さて劇団芝居屋第33回公演「ポルカ」の本番稽古も佳境に差し掛かってまいりました。
劇団芝居屋の目指している「覗かれる人生芝居」の芝居創りについては、これまでも幾度となく取り上げてきましたが、ここで改めて劇団芝居屋の芝居創りの過程を説明したいと思います。
劇団芝居屋の芝居創りの根幹は、舞台表現は役者が主役であるという思想から発します。
つまり従来の芝居の様に台本や演出に奉仕する役者という構造を変えた視点から芝居創りをしています。
私が言う従来の芝居とは、台本や演出の世界(テーマ)を成立させる為の役割を果たす者として役者があるという構造です。
この考えは言い換えれば台本の中に世界あり、その世界を成立させる演出の駒として役者があるという発想です。
ですから役作りは当然の事として、本や演出の意図を知り台本の中にある登場人物を掘り起こし「解釈」して実体化していかなければなりません。
しかし「解釈」のみでの役創りはまだ抽象の衣を纏っています。
抽象とは一般的な通念の共通項を抽出してする提示する事です。
つまり「大体」であるとか「こんな感じ」といったあいまいな場所からの発想になりがちです。
この「解釈」ということが役者の手足を縛っていると私は思ってます。
「解釈」とは、言い換えれば「客観」です。
この人間はこれこれこの様な過去を持ち、こういう人間関係の中にあるからこの様なもの言いになり、この様な行動をする。
つまり「この役は」とか、この「(役名)」とはこの様な人間だといった客観的な捉え方をする事を意味します。
当然の事ながら客観的な把握は役を造る上では大切なことです。しかし大切な事はその先にあるのです。
その先にあるものは客観(曖昧さ)から抜け出し主観(確実)の世界に足を踏み入れる事です。
それは客観的情報の中から、役のそこに生きる人間としての主観にとって邪魔な情報を排除していくことです。
平たく言えば「こんな感じの人間」の客観から「自分」はこうだと移行していく事です。
世の中を広く薄く知る客観から、主観のこれしか知らない見えない世界への移行です。
その為には「自分」にとって知らない事を知る、その事が必要になってきます。
人の現実社会における手持ちの情報量は少ないものです。
ちょっと先の未来も確実には見通せないのです。
そういう危うさを持つのが人間の真実です。
「知らない振り」ではなく「知りえない」自分を創ることが主観の世界に踏み込む方法です。
その危うさを知る役者が「初めて」を手に入れる事が出来るのです。
その「初めて」を持つ芝居ができる役者の創造。
それが「覗かれる人生芝居」の大きな目的です。
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