こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

灰色おじさん-【2】-

2018年08月07日 | 灰色おじさん


 今回はちょっと、文章のほうを途中でちょん切って次回に>>続くということになっています

 例によって文章が入りきらなかったからなんですけど、そういうことでよろしくお願いしますm(_ _)m

 そんで、連載第二回目にして、すでに前文に書くことないとかいう。。。

 そんなわけで(?)、ちょっと絵本の紹介です♪(^^)


 >>一人ぼっちのくまの家に、ある日うさぎがやってきます。うさぎのために毎日、料理を作り、世話をするくま。誰かのために何かをするなんて初めてのくまは、嬉しくてわくわくします。

 ところが、うさぎは、ただくまのそばでにこにこしているばかり。何もいいません。だんだん不安になってきたくまは……。

 ついに「その一言」を口にしてしまいます。

「どうしてだまってるの?」

「ぼくのこと、すき?きらい?」

「なんとかいってよー!」



 ……あんた、そんなネタばらしして、著作権侵害やん!というお話ですが、でも大丈夫!!(何が?

 何故なら、絵本ナビさんのほうで全文(※1回だけ☆)読めてしまうから!


『いつもいっしょに』(こんのひとみさん:作、いもとようこさん:絵/金の星社刊)


 もしかしたら全文読めるのは今だけかも知れないんですけど(汗)、絵本ナビさんに登録すると、とにかく全文読めます!

 そして、一度内容を知ると、「あ、もう内容わかっちゃったからべつにいらないや」というのではなく……むしろ、手許に置いておいて何度も1ページ1ページ大切にページをめくりたくなるような、そんな心のあたたまる本だと思います♪

 それではまた~!!



          灰色おじさん-【2】-

 おじさんが翌日、再びジェイコブ・クラーク氏と連絡を取りあってみると、「そういうことでしたら……」と、サウスルイスにある<ぶどうの蔓>という名前の児童養護施設を紹介されました。グレイスは今、そちらのほうに一時預かりという形で入所しているとのことで、そこのソーシャルワーカーに一度相談してみてはどうですか、とのことでした。

 それから、<虹ヶ丘教会>というプロテスタント教会の場所も丁寧に教えてもらい、出来れば自分たちの弁護士事務所にも立ち寄っていただけると助かります、とのことで、<アビントン&クラーク弁護士事務所>の場所も住所他、位置を詳しく教えてもらいました。

 おじさんはもう仕事もしておりませんし、何分悠々自適な年金暮らしということで、三日後には準備を整えて、サウスルイスのほうへ出かけてゆくことにしました。おじさんの住むノースルイスからサウスルイスまでは、電車に乗って約四時間半ほどの旅です。おじさんは電車やバスに乗ってどこか遠くへ行くのが小さな頃から大好きでしたが、大人になってからはとんとそんな機会もなく……弟のジャックの死ということがなかったら、サウスルイスへ行くようなこともまずもってなかったでしょうが、おじさんはとりあえず旅の過程については割と楽しむことが出来ました。

 一日三十万人もの利用客がいるというサウスルイス駅は、おじさんが降り立ってみると人でごった返していました。ですが、小学生の時に何度か両親や弟と一緒に来たことがありましたので、おじさんはそんなに迷うでもなく駅に隣接したバス乗り場へ移動して、<虹ヶ丘教会>を目指すことにしました。<虹ヶ丘教会>はサウスルイスの西の外れにありましたので、効率的なことを考えた場合、サウスルイス駅からそれほど離れていない<アビントン&クラーク弁護士事務所>へ行ったほうが良かったかもしれませんが、おじさんはとにかく早く弟夫妻のお墓参りをしたかったのです。

 実をいうとこの日は日曜日であり、おじさんは朝の一番速い電車、6:00発のサウスルイス行きの列車に乗ったのですが、到着したのは10:32でした。教会の礼拝というのは大体、十時三十分くらいにはじまることが多いですから、罰の悪い思いをしないためにも、おじさんはなるべく早くそちらへ到着したいとの思いから――バス乗り場まで行くことには行ったのですが、クラーク氏から電話で聞いた路線バスがどの乗り場にあるのかがわからず、また案内所のほうは観光客が列をなしていたため、諦めてすぐタクシーへ乗ることにしたのでした。

 おじさんはケチ……いえ、節約家でしたので、タクシーなどにはよほどのことでもなければ滅多に乗りません。そしてこの日、本当に久しぶりにタクシーに乗り、随分長く乗らないうちに、(一体いつの間にタクシーというのは初乗り運賃がこんなに高くなったんじゃ)と実に驚いたものでした。そして、43ドルばかりもタクシー運賃を支払うと、荷物を片手にどっと重い溜息が洩れました。

(やれやれ。わしがこんなにタクシー料金を支払うことなんぞ、金輪際絶対にあるまいな)

 おじさんはそんなことを思いながら、美しい緑の山を背景にした煉瓦造りの教会を見上げました。父の形見の腕時計を見ると、時刻は十一時二十三分でした。急がないと日曜礼拝のほうが終わってしまいます。

 そこでおじさんが走って教会の玄関口のほうへ向かいますと、中では牧師さんがお説教をしているところでした。お説教の内容は天国に関するもので、死後に我々の姿が変容すること、そこで私たちは主イエスにハグしていただけるであろうということなど……とても明るいメッセージでした。おじさんは神さまが自分の心を慰めてくださっているような気がして、その牧師さんのメッセージに一番後ろの席で熱心に聞き入っていたのですが――お話の最後のほうで弟のジャックと義妹のレイチェルのことに牧師が触れたのでびっくりしました。あんまりびっくりして、一瞬体がビクッとしてしまったほどです。

「先々週の水曜日、グレイ夫妻が轢き逃げにあってお亡くなりになりました。みなさんもご存じのとおり、おふたりは日曜日はレストランのほうを閉めて、必ず礼拝を守り、安息日を聖なるものとしておられました。正直、こうした事件があるたび私には、神さまのお考えになっておられることがわからなくなります。それでも、今ふたりは天国で安らかに憩われていることでしょう。みなさんも、グレイ夫妻の作る手料理をもう二度と食べられないだなんて残念に思われていることと思います。それより何より、もう二度とおふたりに会えないということを……」

 その日、礼拝堂には四十名ほどの人が詰めていましたが、この時、何人かの人たちの間からすすり泣きが洩れているのをおじさんは聞きました。正直、おじさんにとっては弟のジャックがクリスチャンとしてきちんと毎日曜、礼拝を守っていたらしいというのが意外でした。母親のグレイスに連れられて、小さな頃はおじさんもジャックも教会という場所に通っていましたが、父親のほうは日曜も仕事をしていましたし、そんなに信仰熱心ということもありませんでした。

 けれど、母のグレイスのほうが信仰熱心で、子供たちには洗礼を受けさせましたし、娘にグレイスという名前をつけたことから見ても、ジャックはいつからかはわかりませんが、両親を失ったことで一度挫折した神への信仰を何かをきっかけに取り戻していたのかもしれません。

 ちなみに、おじさんの信仰心のほうはどうかといえば……母グレイスからの影響で、おじさんは一度もイエス・キリストへの信仰を捨てたことはありませんでした。けれども、引き取られた先の伯母夫妻が宗教嫌いだったため、最初はこっそり教会へ通い、そのあといつの頃からだったでしょう。おじさんは人間関係に躓いて、教会へは行かなくなってしまいました。そしてもう十何年にもなりますが、それはイエス・キリストを信じなくなったとか、そうしたことではまったくなかったのです。

 おじさんは少し恥かしかったのですが、礼拝が終わったあと、教会員の人々がランチを取る前に――思いきって牧師さんに話しかけてみることにしました。彼は三十代後半くらいの、若々しい雰囲気の男性で、教会員の人々に囲まれて何か談笑しているようでした。

「あのう……」

 おじさんが実に言いにくそうにして、手許の帽子を不要に揉む姿を見て、スティーブン・フォード牧師はすぐにおじさんのほうへやって来ました。牧師というのは毎週日曜に、大体同じ顔ぶれの教会の人々に向かって説教をしますから、新しい人が誰かやって来ると、大抵はすぐにわかるのです。

「やあやあ」と、実に気安そうにフォード牧師はおじさんに向かって握手を求めました。「今日、こちらへは初めてやって来られたのではないですか?ラッキーでしたねえ。今日のランチはバーベキューですよ。良かったらどうぞ一緒にお庭のほうでお食事していかれませんか?」

「はあ。その……なんと申しますか、私は実はあなたがお説教の中で話されていたグレイ夫妻の兄にあたる者でして……」

 急に周囲がざわついたので、おじさんは驚きました。ですが、フォード牧師に案内されるがまま、おじさんは廊下へ出て、その先にある<相談室>と書かれた部屋のほうへ歩いていきました。フォード牧師の説明では、牧師に相談に来られた方のための、カウンセリングルームのような場所だとのことでした。

 そこで机を挟んで向かいあうと、「このたびのことは、とても残念でした」とフォード牧師は同情に満ちた眼差しで言いました。その顔の表情や感じのいい口調から、おじさんは彼がとても真心のあるいい牧師なのだろうというように初対面にも関わらず感じたほどです。

「グレイ夫妻がこちらの教会へ来られて、かれこれ三年くらいになるでしょうか。娘さんのグレイスが三歳くらいの時、命のほうが非常に危なかったことがあったそうです。そしてその時、ジャックは神さまと仲直りをして、娘の命を助けてくれるならなんでもする、これからは真面目に礼拝にも通うといったように誓ったのだそうです。以来、日曜日は店を閉めて礼拝へ来られるようになったのですが、とても不思議ですね。それから店のほうはずっと、その前よりも売上がいいそうです」

「そうだったんですか。いやはや……ジャックはその昔は非常に短気で喧嘩っぱやい人間だったのですよ。ですがまあ、その怒り方というのは一時的にカッとなるといった程度のもので、一度嵐が過ぎ去ってしまえば、腹に何か残っているというでもなく……とはいえ、一度ジャックとは結婚のことがきっかけで大喧嘩したことがありましてな。お恥かしい話、それ以来もう兄弟の縁は切ったも同然といった状態でして」

 おじさんはジャックのことを話しているうちに、自然とまた涙がこみ上げてきました。こんなことになるのなら、何故もっと早くにここへ弟に会いに来なかったのだろうと、そのことが悔やまれてなりません。

「ジャックはよく言ってましたよ」フォード牧師は手を組み合わせると、おじさんの目をじっと見つめて言いました。「今の自分があるのはお兄さんが一生懸命働いたお金で自分を調理師学校へ通わせてくれたそのお陰だと……そのことはここの教会に通っている大抵の人が耳にしたことのあるくらい、有名な話です。ですが、喧嘩して仲直りしていないという話は私も今初めて聞きました」

「そ、そうですか。いえ、べつにわたしなど、ジャックが専門学校へ通うのに学費だけを出しただけでして……その他の生活費なんかはジャックが自分でどうにかしなくてはなりませんでしたから、実際とても大変だったと思います。両親が生きてさえいたら、他の同級生たちに引け目を感じたりなんだりしないで済んだでしょうに……わしも兄としては不出来なほうでして、ジャックには悪いことをしたなとは今も思っておるのです」

 おじさんは灰色のスーツのポケットからハンカチを取りだすと、目の涙を拭いました。実際、弟にとっては兄とした喧嘩など、もしかしたらそう大したことではなかったのかもしれません。そして、向こうでもノースルイスへ行く機会さえあったら兄に一度会っておこうという気持ちはあったのかもしれませんが、レストランのほうが忙しく、きっとそんな機会もなかなかなかったのでしょう。

「ジャックは亡くなった御両親のことやお兄さんのことをいつもとても自慢にしていました。郵政公社というのは倍率が高く、誰もが郵便局員になれるというわけではありませんからね。兄貴は大学へ行ける頭もあったのに、自分を専門学校へ行かせるためにその道を断念したんだと、そのことは本当によく話していましたよ」

(わしのことを、そんなふうに……)

 おじさんはもう一度スーツのポケットからハンカチを出すと、汗を拭くような仕種で何度も涙を拭っていました。けれどもここで牧師さんを足留めしておくのは申し訳ないと思い、おじさんはなるべく早く用件を済ませようと思いました。

「それで、ですな。ジャックと奥さんのレイチェルさんのお墓がこちらにあるとお聞きしましたもので……死に目にも会えず残念でしたが、せめてもお墓参りくらいはと思い、今日はこのようにして参った次第でして。本当は礼拝のはじまる前にこちらへ到着したかったのですが、ノースルイスの始発の電車に乗っても、あのくらいの時刻になってしまいまして……」

 フォード牧師は(そんなことはなんでもないことです)というように、両手を開くと、立ち上がってこう言いました。

「では、御案内しましょう。何も遠慮することなんてありませんよ。教会員たちは教会員同士で仲良くやりますしね。少しの間くらい私がいなくてもどうということもありません」

 そしてふたり並んで廊下を歩いて玄関のほうへ向かおうとしますと、金髪の髪を後ろにまとめた綺麗な女性が――この女の人は先ほど、礼拝中にオルガンを弾いていた女性でもありました――「あなた」とフォード牧師に声をかけました。

「グレイスのこと、こちらへお連れしましょうか?」

 そう聞いて、おじさんはびっくりしました。何故といって姪のグレイスは今、児童養護施設にいると聞かされていたからです。

「ああ、そうだったな。私はこれからグレイさんのことをジャックとレイチェルのお墓のほうへ案内するから、そちらのほうへ連れてきてくれ」

 フォード牧師の奥さんはすれ違いざまにおじさんにも丁寧に一礼して、そのままその場を去っていきました。グレイスは今、教会学校のほうにいて、大体同じ年ごろの子供たちと遊んでいるに違いありません。

「……あ、あのう。もしかして姪のグレイスは今、ここにおるのでしょうか?」

「ええ、そうですよ」と、フォード牧師は事もなげに言いました。よく手入れされた庭を横切り、教会から少し離れた位置にある墓地まで、先に立って歩いていきます。「一度児童養護施設のほうへ預けられたのですが、びっくりして急いで迎えにいったんですよ。グレイスはうちの娘たちとも仲が良くて……まあ、グレイスの今後のことについてはそのうちお兄さんとも連絡を取りあって御相談しようかと思っていたんです」

「そうでしたか。そのですな、<アビントン&クラーク法律事務所>のクラーク弁護士に、姪の後見人になってくれないかと言われたのですが、もしよろしかったらわしではなく……」

 ここでフォード牧師はくるりと振り返ると、「今は先にお墓参りのほうを済ませてしまいましょう」と言いました。六月中旬の今、天気のほうはとても麗らかで、教会の庭は夢のように花盛りでした。蝶々や蜂がどこか幸せそうに散歩している姿があちこちで見受けられます。おじさんは、天国というのは目に見えるこのような場所よりさらに素晴らしい所に違いないと思うと、なんだか心を慰められる思いがしました。

 フォード牧師はとても背の高い方で、歩くのも速かったもので、周囲の光景に見とれているうちにおじさんはちょっと距離が出来てしまい……あとから少し急ぎ足で追いつきました。墓地のほうは広く、ざっと見渡しただけでも軽く五百基以上はありそうでしたから、もし案内なしでグレイ夫妻のお墓を見つけだすとしたら、とても大変だったでしょう。

 弟のジャックとレイチェルのお墓はあまり大きくなく、小ぢんまりとしていましたが、教会員の方か、あるいは牧師夫妻がお花を手向けてくれたのでしょう。たくさんの花束が置いてありました。おじさんも花を持ってくれば良かったと思いましたが、これだけの花束があれば、その必要はなかったかもしれません。

 隣には大きな御影石のお墓があって、そこには<永遠のいのち>と名前よりも大きく刻まれていました。おじさんにとってはその言葉も慰めになるものでしたが、それでも小ぢんまりとしたお墓に<ジャック・グレイ、レイチェル・グレイここに眠る>という文字を見た瞬間、両膝から力が抜けてしまったように、おじさんはその場にくず折れていました。

(ジャック……!!それに奥さんのレイチェルさんも……何故わしはその昔、ふたりの結婚に反対したりなぞしたのだろう。そしたら今ごろ、もしかしたら何かが違ったかもしれないのに……)

 ジャックが何故ノースルイスではなくサウスルイスで自分の店を持とうと思ったのかはわかりません。でも、もしあのまま仲が悪くなるでもなく、兄弟としてのつきあいが続いていたとしたら……おじさんにも多少はお金を出してあげることが出来たでしょうし、そうしたら二人はサウスルイスの市電が走っている通りで車に跳ね飛ばされることもなかったのではないかということ――おじさんが何より後悔していたのが、実はこのことだったのです。

 おじさんが墓石に頭をこすりつけんばかりにして号泣しはじめたので、フォード牧師はそんなおじさんの傍らで見守るようにただ立ったままでいました。すると、教会のほうから同じように庭を抜けて、こちらへやって来るフォード夫人と彼女のそばには小さな女の子の姿がありました。

 小さな女の子は最初、フォード夫人に手を引かれていましたが、両親のお墓近くまでやって来ると、そこで跪き、大声で泣いている中年のおじさんがいることに気づきました。女の子は両親の墓に供えるための野で摘んだ花を手にしていましたが、知らないおじさんがパパとママのお墓の前で号泣する姿を見て――驚きのあまり、せっかく集めた色とりどりの花を落としてしまったほどでした。

「ううーーーっ、ううっ……!!」

 そう声にならない嗚咽をおじさんが洩らしながら、体を曲げて顔を覆っているのを見て、グレイスはすぐにわかりました。実をいうとフォード夫人はグレイスに「ノースルイスからおじさんが来ているのよ」とは伝えていませんでした。けれど、グレイスはこのおじさんがパパがよく言っていたノースルイスに住んでいるというおじさんなのだとわかったのです。

「ジョンおじさん……っ!!」

 グレイスはパッと飛び出していくと、おじさんに横から取りつくようにして抱きつきました。おじさんは今まで、『ジョンおじさん』などと呼ばれたことは一度もありませんでしたから、一瞬びくっとしていました。けれども、突然抱きついてきた小さな金髪の女の子のほうでは、しっかり抱きついて離れようとしません。

 それからもう一度「ジョンおじさんっ……!!」と振り絞るような声で叫びました。おじさんはただもうびっくりするばかりでしたが、横を振り向いてみると、金髪に青い目をした可愛い女の子が、涙を流して自分にしがみついているではありませんか。

(そ、そうか……。この子が、この子がジャックの娘のグレイス……)

 おじさんは灰色のスーツの胸の中にこの小さな泣きじゃくる女の子を受けとめると、暫くの間ただふたりは抱きあったままでいました。おじさんは小さな女の子や男の子だけでなく、もう随分長く――いつだったか弟と何かのことで――確か応援しているサッカーチームが優勝した夜以来――誰ともこんなふうに抱きあったりしたことがありませんでした。そしてそれよりさらにもっと前となると、両親と抱きあったというような記憶しかおじさんにはありません。

 おじさんは今、縋りつくように自分に抱きついてくるこの女の子が可愛くて仕方ありませんでした。弟のジャックは亡くなっても、まだ彼の命を継いだ娘が生きているのです。そう思うと、運命や生命といったものに対する、不思議な畏敬の念に打たれるような思いがしてなりませんでした。

 一方、おじさん自身はまったく何も知りませんでしたが、フォード牧師夫妻はこの時、少し意味の違うことで互いに涙を浮かべていました。何故といって、両親が亡くなったと聞いてもピンと来なかったせいかもしれませんが、お葬式の間もずっと、グレイスは一度も泣いていませんでした。フォード夫妻は必ずいつか感情の揺り戻しというのか、そういう時期がグレイスにやって来るだろうと思っていましたが――それが今やって来たのです。

 肉親の死に身も世もなく泣く血の繋がったおじの姿を見て、グレイスは彼と同じ悲しみを共有するように、その後随分長い間……一時間ばかりもずっと泣きじゃくったままでいたのでした。

「おじさん、おじさんっ……どうしてもっと早く来てくれなかったのようっ!パパはね、いつかノースルイスへ行くことがあったら、おじさんと会わせてくれるってよく言ってたけど……パパとママのお葬式にもやって来ないで、どこでどうしてたの?」

「す、すまんな。おじさんにも色々事情があって……いや、実はつい三日くらい前にジャックとレイチェルさんが亡くなったと聞いて、それで今日驚いてすっ飛んできたんじゃ」

 この時、グレイスはとても綺麗なまっすぐな眼差しでおじさんのことを見つめていました。おじさんはもう随分長く小さな子供なぞというものと接したことがありませんでしたので、子供というのはただ子供であるというだけでこんなに可愛いものだったろうかと……驚きとともに姪のことを見返していました。

「まあ、そうだったの。それじゃ仕方ないわね。あのね、おじさん。わたし、パパとママをひっ殺した奴が見つかったら、同じようにしてやろうと思うの。ねえおじさん、どう思う?手伝ってくださる?」

 グレイスが一度泣きやむなり、そんなびっくりすることを言い出したもので、おじさんはびっくりして思わず立ち上がりました。そして助けを求めるように、フォード夫妻のことを見返したのでした。

「ほら、グレイス。そろそろ教会のほうへ戻りましょう。おじさまはね、とてもお忙しい中を来てくださったのよ。だから、色々なことを質問するのはあとにして、先にランチにしましょう」

「そうだな。もしかしたらバーべキューの肉がなくなるかもしれないから、少し急ごう。ほら、グレイス。うちのノアやテイラーがみんなの三倍以上も肉を食らってたら、君が止めてやってくれ」

 フォード夫妻の間には、四人の子供がいます。男の子二人に女の子二人でしたが、そのうち長男と次男のノアとテイラーはやんちゃで、お転婆なグレイスとぶつかっては、よく喧嘩になっていました。

「そうねえ。でもあたし、きょうはバーベキューのお肉よりもジョンおじさんのことを眺めるのできっと忙しいわ。だって、パパったらあたしには素晴らしいおじさんがいる、素晴らしいステキなおじさんがいるってよく言ってたけど、実際に会わせてはくださらなかったんですものねえ。おじさん、あたし、嬉しいのよ。あんなふうにわんわん子供みたいに泣くだなんて……おとうとのパパのこと、愛してらしたのね。だからあたしもおじさんのこと、おなじように愛するわ。もちろん、パパやママの次にってことだけれど」

「そ、そりゃそうじゃろうとも」と、おじさんは面食らって答えました。「グレイスや、グレイスのパパやママ以上の人なんぞ、この世にはおらんのじゃからな。それに、何も血が繋がっているからといって、わしのことを無理に愛することはないのだぞ。もちろんおじさんは、血の繋がった姪としてグレイスのことは好きじゃがの」

 実際のところ、おじさんは自分で何を言っているのかよくわかっていませんでした。白いワンピースを着たグレイスは、おじさんの第一印象としてはゴムまりでした。生命力の豊かなポンポンとよく弾むゴムまり――生命力の塊みたいな柔らかいゴムまりです。その反対におじさんは衰え切ってしぼんだ紙風船のようでした。そんなくしゃくしゃな自分をグレイスがただ「血の繋がったおじさんだから」という理由だけで愛するようになるだろうかと、咄嗟に不安だったのかもしれません。

「まあ、おじさんったら変なこと言うのね」この時グレイスは、何故か大人の女の人のような言い方をしました。「あたしがおじさんを愛することは、おじさん自身がご存じのはずよ。それに、ただ好きってだけじゃあたし、満足できないわ。それに、家族っていうのはみんな愛しあうものでしょう?」

「そ、そうじゃのう……」

 こんなにもストレートに面と向かって誰かから「愛している」などと言われたことのないおじさんは、またしてもまごついてしまいました。

「もちろんわしはグレイスのことを愛しておるとも。グレイスのパパと同じくらい、おまえのことを愛しておるよ」

「まあ、嬉しいわ。じゃ、あたしたちこれでそーしそーあいね!」

「…………………」

 そのあと、教会の裏庭へ辿り着くまでの間、おじさんは黙ったままでいました。グレイスはおじさんのすぐ隣を、スキップしながら歩いてゆきます。何分相手は小さな子供です。おじさんがこれから再びノースルイスのほうへ戻ったとしたら、今日自分が何を言ったのかも忘れてしまっているでしょう。けれどもおじさんのほうでは、こんな小さな女の子に抱きしめられ、「愛してる」と言われたことは……もしかしたら死ぬ日まで忘れないことかもしれませんでした。

 おじさんは人づきあいというものが苦手な人でしたが、この日、教会員の人々がバーベキューを片手にお悔やみを言ってくれる言葉には熱心に耳を傾け、また丁寧に感謝の気持ちを述べました。レイチェルが特に親しくしていた女友達や(いわゆるママ友です)、ジャックの同年代の男友達などは、涙を浮かべて色々なことを教えてくれました。

 そうした話を聞いているうちに、弟のジャックとレイチェルとは周りの人々に受け容れられ愛され、社会の一員として実に役立っていたということがよくわかり……そんな良い人生を送っていた二人が一人娘を残して死ななくてはならなかったとは、グレイスの言い種ではありませんが、轢き逃げ事故を起こした犯人のことをおじさんもひっ殺してやりたい気持ちになったものです。

 そして、その傍らでグレイスは、いつでもちょこまか動きまわってはおじさんにまとわりついていました。「おじさん、お肉はたりていらっしゃるの?」とか、「お飲みものはもういいの?」だのと気を遣ったり、あるいはおじさんが他の人とばかり話しこんでいるもので、自分のほうに関心を向けさせようとしてみたりと――実をいうとその場にいた教会の人々も、あるいはフォード夫妻や彼らの子供たちも、こんなグレイスのことは見たことがないと思ってびっくりしていました。

(あのグレイスがおじさんに気に入ってもらおうとして、猫を被っている……)

 けれどこの日ばかりは、ノアもテイラーもグレイスのことをからかったりしませんでした。いつもは男の子に混ざって野球やサッカーをし、泥だらけになって遊ぶグレイスですが、ノアやテイラーのことをどついて何か物を奪ったりするどころか――二人のことなど眼中にないといった様子で、おじさんのことばかり気にしています。

 でも、お父さんとお母さんが死んでしまった今、グレイスに肉親と呼べる人はこのちょっと変てこな感じのおじさん以外誰もいないとノアもテイラーも知っていましたから……それで、いつもなら「なんだ、おまえ。ぶりっ子しやがって!」と背中を叩いてやるところを、ただ黙ってやりすごすということにしたのです。

 それでも、フォード夫妻の娘のメアリーとジェーンはこんなことをお父さんやお母さんに聞いていたかもしれません。

「ねえ、もしかしてグレイスはサウスルイスから引っ越して、おじさんのいるノースルイスへ行っちゃうの?」

「それはまだわからないよ」と、フォード牧師は言いました。「おじさんのほうでもグレイスのことを気に入って、引き取ってもいいとおっしゃってくださったらそうなるだろうし……グレイスがここに残りたいと言ったらそうなるかもしれない。でも、おまえたちはグレイスにここにいてもらいたいんだろうね」

 メアリーとジェーンは頷き、そば近くにいたノアとテイラーは何も言いませんでしたが、実は彼らの意見もまったく同じでした。けれども、フォード夫妻の間にはある大人の事情がありました。フォード夫人は今妊娠四か月でしたし、ここにもう一人子供が加わるとなると……正直、牧師とはいえ生活のほうは大変だったのです。

 バーベキューを囲っての交わりの会が午後三時頃に終わると、おじさんは片付けを手伝い、最後にもう少しフォード牧師と話をしようと思いました。何分、これから駅前通りにある<アビントン&クラーク法律事務所>へ行き、後見人についての話をしなくてはなりませんでしたから。

「その、ちょっとお話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんですよ」

 子供たちが庭で走りまわっているため、彼らに話を聞かれないために、フォード牧師はもう一度、教会の中のほうへ戻りました。先ほどいたのと同じ、相談室です。

「今日は、とても美味しいバーベキューをありがとうございました」

 おじさんがそう言って頭を下げると、フォード牧師は「いえいえ」と両手を振ります。

「それより、グレイスはすっかりおじさんのあなたのことを気に入ってしまったみたいですね。実をいうと、私も妻のメラニーも、とても心配していたんです。グレイスは、両親のお葬式の時には一切涙を見せていませんでしたし、かといって隠れてこっそり泣いているといった気配もなく……これはいつか感情のぶり返しがどこかで来るなと私も妻も思っていたんです。あの子が両親の死を初めて受け容れて泣くことが出来たのは――間違いなくあなたのお陰だと思います、ミスター・グレイ」

「いえ、そんなことは……ただ、<アビントン&クラーク法律事務所>のクラーク弁護士から、後見人になってくれる気はありませんかと言われておりまして。わしはもう先もそんなに長いとは思えないですし、出来ればフォード牧師、あなたに後見人になっていただいたほうがいいのではないかと……」

 ここでフォード牧師は少しだけ首を傾げました。ジャックに聞いていた話によると、二人の年齢はふたつ違いということでしたので……おじさんは実際のところ見た目のほうは七十歳くらいに見えましたが、まだ六十五くらいなはずです。

「その、ですね。もしこのままグレイさんが現れなかったとしたら……グレイスのことはうちで引き取っていたかもしれません。でも実は今、妻は五人目の子どもを妊娠中でして。もちろん、五人育てるのも六人育てるのもそう違いはないと言われればそれまでなのですが、グレイスもあなたに懐いているようですし、やはり肉親の情というのは何ものにも代えがたいものなのだということを、今日グレイスを見ていて思ったものですから」

「いえ、あの子はまだ小さくて何もわかっとらんだけです。まあ、わしも金銭的にはあの子ひとりくらいならどうにか大学まで行かせてやれるかもしれない。ですが、わしが結婚していて妻がいるというならともかく、子育ての経験なんぞまるでない惨めな独り者ですからな。今はパパから素晴らしいおじさんだなんだと聞かされておったもんで、ちょっと懐いてみようかと思っとるだけでしょう。それより、あの子の将来を真剣に考えた場合、やはり同じ年ごろの子供に囲まれて成長するのが一番と思います。その点、牧師さんのお宅というのであれば環境として申し分ありませんし、お金のことならあの子の養育費の分くらいはわしのほうでも少しは出せるかと思いますので……」

「そうですか。そうとまでおっしゃられるのであれば……」

 ですがこの時、二人がともにびっくりしたことには――突然バターンとドアが開いたかと思うと、グレイスがパッと部屋の中へ飛びだして来たのです。

「こらっ!!グレイス、いつもドアは静かに閉めなさいとあれほど……」

「そうよ!あたしはいつも叱られてばっかりであんまりよくない子だわ。だけどおじさん、もしおじさんがあたしのことを引き取ってくださるなら、これからうんといい子にするって神さまにお約束するわ。だからおじさん、お願いだからあたしを引き取らないだなんて言わないでちょうだい!」

 グレイスは大きな青い瞳いっぱいに涙をたたえて、じっとおじさんのことを見上げていました。しかも、祈るようにぎゅっと両手まで握りしめて……。

「そ、そうじゃのう」

 おじさんはまたしてもまごつきました。確かに、おじさんの心の中にもこの可愛い、面白い子を引き取ってみたいと思うような気持ちはありました。けれども、それも結局一時的な気の迷いのようなもので、一緒に暮らすとなったらグレイスも「素晴らしくてステキなおじさん」に幻滅し、またおじさんのほうでもこの元気な子どもにうんざりすることでしょう。そのことがわかっていましたので、おじさんは遠く将来のことを見据えて、今のような申し出をフォード牧師にしたのです。

「問題はまあ、わしの住んでおるところが遠いということじゃよ。せめてもわしがもう少し近いところに住んでおったら良かったんだろうが、グレイスだってサウスルイスを離れてまったく知らない土地で暮らすなんて嫌じゃろう?お友達とも離ればなれになるしのう。うちへ来てからこっちへ帰りたいなんて泣かれても、おじさんはオロオロするばっかしで何もしてやれんじゃろうし……」

「いいえ、そんなことないわ!第一あたし、お友達なんてひとりもいないんですもの!!」

 実際のところは、グレイスには幼稚園や近所に友達がたくさんいました。フォード牧師はそのことを知っておりましたので、心の中で笑ってしまいました。自分の家の子どもたちまで、こうもあっさり捨てられてしまうとは、グレイスは本当にこのおじさんのことが好きなのだなと思ったものです。

「では、こうしてはどうでしょう?一度お試し期間……という言い方はおかしいですが、グレイさんのほうでグレイスのことをお引き取りになり、グレイスがこちらへ帰ってきたいとぐずったとしたら、うちでもう一度グレイスのことは引き受けます。また、グレイさんのほうでグレイスのことが手に余るようでしたら、その場合も同様に私か妻がノースルイスまでグレイスのことを迎えに行きますよ」

「…………………」

 こうとまで言われてしまっては、おじさんもなんだか断れませんでした。それに、もしかしたらこの純粋な眼差しの小さな子どもが、おじさんが自分を引き取らなかったということで、のちのちまでそのことを恨みに思うかもしれません。それだったら、一度一緒に暮らしてみて、がっかりさせたほうがいいかもしれませんでした。

「じゃ、まあ、グレイスがそうしたいというのであれば……一度そうしてみるかの」

 おじさんがそう言った時の、グレイスの瞳の輝きといったらどうでしょう!もともと大きな瞳がよりいっそう大きく見開かれて、まるで星屑でも宿したように青く輝いていました。まるで、ふたつの大きな宝石みたいに。

「まあ、おじさん!まあ、おじさん!!まあ、おじさん!!!」

 グレイスはまるで息が――息どころか心臓が止まってしまうのではないかというくらいの感動をこめて、そう言いながらおじさんの足にひしと抱きつきました。おじさんはグレイスがいちいち大袈裟な気がしましたが、まあ、子どもというのはそういうものなのだろうと思いましたし、こんなしなびたジジイのような男をグレイスが慕ってくれるということも……実はとても嬉しかったのでした。

「あたし、ああ、おじさんあたし……きっとこれからいい子になるわ。わがままを言ってピーマンを食べないなんて言うこともないようにするわ。あと、ブロッコリーも嫌いだけど、我慢して食べるわ。ああ、おじさん、きっとよ。あたし、これから生まれ変わったみたいにいい子になるってお約束するわ」

「グレイスや、おまえさんもそんなに最初からいい子にばかりしてたら疲れてしまうがな。グレイスはグレイスらしくしとったらええ。それがわしにとっての「いい子」ということじゃ。わかるかな?」

「まあ、おじさんったらなんてご親切なんでしょう!ほんとう、パパの言ってたとおりの方なのね。とてもやさしくって、物惜しみをしない人だったって、パパはいつもそう言ってたもの」

 ここでおじさんは「ゴホッ!!」と一度咳払いをしました。もちろん、子どもを一人引き取るということは、想像する以上にお金のかかることです。けれども、おじさんはそうしたことはあまり心配していませんでした。ただ、この可愛い子どもがいずれ本当の自分がつまらないただの年寄りだと知って心が離れていくであろうこと……そのことだけをひたすら恐れていたのです。

「じゃあまあ、後見人のほうも一度わしがなっておいたほうがいいのかの。わしはこれからちっと法律事務所のほうへ行ってその手続きを済ませてこようと思う。そんで、わしの予定としては今日はちょっとホテルのほうに泊まって、明日帰る予定で電車のチケットも取ってしもうた。グレイスはまだ、ここにおってお友達と挨拶したり色々やることがあるじゃろうし……どうしたもんかな」

「あら、おじさん。そんならちっとも心配いらないわ。あたし、明日おじさんについてノースルイスへ行くわ。それで、えーとそのホーリツジムショとかいうところにも一緒にいくわね。そんで、今日はおじさんと一緒のホテルにお泊りするの。わたし、小さいからソファにでも寝かせてくれたらそれで十分だわ。ね、いいでしょ、おじさん?」

「そうじゃのう……」

 おじさんにはなんだか、『それは駄目じゃよ、グレイス』とは言えない気がしました。そこで何かの救いを求めるようにフォード牧師のほうをちらと見たのですが、フォード牧師はただ意味ありげに微笑むだけで、なんとも言いませんでした。

 正直なところを言って、この件に関してフォード牧師はあまり心配していなかったのです。何分グレイスはやんちゃ坊主のノアとテイラーのことさえ蹴っ飛ばして言うことを聞かせるような子でしたし、きっとその調子で新しい土地でも、知り合いなどひとりもいなくても、うまくやっていくことでしょう。

「じゃまあ、グレイスの好きにしたらええ。明日は月曜だからの、ま、子どもがひとり座るくらいの分の座席はあるじゃろ。なんだったら、自由席に座ったってええしの。とはいえ、おまえさんも荷物を整理したり色々あるじゃろうし……どうしたもんかの。そういえば、パパやママのお店や住んでいた家や、家の中の荷物なんかはどうしたのかね?」

「その件でしたら……お店のほうは借りているものですから、中の調理用具やお皿など、そうした物はすべて整理してアパートのほうへ移動させました。アパートの大家さんがとてもいい方でしてね、この先グレイスがどうなるかはっきりわかるまでは、家の中のものはそのままでもいいとおっしゃってくださって」

「…………………」

 ここでおじさんはもう一度椅子にへたりこみました。これでは明日帰るということはとても出来そうにありません。肉親としてのせめてもの務めとして、遺品類についてはおじさんは大切にしたかったですし、それはグレイスだってもちろんそうだったでしょう。

「そうじゃな。では、まずわしは<アビントン&クラーク法律事務所>へ行って、そこらへんのことも聞いてくるよ。グレイス、おまえはそれまでここで待っていておくれ。どうやらおじさんは明日帰るというわけにもいかなくなったようじゃ。パパとママの物はとりあえずわしの家へ運ぶということにしてもいいじゃろうかの?」

「ほんと!?おじさん、ほんとうにそうしてくださるの!?」

 グレイスは両手をぎゅっと握りしめると、また青い瞳を星のように輝かせました。

「もちろんだとも。パパとママのものをおじさんは処分したりする気はないのでな。ま、わしの家も小さくて狭いが、なんとかなるじゃろ」

「わあ、やっぱりジョンおじさんは他の人とは違うわね!そうしてくださったら、あたし、ほんとうにほんとうに嬉しいわ。もう他には何もいらないっていうくらい!!」

 実をいうと、グレイスはいずれアパートの中の物は処分しなくてはならないと言われていました。ですから、このおじさんの言葉は本当に嬉しくて堪らないものだったのです。

 このあと、おじさんは電話を借りると、<アビントン&クラーク法律事務所>のほうへかけ、あらためてアポイントメントを取りました。今日これから来てくださっても構わないということでしたので、おじさんは出かけようとしたわけですが……グレイスは「あたしもおじさんに絶対ついていくわ!!」と言って、頑として聞きません。

「じゃがなあ、子どもが一緒について来て面白いような場所でもないし……どうやらおじさんは最低でももう何日かサウスルイスへおらねばならんようじゃから、それまではグレイスは牧師さんのお宅にいたほうがええんじゃなかろうか。もし本当にノースルイスへグレイスが来ると言うのなら、こちらの友達と遊べるのももう数日とか、そういうことになるじゃろうし」

「いいのよ、おじさん!そんなのはおじさんの気にすることじゃないの。あたし、ホーリツジムショでも、まるでいないみたいに静かにするって約束するわ。あたし、ただおじさんと一緒にいたいっていうそれだけなのよう!」

 グレイスがおじさんの灰色のズボンを引っ張りながら、しきりと「お願い、お願いよ、おじさん!」と頼みこみますもので、とうとうおじさんは根負けして、グレイスと一緒に出かけていくということにしました。



 >>続く。





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