのかな。上野の山も複雑で・・・これはいずれまた。

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如月、出雲の旅

2024年03月05日 | 旅行

2/28~29、かねての約束通り、四国の従妹との恒例旅行です。今回は宿を手配してもらいました。人に頼むのは楽。そしていいお宿でした。

中国道、江の川PA。広島県から山陰への鉄道線路はなくて、山越えはバス路線のみ。出雲行きバスは混んでいました。

出雲市駅で落ち合い、路線バスで。降りたところは鳥居の前。

平日ですが人は多かった。

お詣りは軽く流して、門前の店で長話。

座布団。和布のパッチワーク。

結露?

竹野屋旅館は歌手、竹内まりあさんの実家で、ジュリーの二回目の結婚で、披露宴をした宿。風格ある老舗旅館です。

山陰本線で、玉造温泉まで。駅に宿のお迎えを頼んでいました。

部屋は12.5畳にリビングと着替えの部屋があり、別々の部屋で寝ました。

ロビー。

消毒液。

後ろ。

宿は別館があり、からころ、下駄をはいてそちらの温泉へ。転ぶのが怖いので草履にしました。


昭和天皇が泊まった部屋が保存されていました。地元の有名棟梁の作だそうです。

3つの座敷に縁側、風呂などのある離れ形式。

全部の部屋に意匠の違う床の間が付いています。

建具の細工が見どころでしょうか。

樹の切り株を壁に埋め込む。

縁側。

庭。椅子に座り、眺める。見学は自由。

玉造は三度目です。前2回は白石家。あちらもよかったです。


翌日は松江を観光します。あいにくの雨。観光地巡りのバスは便数少ないので、お城まで約30分を歩きます。従妹は74歳で介護施設でバイトしていて、職員はエレベーター使えないとのこと。足腰がめちゃくちゃ丈夫です。

宍道湖のシジミ漁。

お堀巡り。船頭さんの名調子。

45分ほど回ります。

コタツでぬくぬく。定員は6人?

橋の下では屋根が下がってきて身をかがめます。


続いてお城近くの茶道具の美術館へ。

地元有力者の個人コレクションらしい。庭に銅像あり。

ピンボケ深謝。志野焼の名品。

織部。素晴らしい。

お茶道具も筋のいいのばかりがありました。うーーーん、この贅沢感。

人が全然いないのもよかった。

続いて、スマホに向かって「この付近、蕎麦屋」と聞くと、神代そばを教えてもらいました。歩いてすぐ。こちらもおいしかった。

松江城近くの人気そば店『神代そば』。手打ちされた挽きぐるみの出雲そばを|日刊Lazuda(ラズダ) - 島根・鳥取を知る、見る、食べる、遊ぶ、暮らすWebマガジン

鶏肉が柔らかくてよく味が染みていた。出るころには店の外にも行列が。人気店らしいです。

再び雨の中を駅まで戻り、駅中で買い物と情報交換。スタバで2時間くらい。ケーキもおいしかった。

次は7月に会うことを約束して解散。楽しい旅行でした。

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松江、こたつ舟でお堀巡り

2024年02月29日 | 旅行


こたつに足を入れてお堀を巡ります。
45分、1.600円。
風情がありました。
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山陰、カニの旅

2024年02月28日 | 旅行



玉造温泉で泊まっています。
暖かい1日でした。
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世界ふれあい街歩き 「コルマール」

2024年02月13日 | 旅行

さっきチャンネル回していたらコルマールが。

2015年4月。コルマール。


「ここ行ったことあるから見る。この建物の前も通った」と夫に言うと、「またヨーロッパ風吹かす」と言われてしまう。言われても今言っておかないと、行ったことすら忘れてしまいそうな昨今の我が記憶力の劣化。

今日分かったのは「ハウルの動く城」のモデルがこの建物だったこと。あの時のガイドではどこかの中庭の奥の普通の建物だと、その前を通りながら説明されて、釈然としなかった。

現地ガイドは英語、それを添乗員さんが日本語に直していたので、間違えたのかも。それとも私の聞き違い?行ったのは9年前、長年の疑問が今日やっと解けました。よかったよかった。

この頃はツアー代金が安く、ヨーロッパ8日間で約15万円、燃料代なし。昨今の旅行代金の値段を見るとただただ驚くばかり。

夫が仕事を止めたらいつかは遠くへ旅行と思っていたけど、そのための下見のつもりであちこち出かけたけど、腰が痛くて、夫は長時間の飛行機はもう無理でしょう。ビジネス、またはファーストクラスでフルフラットで寝ながら行きますか。それでも寝床が変わると難しいかも。

快く送り出してくれたことに、今はただ感謝。

残りはこちらで。

アルザスのコルマールを歩く - ブログ (goo.ne.jp)

こんなのもありました。

コルマール遥かなり - ブログ (goo.ne.jp)

どうもテレビ番組見るたびに反応しているらしい私。

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愛知・冬の日帰り旅

2024年01月22日 | 旅行

昨日は愛知県の息子の家に日帰りで出掛けました。ちょっとした用事ができたのです。

名古屋から名鉄で約30分、駅まで迎えに来た息子の車でまずは家に。

昼ご飯には早いのでしばしの歓談。

「あの木にウグイスみたいな鳥が来る」と息子。

「メジロじゃないの。目の周りが白くない?」

「分からん」という間もなく、メジロが3羽飛んで来て黒い木の実をついばんでいます。

そうこうするうち、近くの実家へ行っていたお嫁ちゃんが帰宅。

「黒い大きな鳥も来るんです」と言っていたら、今度はヒヨドリが。

最後に雀くらいの名前の知らない茶色の鳥も来ました。

まさに野鳥の楽園。山が近いので、いろいろな鳥が来るようです。

三人でしばらく野鳥観察。癒されるう~

昼ご飯はこちらへ。

メニュー|岡崎市の和食なら魚信(うおのぶ) | chaoo.jp

私は鰆の西京焼きの釜めし、息子たちはそれそれ別の定食を。

写真はサイトよりお借りしました。

食後はお菓子を買って再び家に戻り、歓談。15時になればそろそろ帰る時刻です。その前に近所の産直市場へ。

とても広い売り場、花、植木などもあり、夫の好きな八丁味噌の小袋をお土産に買いました。

行きはよいよい、帰りは寂しい。次はいつ会えるのかな。と思いつつ、2人のあとをついて行く。

元気で仲良く暮らしているようでまずは安心。コロナ以後、息子は在宅勤務が増えたそうで、しっかり料理もしている様子。相談しながら野菜など買っていました。

この後、名古屋市内で友達に会い、話をして、のぞみで帰宅。朝は雨で寒かったけど、午後から晴れて暖かかった。明日から寒くなるそうで、やっと本来の気候になるのでしょうか。

この寒さ、被災地の皆様、どうぞ気を付けてお過ごしください。一日も早く元の生活に戻れますように。

夫は今日ついに整形外科を受診したけど、受診しても痛みは劇的によくなるわけでもなく。気の毒です。故姑が生きていればどんなにか心配したことでしょう。

動けないので本来なら男がする仕事も私がする。台所の流し台の上の蛍光灯が点かないので、踏み台持って行ってグルー球と蛍光管を変えたら明るくなった。

ついでに夫の前で両脚の屈伸をして見せて顰蹙を買う。低い椅子から片足で立ちあがって見せてさらに顰蹙

腰痛、ひどくなる前に何か手立てはなかったのかと、今になれば歯がゆい思いです。他の皆様はどうしているんでしようか。耐えるしかないんでしょうか。

気の毒です。

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帰宅中に

2024年01月21日 | 旅行


のぞみの中で、夕食。
用事いろいろ終えて一安心です。
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本日、日帰り旅行

2024年01月21日 | 旅行
暖かいそうで、よかったです。
早くに目が醒めてついでに髪、染めた。
もう少ししたら自宅発。
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団塊の世代

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