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"判断留保"
“僕らしくなくても僕は僕なんだ 君らしくなくても君は君なんだ” 【ハイロウズのNo.1】

わたしは通り道だ

2021-02-27 09:32:10 | universum - 宇宙
からだは通り道だ

水の通り道だ
命の通り道だ
光の通り道だ
音の通り道だ
感情の通り道だ
想いの通り道だ
エネルギーの通り道だ


この宇宙も通り道かもしれない
この宇宙も一つの細胞や大河の一滴、大海の一滴であるかもしれない

そして わたしの体もまた
海だ
宇宙だ


すべてひと連なりのもの
溶け合う海

エネルギーと呼んでも
愛と呼んでも
魂と呼んでも

ひとつのものなら
なんと呼んでもいいだろう
呼ばなくてもいい




境界はない

森の海、海の森、エネルギーの海の宇宙

2020-04-08 08:39:38 | universum - 宇宙
森にずっと座ってると、色んな生き物が関係しあって繋がってるのかなー、ってなんとなく感じる。それぞれが勝手に生きつつも。食って食われて。動物の腸を通過することで発芽生育に適した状態になる種子もあるとかと聞く。色んな鳥虫獣の鳴き声が入り混じる、アリが木の幹を這う、毛虫や蜘蛛が糸でぶら下がっている、ちょっと物音を立ててしまうと巣でくつろいでいるトビがびっくりして飛び立ってしまう、カラスとトビが喧嘩をする、森を縦横無尽に走り回って食べまくっているリス、枯れた木の幹の根本から生えてくる新芽。太陽光をエネルギー源にする者、その植物を食べる者、動物を捕らえて食べる者、動植物の死骸をエネルギー源にしつつ分解して結果的に土に還していく者。それぞれがたぶん好き勝手に本能のままに生きていながらも、繋がって揺らめきつつも安定しているのかな、とか、思う。

海は一つの液体を共有してすごい交じりあった生き物の世界と感じるけど、土もまた海のようだなぁ。獣も虫も菌も栄養も土の中にたくさんいる。そもそもこの宇宙が揺らめくひとつながりのエネルギーの海の中かな。

自らの力では増殖できずに、他の生物の力をかりて遺伝子を増やしていく者たちもいる。他のすべての生物もそもそも「自らの力」だけで生きてはいないけど。自らの力で完結して生きていく形と互いに頼りあいながら生きていく形、後者の方がこの世界にふさわしい形であって、自然とそういう世界に淘汰されていくならいいなーとか思う。いや努力しなきゃかな

生物種が自然淘汰されていくならば、生態系の形もまた自然淘汰されていくのかな。この土地の天候や時代にふさわしい生態系として安定していく、環境が変われば生態系の姿も変わっていく。

2020-01-09 16:13:59 | universum - 宇宙
海はすごい
体液を共有してるみたいだ
一つの海の中にみんな溶け合っている
体の中と外がつながってる
海という環境がそのまま体の中まで細胞の中までつながってる
細胞の一つ一つが直接環境につながってるみたい
細胞の一つ一つが海に裸で浸って、さらされているみたい

陸上の生物だって同じかな
水ほど目に見えるものでもないけれど
大気を共有している
吸う息と
吐く息と
つながっている
食べ物を大地から頂いて
それらは太陽の光や水や何かでできている
太陽の光は行き渡る
風も行き渡る
この雲はどこから来たのか
いまここに降る雨水はどの海から昇ったのか

みんなつがなってる

命は意外と簡単に終わる
エビに喰われたり、イカに喰われたり、シャチに喰われたり、鯨に喰われたり
喰って喰われて

海にぷかぷかと浮いた白いブヨブヨな巨大な物体に群がる魚たち鳥たち
そのブヨブヨは巨大な 鯨 の亡骸です。
どんだけのエネルギーの塊か
サメも海鳥も飛び魚もシャチもみんな集まる

そして「鯨骨生物群集」と呼ばれるのは深海に沈んだ鯨の骨に群がる生物たち
鯨の体は脂肪分がとても多いため、脂肪の分解過程で発生するメタンや硫化水素などをエネルギー源とする特殊な細菌が増殖し、独自の生態系を成すそうです
火山口とか、ガラパゴスみたいな離島とか、火星とか、そういう隔離された独自の生態系

命とは何ですかね
それは定義するものではなくて
生きるものだろう
感じるものだろう

いまここで起こっていること
反応し合って変化し合うエネルギー反応の連続
連鎖する反応が全て終わって収束した後に冷たい宇宙が残るのか



もう何も起こらない世界
時間も空間もない世界

もう何も感じない世界
喜びも苦しみもない世界

もう世界ですらないかもしれない世界




何も起こらないはずだけど

そこからまた宇宙は始まるかもしれない

人間の世界では「理に叶った」ことばかりが信じられているが
「理」は人間の思考に宿るものだから
人間だけがいつも「理」を求めているのだから

宇宙の始まりには
「理」
はいらない

理由も、筋道も、必然性も、何もいらない




起こることはただ起こるだけ

【アラビア語 :特別な表現】「開けゴマ ・ 閉じろゴマ」 إفتح يا سمسم \ سكر يا سمسم

2019-06-05 14:06:16 | universum - 宇宙
【アラビア語 :特別な表現】「開けゴマ ・ 閉じろゴマ」 إفتح يا سمسم \ سكر يا سمسم

開けゴマ(やーやーゴマよ 扉を開きなさい):「いふたふ やー せむせむ」
閉じろゴマ(やーやー ゴマよ 扉を閉じなさい):「さっける やー せむせむ」

「せむせむ(すぃむすぃむ)」がゴマです。

アラビアンナイトこと千夜一夜物語(あるふ らいら う らいら الف ليلة و ليلة)の「アリババと40人の盗賊」からですね。

道を歩いていると「あーりーばーばー」と子供から声をかけられることが稀にありますが、これはあまり良い意味ではないようです。「泥棒」の意で使われているようです。「ある国が土地を盗んだ泥棒(あーりーばーばー)だとか」逆に、「流れ込んでくる難民たちに国内お金どんどん使われている」と嘆く人もいる。そんな風に大人は言うことがあります。

「あーりーばーばー」は大人が家で使ってるから子供が外で真似するんだろうかとか、色々考えちゃいますが、言われても気にしないようにしたい。見えないもののことを勝手に妄想するのは良くない。それにしても、こんだけ物価(日本の1/5 から 1/3 ぐらい?)が違ったり、持っている道具に差があったりする(例:ヨルダンではアップル製品とかはほとんどみない)ならば、「泥棒」と子供や人々が思ったり、市場で「吹っかけ」られるのも無理はないようにも思う。各々の能力に応じて税を分担したり、所得が再分配されることはまっとうなことだ。そうは言っても、観光客相手に効率良く儲けていい暮らししている人たちと街で地道に働いているひとたち(早朝から晩までゴミ拾いしたり掃除したりしているおじさん)とかを見ると、なんかなー、とか思う。思うものの、自分は組織に色々守られて高みの見物じゃないけど、安全なとこから、眺めてるみたいで、後ろめたい気分にもなる。彼ら日本人がどんな風に働いて暮らしているかとか知らないし、俺だってこの国の人々がどのように働いて暮らして何を感じているか、同じ目線から見ることはできない。

なんてことをごちゃごちゃ言っている暇があったら、何が良いか悪いかもわかんないけど、がんがん活動したら良いかとは思います。
ほんとそうだな。

言いたいこと・思ってることに できるだけ 文章で適切に表現しようとする努力と誠実さが私には足りません。つまり、途中でめんどくさくなってる。すみません。

【アラビア語 :特別な日の挨拶】‎كل عام و انت بخير 毎年毎あなた方に年良いことがありますように

2019-06-05 07:44:15 | universum - 宇宙
【アラビア語 :特別な日の挨拶】

‎كل عام و انت بخير

May you goodness be with you every year.

くっる あーむ あんた びはいる(男の人に)

くっる あーむ あんてぃ びはいる(女の人に)

くっる あーむ あんとぅむ びはいる(あなたたちに)


‏「毎年毎年 あなたによいことがありますように」


ラマダーン明けや誕生日などの特別な日の挨拶です。日本では「今年も良いことがありますように」「良い年でありますように」とかって言いますが、アラビア語では「毎年よいことがありますように」とお願いします。そりゃーどうせなら、今年だけじゃなくて毎年の方がいい?ちょっと欲張りかな?欲張りというより、振る舞いというか、中途半端じゃない、思いっきりの良い振る舞い的なものを感じる。食べ残しをいっぱい捨てるのはよくないけど。ちなみにアラビア語(標準語)ではあなた・君・あんた(男)は「あんた」といいます。あんた・あんてぃ(女)・あんとぅむ(複数)。ヨルダン方言だと いんた・いんてぃ・いんとぅ。