こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア-第三部【27】-

2024年11月23日 | 惑星シェイクスピア。

(※映画「哀れなるものたち」についてネタばれ☆があります。一応念のため、ご注意くださいませm(_ _)m)

 

「あわれなるものたち」という映画を見ました♪

 

 見るきっかけは、ラジオの映画紹介で「見る人を選ぶ映画とは思うけど……」という前提で、あらすじのほうが紹介されていたからだったり

 

 その前から天ぷら☆などで、エマ・ストーンちゃんの印象的なビジュを見て「面白そう」と思っていたこともあり、それで見たわけです。

 

 いえ、わたし今までの人生で「見る人を選ぶ映画と思う」と語られていた映画って、大抵わたし自身も「面白い」みたいに感じることが多かったので――ちょっと見ていて唸るところのある映画だったと思います、珍しく(^^;)

 

 これ、わたしが男性だったら特に何も問題なく、たま~に眉間にちょっと皺が寄るようなシーンがあるように感じるのは……なんというか圧倒的にたぶん女性のほうが多いのではないかという気がします。

 

「面白い」or「面白くない」で言えば、個人的に「面白い」ほうに票を入れると思いますし、「好き」or「嫌い」で言えば、たぶん「好き」のほうにギリギリ票を入れる感じかなと思います。でも、こんなに感想を書くのが難しい映画もちょっとないなと思いました。そこであえて無謀にも書いてみようと思ったのかも……まあほんと、「やめとけ!!」って話なのですが(^^;)

 

 >>天才外科医によってよみがえった若き女性ベラ(エマ・ストーン)の驚くべき物語。未知なる世界を求めて大陸横断の冒険に出るベラは、時代の偏見から解き放たれ、平等と自由のために立ち上がる。

 

 ハイ、天ぷら☆にあるこのあらすじだけでは意味不明と思うので、ちょっと追加してみたいと思いますm(_ _)m

 

 冒頭、主人公のベラは投身自殺しようとテムズ川……だと思うのですが、そこに橋から身を投げます。その彼女を救ったのがフランケンシュタインような(一般的な価値観から言えば醜い)バクスター博士でした。天才外科医の彼は、ベラの頭から脳みそを取りだし、妊娠していた彼女のお腹にいた赤ん坊の脳を移植。その後、ベラは見た目は若い女性のまま、真っ白な心を持つ赤ん坊として色々なことを学んでいきます。バクスター博士は大学の医学部の教授でもあり、そこの学生のひとり、マッキャンドルスを助手とし、ベラの行動というのか成長日記的なものを研究として書き記させることに

 

 ベラちゃんは無邪気できゃわゆく、かなりのところ突拍子もない行動を取るものの、マッキャンドルスはそんな彼女のことを愛するように……ところが、もう結婚も間近という時、ベラを屋敷から外へ出ないようかなり厳しい法による取り決めを前もって定めようとしたバクスター博士は、ダンカン・ウェダバーンという弁護士を雇います。

 

 ところがこのウェダバーン、ベラのことを見初めると、彼女のことを外の世界へ連れ出していってしまうという。このことは、父親といっていいバクスター博士も婚約者のマッキャンドルスも承知の上のことで、ベラはその後ウェダバーンと一緒にポルトガルのリスボンへ……。

 

 ところで、ベラは赤ん坊の脳が学習して徐々に色々なことを覚えていったものと思われますが、肉体のほうすでに成熟した女性です。そんな中、ウェダバーンと初めてセックスする前に、ひとりでオナニーしてそうした悦びのあることをすでに知っていました。そうした「ひとり天国」をベラは無邪気に少しも悪いこととは思っておらず、他の人にも大っぴらに話してみたりと、マッキャンドルスが世間の良識的なことを説いても全然ピンと来てない様子

 

 ダンカン・ウェダバーンは、ベラが「熱烈ジャンプ」と呼ぶ激しいセックスを精力絶倫的な力を発揮して繰り返し彼女に教えたようなのですが、ここでウェダバーンにとっての誤算が……ウェダバーンはそうした快楽を味わうだけ味わったらベラのことを捨てるつもりだったらしい。ところが、ベラの性格にも肉体にもすっかり夢中にさせられてしまい、最終的に彼は文なしとなり、ベラとはフランスのパリで別れるということに……

 

 ウェダバーンと船旅の途中、一緒に乗り合わせた人物から「この世界にはいかなる悲惨があるか」を皮肉好きの黒人男性から教えられたベラは、ウェダバーンが船内のカジノで大勝ちしたお金を「あの貧しい人たちに」と思い、すべて寄付してしまいます(もっとも、船の従業員が「我々が預かっておきましょう」、「必ず彼らに渡します」的なことを言って受け取っており、ベラが「あの貧しい人たちに」と思った人々に届かなかったろうことは明白です)。

 

 ウェダバーンはこのことで怒り狂い、お金がなくなったことで次の寄港地であるフランスで下ろされ、ベラはお金がないので体を売って稼ぐということにします。ベラが他の男と寝て金を得たことを知り、頭が爆発しそうになるほど怒り、「売女め!!」といったように彼女を罵り、ベラのことを心配したバクスター博士が彼女に持たせたお金があるとわかるなりそれをむしり取るようにして奪い、ウェダバーンは姿を消しました(とはいえ、ベラに惚れてるダンカンはその後もちょくちょく姿を現すようにはなるのですが)。

 

 こうしてパリの娼館で働くようになったベラ。とはいえ、ベラはセックスが大好きなので、それを安いお金で搾取されているとは考えず、需要と供給が一致しているというのか、それに近い考えでなるべく自分も楽しみつつ働く……というか、そんなふうに考えていたらしい。とはいえ、相手の男性については当然選べず、不潔な男性も多かったり、体臭がキツかったり、相手がすぐイッて終わっちゃったりと、何かと色々ある模様。そんな中、ベラはその間も学びを重ね、共産主義者だという同じ娼婦の女性とレズビアンの関係を結んでみたり……書き忘れてましたが、船で知りあったおばあさんがいて、この女性がエマーソンの本を貸してくれたり、色々なことを教えてもくれたようで、ベラは「世界をよりよくするために」と、彼女独自の哲学を深めていく

 

 そんな中、ロンドンのバクスター博士が死にそうだとの葉書が届き、ベラはそちらへ戻ることにします(葉書には「永眠」とあったようなのですが、癌の末期症状に悩まされながらも、バクスター博士はまだ生きていました)。故郷へ戻ってきてほっとするベラ。こここそ自分の生きる場所と、あらためてそんなふうに思い返した模様。

 

 マッキャンドルスはパリで娼婦をして男と寝まくったと知っても、ベラと結婚してもいいと思っていたようで、ふたりは性病検査後、結婚式を挙げることに……ところが結婚式当日、アルフィー・ブレシントンなる男性がダンカン・ウェダバーンと一緒に登場。こんな言い方ではないのですが、「ちょっと待ったあっ!その女はすでにオレと結婚してんだぜ」と、ベラことヴィクトリア・ブレシントンを自分の妻として取り戻そうとします。

 

 実をいうと、ベラとウェダバーンが旅行中、こんなことがありました。ベラのことを見かけた身なりのいい、貴族的雰囲気の女性が「ヴィクトリア・ブレシントン?」と、ベラのことを人違いするという一場面というのがあったのです。そのことを覚えていたウェダバーンは、アルフィー・ブレシントンというイギリス軍において将軍の地位にあるという貴族男性のことを探し当てた模様(物凄い執念!!)。

 

 バクスター博士は「行くな」と言って止めますが、おそらく自分が何者なのかを知りたい欲求からでしょう。ベラはアルフィー・ブレシントンについていくことに決めます。この前にベラは、自分が実は自分ではないこと……自殺したお母さんの胎内から取り出され、そのお母さんと脳を交換されたという真実を知りますが、バクスター博士が死にそうだからではなく、「生はとうといもの」として、それを与えてくれた父代わりのゴッドウィン・バクスターのことを許します。

 

 さて、アルフィー・ブレシントンの屋敷で暮らしはじめたベラですが、彼が屋敷の侍女に嫌がらせをしたり、侍従を陰険に銃で脅していたりと(しかも「食事の魚に骨が入ってたぞ。気をつけろ!」とかそんな理由)、一見立派そうに見える外見に反して、その性格にはかなりのところ問題のあることがわかってきます。しかも、ベラに対してはパリで娼婦をしていたと知っていたわけですが、彼女のことを眠らせて、その間にクリトリス除去手術を受けさせようと画策。そのことを知ったベラは逃げようとしますが、屋敷はどこも鍵がかかっていて出ていけそうにありません。

 

 そこで、クロロフォルム入りのお酒を飲まされる前に、「実はわたしはヴィクトリアじゃない」的な話をはじめるベラ。例の脳を交換され云々……という話なわけですが、クリトリスを除去された上で妊娠させられる計画を知った彼女は、お酒の入ったグラスを渡されるとそれをアルフィーの顔にバシャリ!とかけます銃を向けられ、お酒を飲むよう強制された形のベラですが、その瞬間、アルフィーは誤って自分の足を銃で撃ってしまいます。その上、クロロフォルムがそんなに効きがいいものかどうかよくわかりませんが(笑)、とにかくそんな薬の効果もあったようで、ベラは自分の屋敷のほうへアルフィーを運びます(このあたり、細かな描写は一切ありませんが、屋敷の侍女や侍従にあれだけ嫌われていた彼のこと、ベラに協力して馬車へ運んだりすることなど喜んで行ったのではないでしょうか)。

 

 さて、ダンカン・ウェダバーンもそうですが、アルフィー・ブレシントンのようなタイプの男も、生きている限り絶対追ってくるだろう粘着質のストーカータイプ……というわけで、殺す以外今後も自分の愛するクリトリスを守る解決策はないように思われますが、「彼が死ぬところを見たくないの!」と頼まれ、マッキャンドルスはベラと一緒にブレシントン将軍にある手術を施すことにした模様。

 

 その手術とは!!なな、なんと……山羊の脳とアルフィーの脳を取り替えるという、誰もが死んでも受けたくないような手術でした

 

 いやまあ、一応脳みそ関係で言えばアルフィー・ブレシントンはベラの父親でもあるわけで(ややこしいな!笑)、「モンスターを妊娠してしまった」と苦しみ悩み、自殺したヴィクトリアのことを思ってみても……ラストで山羊と同じく四つん這いになり、もぐもぐ草を食べたりしてる脳みそ山羊アルフィーはあれでいいんでしょうけれども……ベラはこののち、医者を目指すことにした模様。マッキャンドルスとは結婚したのかどうかわかりませんが、ふたりの関係は以前と同じくとても良好な様子。そして屋敷の庭で勉強するベラの隣にはパリの娼館で知りあったあの共産主義の親友もいて、他にはベラがウェダバーンといなくなったあと、次の被験者になったらしいフェリシティという若く美しい女性もいます(でも彼女は、ベラほど自律したような性格を有してはおらず、知能のほうがあまり発達していないような印象です)。

 

 アルフィーの他に、昔からいるニワトリと犬が合体したキメラのような鶏犬(ニワトリイヌ)や、アヒルの頭と犬が合体したような動物など……何分邦題が「哀れなるものたち」なので、てっきり主人公のベラ含めたこうした合成動物的存在すべてが「哀れなるもの」なのかという意味かといえば、そうではないと思うんですよね。

 

 アルフィー・ブレシントンという、身分や外見のみマトモそうに見えるモンスターと結婚し、彼との子供が生まれてしまえば「結婚生活」と書いて地獄と読む……というような暮らしが続いていくことに絶望して自殺したのだろうヴィクトリアも哀れだし、弄んだあと捨ててやるつもりでいたのに、その逆にめろめろにさせられ、嫉妬で狂ったようになりベラのことが頭から離れないダンカン・ウェダバーンも哀れ、ゴッドウィン・バクスターは父親から幼少時より「科学の発展がどうこう」いう理由によってあちこちを外科的に傷つけられており、そんな彼もまた哀れだし……原題のほうは「Poor Things」というものらしく、直訳すると「貧しきものたち(可哀想なものたち)」ということになるのでしょうか(つまり、わざわざ書くのもなんですが、ベラが心から深く同情したあの「貧しい人たち」、「あわれな人たち」より、彼らのほうが真の意味で富んでいると言えるのか、とも読めるのではないでしょうか^^;)

 

 まあでも、わたし自身はこの映画に関しては「ここにはこうした深い意味があったのでは……」的に考えることは、見終わったあと一切ありませんでした。わたしにとって映画の中で一番良かったと思ったのは映画の最後のスタッフロールが流れるシーンなんですよね、実は(美しいんです)。あと、見てて「よくエマ・ストーンちゃん、脚本読んでこの役引き受けたな」という部分を高く評価するという、ただそれだけだったような……。。。

 

 オスカーの四部門に輝いていることもあり、そのあたりで「見てみようかな」と思う方も多いかもしれませんが、わたし自身は「う゛~ん。どうかなあ」って感じるような映画だったかもしれません(^^;)。

 

 とりあえず、個人的には「フェミニズムについて考えさせられるような映画だった」とか、いかにもわかってます口調で語ってる方がもしいたら(いないと思うけど・笑)、手にメリケンサックはめてそいつを殴ってやろうかなと感じるという、そんな映画でもあると思います

 

 それではまた~!!

 

P.S.ここ書いたあと、ちょっと軽くググってみたところ……ヨルゴス・ランティモス監督が「男の監督がフェミニズムに関する映画だなんてと最初は思ったけど……」みたいに語っているらしいので、どうやら「哀れなるものたち」はマジで「フェミニズムについて」の映画みたいです(^^;)わたし、原作のほう読んでないのでなんとも言えませんが、関連作品として「メアリーの総て」という映画が挙げられるらしく、わたし「メアリーの総て」はすごく大好きな映画なのですこちらは、フランケンシュタインの著者であるメアリー・シェリーの映画なのですが、正直、「哀れなるものたち」については「女性の性の解放についてさえ描いてあればフェミニズム映画と言えるのか?」という点で、ちょっと「ん?」となるんですよね。あと、エマ・ストーンちゃんは最初の制作段階から関わっていた的なことがウィキに書いてあったので、ベラ役については相当意欲的だったんだなと思ったような次第であります。見事なまでの女優魂に大拍手

 

 ↓このファンタジックなビジュ&配給がディズニーということで、「R18なんて言ってもそんな大したことないんでしょ?」的イメージを持たれるかもなんですが、マジに本気でR18な映画と思います。ママとパパと子供ふたりで見たりするタイプのファミリー映画では絶対ないので、気まずくならないためにもご注意を(^^;)

 

 

 ↓わたしてっきり、ブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」が吸血鬼ものの最初の作品と思っていたので、こちらの映画に出てくるジョン・ポリドリ先生の「吸血鬼」が最初の作品と知り驚きました。しかも、詩人のバイロンがモデルっていうところも凄い。わたし、バイロンの詩自体は美しくて好きなのですが、「嵐ヶ丘」のヒースクリフも、エミリー・ブロンテがバイロンの詩に出てくるような人物をインスピレーションにしていたという説があって、実際のところ「バイロン、どんだけ~!!」って話です。映画の中では心の冷たい女たらしのやなやつなんですけどね、ほんと(^^;)

 

 

       惑星シェイクスピア-第三部【27】-

 

「それで王子さま、この麻袋に藁を詰めた太ったクズめに、一体どのような御用でございましょうか?」

 

「そういちいち自分を卑下する必要はないと思うがな」と、ハムレットは微笑って言った。「ただ、ひとつ聞いておきたかったのだ。話したくなければ無論構わぬが、そなたが復讐のために王都へ上るその理由や、おそらくはその復讐のためなのであろうな。各州の州都などに自分の手の者を送り、諜報活動を行わせているのは……そのあたりの事情について、どちらかというと個人的な興味として聞いてみたかったのだ」

 

 大広間には、以前はそこにフローリエンス侯爵が座っていた玉座があったが、今ハムレットはそこに座り、後ろにはタイスとカドールが控えている。「彼らが邪魔ということならば一旦下がってもらうが、そのほうが良いか?」とも聞く。

 

「いえいえ、今となっては特段ハムレットさまにお隠しするようなことでもまるでなく、タイスさまもカドールさまも王子の腹心の方々なれば、むしろデブの戯言が不快だというのでない限り、聞いていただいてまったく結構でございます。我々はもともとはバリン州においてはレーゾンデートル団と名乗っておりましたが、ラ・ドゥアンでは別の名前で活動しておりますし、それは王都や他の州都などでも同じでしてな……簡単にいえば、復讐とその仕置きのための一団でありまして、腕に覚えのある者たちが、特に貧乏な民の悲しみ、つらさ、苦しみ、悔しさを代弁し、恨みのある者に仕置きをするわけですよ。ホットスパー……いいえ、ガラハッド卿とは、州都バランにてボウルズ卿の恨みを晴らそうという人々と共に知りあいました。とはいえ、ガラハッド殿はわしのそうした顔の一面しか知らぬゆえ、もしかしたら先ほどは少々驚いたやもしれませぬ。まあ、この点についてはあとから彼に説明するとして……」

 

 ここでフォルスタッフは「失礼とは存じまするが、椅子に座っても構いませんかな?」と聞き、ハムレットが「どうぞ座ってくれ」と言うと、彼は特に横幅のある、緑に薔薇柄の布の張られた椅子を選ぶと、「どっこいしょ」と腰かけていた。

 

「わしゃどうも痛風らしいのですがな、『いや、わしは痛風などではないぞ、断じてな』と一生懸命自分の体に言い聞かして、痛風じゃないってことで頑張っとるんですわ」

 

「痛風か……それがもし本当ならばつらいことだな。だが大丈夫なのか、フォルスタッフ。そなた……そのような病いを抱えつつ、本当に恨みのある人物に復讐など果たせるのか?」

 

 フォルスタッフは何かというと二言目には自分のことを「デブ」と言い、自虐ネタを披露するのだが、実際の彼はよく見るとなかなか筋肉の引き締まった太目の男といったところであった。

 

「まあ、いざとなりましたらな、このわしの巨体で相手の男の小さな体の上に覆い被さってひねり潰してやろうと思っとるんですわ。何分、向こうは年の頃はわしと同じとはいえ、体のほうは半分くらいの身長のチビ助だもので、ワイン樽がちょうど小ネズミの上にゴロゴロ転がり、どんなに俊敏に走って逃げようとも最後には坂道の下でぺしゃんこになるという具合に……まあもしわしが万一痛風でも、そんなやり方であいつのことを必ずぺしゃんこにしてやろうと思うとります。それも、仮にこの命と引き換えにすることになったとしても絶対にです」

 

「その恨みのある人物とは、どのような男なのだ?して、そなたのような愉快な人物にそれほど深い恨みを買うとは、その男はどのようなことをしたのであろうな?」

 

「ええ、それはもう語るも涙、聞くも涙の物語でしてな……」と、フォルスタッフは深く嘆息して続けた。「その頃、わしは太ってはいましたが、今ほどのデブということもなく、若かったからまだ痛風にもなっておりませんでした……なんにしても、今はこんな頭に白いものが混じりつつあるとはいえ、こんなわしにもまだ夢や希望を抱く若かりし頃というのがあったのですよ。それを、あのイアーゴー・ベンティクルスという男がすべてぶち壊してくれたというわけなのです……」

 

 ここで、ハムレットの左隣にいたカドールが、ハッと息を飲む気配をタイスとハムレットは感じた。

 

「それはもしや王都テセウスにて、現在収税吏を束ねる収税長官の位にある、あのイアーゴー・ベンティクルスのことか?」

 

「ええ、左様でございます。きゃつめの悪名はどうやら、遠く砂漠の三州にまで知れ渡っていると見えますな……イアーゴーは、元財務長官で、現在は国務大臣の地位にあるケイ・ルアーゴにゴマをゴリゴリゴリゴリ、グォリグォリグォリグォリと音高らかにすり潰しまくって今の地位を得たわけですよ。まあ、わしのことなどはおそらく、自分が出世するための踏み台くらいにしか考えておらなかったことでしょう。わしは王都テセウスにて代々馬具職人をしておる家系に生まれましてな、パトリス・シュトラウスの家といえば、王家御用足しのみならず、この国一番の馬具職人として有名だったくらいです。イアーゴーの奴はそもそも平民であって、わしの父に弟子入りしてきた、その頃は本当にただの小男でした。きゃつめはその時まだ十四とかそのくらいでしたかな……ベンティクルス家は父親が酒飲みで、よくある話ですが、母親が色々な仕事を……なんと申しましょうか、男と添い寝することまでして、六人いる子供たちを育てておりました。今もよく覚えております……きゃつが、母のそうした職業のことを当てこすられたり、ちょっとでも揶揄されると小さい体ながら真っ赤になってキリキリ相手に挑んでいった時のことを……」

 

 ハムレットはフォルスタッフの話をきちんと聞いていたが、それと同時、カドールに「そのイアーゴーとはいかなる人物なのだ?」と小声で聞いていた。「非常に評判の悪い、嫌な人物と聞いております」と彼は答えた。「そもそも今のように、州全体に年々重い税がかけられるようになったのも、このイアーゴーと元財務長官のケイ・ルアーゴが元凶であるとの噂があるほどです」

 

「わしはその頃……最初の第一印象としては、イアーゴーに対して『なんかやな感じ』とは、確かに思うことには思いましたわな。ですが、手先のほうもぶきっちょで、兄弟子たちからいいように顎で使われておるのを見ると……『なんか可哀想だな』なんて、つい同情してしまいまして。そのですな、王子さま。わしはこの世界には二種類のデブがいると思うておるのです。ひとつ目は、ただ太ってるだけのなんか不愉快なデブ、ふたつ目は太ってはおるけれども、さほど不愉快でもなく、人からもそこそこ好かれるデブの二種類に……そいで、わしは意外に思われるかもしれませんが、その頃はまあ『そこそこ悪くもない、人から好かれるデブ』といったところでしてな。特段太ってることで馬鹿にされるでもなく、学校などでも愉快なデブとして友達もたくさんおりました。また、同じ年ごろの子よりずっと体が大きかったもんで、弱い者いじめをする奴がいた日には痛めつけてやったり……で、わしはつい、よせばいいのにイアーゴーの奴のことも庇ってやっちまったのですよ。まあ、となると一応、言葉だけでもせめてお礼を言わねばなりませんわな。今にして思うと、奴は顔では媚びへつらってわしに『いつもありがとう』なんて言いながらも、腹の中は違ったのでしょうな。『こんなデブに何故自分が庇われたり、下に見られたりせねばならんのだ』と小ネズミなりにプライドを高く持っておったのでしょうし、それは他の連中に対してもそうだったのでしょう。『いつかおまえらのこと全員見返してやるから見てろよ!!』と、執念深く思っておったのでしょうな……」

 

「そのイアーゴーという男、そのような平民の身から、一体どのようにして今の収税長官の地位にまで成り上がったのだ?」

 

 タイスが、そのように疑問を呈した。フォルスタッフの身の上話が長くなりそうだと思ったからではない。ただ、ハムレット同様彼もまた、個人的な興味に駆られてそんなふうに聞いたのだった。

 

「簡単に約めていえば……奴の五人いる兄弟姉妹のうちすぐ下の妹がですな、貴族のお坊ちゃまに見初められて結婚することになったんですわな。これで平民のベンティクルス家にもちょいと良い風が吹き始めたといったところでして、飲んだくれの親父は金の都合をしてもらってさらに飲んだくれるといったこともなく、娘にとって恥かしくない父親になろうと突然決意して真人間になったのですわい。その他、上の兄貴にはちょっとした下級官職を世話してやったり、すでに結婚していた姉はパン屋の女房でしたが、王都でもいい場所に小綺麗な店を構えることが出来たといった具合でしてな。母親のほうもあちこちに頭を下げて洗濯をしたり繕いものをしたり、ましてやもう男と添い寝する必要もなくなって万々歳といったところだったでしょうな。そしてそれはイアーゴーも例外ではなく、奴は妹御の夫殿の腰巾着として気に入られており、そのうち奇妙なことをはじめました。妹御の貴族の旦那殿は、当時の貴族の若い衆の間に実に顔の利くお人だったもので、色んなおパーチーやらなんやら御一緒してついて歩くうち……貴族の若い連中いうもんは、何分頼れる親のセブンライツというのがありますからな。ちょいといい馬を買う手付金だの、博打で大負けして一時的に収監されるだの、いわゆる手許不如意というのでしょうかな。イアーゴーは自分の趣味のためにはひとつも金を使いませなんだが、父親や親戚などから遺産を送られるちょいと手前あたりにいる貴族の若い衆に気前よく金を貸してやったのですわ。こうして小さな形で恩を売っておき、今度は彼らが父親や兄弟が不意に病没するなどして莫大な資産を受け継ぐ時がやって来る……奴はこのあたり、なかなかに狡猾でしたたかな小男だったのですよ。彼らは資産を受け継ぐ前に金なんぞ貸してくれたのはイアーゴーくん、君ひとりきりだったよ――なんてことを覚えておって、やがて国の要職に就いたりした暁には何かの折にご恩返ししてもらったわけですわな。まあ、間違いなくそれが目的であったにも関わらず、「いやあ、そんなつもりで君を助けたのじゃないよ」なんて振りを巧みにしつつ……そんなこんなで十数年後にはかなりのとこ羽振りのいい生活を送っておったわけです。しかもその途中で奴自身もどうやったものか、いいとこの貴族のお嬢さんと結婚したりしておりましてな」

 

「余計な話をさせたようですまなかった」と、タイスはあやまった。何より、ハムレットはフォルスタッフの復讐の理由を知りたかったというのに、余計な回り道をさせてしまったような気がする。「もともとの最初の話のほうへ戻ってくれ。そのようなイアーゴーという男と因縁が生じることになった理由について、是非俺も知りたい」

 

 ハムレットが「うむ」というように頷いたため、フォルスタッフは深呼吸するように大きく一度息を吸った。彼は小さな頃はベンティクルス家と家族ぐるみといっていいつきあいがあったのだが、それが最終的に立場が逆転してしまったことについて……イアーゴー以外のベンティクルス家の誰を恨むというのでなしに、心境としては今も複雑だったからだ。

 

「それがもう、なんと申しましょうか」と、フォルスタッフは椅子の肘掛け部分に肘をついて頭を支えるようにし、苦し気に言を継いだ。「父パトリスが弟子たちに厳しかったのは愛情あってのことだったのですが……イアーゴーは当時そんなふうに思ってなかったのでしょうな。クローディアス王の元に長くかかって作った馬具一式を納めるというその日、イアーゴーはそれを釘でズタズタに傷つけ、父のことを破滅させたのですよ。父は、拷問部屋行きを恐れて自殺しました。とはいえ、その前に家財を処分したりしましてな、長男であるわしにこの金で母や姉のことを頼むぞと言って、行方をくらましたのですよ。父の首吊りした死体がフォルトゥナ山から見つかったと聞いたのは、その一月もあとのことでした……不幸はこれだけでは終わりませんでな、わしの姉のイネスは、イアーゴーのことを昔から嫌っておりまして、態度のほうが冷たかったのです。姉は父の弟子のひとりと結婚することが決まっておったのですが、なんと言いますか、まあ男というものはその種の誘惑に弱いものですからな……結婚が決まって婚約中、さらにはウェディングドレスも縫い上がってそれを着るばかりとなった頃、ヨハンの奴(というのが姉の婚約者の名だったのです)、評判の良くない娼婦と浮気してしまいましてな。どうやら酒の席でイアーゴーにそそのかされてのことだったようなのですが、姉のイネスは短気ですぐにカッと頭に血が上るタイプだったので、ヨハンのことを決して許しませんでした……そこをぐっと飲み込んで結婚するよう、母などは泣きながら必死で説得しましたが、無駄でした。母は父が名誉ある職を失い、自殺したことがショックで、その時点で相当弱ってましたが、姉が結婚して父の馬具職人としての技が伝えられていくことを希望していたのですよ。え?わしですかい?いやあ、馬具職人としては、独り立ちしてやってけるくらいの腕は持ってましたがね、ヨハンのほうが職人として優れておったのですよ。ヨハンはその後、その娼婦から悪い病気をもらって死にましたし、その時にイネスに心からの詫びの言葉を口にしていました。『今も愛しているのはイネス、おまえだけだ』と……そのですな、先ほども申し上げましたとおり、姉は頭にカッと血の上りやすいタイプで、一度ひとつのことを思い詰めるととことんまでやるといった情熱に突き動かされる女だったのですよ。簡単に話を短くまとめるとしますと、イアーゴーのことをその手で殺そうとしたのです。その時、イアーゴーもそのまま死ねば良かったのでしょうが、危うく難を逃れましてな。まあ、それでも姉の恨みの刃がぐっさりとその腹には深く突き刺さったというわけでして……姉はその後傷害罪で逮捕され、獄中死しました。わしがあの男のことを一等恨んでおるのは、この姉の裁判のことでやもしれませんな、もしかしたら……どうやったかわかりませんが、うまく裁判官たちに賄賂を贈り、姉のことを特に重い有罪としたのですよ。イアーゴーはこの裁判の席にて、なんともいやらしい被害者面をして現れましてな、姉はそのたびに憤死寸前になっておったものです。それというのも、あいつが姉や婚約者だったヨハンのことで嘘八百並べたからで、自分も誘惑されたが、それを断ったので逆恨みしたのだろうなどと……牢獄のほうはまったく酷い場所でしてな、母は面会に行くたび、泣いておりました。この面会というのも、看守などに賄賂をつかませてようやく会えるといった具合でして、姉のことを無罪にするために八方手を尽くした結果、我が家は破産し、母はその後すっかり心身とも弱りきって衰弱死しました」

 

 あまりの身の上話に、ハムレットもタイスもカドールも言葉を失った。だが、もし自分たちがこのまま王都テセウスまで攻め上った場合――国務大臣ケイ・ルアーゴも、収税長官であるイアーゴー・ベンティクルスも、自動的に失脚するという形にはなるだろう。だが、もしクローディアス軍側の旗色がどうにも悪いとなった場合、自分たちの財産をなるべく多く抱えて彼らは逃亡を図ろうとするだろうか?もし逮捕され、牢獄行きとなったとすれば、やはり待っているのは斬首刑ということにはなろう。ハムレットはクローディアス王の政治顧問官や大臣、廷臣たちについてどうすべきかについてまでは、実は今まであまり具体的に考えてみたことがない。とはいえ、この二名に関してのみは重税の原因となった張本人であることから、そうでもしなければ民衆たちの沸点に達した怒りは決して鎮まるまいとわかってはいたわけである。

 

「これから、我々が王都テセウスへ向かい、イアーゴー・ベンティクルスを見つけた場合……彼の身柄については、フォルスタッフ、おまえに一任することにしよう。ところでフォルスタッフ、そなたのこの名前は本名なのか?」

 

「いえ、偽名でございます、ハムレット王子」と、話のほうはこれで大体終わったと思ったのであろうか、フォルスタッフは椅子から「よっこらしょ」と立ち上がると玉座に向かい、恭しく礼をした。「わしの本名は、パトリス・シュトラウス五世と申します。なんとも、このデブの巨体に似つかわしくない名前でしょうが?自分でも、小さな頃から鏡で自分の顔や体つきを見るたび『こいつがほんとにパトリス・シュトラウス五世?』なんて思っておりましたもんですわい。わしの代から遡って五代前の曾々おじいちゃんがパトリス・シュトラウス一世というわけでしてな、その時から王室御用達の馬具職人となって以来、家業を継ぐ者にその名が与えられてきたというわけでして。そのう……王子さま。わしはイアーゴーの奴めに復讐を果たせましたらば、あとの自分の人生のことは今はあまり考えておりません。ですが、もしわしの馬具職人としての腕がそこそこ悪くないと思し召しましたならば、わしの作った馬具を、王子……いえ、その頃には王となっておられましょうな。王さまの馬に使っていただきたく存じますが、いかがでしたでしょうか?」

 

「もちろんだ。是非ともそうさせてもらいたい、パトリス・シュトラウス五世よ。その頃には王都において、先祖の稼業を継いで店を出すといいのではないか?そして母上殿の望みの通り、弟子を取って父の技を伝えていくことだって出来るに違いない」

 

「ありがとうございます、ハムレット王」民衆たちがすでに彼を王子と呼ばず、その半数以上が王と呼んでいることに習い、フォルスタッフもまた敬意を込めてそう呼んだ。「是非そのことを励みにこれからも共に戦って参りたく存じます。それでは、ラ・ドゥアンから諜報員が戻り次第、すぐにもそちらの状況についてお伝えしたく思っておりますゆえ……」

 

 フォルスタッフは部屋から出ていく際、最後にもう一度深々と貴族風に礼をしてからドアを閉めていた。それから彼は、おそらくホットスパーが自分を探しているだろうと思い、この友の姿を探した。すると思ったとおり天使や聖人らの彫刻像の並ぶ回廊の、大理石の柱の陰にガラハッド・カログリナントはいた。

 

 実は、ガラハッドのことをホットスパー(熱い拍車)と名付けたのは他でもないフォルスタッフである。バリン州においてはレーゾンデートル団と呼ばれている彼らの秘密結社は、入団者は全員その名を隠し、普段は偽名や通り名で呼ばれているのが普通である(その全員の名前や身上その他を知っているのは一部の幹部のみだった)。入団の儀式の際、彼らは血の復讐のため、互いに協力しあうことを誓いあうのだが、普段であればフォルスタッフはガラハッド・カログリナントのような血の気の多いタイプは用心して仲間にしないようにする傾向が強い。だが、彼のことを仲間にしたのにはある理由があった。

 

「てめえ、てっきり仲間だとばかり思いきや、単にこの俺のボウルズ卿の恨みを晴らしたい気持ちを利用したっていうそれだけなんだな?そして、勘当された身とはいえ、そのためには俺が一応ロットバルト州の貴族の端くれだってことなんかも、きっとおまえには利用価値があるように映ったってことなんだろ?ええ?」

 

「友よ」と、フォルスタッフはホットスパーに対し、心から熱く呼びかけた。「わしはおまえみたいな、鍛冶屋の鉄梃みてえに熱い奴が好きなんだ。わしはな……イアーゴーのことは今も到底許せんとは思うとる。だがな、復讐ちゅうもんは、人間の体力や精神力を極限まで削ぐものよ。そして、これからもしわしがイアーゴーの奴めを追い詰め、一等惨めな形で殺してやって、父と母と姉の無念を晴らせたとするわな。わしは、そのことを家族の墓の前で報告する自分を夢見とる……だが『おお、我が一族の無念、これで晴らしてやったぞ』と満足するのと同時――わしはおそらく一緒に、砂でも噛むような虚しい気持ちを味わうに違いないのだ。にも関わらず、復讐をせんことには決してわしの心は休まらん。わしはな、ホットスパーよ。おまえには……おまえにだけは、わしのようにはなって欲しくないとずっと思うとった。それが何故だかわかるか?」

 

「何故だ?」

 

 自分が聞きたいことの答えになってないとは思ったが、フォルスタッフの目に涙が光っているのを認め、ホットスパーは自分の怒りに水をかけられたような気がした。

 

「おまえが、わしの姉に似ておるからよ。わしの死んだ姉はな、まあイアーゴーに殺されたにも等しいが、姉はおまえと同じく、まったく真っすぐな瞳をしていたもんじゃ。性格のほうも同じくまったく真っ直ぐじゃったがの。唯一の欠点が、いわゆる癇癪持ちというのか、短気で熱しやすい性格をしておった。そこをイアーゴーにつけ込まれて牢獄へ行くことになったが、法的には貴族が相手であればいざ知らず、あの頃は奴も貧弱な下層階級の一市民にすぎんかったからの。その上、殺したというのでもなく腹を刺しただけであったというのに死罪を言い渡された。わしはな、ホットスパーよ、おまえがいずれ姉と似たようなことになりゃせんかと心配で心配で仕方なかったのだ。もちろん、わしとおまえは友達で、いわゆるツーカーの仲というやつよ。だから、何を言われずともわしにはすでにわかっておる……わしはな、おまえにはボウルズ卿の復讐のことだけ考えて欲しかったのだ。他州の都その他にも諜報員がいて、色々なことを嗅ぎまわっているだのなんだの、そんなことを知ればおまえも気が散るじゃろ?だからわしは、バリン州のレーゾンデートル団のことしかおまえにはあえて知らせなかったのだ」

 

「…………………」

 

(そうだったのか)と、ホットスパーは思った。彼も一応、フォルスタッフにはイアーゴーという全精力を生涯に渡って傾けてでも仇を取りたい敵がいるとは知っていた。その男に、父と母と姉を殺されたも同然なのだということも……そして、今となってみれば間抜けな話よ、と彼も思うが、王都を少しばかり嗅ぎまわったくらいで、ヴァイス・ヴァランクスが平民の身からどのようにして男爵に成り上がったかなど、正確な情報がすぐに入ってきた理由についてもよくわかろうというものだった。

 

 こうして、ホットスパーは暖炉に薬缶をかけた時のように熱された自分の怒りが、すぐにも冷めていくのを感じた。フォルスタッフはそうしたすべてについて、自分に対して善かれと思い、あえて情報を制限したのだろうということも、それが正しかったことも、今ではすべて認めることが出来る。

 

「なあ、ホットスパーよ」

 

 回廊を歩いていき、中庭の見える窓の前で立ち止まると、そこで兵士らが愉快そうに歓談する姿を見、フォルスタッフもまた自然と笑顔になって言った。

 

「これからレティシア州へ行くのだろう?そしたら、ケイトによろしくな」

 

「なっ……フォルスタッフ、おまえ何を言ってるっ!!今は愛だの恋だの、そんな戯言をあれこれ言っておる場合ではないぞっ!!」

 

 マドゥール・ド・レティシア侯爵の元へは、ポールとハルウェル、それに彼らの年の離れた妹のケイトが身を寄せている。そしてこのケイト・ボウルズとガラハッドは長く恋愛関係にあるのだった。

 

「まあ、それはそれ、これはこれということでな」と、フォルスタッフはにやりと不敵に笑った。「わしもな、こんな太ったデブながら、時に女にはモテることがあったもんじゃわい。酒に酔っぱらって、わしのこの見事なバリトン・ボイスで恋の歌でも歌えば、もう一発よ。何分相手も酔うておるからな、わしが昼間よりもずっとスマートに見えたりするんじゃろ。というわけで、復讐だなんだということは忘れ、そうした女のひとりとでも所帯を持って馬具職人としてでも暮らしていこうかと思うたこともある……が、やはり駄目なのじゃ。父と母と姉の無念を晴らさんことには、どうしてもわしは自分の人生というやつを先に進めていけんらしい。だが、ホットスパーよ、おまえはこの惨めなデブの老人を反面教師として、こんなふうになっては絶対にいかん。ハムレット王子……いや、ハムレット王はきっと良い治世を敷きなさることじゃろう。そしておまえもまたこれからの身。どうかおまえの愛するケイトと結婚し、子供を作って末永く幸せになっておくれ」

 

(わしや姉の分もな……)とフォルスタッフは心の中で思ったが、それは彼個人の思いであるため、口に出しては何も言わなかった。だが、ホットスパーにはこの年上の賢い友の気持ちがこの頃には十分通じていたのである。

 

「そうだな……だが、人生には万一ということがある」ガラハッドはフォルスタッフと窓辺に並ぶと、兵士たちが肩を並べて輪になり、それぞれの故郷の歌を披露しあうのに耳を傾けた。言うまでもなく、その手にはエールやワインを満たした錫製のジョッキや取手付きのコップが握られている。「俺は、レティシア州の州都レリオスにあるレンドルフ城でケイトに会ったとしたら、もし今回の戦争で俺が死んだら他の男と結婚しろと言っておくつもりなんだ。今までだって会うたびに、『お父さまのために復讐なんてやめて』みたいなことは何度となく言われてはきた。だが、その点では俺もおまえと一緒なのさ、フォルスタッフ。あんな高潔な素晴らしい人が、よくわからない罪状を押し付けられて死んだんだ。しかも普通の死に方じゃない。拷問死だぞ?俺はその瞬間のボウルズ卿のことを思うたび、怒りで頭がカッと熱くなる。そして俺のこの怒りを少しでも冷ますためには、クローディアス王が同じように恥辱の中で断末魔の苦しみを味わいながら死ぬ必要があるんだ……そしてその儀式が済まないことには、俺はどうしても自分の人生というやつを先に進めることは出来んのだ」

 

 この時、フォルスタッフは子を想う父のような、深い悲しみをその瞳に湛えていた。ホットスパーは、今は亡きサミュエル・ボウルズ卿や、今目の前にいる太っちょの老人のほうが実の父よりもよほど深く自分を想ってくれるのは何故なのだろうと考える。一応、彼は父親のガウェインと表面上仲直りはした。というのも、ハムレット王子が間に入り、戦争の前にふたりが和解するところが見たいと言ったからなのだった。誤解のある者同士の和解が、今回の戦争がうまくいく先触れになるだろうから、と……。

 

 そこまで王子に言われてしまっては、ガウェインとしてもそれ以上『自分には息子はもうひとりしかおりませんですわい』という振りは出来なかったのだろう。事実、彼は食堂などでガラハッドのことを見かけても、彼のことが透明人間のようにまったく見えない振りをしていたものである。(こ・の・や・ろ~っ!!)と思ったガラハッドは、同じように『自分には生まれた時から父などいない』という振りをし続けることにしたのだった。だが、弟のラトレルがこのふたりの間でおろおろしていたことから……ハムレットが一肌脱ぐことにしたわけである。

 

「ホットスパーよ、おまえ、結婚して孫でも出来たら親父さんとも仲良くやっていけよ」

 

「だから……」と、ホットスパーはイライラしたように言った。「俺はたぶん、これから先もきっとあの親父とは気が合わないで終わるだろうよ。だが、そうだな。一応俺にも親父に孫の顔くらいは見せたい気持ちがなくもない……とはいえ、それは弟のラトレルだって結婚すりゃ俺に代わって出来ることだからな」

 

「まあ、ケイト・ボウルズのお嬢さんは、心優しいだけじゃなく賢い娘さんだからな。おまえと親父さんの仲が悪いままでも、そこらへんは機転を利かせてうまくやっていくことだろう。だからそうした点についてはわしゃ、何も心配なぞしとらんのだがな」

 

 ホットスパーは、フォルスタッフのこの言葉に肩を竦めて苦笑した。中庭で天幕を張っている兵士たちの様子は、まるで戦争に勝利した後のようだったが、フォルスタッフがすでにずっと先のことを確信しているらしいのが彼には不思議だった。

 

「マドゥールさまは、どうもケイトのように信仰深くて心優しい女には俺のような粗忽な荒くれ者は到底似合わないと思っているらしくてな。どうやら、ケイトにはもっと他に相応しい男が別にいると考えておいでのようなんだ。今までだって何度か、『マドゥールさまが薦めるいい相手という奴と結婚したって全然構わないんだ。俺はおまえが幸せになるなら、相手が俺じゃなくたって全然構わない』と言ったことがある。わかるか、フォルスタッフ?ようするに、ケイトもまたボウルズ家の一員だってことなのさ。彼らは一度こうと決めたら梃子でも動かぬ頑固さを代々受け継いでいるんだ。だから俺はマドゥールさまに言ってやった。『心優しい女の救いを必要とするのは、同じように心優しい男ではないんじゃないですかね。俺とケイトはそうした意味でまったく気が合うんですよ』と。そしたら、『まあ、確かに』と認めておられたよ。『神の救いが必要なのは、善人ではなくおまえのような心根に問題のある悪人だものな』だと。べつに俺は腹も立たず、まったくその通りだと思ったもんで、『そうですね』と頷いておいたっていうただそれだけさ」

 

「ホットスパー、おまえは善い奴で、決して悪人なんかじゃない。本当の悪人という奴はな、自分にほんの少しばかり嫌な思いをさせただけで、その相手を不幸にさせずにはおれないような、イアーゴーのような奴のことを言うのさ。心配せんでもいい。おまえとケイトお嬢さんはほんに似合いのカップルだて」

 

「ははっ。いいのさ、フォルスタッフ。フォローは無用だ」と、ガラハッドは笑った。「おまえこそ、まったく本当に見上げた善い奴だ。それも、ずっと俺のことを思えばこそ、色々なことを黙っていてくれただなんてな……まあ、この目の前の兵士たちやおまえのように、俺もここは楽観的になって、自分の将来の幸福を思い描いて言えばな……フォルスタッフ、おまえ、うちに一緒に住むか、あるいは隣か近所に住むかして、俺んちの家族になれよ。そしたらおまえの老後の面倒も見てやって、墓くらいおっ立ててやるからさ」

 

「ありがとうよ、ホットスパー」と、フォススタッフも野太い声で愉快そうに笑った。「だが、その言葉だけで十分だ。新婚家庭に老人は不要というものだからな。まあ、それでもおまえんとこのお子が仔馬(ポニー)に乗ろうかって頃には、その可愛いお馬さんにピッタリサイズの鞍でも作って贈らしてもらおうかね」

 

 そのあとふたりは互いに顔を見合わせると、「ワッハッハッ!!」、「アッハッハッ!!」と笑いあった。そして、お互いの肩に腕を回すと、まだ酒を一滴も飲んでもいないのに酔っているかのように上機嫌で、中庭へ下りていき、他の兵士らに混ざって歌を歌いはじめた。

 

 結局のところ、この不思議なデコボココンビは終生に渡って親友であり続け、互いに復讐を果たしたあとは――同じ敷地内に屋敷を建てて住み、住居自体は別々であったにしても、毎日顔を合わせるような生活を送り……ガラハッドはケイト・ボウルズと結婚後、三人の息子に恵まれることになるのだが(長男にはサミュエル、次男にパトリス、三男にはガウェインと名付けた)、フォルスタッフは時に痛風に悩まされながらも長生きし、この三人のやんちゃな子たちの馬具一式については彼がすべて用意した模様である。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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