今回は、カーボンフリーアイランドを目指す済州島における住民の受容性を高める仕組みの整備と関連する島内産業の動きを紹介する。
●外部企業による風力発電に対する「公風化」の提案
大規模な外部資本による再生可能エネルギー発電所の設置に対して、自然保護や受益を得ない地域住民の立場から、反対運動が起こることはままある。済州島においても、1998年のヘンウォン地域での風力発電団地の建設を契機に、2000年代に入って、大企業による風力発電の設置が活発になった。そのうち、城山という観光地の近くで推進された風力発電の建設に対して周囲の農家が反対し、警察が投入されるなど、いくつかの紛争が発生した。
利潤追求の目的で済州島に進出する大企業に対して、「風資源の公共化(公風化)」を提案し、風力発電業の過程において、「地域住民の立場や意見が考慮されなければならない」、「住民の賛成を得なくては事業をしてはいけない」という提案を示したのが環境運動連合済州地域本部である。同本部は1994年設立され、環境に関する政策提言、地域内の開発事業が環境破壊を引き起こす場合の反対運動、調査活動及び会員を対象に調査人材育成、環境教育等を行ってきた。現在会員数は1,000人。政府や企業の支援はなく組織は100%会員の会費で運営されている。
済州島には、「公風化」に関連する前例があった。済州道の地下水を公共資源として管理することし、済州道が出資した公企業である済州開発公社のみが地下水の飲用での生産及び販売することができるという済州島特別法の制定である。これを風に適用して、環境運動連合は「公風化」という理念をつくり、済州政府に提言したのであった。
済州島では、牧場を共同で使用する共同文化があり、また狭い島に引ける長いスパンの電力インフラは限りがあることから、地域住民は一部の企業に共有物を先取りされることはよくないと理解し、「公風化」の声明書に賛成してくれた(環境運動連合のインタビューより)。
●「公風化」を実現するルールづくり
済州政府は、提言を受け入れ、「公風化」を実現するために、風力発電事業を担う済州エネルギー公社を設立した。また、2016年には、「済州特別自治道の風力資源の共有化基金条例」を制定し、風力発電の収益を地域に還元する仕組みを整備した。これらにより、現在では、次のようなルールが運用されている。
第1に、済州エネルギー公社が済州島で行う風力事業を担い、その利益を地域に落とすことが基本である。ただし、洋上風力は同公社が主体となるが、陸上風力は民間企業と地域住民が連携して行う仕組みを整備する。
第2に、風力事業の申請時に、影響を受ける該当町の住民同意書を提出しなければならない。洋上風力であっても、影響圏の村に一定の資金を出さなければならない。
第3に、陸上風力は民間企業が設置することができるものの、民間企業と住民がコンソーシアムを構成しなければならない。企業は町の空牧場や空果樹園等を住民から借りる代金として風力1基当たり一定の金額を払わなければならない。
第4に、民間企業による陸上風車の設置を受け入れた地区では、住民主導で風力機3MW級1基を新たに設置することが可能となる。この収益は、1地区で年間6億ウォン(6千万円)程度となり、地域活動に使われる。
第5に、済州エネルギー公社の利益配当額、民間企業による発電利益の寄付、済州特別自治道が所有する設備の電力販売収益等を財源とする基金を設ける。基金は、再生可能エネルギーの開発・利用・普及の他、社会福祉施設への太陽光パネル設置と暖房費支援、低所得層の電気料金の支援等のエネルギー福祉政策に活用され、広く島民に利益を還元する。
●電気自動車や風力発電関連の地域産業の活発化
産業面の動きをとりあげよう。済州地方政府が、2013年を再生可能エネルギー政策の元年とし、2030年に済州カーボンフリーアイランドを実現するためのロードマップを発表することで、それを支え、活かす産業の振興策が活発化してきている。
済州島内は環境保全を重視する観光の島であるため、製造業が少ない。このため、再生可能エネルギー関連の産業も主にサービス産業、つまりメンテナンス、修理、運用に関連する産業が中心となる。
関連産業の支援を行うのが、済州テクノパークである。テクノパークは韓国全国に地域ごと18箇所、設置されている(14箇所は広域自治体の下、4箇所は民間運営)。 各地域の特産産業を中心に、地域企業を支援する。済州テクノパークは、2003年度に設立されていたバイオテクノロジー産業支援とIT産業支援をしていた別組織が2011年4月に合併した組織である。済州テクノパークの予算規模は、2017年度で330億ウォン(約33億円)であり、そのうち国家予算230億ウォン、地方政府予算100億ウォンとなっている。
済州テクノパークでは、済州島に特徴的な観光産業、水産業、バイオテクノロジー産業等も支援対象としており、風力発電及び電気自動車産業は支援対象の1分野である。研究開発プロジェクトの支援数は年間100件以上、1件当たり3~5億ウォン(3~5千万円)の支援がなされる。支援対象はあくまで島内の企業であり、島内の企業が主導する場合に外部企業の連携参加が可能である。
支援対象としては、例えば、充電器設置、電気自動車のメンテナンス、廃車バッテリーの再利用等に関する事業等がある。廃車バッテリーの再利用では、車に装着されているバッテリーの寿命は約25年、自動車の使用年数が15年として、残った10年の廃車バッテリーを農業用に再利用することが研究されている。
以上のような風力発電及び電気自動車産業の研究開発は、2030年に済州カーボンフリーアイランドを目指すという地方政府の旗印によって活発化している。製造業が少ない済州島ではあるが、長期的で段階的な市場形成が見込めることから、地域企業が先を見通した研究開発に取り組むことができ、この面での地域経済への波及効果が期待できる。
●カーボンフリーアイランドによる地域経済効果
済州特別自治道庁では、カーボンフリーアイランドによる地域経済効果として、次の6つの側面を回答してくれた。
①風力、太陽光、蓄電、電気自動車の充電インフラ等の関連エネルギー産業の技術及び人材の養成を通じた道内関連産業の復興が期待される。
②エネルギー自立によるエネルギー購入費用の削減と発電による収益の島内還元効果が期待される。
③ミカン等の閉園地での太陽光発電事業を通じて、敷地を活用及び収益創出が可能であり、これは済州の特産物であるミカンの生産過剰の防止、需給調節にも効果がある。
④済州の主要産業である観光産業と関連する施設(遊園地、宿泊施設など)に安くてクリーンなエネルギー源を提供することで、地域経済に貢献するものと期待される。
また、関連産業の育成、産業構造の高度化に応じて、5万人以上の雇用が創出されるという試算もある。
福岡から100kmという近い場所に位置する済州島。2030年に向けて、島をあげて再生可能エネルギーへの代替を一気に進めるとともに、住民の受容性を高める仕組みの整備や地域企業の振興をダイナミックに進めている姿に、日本はもっと関心を持ち、学んでいく必要がある。本稿の記述は、地球環境戦略機関の昔宣希氏と共同で実施した関連する行政や企業、NGO、大学関係者への多面的インタビュー調査の結果に基づいている。