健三が借用書にサインをしようとするその刹那、走りこんでいた幾久は健三を問い詰めます。
幾久 「ちゃんと分かるように説明しておくれ」
健三 「あの・・・実はですね・・・」
凛子 「親分、ちゃんと言って、三澤さんと関係があるんでしょう」
健三 「それは・・・」
幾久 「健三!あんた瀬村組の看板を担保に金借りようとしたんだべさ」
健三 「えっ、なんでそれを・・」
幾久 「そうなのかい」
健三 「はい、そうです」
幾久 「だったら、瀬村組本家の血筋を引くあたしに何か挨拶があってもいいじゃないのかい」
健三 「・・・すいませんでした」
総一 「おい、愁嘆場なら他所でやってくれ」
幾久 「ウルサイ!」
総一 「ハイ!」
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幾久 「あたしゃね、謝って貰いたくて言ってんじゃないんだ。なぜそんな事になったのか訳が知りたいんだ」
健三 「ハイ」
凛子 「親分、もう全部ぶちまけちゃいなよ。ここまで来たら隠したって何にもならないよ」
健三 「そうだな・・・実は、三澤さんが理不尽な目にあってるもんですから、それを何とかしようと思って・・・」
幾久 「理不尽な目ってなんだい」
凛子 「だって三澤さんの仕事は順調でコンサートはやる方向で動いてるって、親分から聞いたばかりでないの」
健三 「いや仕事のことじゃねえんだ。三澤さんの立場が危ねえんだ。最近実行委員会で顧問に返り咲いた古参の連中が出資金を出せって因縁つけて、三澤さんを共同出資者から引きずり降ろそうとしてるんだ」
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近日中に三百万の金が必要な事を知った幾久は・・・
幾久 「ねえ、総一さん」
総一 「な、なんでえ」
幾久 「昔のよしみで頼みがあるんだが聞いてくれるかい」
総一 「た、頼みだ?・・・言ってみねえ」
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幾久 「頼みってのはね、健三との借金の件、悪いが白紙にして念書を返してもらいたいのさ」
健三 「姐さん・・・」
総一 「・・・おい、健三。オメエそれでいいのか」
健三 「それは・・」
幾久 「いいも悪いもないよ。堅気が売りの瀬村組の名前が表立っての事柄だ、有無は言わせないよ」
総一 「・・・そうか瀬村組の掟って奴か。そりゃヤクザの金貸しからは借りれねえやな」
幾久 「幸い借用書も真っ新だ。ねえ、総一さんどうだろうね」
総一 「そりゃ、借金するしねえは、そちらさんのご都合だ、俺は構わねえよ」
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健三にとって三百万はどうしても必要な金でした。
幾久 「ねえ、総一さん。組と関係ないあたしが改めて三百万の借金を申し込んだら貸してくれるかい」
健三・凛子 「エッ!」
総一 「お嬢さんが!」
幾久 「そうだよ、いけないかい」
健三 「姐さん、そりゃいけねえや」
幾久 「健三、あんたの出番は終わったんだ、引っ込んでな。ねえ、どうだろう」
総一 「そ、そりゃ俺は金貸しだ。客になるんならお貸ししますよ」
幾久 「でもあたしゃ組の看板は担保にはしないよ」
総一 「分かってますよ。他ならぬお嬢さんの頼みとあっちゃ断るわけにはいかねえでしょうが」
幾久 「じゃ、貸してくれるんだね」
総一 「貸しましょう」
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総一と幾久・健三との三百万の件は何とか収まりましたが、仁の素性をここまで知らなかった凛子は収まりません。
凛子 「(小さく)仁さん。あんたここの人だったんだね」
仁 「・・・ええ、そうです」
凛子 「あんたもヤクザなのかい」
仁 「・・・ええ、まあそういう事になりますかね」
凛子 「なんで立飲み横丁に来たのさ」
仁 「それはたまたま・・」
凛子 「ホント?あそこが瀬村の関係筋だって事は知らなかったの」
仁 「ええ。本当にたまたまなんです、あそこに行ったのは」
凛子 「そう。お宅と瀬村組との因縁話は知らなかったんだ」
仁 「ええ、知りませんでした」
凛子 「嘘つき!」
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凛子 「じゃ、なぜ知らせてくれたのさ」
仁 「そりゃ、凛子さんが知ってた方がいいと思って・・」
凛子 「そうなんだ。でも瀬村と社長さんの関係は知らなかったんだね」
仁 「えっ、それは・・・」
凛子 「仁さん、あんたがあたしの前に顔を出したのは三年前だったよ。それから今日まで瀬村と社長さんの関係は知らなかったんだ」
仁 「・・・ええ、そうですね」
凛子 「嘘つき!」
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総一 「オイ、姉ちゃん、そいつを責めねえでくれ。横丁に行かしたのは俺なんだ」
幾久 「ねえ、どういう事」
総一 「いや、これは自慢できる話じゃねえんだが、三年前流行りのとば口でコロナに罹っちゃってよ。生きるか死ぬかの目に会っちまったんだ」
幾久 「あら、そうだったの。大変な目にあったね」
総一 「ああ、エクモとかに繋がれてよ、あとちょっとで危なかったんだと。でも何とか助かって娑婆に戻って来たんだが、病院で下の世話から何から何まで看護師の世話になっている時間を思い出すと、すっかり人生観ってやつが変わっちまってよ。なんだかやたら瀬村の事が気に掛ってな、だからこいつに様子を見に行ってもらってたんだ」
凛子 「そうだったの、だったら初めに・・」
仁 「それは言えないよ」
総一 「姉ちゃん、俺はヤクザの金貸しだぜ。瀬村の人間はご存じの筈だ。おれの手下じゃすんなり迎えてくれる筈がねえじゃねえか」
凛子 「・・そうか、そうだね。それで黙ってたのかい」
仁 「はじめは仕事だった。でも、何回か通って行く中ヤクザの裃脱いだ普通の人間としてみんなと飲んでる事が楽しくなった。ところが最近はそれが苦しくなった」
凛子 「・・・なんでさ」
仁 「みんなと親しくなるにつれて、自分の素性を隠していることが苦しくて苦しくて・・・凛子さん、ゴメン。自分はあんたとは会っちゃいけないヤクザです。今までだましてすいませんでした」
凛子 「仁さん・・・・」
仁 「凛子さん。もう横丁には行くことはないと思います。いろいろお世話になりました」
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金を受け取った幾久たちは帰りかけます。
仁 「結構です。(封筒を渡し)お確かめ下さい」
幾久 「(確かめ)確かに。・・・これで契約は成立だね」
総一 「そうですね」
幾久 「借りたお金は必ず返します」
総一 「よろしくお願いします」
幾久 「じゃ、失礼しようか。総一さんお世話になったね」
総一 「どういたしまして、あっ、お嬢さん、さっきの条件なんですがね」
幾久 「すぐに三澤さんと会う時間と場所は知らせしますよ」
総一 「そうですか。よろしくお願いします」
幾久 「それじゃ・・無理聞いてくれて有難うね」
総一 「とんでもない」
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三人が去った事務所に残された総一と仁は一抹の寂しさを憶えています。
総一 「終わっちまったな」
仁 「そうですね」
総一 「いいのか」
仁 「良いも悪いも、正体明かしちまったんですから」
総一 「そうか、俺の遊びもここまでだな」
仁 「そうですね」
総一 「ああ、なんだかつまんねえな」
仁 「ええ。なんか、張り合いがね」
総一 「オイ、腹減った。飯食いに行こう」
仁 「ハイ」
総一 「こういう時はウナギだ、特上のウナギだ」
仁 「お供します」
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第十三場に続く。
撮影鈴木淳
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幾久 「ちゃんと分かるように説明しておくれ」
健三 「あの・・・実はですね・・・」
凛子 「親分、ちゃんと言って、三澤さんと関係があるんでしょう」
健三 「それは・・・」
幾久 「健三!あんた瀬村組の看板を担保に金借りようとしたんだべさ」
健三 「えっ、なんでそれを・・」
幾久 「そうなのかい」
健三 「はい、そうです」
幾久 「だったら、瀬村組本家の血筋を引くあたしに何か挨拶があってもいいじゃないのかい」
健三 「・・・すいませんでした」
総一 「おい、愁嘆場なら他所でやってくれ」
幾久 「ウルサイ!」
総一 「ハイ!」
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幾久 「あたしゃね、謝って貰いたくて言ってんじゃないんだ。なぜそんな事になったのか訳が知りたいんだ」
健三 「ハイ」
凛子 「親分、もう全部ぶちまけちゃいなよ。ここまで来たら隠したって何にもならないよ」
健三 「そうだな・・・実は、三澤さんが理不尽な目にあってるもんですから、それを何とかしようと思って・・・」
幾久 「理不尽な目ってなんだい」
凛子 「だって三澤さんの仕事は順調でコンサートはやる方向で動いてるって、親分から聞いたばかりでないの」
健三 「いや仕事のことじゃねえんだ。三澤さんの立場が危ねえんだ。最近実行委員会で顧問に返り咲いた古参の連中が出資金を出せって因縁つけて、三澤さんを共同出資者から引きずり降ろそうとしてるんだ」
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近日中に三百万の金が必要な事を知った幾久は・・・
幾久 「ねえ、総一さん」
総一 「な、なんでえ」
幾久 「昔のよしみで頼みがあるんだが聞いてくれるかい」
総一 「た、頼みだ?・・・言ってみねえ」
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幾久 「頼みってのはね、健三との借金の件、悪いが白紙にして念書を返してもらいたいのさ」
健三 「姐さん・・・」
総一 「・・・おい、健三。オメエそれでいいのか」
健三 「それは・・」
幾久 「いいも悪いもないよ。堅気が売りの瀬村組の名前が表立っての事柄だ、有無は言わせないよ」
総一 「・・・そうか瀬村組の掟って奴か。そりゃヤクザの金貸しからは借りれねえやな」
幾久 「幸い借用書も真っ新だ。ねえ、総一さんどうだろうね」
総一 「そりゃ、借金するしねえは、そちらさんのご都合だ、俺は構わねえよ」
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健三にとって三百万はどうしても必要な金でした。
幾久 「ねえ、総一さん。組と関係ないあたしが改めて三百万の借金を申し込んだら貸してくれるかい」
健三・凛子 「エッ!」
総一 「お嬢さんが!」
幾久 「そうだよ、いけないかい」
健三 「姐さん、そりゃいけねえや」
幾久 「健三、あんたの出番は終わったんだ、引っ込んでな。ねえ、どうだろう」
総一 「そ、そりゃ俺は金貸しだ。客になるんならお貸ししますよ」
幾久 「でもあたしゃ組の看板は担保にはしないよ」
総一 「分かってますよ。他ならぬお嬢さんの頼みとあっちゃ断るわけにはいかねえでしょうが」
幾久 「じゃ、貸してくれるんだね」
総一 「貸しましょう」
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総一と幾久・健三との三百万の件は何とか収まりましたが、仁の素性をここまで知らなかった凛子は収まりません。
凛子 「(小さく)仁さん。あんたここの人だったんだね」
仁 「・・・ええ、そうです」
凛子 「あんたもヤクザなのかい」
仁 「・・・ええ、まあそういう事になりますかね」
凛子 「なんで立飲み横丁に来たのさ」
仁 「それはたまたま・・」
凛子 「ホント?あそこが瀬村の関係筋だって事は知らなかったの」
仁 「ええ。本当にたまたまなんです、あそこに行ったのは」
凛子 「そう。お宅と瀬村組との因縁話は知らなかったんだ」
仁 「ええ、知りませんでした」
凛子 「嘘つき!」
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凛子 「じゃ、なぜ知らせてくれたのさ」
仁 「そりゃ、凛子さんが知ってた方がいいと思って・・」
凛子 「そうなんだ。でも瀬村と社長さんの関係は知らなかったんだね」
仁 「えっ、それは・・・」
凛子 「仁さん、あんたがあたしの前に顔を出したのは三年前だったよ。それから今日まで瀬村と社長さんの関係は知らなかったんだ」
仁 「・・・ええ、そうですね」
凛子 「嘘つき!」
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総一 「オイ、姉ちゃん、そいつを責めねえでくれ。横丁に行かしたのは俺なんだ」
幾久 「ねえ、どういう事」
総一 「いや、これは自慢できる話じゃねえんだが、三年前流行りのとば口でコロナに罹っちゃってよ。生きるか死ぬかの目に会っちまったんだ」
幾久 「あら、そうだったの。大変な目にあったね」
総一 「ああ、エクモとかに繋がれてよ、あとちょっとで危なかったんだと。でも何とか助かって娑婆に戻って来たんだが、病院で下の世話から何から何まで看護師の世話になっている時間を思い出すと、すっかり人生観ってやつが変わっちまってよ。なんだかやたら瀬村の事が気に掛ってな、だからこいつに様子を見に行ってもらってたんだ」
凛子 「そうだったの、だったら初めに・・」
仁 「それは言えないよ」
総一 「姉ちゃん、俺はヤクザの金貸しだぜ。瀬村の人間はご存じの筈だ。おれの手下じゃすんなり迎えてくれる筈がねえじゃねえか」
凛子 「・・そうか、そうだね。それで黙ってたのかい」
仁 「はじめは仕事だった。でも、何回か通って行く中ヤクザの裃脱いだ普通の人間としてみんなと飲んでる事が楽しくなった。ところが最近はそれが苦しくなった」
凛子 「・・・なんでさ」
仁 「みんなと親しくなるにつれて、自分の素性を隠していることが苦しくて苦しくて・・・凛子さん、ゴメン。自分はあんたとは会っちゃいけないヤクザです。今までだましてすいませんでした」
凛子 「仁さん・・・・」
仁 「凛子さん。もう横丁には行くことはないと思います。いろいろお世話になりました」
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金を受け取った幾久たちは帰りかけます。
仁 「結構です。(封筒を渡し)お確かめ下さい」
幾久 「(確かめ)確かに。・・・これで契約は成立だね」
総一 「そうですね」
幾久 「借りたお金は必ず返します」
総一 「よろしくお願いします」
幾久 「じゃ、失礼しようか。総一さんお世話になったね」
総一 「どういたしまして、あっ、お嬢さん、さっきの条件なんですがね」
幾久 「すぐに三澤さんと会う時間と場所は知らせしますよ」
総一 「そうですか。よろしくお願いします」
幾久 「それじゃ・・無理聞いてくれて有難うね」
総一 「とんでもない」
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三人が去った事務所に残された総一と仁は一抹の寂しさを憶えています。
総一 「終わっちまったな」
仁 「そうですね」
総一 「いいのか」
仁 「良いも悪いも、正体明かしちまったんですから」
総一 「そうか、俺の遊びもここまでだな」
仁 「そうですね」
総一 「ああ、なんだかつまんねえな」
仁 「ええ。なんか、張り合いがね」
総一 「オイ、腹減った。飯食いに行こう」
仁 「ハイ」
総一 「こういう時はウナギだ、特上のウナギだ」
仁 「お供します」
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第十三場に続く。
撮影鈴木淳
AD
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