(1)マーケティングとは
マーケティング(marketing)とは、英語表記でわかるように、マーケット(market、市場)の動詞で、市場での取引き(交換)を意味する。
マーケティングという言葉の本質は、一般的に言う販売促進との違いを考えるとよくわかる。販売促進は、顧客の要求はともかく、とにかく売れればいいというニュアンスを持つ。これに対して、マーケティングは、「商品について顧客に知ってもらい、商品が欲しい顧客に、商品を入手してもらう」ことを示す。
つまり、マーケティングとは、商品を「売る方法」ではなく、商品が「売れる仕組み」をつくることである。この際、重要な点は、顧客満足を中心に考えること、市場を創造することである。
(2)山村におけるマーケティングの必要性
山村で行われるビジネスには、作り手の思いがこもっている。しかし、思いを形にするだけでは、商品は売れない。顧客に思いを伝えること、顧客と思いを分かち合うこと、顧客の思いを高めることで、商品が“売れる”ようになる。
山村でのビジネスを「供給プッシュ」から「需要プル」に変えていかなければならない。木材の供給がいい例である。戦後の造林地で、「伐採適期となったから、木材を使ってください」というのは「供給プッシュ」である。そんな勝手な押しつけで売れるわけがない。消費者に、「国産材住宅に住みたい」と思わせ、需要を創出し、購入の機会を創出することが必要である。
「地元学」は、地域の住民が、地域の資源を見直し、自らの発意で活動を考える作法である。しかし、地域の資源を活かした物産品を開発しても、簡単には売れない場合が多い。商品開発や流通開拓などに問題があるためと考えられるが、それ以前に顧客の要求を調べ、それに応える商品をデザインするというプロセスが欠けているからである。
全国各地に「地元学」が普及してきた今、「地元学」を越えて、顧客と地域資源をつなげるマーケティングが必要となっている。
(3)マーケティングの基本
①商品をトータル・デザインし(4P)、顧客の視点で考える(4C)
「商品をトータルにデザインする」ことが必要である。トータルにデザインすべき要素は、製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、プロモーション(Promotion)である(表1参照)。これらはイニシャルをとり、「4P」といわれる。
さらに、「4P」は供給側の見方であり、需要側から見直すことが必要であるとして、「4C」が提案されている。
顧客ニーズの解決(Customer solution)、顧客のコスト(Customer Cost)、利便性(Convenience)、コミュニケーション(Communication)である。
「4P」と「4C」は対応する関係にある。顧客目線で「4C」をデザインすることが大切である。
②対象を定める(ターゲッテイング)、立ち位置を明確にする(ポジショニング)
誰もが同じものを欲する時代は終わり、消費者のニーズは多様である。このため、顧客となってもらいたい対象を定め、その顧客のニーズに合わせて、顧客にどのような付加価値を提供するかを検討する必要がある。これを「ターゲッティング」という。
対象は、年齢、性別、居住地域、森林・林業・山村への関心度、あるいは環境問題、健康への関心度等の観点から絞り込むことができる。例えば、自分や家族の健康に関する意識が高く、自然志向が強い、若い女性を対象として、自然と健康をキーワードにした商品を提供しようと考えることが、「ターゲティング」である。
一方、市場では、同じ顧客を対象とする、他のビジネスも存在する。このため、競合相手に対して、差別化した商品を提供することが求められる。この差別化のことを、「ポジショニング」という。例えば、馬の産地である地域では、乗馬による健康づくりをテーマとすることで、健康づくり市場における差別化を図ることが考えられる。
(4)山村らしいマーケティング
マーケティングというと、商業主義(儲かればいいという短絡的な考え方)であり、森林や伝統文化という公益性を保全・継承する役割を持つ山村での活動においては、ふさわしくないという見方もあろう。
しかし、社会のためになる活動であっても、事業採算性や地域経済の活性化につながるものでなければ、継続が困難である。山村活性化や住民の幸福という目的に対する手段として、経済事業としての自立が必要な場合も多い。マーケティングは、継続的な経済事業を実現する手法である。
一方、山村マーケティングにおいては、山村であるがゆえに、こだわる部分も必要である。次のような側面へのこだわりが必要である。
【山村らしいマーケティング6か条】
一、あるもの
地域資源(地域にあるもの)を活用すること、無いものねだりをしないこと
二、つながり
とりわけ地域内の産業間の連鎖や顧客との関係づくりを重視すること
三、わかちあい
地域住民が参加し、利益が地域住民に還元される仕組みをつくること
四、みえるか
環境面や社会面での効果を確かなものとし、それを関係者や顧客に伝えること
五、ほどほど
適正なサイズやスピードで行うこと、過剰な需要に振り回されないこと
六、まなび
関係主体が取組みに参加することで、学び、成長する仕組みをつくること
(5)山村ビジネスと社会関係資本
①社会関係資本(人と人のつながりの力)とは
「山村らしいマーケティング6か条」のうち、地域内の産業間の連鎖や顧客との関係は、「社会関係資本」という考え方に置き換えることができる。
社会関係資本とは、「人と人のつながりの力」を意味する。1990年代に米国の研究者により提起された考え方である。「人と人が信頼しあい、助け合いの精神を持ちあい、ネットワークを築いている」、それが社会関係資本の形成された状態である。
日本でも2000年代以降、社会関係資本の実態やそれと地域づくり、防災・安心、教育、福祉、環境活動等との関係が研究されてきた。
近年、社会関係資本が注目されてきた背景には、伝統的な互助関係の希薄化がある。高度経済成長における農山村から都市への人口移動や、ライフスタイルの変化により、地域での伝統的な互助関係の希薄化が危惧されている。
一方、NPOやインターネット上のネットワーク・コミュニティなど、新たなつながりが形成されている。
こうした過渡的な段階において、伝統的な社会関係資本を如何に活かしていくか、あるいは新たな社会関係資本をいかに創造していくかが課題となっている。
②ビジネスと社会関係資本
ビジネスにとっても、社会関係資本の活用は不可欠である。消費者との社会関係資本が強まれば、消費者を囲い込むことができるし、消費者ニーズに応えた商品の開発・流通が容易となる。
供給側のサプライチェーンにおいても、社会関係資本は不可欠である。社会関係資本を高めることが、ビジネスの持続可能性を高める必須条件となる。
③山村ビジネスにおける社会関係資本
特に、山村ビジネスにとっては、社会関係資本の活用の重要度が高い。なぜなら、山村ビジネスは、マス市場を対象にした大量生産・大量消費を狙うものではなく、特定の消費者との関係の重要性が高いためである。
社会関係資本を形成し、思いを共有する消費者に、“思いのわかちあい”という付加価値も含めて味わってもえらえる商品を提供することが必要である。
また、山村ビジネスは、資金の調達、労働力の確保、商品の開発・製造、流通等において、大規模な事業を展開することは少なく、「規模の経済性」が得られにくい。
このため、商品の品揃えを増やして、「範囲の経済性」を高めたり、ボランタリーなマンパワーとの協働による流通の効率化を図るなど、主体間の連携による創意工夫が必要となる。
また、特定の事業主体だけが利益を得るのではなく、地域内の産業連鎖構造をつくり、地域全体が活性化するような仕組みをつくることが大事である。山村においては、個々のビジネスの発展と地域の活性化は不可分である。