ウィーンゆかりの作曲家と聞いて一般的に思いつくのは、ベートーヴェン、モーツァルト、シューベルト、シュトラウスあたりでしょうか。
この4名ゆかりの地はウィーン各地に散らばっております。
今日ご紹介するのは、シューベルトの生誕の家です。
ウィーン9区のNussdorfer Strasseにあるシューベルトが生まれた家は、今は市電が通り交通量も多い通りに面してますが、当時は静かなところでした。
シューベルトは小学校の教師をしていた父親の元に生まれたので父親は当然、息子も同じく教師になるものと期待していたようです。
シューベルトが生まれた家は、当時何世帯かが一緒に入っていたアパートの中でも大きい部屋でした・・・・・といったところで、台所と大きな部屋が一室あるところで、シューベルトが生まれたのはその台所になります(画像左下)。
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この部屋は建物の2階にあり、下の階では父親の学校がありましたが、大所帯に一部屋では手狭になったので、後に市内の別のアパートに一家は引っ越しました。
貧乏な家に育ち、貧乏な一生を過ごし、貧乏なまま亡くなった作曲家。
例えばシュトラウスがなかなか派手な生活を送っていたのと対照的です。
シューベルト生家に展示してある愛用のメガネ
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ここでは、いろんなシューベルトの代表作が聴けるようになっていますが、私はここで私が大好きな彼の歌曲のひとつ、『An die Musik』(邦題 楽に寄す)を壁にかけられた肖像画を眺めながら聴いていました。
貧乏な中で、ことごとく恋愛もうまくいかず、それでもいい友人たちに恵まれ、その彼の唯一のよりどころはこの曲の詩どおりではなかったのでは・・・と思うと、ちょっと泣けてきました。
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次回は彼が亡くなった家について載せます。