むさでん業務日誌帳(改)

むら@車掌の徒然模型日記・・・・(ちょっとだけ愚痴もあるよ!)

北国は・・・もう冬模様。

2008-10-29 22:29:23 | 工場長の独り言

仁賀保から帰ってきました。

いや~っ・・・・やはり仁賀保は遠かった。 「出張」である事を忘れさせるほど 長い間 電車に乗れたのが 今回の一番の収穫かな!? 東京からの移動時間・・・約5時間。 日本国内でも未だこのような地域があるのです。

東京駅から新幹線「こまち」に乗ってしまえば 秋田までは直行です・・・・10月末ともなれば 東北は既に晩秋を迎えていました・・・。 同僚と会話をしているうちに あっという間に仙台に到着・・・・新幹線の実力をまざまざと感じさせられる一瞬です。 考えてみれば 私の青春時代・・・・未だ東北新幹線など無かったころには 上野から仙台まで 夜行急行列車が走っていました。 急行「新星」・・・・上野から仙台までを6時間強で走破していた名列車ではありましたが 東北新幹線の開通と同時に姿を消しました・・・・。まあ、東北新幹線も 初めは大宮⇔盛岡間の暫定開業でしたから 並行在来線を走っていた特急「ひばり」等は減便はあったものの、上野を発着する東北特急として 最後の力走をみせていました。

そんな古き良き時代を思いながら 列車は順調に進行し いつの間にかに盛岡駅に到着・・・ここまで一緒に走ってきた「はやて」号と分割し、「こまち」号は田沢湖線に進路をとります。

田沢湖線・・・いまでは地元の人ぐらいしか呼ばない名称なんでしょう。都会のひとは「秋田新幹線」と思ってる人が圧倒的で・・・この辺りにも一抹の寂しさを感じます。

田沢湖線を走るのも自分にとっては二十数年ぶりのこと・・・・当時は非電化の典型的なローカル線でしたが、奥羽山脈を横断する絶景路線として人気がありました。沿線には雫石、小岩井、田沢湖と 仕事で来ている事を忘れるぐらい著名な観光地でいっぱい・・・・私はあの時、日本一水深の深い湖・・・田沢湖に行きました。辰子像を見たっけ・・・。この当時の田沢湖線の主力は2エンジンのキハ52、キハ58だったと記憶しています。

時代は変わり田沢湖線が「ミニ新幹線」として変貌を遂げたあとも、沿線風景は変わっていませんでした。 車窓から晩秋の山々の紅葉を楽しみながら奥羽山地を横断して ようやく秋田に到着。

降り立ったのは昼過ぎでしたが、外気温度の寒い事・・・・それに日本海沿岸ということで 風の強さも半端ではありません。

10分程の乗り継ぎ時間で 今度は羽越線の特急「いなほ」号に乗車・・・最終目的地である仁賀保を目指します。

羽越線に乗るのも久しぶりではありますが・・・・あまりの乗車率の低さには 正直、閉口してしまいました。6両編成のうち、3両が座席指定・・・・残り3両が自由席。 それなのに自由席でさえガ~ラガラの状態。

一応、新幹線接続列車の体裁を整えてはおりますが 通年でも この程度の乗車率なのでしょうか? まあ今は閑散期であるので しょうがない事なのかもしれませんが ビジネス客の姿もあまり見かける事はありせんでした。

「いなほ」号の今後が心配になってきます・・・・。

仁賀保の到着は13時40分・・・・東京から 正味5時間を要しました。

あいにく 現地の天候は雨・・・・・風は冷たいし、もはや冬の様相でした。  

肝心の仕事のほうは あえてここには書きません・・・・まあ、守秘義務ということで。

まあ・・・この続きは・・・また書けるときにでも書いてみます。