日記

日々のあれこれ

京都、古川商店街と藤森神社

2022年06月12日 | 旅行

白川を渡ります。

 

小さな川です。

三条通りから南下、さらに西へと曲がります。

路地へ入ると昔の暮らしが残っています。京都の人は道端にプランターを並べません。すっきりと見た目がいい。

向こうはアーケードのようです。

古川町商店街。微妙に曲がるのが、古い時代からの通り。

右向こうの店でおぼろ昆布を買いました。

知恩院への近道と教えてくれました。

提灯が、夏の夜の夢のようで。

店は半分くらい閉まっている。

電車で大阪方面へ30分ほど乗り、墨染駅下車。

歩いて10分くらいの藤森神社へ。

アジサイ園は300円。

アジサイ園は二か所あります。

人もちらほら。京都教育大学の隣でした。

境内にクスノキの大木が多く、アジサイはその陰になって花付きはあまりよくないようでした。

アジサイを見るなら宇治の三室戸寺がいいのですが、アジサイで2回、七月に1回行ったので今回はあえて別の場所へ。

三室戸寺は中書島で宇治線に乗り換え、三室戸下車。坂道を15分くらい上がった記憶が。

始めて京都のアジサイ見るならお勧めです。駐車場も広かった記憶が。20年くらい前、京都パルスプラザの骨董市とセットのツアーで行ったのでした。そのあと一人で。三回目、夫と7月20日ころ行くと花は全部剪定済みだった。

暑いので、それに前夜あまり寝ていないし、例によって膝もイマイチなので4時半頃にはのぞみに乗り、帰宅。夫、腰痛はなかなか治らず、帰ったら一人でご飯食べていた。

嫁ちゃんが、夫がバイトに行っているところの知り合いから聞いたとかで、見舞いのラインがきた。

何か手伝えることありませんかって。まだ大丈夫だけど嬉しかった。年取って若い人にいたわられるのって、なんか嬉しい。甘えてはいけないけど。

というわけで、寿命と競争しながら遊んでいます。

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6/9 ポンペイ展つづき、鏑木清方など

2022年06月11日 | 旅行

後半の展示前に動画を放映中。

これはファヌスノ家の床のモザイクを再現。

アレクサンドロス大王がアケメネス朝ペルシャのダレイオス3世を敗走させている場面。世界史の教科書でおなじみ。こんなところに起源があろうとは。

猛犬注意のモザイク。ファヌスノ家、建物入り口の床から見つかったそうです。

ナイル川風景

葉綱と悲劇の仮面

細部。細かなモザイクでできた床飾り。説明↓

【1分de「ポンペイ」展㉑】《葉綱と悲劇の仮面》(紀元前2世紀 ナポリ国立考古学博物館)―演劇を好む文化的な趣味と、豊かさを象徴するモチーフを表したモザイクの装飾画#Shorts - YouTube

ネコとカモ

食品貯蔵庫にネコが忍び込んだ様子。

細部

以上ファヌスノ家より。


竪琴奏者の家出土。男性胸像、女性胸像。

イヌとイノシシ。竪琴奏者の家の庭園から出土。

シカとライオン

竪琴奏者の家の庭から出土。

ぺプロスを着た女性。こちらはポンペイではなくエルコラーノ出土。

ペプロスとは古代ギリシアの女性が着用していた長衣のことだそうです。

頭部

ぺプロスを着た女性。ヒョウを抱くバックス。

ソンマ・べスビアーナ出土。

バックスはお酒の神様。ヒョウのほかにブドウも持っている。

細部。頭もブドウ!!

見終わりました。朝と違って誰も並んでいません。暑い日は午後からが空いているかもしれません。


続いて向かい側の鏑木清方展です。

こちらは撮影禁止。中年以上の女性の多い印象。着物の人もいて、ポンペイ展とはまた違った雰囲気。

清方の名作44年ぶり公開 東京国立近代美術館が収蔵 - YouTube

4階ロビーから。

向かいでポンペイやってます。

東山の峰々と、緑に抱かれる大寺院など。

ここから歩いて京阪駅まで。途中で昼ご飯食べます。

地下鉄駅までは骨董店などがあります。

三条通にぶつかると右へ。

しばらく行ったところ道の南側、食事と喫茶「あるぺんROSE」さんで一休み。

時に午後一時半くらい。店は人少なめ。

名前、たたずまい昭和の面影。きっと昔からの店でしょう。

三条通は旧東海道、道幅も広くなく狭くなく、落ち着いた街並みです。

街中の地元の人御用達の店。なかなかいい雰囲気でした。

美術館のレストランは人が並んでいたのでパス。

さらに西へ。京阪三条駅へ向かいます。

最近の石碑らしい。

ここらあたり、青蓮院が近い。昔はたくさんの塔頭を抱える今より広い敷地だったようです。

わおう。私の好きな道しるべ。白川の傍に。

是ゟひタり(タは変体仮名)

ち於ん為んぎおんきよ水みち・・・下が埋まっている。

京都無案内旅人の為、之を立てたそうです。

延宝6年は1678年。江戸時代初めころ。

施主は為二世安楽・・・匿名みたい。

この川沿いの道を行くと知恩院、祇園、清水寺へと行けるそうです。

歩くなら、車少ないし、木陰はあるしこちらがよさそうです。

続いて京阪電車で墨染まで。歩いて藤森神社へ行きます。

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ポンペイ展は撮影自由~

2022年06月10日 | 旅行

昨日は早起きして京都へ日帰り旅行しました。

いざ古の都へ。

 

京都着は9時ころ。

外へ出て駅舎を振り返る。いいお天気です。

ついA1に乗ったけど、東大路をまっすぐ北上するのに乗れば早かったかも。あと少し歩くけれど。

10時15分くらい前、京セラ美術館到着。以前は京都何とか美術館。命名権を売ったらしい。

チケット予約の人と、予約なしの人の列ができています。予約の人が多かった。時間通りに入場し、スムースに流れますが、平日の割には人が多い印象。朝いちばんだとゆっくり見られるかというとそうでもない。出るころは、入口は閑散としていました。

裏の裏をかく、というのも必要かもしれませんが予測はなかなか難しい。

入ってすぐのところ。勇者二人のお出迎え。

この後、入場券をバーコード付きの整理券と交換、ひとりずつ通りますが、私はクレカで買ったのでそのまま通ります。

フラッシュ禁止だけど、全作品写真撮影可能。

ヨーロッパの美術館はたいていそうでした。スペインのプラド美術館以外はルーブルも、エルミタージュも、ドレスデンも、大英博物館も。素人が売れる写真撮れるわけがない。プロだって、人に混ざって撮れるわけがない。

だから嬉しかったけど、人の鑑賞の邪魔になってはいけないので、結構気を遣いつつ撮りました。スマホで撮る人はちらほら。私のように一眼レフは他にいなかった。望遠レンズはつけてません。


展示です。人の背中越しに急いで撮影。お見苦しいのですが、ご了承ください。

ヴェスヴィオ山の描かれたフレスコ画。

説明。

という風にいちいち写していたらとても時間がかかるので、あとはポイントだけ。

女性犠牲者の石膏像。

体や服は分解されて空洞になるのでそこへ石膏を流して型を取ったそうです。

アウグストゥスの胸像。小さいものでした。

ローマ帝国初代皇帝。カエサルの義理の息子で地中海周辺を統一。ラテン語で尊厳ある者という意味、8月の語源にもなっている。

遠い昔、世界史で習った記憶がじわじわとよみがえる。

世界史、苦手でした。横文字の名前が憶えきれない。

人の背中越しに。

ライオン頭部形の吐水口。

水道のバルブ。

水道完備。ブロンズ製。

フォルムの日常風景。フレスコ画。

フォルムは街の広場・・・だったかな。商取引している?

擬アルカイック様式のアポロ。

アポロは太陽と芸術をつかさどる神。ローマ時代なのに古いギリシャ様式で作られているのでこう呼ばれるそうです。

縋りつく生き物は想像上の動物、グリフォン、胴はライオン、頭と翼は鷲、尾はライオンだそうです。

食卓のヘラクレス

アレクサンドロス大王のために制作された「食卓のヘラクレス」像のコピーだそうです。オリジナルは今は残っていないとか。

ウェヌス。ビーナスのこと?

上半身の透ける布が優雅。フレスコ画。

俳優の像

左 悲劇の若者役 右 女性役おそらく遊女

だそうです。土で出来ているそうです。よく残ったたもの。焼しめたのでしょうか。

劇の準備。

細かなモザイク画。

パレード用の兜、脛当て、肩当てなど。

兜の細部。

ユピテルとネプトゥヌスを表した脛当て

ヘラクレスを表した肩当て

装着してパレードする様は勇猛果敢、さぞ見ごたえがあったことでしょう。

蓋と鎖付きインク壺

浮彫付グラス

エメラルドと真珠母貝のネックレス

エメラルドの眼のヘビ形ブレスレット

 

ヘビ型ブレスレット

イヤリング 真珠と金。

当時はバロックですね。貝は何だったのでしょう。

上二つは後の方で展示していましたが、装身具としてまとめました。

左 三美神のカメオ 右 海獣と女神のカメオ

半球を繋いだブレスレット

仔豚形の錘

何の錘?

ブッラ(お守り入れ)

膣鏡。

どうやって使うのでしょうか。なんか痛そう・・・


台所用具も充実

目玉焼き器、あるいは丸パン焼き器。ブロンズ製。

半球形がきちんとできている。今と器具の作り方はそう変わらない筈。

タコ焼きも作れそうです。古代ローマ文化が身近に感じられる瞬間。

 

左向こうから炭化した穀類、干しブドウ、イチジク。手前は炭化したパン

これはインパクトありますね。

炭化したパンは紀元79年のものだそうで。屋外に火山灰が降り積もり、屋内のものは蒸し焼き状態になったのでしようか。たった今、型から出したようにリアル。

おいしそうなパンは食べられることなく、地下に埋まってしまったのでした。

ユピテル=アンモン型の鎖付き竿秤。

錘部分は顔になっている。

まだまだたくさんありましたが、とりあえずここで切ります。

感想。

現代につながる文明が二千年前、ほぼ完成していたこと、ポンペイとその周辺から発掘された遺物で当時の豊かな社会、突然の自然災害の恐ろしさなどいろいろと考えました。

もっとゆっくり見たかったけど、思い切って出かけてよかったです。これから暑くなるので案外午後からが人が少ないかも。大雨の日も空いてるかな。分かりませんが。

 

 

 

 

 

 

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京都でポンペイと鏑木清方を観賞

2022年06月09日 | 旅行
向かい合わせの美術館2つ、はしごしました。





人はまずまず多し。
お昼食べて、藤森神社のアジサイへ行くつもり。
昼から雲って、過ごしやすそうです。
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白い村・フリヒリアナを歩く 再掲

2022年06月04日 | 旅行

2016年6月、あちらのブログ記事の再掲です。


6/12 昼までをジブラルタルで過ごし、3時間かけて、スペイン南部、地中海に近い山の上の村、フリヒリアナへ行きます。

スペインの白い村、それは期待に違わず、どこをとっても絵になる、そして人の少ない、素晴らしい村でした。

先月ご紹介した写真も含めて、二回くらいに分けて掲載の予定です。

バス降りて簡単な説明の後、すぐ解散。一時間後に集合です。

建物の影で憩う人たち。日曜日で、地区のお祭りのようでした。

上がります。道は小石で模様をつけています。きっと手がかかることでしょう。

けっこう急ですが、一人なので、どんどん上がります。

まだまだ

フリヒリアナとその周辺の絵図と思われます。南に地中海。

バイクは押して上がる?

写真撮っていただく

振り向くとだいぶ上がっていた。

これを絵にする予定。まだできていません。

この村を開いたムーア人がキリスト教徒に迫害されている様子・・・のようです。

 

静かです。

もっと上へ行きます。

道も凝ってる。犬のフン多数。カラカラに乾いて匂わないけど、スペイン人は大らか。

昼下がり。静寂。

これは何の場面?働いている人多数。

鉢植えいろいろ

青い空と白い家。あるのはそれだけ。

見晴らしのいいところへ来ました。

 この上に展望台があったそうですが、暑くてここまでが限界でした。

山裾を巡って広場へ下りた人もいたようで、きっと地中海が見えたことでしょう。残念!!

このあと再び広場まで戻り、カフェへ行きましたが、それはいずれまた。


どこを切り取っても絵になる村でした。

この村を水彩画に書き、陶器に絵付けして飾り皿にしました。

今、外国旅行がほぼできない状態を思うと、夢のような出来事でした。

この時は5組のご夫婦と私、11人のツアー。皆さんに気を遣っていただき、とても親切にしてもらい、10日間楽しく過ごしました。住所交換もしたけれど、もちろんその後は連絡とりません。

外国旅行は登山のツアーに似ているかも。40代、50代は一人で北アルプスの登山ツアーにも参加。どんなに盛り上がっても下界では会わない。しがらみを離れて歩き、花を見るからいっそう楽しい。どこに住むどんな人か、仕事は何かなんて思わないから自分も人も楽になれるのです。

今はどれも体力に自信がないけれど、時々その時のことを思い出してみましょう。

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またスペインに行きたい・・・ドバイ経由マドリッドまで

2022年06月03日 | 旅行

もう6年も経ちました。

6年前の6月、ひとりでスペインツアーに参加。

スペイン、それは暑さとの戦いでした。毎日気温が35度から45度。

暑くても汗は全然出ません。瞬間で乾くらしい。南部では干上がった川がたくさん。

でもどこへ行っても人間はその地に適応して、元気に暮らしているのでした。


2016/6/8

関西空港発23:40 エミレーツ航空EK317便でドバイへ行きます。ドバイ着は現地時間04:50。5時間の時差があるので、10時間10分飛行機に乗ります。長いです。

出国審査終えて、搭乗を待っています。22:23、出発まであと一時間以上あります。

大きな飛行機です。二階建てのエアバスです。

28番ゲートから22:55搭乗開始、23:20搭乗終了 私の席は40Gです。

二回食事が出ました。こちらが夕食?ご飯に白身魚のあんかけ、サラダ、ケーキ、パンなど。

今まで食べた機内食の中では一番おいしかったかも。

二回目はジュース付き。サケのムニエル、野菜、フルーツなど。あまりお腹すいてないけど、頑張って食べました。

ジュースは飲まず、コーヒー頼んだかも。忘れた。ワインやビール、ウィスキーなど、頼むとどんどんくれるので、お酒好きの方にはエミレーツは嬉しいかも。

中国、インドの上を通ってもうすぐ到着です。

ドバイはアラブ首長国連邦の首都でアラビア半島の南東部にあります。世界中のどの空港にも便利だそうで、近年路線も増えていると聞きました。ものすごく広い空港で、飛行機降りてから空港建物まで、バスで20分以上走りました。

飛行機降りるのも、昔ながらのタラップです。


 

関空で水のペットボトル捨てたら、「最近は水は通してくれることが多い。沙漠では命の水ですから」とN川添乗員さん。そう言えばだれも捨ててなかった。やれやれ。

広い空港建物で、探しに探し、尋ねに尋ね、やっと水を売っているスーパー発見。カードで買いました。だって現地通貨持ってないもん。

水は1何とか現地通貨。JPYに換算で30円?としたら安い。

ドバイ発07:35、今度はスペインのマドリッドへ行きます。マドリッド着は13:25、7時間50分飛行機に乗ります。

二便とも、私は通路側で隣空席、楽でした。けっこう空席があり、横になって寝ている人もいました。

非常口から下を見る。地中海とチュジニア(らしい)が見えています。

初めてアフリカを上から見ました。沙漠ではなくて、山に緑もあります。

バルセロナ空港に着きました。ピカソ風の壁画がお出迎え。

入国審査、待つ人は少ないのにとても時間かかります。自分の番になってようやくわかりました。係官の若い女性、いろいろ雑談を仕掛けてきます。こちらはパスポート見せて緊張しているのに、あちらは余裕の態度。

私にはキャンユウ スピーク イングリッシュ?と話しかけてきます。面倒なことになってはいけないので、ノーと答えたのにオンリィ マドリッド?とさらに聞かれます。

ノー・・・・(えーと、どう言えばいいんだ)ぐるっと回って(ここは日本語)バルセロナと答えるとやっと通してくれました。ツアーの中で私が最後になりました。やれやれで゛す。

この私がテロリストに見えますか?胸に燦然と輝く「旅物語」のツアーバッジ、羊のようにおとなしく人に付いていく。これ以上善良な旅行者もないはず。

何日か後で、「英語はどこで習ったんですか?パスポートのところで長い間話してたけど」と聞かれました。

「いや、あの時は日本語で話したけど通じましたよ」と答える私。

しかしパスポートチェックのところで世間話は止めてもらいたいもんだ。それがラテン気質でスペイン気質かも。

マドリッドの観光は45℃という暑さの中で、ヘロヘロになりながら。それはまたいずれまとめます。

 

 

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団塊の世代

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