こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

灰色おじさん-【11】-

2018年10月18日 | 灰色おじさん



 さて、今回の前文はどうしませうww

 今回も本文長めなので……前文のほうは短めにと思いつつ、今回も特に書くことないので、何か絵本の紹介でも、と思います(^^;)

 なんというか、説明する必要もなく、この絵本も超有名どころですよねえ


 >>いたずらっこのマックスは、おおかみのぬいぐるみを着て大暴れ!

 怒ったおかあさんに夕飯抜きでほうり込まれた寝室は、いつの間にか森や野原になり、ボートに乗って着いたところは「かいじゅうたちのいるところ」。
 
 かいじゅうたちの王さまになったマックスは、かいじゅうたちと一緒にかいじゅう踊りをおどります。

 かいじゅうたちを眠らせたあと、さびしくなったマックスは王さまをやめることにします。

「行かないで」って言うかいじゅうたちを振り切ってボートに乗り帰って来たところは、温かい夕ご飯の置いてある自分の寝室でした。

絵本ナビさんの作品紹介文より)


 お話の流れとしては、主人公の男の子マックスが、冒頭でお母さんに叱られ、その後空想の世界の「かいじゅうたちのいるところ」へ……そして、戻ってきたら、お母さんの夕ご飯が部屋に置いてあるという、ストーリーとしては「え?ありがち?」みたいに思われるかもしれません。

 この本もわたし、「はなのすきなうし」同様、もし子どもの頃に読んでいたとしたら、もしかしたら「ふう~ん☆」という感じだったかもしれません。でも、大人になってから読むと、すごく深いなって思うと思うんですよ(^^;)

 物語のはじまりは、オオカミになったマックスくんの悪戯がすぎて、お母さんから叱られるというところ。それで自分の部屋に入れられたマックスは、森→野原→ボートに乗って「かいじゅうたちのいるところ」へと冒険してゆきます。

 ところで、昔何かの本でオオカミ男っていうのは、お母さんがよく叱る時にそう言ってたというのを何かで読んだことがあります。確か、中世、あるいはそれよりもっと以前から、「そんな悪い子はオオカミ男になってしまうよ!」と言うことがよくあったそうです。

 半分は人間だけど、半分は獣のように聞きわけがない→そんな子が大人になったりしたら大変だ!といったようなことらしいですが、マックスくんもここで、オオカミに扮装して暴れ、お母さんに叱られています。

 そして、罰として自分の部屋へ入れられ、そこでマックスくんの(ある意味現実ともいえる)空想への旅がはじまります。つまり、お話のほうは家の中、小さな子供部屋からはじまって子供部屋で終わるわけですが、絵本の中で語られるこの豊かさといったらどうでしょう!!

 さらにマックスくんは、かいじゅうたちのいるところ(確か、島っぽかった気がします☆)でも、見るもおそろしげな(でも絵本的には愛嬌のある・笑)かいじゅうたちを自分の家来とし、踊ったりして遊ぶのでした。

 そして、そんなこんなしているうちに、マックスくんはある人のことが気になりはじめ……今度は帰りたくなってくるわけです。かいじゅうたちはそんなマックスくんのことをどうにか引きとめようとするわけですが、「おまえのこと、食べてやるから帰らないで」というかいじゅうの言葉には、この絵本の深さがものすごくこもっていると思います。

 わたし、この絵本を読んでいて深いなというか、「怖いな」と感じたのが、実はここでした。つまり、マックスくんは危機一髪(?)で強い自分の意志によりかいじゅうたちのいるところを去るわけですが、時にかいじゅうに食べられてしまう子や、かいじゅうたちのいるところから帰って来れない子もいる……ということが示唆されているような気がするんですよね(^^;)

 こうした子のことを、大人がその背後にいるかいじゅうと戦って奪い返す、その子本来の本当の姿を取り返す、というのは、非常な困難を伴うことだと思います。そうした子っていうのは、冒頭のマックスくんみたいに、一見オオカミみたいな無茶なことをしていたり、「まったく、この子は何考えてるんだろう」みたいに見える場合が多いのではないでしょうか。

 けれども、かいじゅうのような憑きものと言いますか、何かそうしたものが落ちた途端、「ああ、本当は(きちんとした愛情さえあったら)こんな子だったんだ……」、「本当はこんなに素直ないい子だったんだ」ということがわかるっていうことなんじゃないかという気がします。

 ただ、かいじゅうと戦うっていうのは、下手したらこっち(大人や親)が死ぬこともありうるという話なので、命をかけて、あるいは精神性や魂のすべてを賭けてそうしなくてはならないという、本当に難しいことなんじゃないかな~なんて(^^;)

 もっとも、マックスくんの場合、自分からこのかいじゅうたちのいるところから出る決心をするわけです。それもお母さんのためを思ってというか、お母さんのことが恋しくなって……。

 そして自分の部屋へ戻ってくると、お夕食がマックスくんの部屋には置いてありました。ここ、素晴らしいですよね!マックスくんのお母さんが子供を叱ったあと、「ちょっと叱りすぎちゃったかな……」と後悔してたりといった気持ちが、このお夕飯ひとつですべて説明されている。べつにお母さんが登場せず、泣いて息子のことを抱きしめるといったシーンなんてなくても――このお夕飯だけでお母さんが本当はどんなにマックスのことを愛しているかが読者には「じーん☆」と伝わるわけですから。

 他にも解釈として、色々な読み方が出来ると思うのですが、この本も超おススメな、有名どころの絵本のひとつ、といったように思います

 それではまた~!!



       灰色おじさん-【11】-

 グレイスはスケボーを片手に家まで戻って来ると、河畔公園でリアムに会ったことはおじさんに言いましたが、アダムに会ったことは話しませんでした。そのことに特に深い意味はなく、グレイスは彼の話したことにはあまり価値を置いていなかったかもしれません。

 去年の九月、家をペパーミント色に塗り替えてから、おじさんは家の庭のことも気にかけるようになり……今ではグレイ家の庭は随分華やかになっていました。三~四月ごろ花が咲くようにと水仙やチューリップの球根を植えたことにはじまり、五月にはアイリスが、六月には百合や薔薇の花が咲くようになりましたし、その後もおじさんは庭の手入れには随分凝るようになっていたのでした。

 ですから、この日もおじさんは先日ホームセンターで買ってきた新しい花を植えるのに夢中で、グレイスが自分のすぐ横にやって来るまで、姪の姿に気づかなかったのです。

「おじさん、うちの庭は今日もまるで夢のように綺麗ね!」

「そうかのう。うちなんか、角の花好きのスミスさんちに比べたら、全然まだまだじゃよ」

 そう言っておじさんは花がら摘みをして出た枯れかかった花や茎をまとめると、ビニール袋に入れ、グレイスと一緒に家の中へ入りました。

「でもおじさん、あたしがこの家へ初めてやって来た時には、花なんて一本も植わってなかったのよ?それなのに、去年から球根を植えはじめたばかりだっていうのに、今じゃこうですもの。すっかり見違えたわ」

 グレイスは玄関口の決まった場所にスケートボードを立てかけると、まずは手を洗ってうがいをしました。おじさんは手洗いとうがいに関しては、ちょっとした権威だとばかり、少々口うるさいのです。

「そうじゃのう。まあ、隣のマクグレイディさんが、家の壁がペパーミントだなんて変だと抜かしおったのでな、バランスということも考えて、花でも植えてみるかと思ったわけじゃが……やってみると思った以上に楽しいもんじゃのう、庭仕事というのは」

「ふふっ。あたしもおじさんのお手伝いして、土いじりとかするの大好きよ。たまに虫が出てきてびっくりするけど、それも新鮮な驚きだわ」

「そうかの。わしは自分の可愛い薔薇の葉なんかに一匹虫が這っているのを見ただけでもゾッとするがな」

「まあ、おじさんったら!」

 おじさんがショックのあまりぶるぶる震える仕種をしたので、グレイスは思わず笑いました。今日の晩ごはんは、パエリアでした。新鮮なエビやイカやムール貝、野菜や鶏もも肉などが、サフラン色の美味しいごはんの上に豪快に乗っています。グレイスはおじさんの作るものはなんでも好きでしたが、このパエリアはその中でもかなり上位にランクする美味しさだったといえるでしょう。

「それでね、おじさん。アリスのお父さんって実は教育省の長官じゃなかったんですって」

「ほう。じゃあ、駅前で布でも広げて物を売ったりしとるのかね?」

 おじさんはあまり人の悪口を言わない人ですが、可愛い姪の敵には少々コショウを振りかけてやってもよいと思っていたのでしょう。

「もう、おじさんったら!アリスのお父さんは消防士なんですって。リアムがそう言ってたわ。ほら、リアムの家もお父さんが消防士でしょ?だから、家が近いせいもあってアリスのこと、色々知ってるみたい」

「なるほどのう。ところでそのこと、アリスの友だちはみんな知っとることなのかの?それとも、アリスは他のみんなにも嘘をついとるのかの?」

「知らないわ」と、グレイスはまったく興味のない様子で肩を竦めています。「それにあたし、あの子とは一切関わらないことに決めてるの。だから、もし仮にアリスが嘘をついていたのだとしても……まあ、問題ないんじゃない?実はあの子のパパが路地裏で物乞いをしてるっていうんなら話はまた別でしょうけど、消防士だなんて、とても立派な職業ですもの」

「まあ、そうじゃな。それにしてもグレイスは本当にいい子じゃな。わしなら、敵の弱味を握ったと思って、これからどうしてやろうかと算段するところだがの」

 グレイスはサラダボウルの中から自分の分をトングで取り分けると――今日はニョッキのサラダです――、おじさん特製のドレッシングをかけました。

「あのね、おじさん。リアムの話を聞いててあたし思ったのよ。あの子、実はあたしが腹を立てるだけの値打ちもない子なんだってことにね。とにかくあたしとしては、メアリーとの友情だけ大切に出来ればそれでいいと思うの。だから、確かに難しい問題ではあるのよね。だって、三学年ももう少しで終わりでしょう?でも、四学年もメアリーと一緒だと思うと嬉しいわ。だけど、もしまたクラス替えがあったとしたら、メアリーとは離れたくないけど、あのアリス・アディントンっていう子と別のクラスになれるのだとしたら、そのことはすごく嬉しいことですものね」

「なるほどなあ。まあ、四学年の一年を通して、何事もなければいいのじゃが……どんなもんだろうの」

 グレイスは、よっぽどアダムの言っていたこと――アリスがリアムを好きで、リアムと自分の親しいことが彼女に嫉妬の気持ちを呼び起こすらしいということ――を、おじさんに話してしまおうかと思いました。けれども、何故かそのことはおじさんにあまり言いたくありませんでした。何故なのかは、自分でもうまく説明できませんでしたけれども。

「どうかしらね。問題はたぶんきっとあの子の気分次第ってことよ。あたしのほうではあの子やエリザベス・ロスのことなんか、はっきり言ってどうでもいいんですもの」

「なんにしても、もうすぐ三学年も終わりだものな。それに、四学年に上がる前に、二か月以上も夏休みがあるんじゃから、今からそんなこと考えても仕方ないしの。まずは、思いっきり夏休みを楽しむことじゃ」

「そうね、おじさん!本当にそのとおりだわ」

 グレイスはニコニコしてそう言いました。夏休みにはしたいことがいっぱいあります。メアリーは家族でサウスルイスにあるディズニーランドへ行く時にグレイスも一緒に連れていってくれると言いますし、マクグレイディ家ではキャンプをしに行くそうなので、グレイスも誘われています。その他、おじさんと毎日一緒に庭の整備をしたりするのも楽しみですし、とにかく毎日学校へ行くでもなく好きなことが出来るのですから。

 グレイスはほとんどこの「夏休み」を「人生の楽園」と位置づけているほどでしたが、実をいうとこの夏休みには、グレイス自身が思ってもみない事態が待ち受けていました。一応、学校からは夏休みの課題のようなものは出題されるものの、それは量的にそれほど多くもなく、夏休み中にどの程度勉強するのかは、各生徒(あるいは生徒の親)の裁量に任されていたと言えるでしょう(有名私立中学を目指す子などは、そのために塾へ通います)。

 そして、グレイスがアダムからある種の警告を河畔公園で受けた日の一週間後、ノースルイス第十小学校は夏休みに入りました。メアリーとグレイスは、相も変わらず3年A組の中では離れ小島で暮らしていましたが、少なくとも無人島に一人で暮らしていたわけではありませんから、そのことはあまり気にしていませんでした。クラスの女子グループはアリスとエリザベスを中心にして動いており、彼女たちのグループに属していない生徒も、アリスやエリザベスの怒りを買うのを恐れ、グレイスやメアリーにほとんど話しかけてくることはありません(これはヴァネッサでさえそうでした)。それでも、真の友と呼べる親友がひとりいれば、グレイスにはお釣りがたくさん出るくらい十分なことでしたから。

 男子グループのほうは、アメフト部に所属しているクリフ・エヴァレット(彼は将来クォーターバックになることを目指しています)と、彼の親友のアダム・オブライエンが一番目立つ存在で(彼らはスポーツが出来るだけでなく、勉強の成績も良かったようです)、グレイスの見た限り、三つくらいの仲のいいグループがある感じでしょうか。けれども、この三つくらいのグループの間も行き来が緩やかであり、クラス内にいじめやいじめの種のようなものが存在する……といった影はうっすらとも見えはしません。

 ですから、グレイスはクリフとアダムが友だち数人と笑って話しているのを見るたびに(あーあ。あたしも男だったら良かったのにな)と時々思ったものでした。自分が男でさえあったら、彼らのようにサッパリした関係を築けたのではないかと、そんな気がして……。

 なんにしても、夏休み中はこうしたすべてからすっかり解放されて、二か月以上もの間学校やアリス・アディントンに関連したすべてからも解放され、自由でいられる……ものとグレイスは思っていたのですが、七月初旬にノースルイス河畔公園で花火大会があったのをきっかけに、グレイスの夏休みは当初予定していたのとはかなり違ったものになったかもしれません。グレイスはその時、マクグレイディ家のパパに河畔公園まで連れていってもらい、人でごった返す川原の土手のほうで、色とりどりの花火が上がるのをじっと見上げていました。

 一番小さいニックは、ケビンパパに肩車してもらっていましたが、ケビンJrとティムとグレイスは、はぐれないように互いに手を繋ぎあって、時々爪先立ちになりながら花火を見ていたものでした。この時期、ユトランド共和国は九時を過ぎてもまだまだ明るく、花火大会がはじまったのは夜の十時頃でした。そして零時近くに壮大な仕掛け花火があって花火大会のほうは終わりになるため――それを目当てにして来た四人は、十一時半近くになると、実は若干退屈になってきていたかもしれません。花火のほうは色々な種類のものが上がってとても綺麗でしたが、それでももう一時間近くずっと首を上に上げたままでいましたし、前も後ろも右も左も人でぎゅうぎゅうで、すっかり疲れていました。

 そんな時、ケビンJrがこう言ったのです。

「パパーッ。俺、ちょっとションベンに行きてえっ!!」

 ぴょんぴょん跳びはねながら尿意を示す息子に対し、ケビンパパは溜息を着いています。

「ったく、しょうがねえな。さっきおまえ、露天でLサイズのコーラ買って飲んでたろ?たぶんそのせいだろうな。けど、ここから一番近いトイレまで結構あるぞ。五人全員でここから抜けたら、せっかく場所取りした意味がなくなるし……」

 ケビンパパがどうしたもんかと考えこんでいると、グレイスが言いました。

「ねえ、あたしがケビンと抜けてトイレに行くっていうのはどう?それで、もう一度ここへ戻ってきても、二人とも小さい子供だから、まわりの人も何も言わないでしょ?」

「グレイス、そうしてくれるか?ただ、もし何かあったらケビンが携帯を持ってるから、それを鳴らしてくれ。場所がわからなくなったような時にも、すぐ電話を鳴らすんだぞ。べつに遠慮しなくていいから」

 グレイスは隣の家から預かった大事な子ではありますが、もう小学三年生――いえ、来学期からはもう四年生ですし、ケビンJrはといえば、来学期からは中学一年生なのです。ケビンは年齢的に考えて、二人を行かせても大丈夫だろうと思っていました。何より、グレイスはケビンJr以上にしっかりした子でしたから。

 グレイスとケビンは、人の流れを抜けて一息つけるところまで来ると、トイレを探しました。河畔公園はとても広く、あちこちに公共のトイレが設置されています。その一番近い場所にあるトイレまでふたりは向かおうとしたのですが――実際にそこまで行ってみると、ある問題のあることがわかりました。

 トイレの屋根の上には、何やらガラの悪い青年たちが座しており、煙草を吸ったりビールを飲んだりしているようでした。それに、屋根の上だけでなく、その周りにもお仲間がいて、バイクのハーレイに寄りかかったりしながら、下品な笑い声をあげては、何かを大声でしゃべっています。

「グ、グレイス、俺……もうちょっと行った先にあるコンビニのトイレに行くよ。あいつら、絶対ヤバいって」

「何言ってんのよ。あたしたち、まだ子供なんだし、流石にあの人たちだって何もしたりなんかしないわよ」

 そう言ってずんずんグレイスが先に進んでいきますので、ケビンも仕方なしに川原の土手を下りると、グレイスのあとについて行きました。確かに、ガラの悪そうな雰囲気の青年たちは、グレイスとケビンに最初目もくれませんでした。

 けれども、グレイスがケビンに対し、「あたしもちょっとトイレしてくるから、あんたが先に出てきたらここで待っててよ」と言い、ケビンがいかにも気弱そうに「う、うん……」などと答えるのを見て――ハーレイに寄りかかり、恋人と話していた十七くらいの青年が声をかけてきたのです。

「おい、おまえ、その年でもう彼女持ちかよ。随分マセてんな」

 彼――ブルース・ウィルソンは、一本のビール瓶を恋人のマージョリーと交代で飲み、その合間合間にキスしたりしていたのですが、いかにもおどおどしているケビンに目を留めると、笑っていました。

「おまえのほうが図体のほうは随分でかいってのに、そっちの女にもう尻に敷かれてんのかよ」

「そ、そういうわけじゃ……」

 ケビンは怖いのとおしっこを早くしたいのとで、おどおどしていました。

「ケビン、馬鹿っ!いいから早く用を済ませちゃいなさいよ。酔っ払いなんか相手にしないの!!」

「ハハハ。俺たちのこと、酔っ払いだとよ」

 グレイスはトイレを済ませると、手を洗い、ハンカチで拭きながら外へ出てきました。けれども、外へ出てきてみると、ケビンがブルースや他の何人かの仲間たちに囲まれているのを見、驚きました。

「隣同士で住んでるだけで、つきあってるわけじゃない?」

 ブルースではない、黒いサングラスに裸の上に革ジャンを着た男が言いました。

「そんなわけねーだろ。オマエだって男でキンタマちゃんとついてんだろうしな。ありゃ将来結構な上玉になるぞ。おまえ、あの子を置いてここから逃げろよ。そしたら、おまえのタマキンやケツを蹴っ飛ばすのはよしておいてやるから」

「ケビン!あんた馬鹿じゃないの!?早く行くわよっ!!」

 グレイスは恐れ気もなく十七、八かそれ以上の年齢の男たちの間に入っていくと、ケビンの腕を掴んでその場を去っていこうとしました。けれども、その手をブルースが引き離します。

「お嬢さん、年はいくつかね?」

 いかにもロリコンのような、変態を装ってブルースがふざけたため、周囲では「ギャハハッ!!」と下品な笑い声が起きました。けれども、こんなことに動じるようなグレイスではありません。

「あんたたち、酔っ払ってんのね。しょうもないろくでなしだわ。こんなところで飲んだくれてないで、家に帰って少しはパパやママに親孝行でもしなさいよっ!!」

 グレイスが自分たちになんの恐れも抱いていないのを見て、男たちの一人が口笛を吹きました。そして、もう一人の別の不良青年が言います。

「おい、このガキどもを逃がしてやれよ。俺たちは本物のロリコンってわけじゃねーんだ。パパやママに親孝行する気はないにしても、そこまで落ちぶれちゃいねえ」

 ――こうして、グレイスとケビンは解放されたのですが、ふたりがトイレの脇を走って川原の土手を上がっていこうとした時のことでした。トイレの上からこちらの様子を見ていた青年のうちのひとりが、「待ってよ、グレイス」とケビンが小声で呟くのを聞いたのです。

「グレイスだって?おい、お嬢さん。ちょっと待ちな。こっちに顔を見せろ」

 けれどもグレイスはそんな言葉、無視しました。そこで、彼は起き上がるとトイレの反対側の一方に向かって大声を上げたのでした。

「おい、リアム!あれ、おまえのグレイスじゃねえのか?なんかデブの恋人とどっか行っちまうぞ」

 デブの恋人というのは、もちろんケビンのことです。彼はママが料理上手なせいもあってか、同年齢の他の子よりも少しばかり太めだったのでした。

 リアムはこの時、一番上の兄について、日暮れまで河畔公園でスケートボードの練習をしたあと、そのまま兄のポールやその友だちと花火を眺めていたのでした。けれどもこの時、花火にいささか飽きてきていたリアムは、兄の友人のブレンダンが釣りの道具を持ってきているのを見て――彼とふたり、川に釣針を下ろしていたのです。

「デブの恋人って、一体どこのどいつだよ!?」

 リアムは川の柵を越えて向こう側にいたのですが、この時、ブレンダンに釣りざおを見ていてもらうと、ひょいと柵を越えてこちら側に戻ってきました。

 もちろんリアムは、ケビンやティムのことは知っています。以前、彼らの名前がグレイスの口から出た時に、軽く探りを入れていましたから。けれども、その後グレイスの家へ遊びに行った時、庭先にマクグレイディ家の息子たちの姿を見て、ある意味安心していました。何故といって、グレイスの話ぶりと考えあわせてみても、そうした心配は一切ないように思われたからでした。

 グレイスはこの時、土手を途中まで上がっていくところで、その後ろにケビンがつき従っていました。街灯に照らされたその後ろ姿を見て、リアムが声を張り上げます。

「おお~い、グレイスっ!!おまえ、ちょっと待てよおっ!!」

 リアムの声に気づくと、グレイスは一度振り返りました。そして、リアムが土手下にいることに気づいて、そちらのほうへ戻っていきます。

「あんた、なんでこんなところにいるのよ!?」

「そりゃこっちのセリフだろうが。なんだ?隣のデ……じゃない。隣の兄弟と花火を見に来たのか?」

 リアムは意外なところでグレイスに会えて、嬉しさに顔をほろこばせていましたが、ケビンのほうではもうこんな場所から立ち去りたくてたまりません。そこで彼は、そのまま土手の上まで上がっていくと、道行く人の姿に混ざって、そこでグレイスを待つことにしました。

「ええ、そうなの。ケビンがトイレに行きたいっていうから、一緒についてきたのよ。まさかとは思うけど、あのガラの悪いしょうもない連中、あんたの知り合いかなんか?」

「ハハハッ」

 もしグレイス以外の誰かに同じことを言われたのだとしたら、たぶんリアムは怒っていたでしょう。けれどもグレイス相手ではそんな気も起きませんでした。

「そうなんだ。トイレの屋根の上でビール飲んでるのがうちの一番上の兄ちゃんのポールっていうんだ。友だちみんなと花火見るって言うからさ、俺も暇だし一緒に見るかと思って。そしたら、うちによく来るブレンダンが釣りざおなんか持って来るから、さっきまでそこで釣りしてたところ」

「えっ、釣り!?」

 実をいうと、グレイスは釣りが大好きでした。父のジャックとも夏には川釣りによく行ったものでしたし、そういう時に昆虫の幼虫をビンに入れて捕獲したり、蝶やトンボを捕まえたり……楽しい思い出がたくさんあります。

 そしてこの時、まさかリアムは釣りなんかのことにグレイスが食いついてくるとは思わず、驚くのと同時に――(やっぱりコイツ、おもしれえや!)と、グレイスに惚れ直していたかもしれません。

「釣りって、夜も出来るものなの!?ここって何が釣れるのかしら?」

「えっと、今んとこ俺もブレンダンも一匹も釣れてねえんだ。けど、ブレンダンの話だと、マスとか釣れるらしいよ。あと、ここの川、鮭が遡上してくるっていうのはグレイスも知ってるだろ?ま、そういう鮭をとったりするのは禁止されてるんだけどな」

「へええ~。そうなのー」

 何故なのかはわかりませんが、釣りの話になった途端、グレイスの瞳はいつも以上に輝いて見えました。リアムはこの機会を逃す手はないと、早速グレイスのことを釣りに誘いました。

「じゃあさ、これから一緒に釣りしようよ。ブレンダンは気前いいから、きっと釣りざおをグレイスに貸してくれるよ。ブレンダンはほんといい奴なんだ。優しいし、俺みたいなガキの話もいちいち真面目に聞いてくれるしさ。きっとグレイスとも気が合うよ」

「んっと、でも……」

 グレイスが後ろを振り返ると、そこにはケビンが街灯の光を背にして立っていました。ケビンはこんな夜中にとても釣りなどする子ではありませんし、ケビンパパにも迷惑をかけてはいけないとグレイスは思いました。

「あたしね、今日、ケビンのパパに花火見に連れてきてもらってるのよ。だから、なんの断りもなく勝手なことは出来ないわ」

「あ~、そろそろ仕掛け花火のはじまる時間だもんな。でも、今年の仕掛け花火はシケてるって噂なんだがな。俺と釣りでもしたほうが、きっと楽しいぜ」

(あんなパッとしないデブ、放っておいてさ)という言葉が喉まで出掛かりましたが、リアムは黙りこむと、グレイスの返事を待ちました。

「じゃあ、ちょっと待ってて。ケビンにはこのままひとりで戻ってもらって、ケビンパパにはそのまま帰ってもらうわ。友だちに送ってもらうから心配ないって言えば、きっと大丈夫よね」

(やりィ!!)とリアムは心の中で快哉を叫びました。そして、グレイスが土手を上がってケビンと話をする間……リアムは兄のいる方角へ向かって、しきりと勝利のマッチョポーズを決めていました。

 それを見てポールは、「どうやら、弟のリアムがナンパに成功したらしい」と隣の親友に言い、親友のスミスのほうでは、「流石おまえの弟だな」とビールを飲みながら笑っていたようです。

 一方、ケビンとグレイスの交渉は難航していました。ケビンは「そんなのダメだよ、グレイス。俺と一緒に戻ろう」としきりに言い、グレイスのほうでは「あたし、釣りがしたいのよ。夜釣りなんてとっても素敵じゃない。ほら、おじさんにはこう伝えて。花火見てたら偶然リアムと会って、彼の保護者と家には帰ることにするから心配しないでって」……しぶしぶではありましたが、最終的にケビンJrは承諾せざるをえませんでした。ひとつにはグレイスが強引で、強情な彼女を説得するのは到底無理だと思ったからですし、理由のふたつ目は、ケビンとしては早くその場を離れたかったからなのです。

 邪魔なケビンが消え、グレイスが土手を駆け下りてくるのを見ると、リアムの胸は俄然高まりました。高校二年のブレンダンは、リアムが噂のグレイスを連れてくると、喜んで釣りざおを譲ってあげました。彼はとても気のいい青年で、髪は赤毛でしたが、少しも短気なところはなく、ちょっと生意気そうな顔の印象ですが、実際は少しも傲慢なところのない優しい性格の青年でした。

「わあ、リアム、これって最高よ!!花火見ながら釣りなんて、こんな最高なことってないわ!!!」

 ヒュルルル~、ドーン!!パパァ~ン!!と花火が上がるたび、夜空を染める花火が川面の暗闇に映しだされて、とても綺麗でした。本当は普段、川の柵を越えて向こうへ行ってはいけないと言われているグレイスですが(この柵のほうにも一定間隔で、そのような注意を喚起する看板が立っています)、この時は禁忌を破るのにいささかもためらいませんでした。

 しかも、このあと何故なのかはわかりませんが、突然釣針に次から次へと魚がかかりはじめました。釣針にかかったのはマスばかりでしたが、まったくリアムもブレンダンもびっくりしたものです。彼らは花火そっちのけで、マスを竹のびくに入れるのに忙しかったわけですが、グレイスはといえば、花火を見ながら、その花火の煌きを宿した魚がピュッと川面から上がってくるのを――その一連の動作を見るのに夢中で、彼らのことはあまり気にしていなかったかもしれません。

 結局、花火がすっかりやむまでの間に、マスは三十匹ばかりも釣れ、まったく面白いほどでした。それまで一匹も釣れなかっただけに、ブレンダンは口笛を吹き、リアムは「イエスに命じられたペテロがガリラヤ湖に網を下ろした時みたいだな」と、あえてグレイスの喜びそうな言い方をしていました。

「あ、うちはそんなに魚、いらないのよ。たぶん、おじさんの分と二尾もあればいいから……でも、なんか可哀想だから、逃がしてやったほうがいいかしら」

「そうだなあ」と、リアム。「うちは俺と兄貴ふたりと両親の分があればいいかな。つか、マス食いたいってわけじゃなく、単に『こんなに釣れたんだぞ』って自慢したいだけっていうか。ブレンダンは?」

「俺んちは、両親と妹と、四匹もらえればいいかな」

 ――といったことにより、十一匹魚をとり、残りの十九匹は小さいのから順に逃がしてあげることにしました。リアムの兄のポールは、友人たちとバイクに乗って走り去っていきましたが、ブレンダンはポールの後ろに乗せてもらって来ていたため、グレイスとリアムのふたりをちゃんと送り届けてから帰るといいます。

 この日、グレイスは年の離れた気のいいお兄さんのような友だちが出来て、とてもご機嫌でした。ブレンダンは、相手が年端もゆかぬ子供でも、まるで大人に対するように対等に話をする人でしたし、そんなわけで、グレイスは花火が美しく、魚がたくさん釣れたこともあって、興奮しながら家へ帰ってきたわけですが……おじさんはといえば、ケビンパパから事情を聞いて以来、気が気ではありませんでした。そこで、庭先に出てグレイスがいつ帰ってくるかいつ帰ってくるかと待っていたところ、ようやく道の向こうにスケートボードを抱えたリアムと、魚釣りの道具を持った赤毛の青年、それに可愛い姪の三人が道の向こうからやって来たわけでした。

(ああ。よかった、神さま……!!)

 例の交通事故があって以来、グレイスの安全に関することでおじさんは妙に神経質になっていましたが、あまり過保護にするのはよくないとわかっていながらも、やはりこの時も心配で堪らなかったのです。

 リアムは「おじさん、こんにちは!!」と、将来自分にとってもおじになるかもしれない人に礼儀正しく挨拶し、ブレンダンは竹製のびくを肩から下ろすと、マスをおじさんに示して、「どれでも好きなのを二尾とってください」と言いました。

「おじさん、これ全部、あたしたちで釣ったのよ!すごいでしょう?」

 ケビンパパとケビンJrからリアムと河畔公園で出会って釣り云々……と聞いた時には、おじさんにはいまいち話が見えなかったのですが、これでようやくすっかり理解できました。ケビンパパの口から「グレイスはどうしても釣りがしたいというので置いてきた」と聞いた時には、『この役立たずめが!』と心の中で罵っていたおじさんですが、河畔公園で魚釣りをしていたリアムと偶然出会う→仕掛け花火よりも魚釣り→大漁……といったように、ようやくおじさんの中でも話がすべて繋がったのです。

「やあ、こりゃ随分立派なマスですな。そうじゃのう。ムニエルにするか、塩焼きにでもして食べることにしますかな」

「衣をつけて揚げてもうまいですよ」

 ブレンダンはにこにこしながらそう言い、道々グレイスが言っていたとおり、おじさんに対して(確かにこりゃ素敵なおじさんだ)と思っていました。おじさんのことを初対面でそう見抜ける人というのは、実際はとても少ないのですが……。

「じゃあな、グレイス。また釣りに行こうぜ。サーハン山の上流のほうとか行くとさ、虹鱒とか岩魚なんかが釣れるんだぜ。ブレンダンが道にすっごく詳しいから、今度一緒に連れていってもらおうよ。なっ、いいだろ、ブレンダン!?」

「もちろんいいさ。夏休みは長いし、三人の予定があう日に、一度川釣りをしにいこう」

 おじさんは、ブレンダンがおじさんに好意を持ったように、一目見て彼が気のいい青年だとわかっていましたが、まったく別のことが心配でもありました。サーハン山というのは、ノースルイスの南西方向にある山で、街から車で一時間くらいで山の入口には到着します。けれどもこの山の近辺は、春先などにお腹をすかせた熊が山を下りてくることで有名で、数年にいっぺん、熊に襲われて死んだ人のニュースが流れるのをおじさんは知っていましたから。

 今は夏ですが、それでもやっぱりおじさんはそんなことが心配だったのでした。

(交通事故に海難事故、それに今度はクマか……やれやれ。子供に対する心配というのは、まったく尽きないもんだの)

 この日、グレイスは実に上機嫌で、「また釣りに行こうねえ!」などと、リアムとブレンダンが通りの向こうへ行ってしまうまで、ずっと手を振っていたほどでした。

「ありゃあ、確かにいい女だな、リアム」

 帰り道、片足でスケートボードを漕ぎだしたリアムに、ブレンダンはそんなふうに話しかけました。

「だっろー?あんな面白い女、地球上のどこを探したって他にいやしねえって。でもほんと、ありがとな、ブレンダン。俺とグレイスが将来結ばれるためにもさ、釣りのことでは俺のためにまた一肌脱いでくれよ!」

「もちろんいいとも。普通女の子っていうのは、釣りなんか大して興味ないのが普通なんだがな。容赦なく虫をぐっさり釣針に刺しちゃったりなんかしてまあ……」

 その時のことを思いだして、ブレンダンは思いだし笑いしました。グレイスは「エサがイクラじゃなくて虫だなんて、随分エサ代ケチってんのね!」と、そう言っていたからです。また、グレイスは「エサ代ケチってるからなかなか釣れないのよ!」とも言っていましたが、そのあと、同じエサで次から次へと魚がかかったということは……ブレンダンなら、自分の腕を叩いて、ここだよ、ココ!と言っているところだったかもしれません。

「グレイスって、ほんと面白いんだ!あいつが俺に気がないのはわかってるけど、でも将来のことはわかんないだろ?俺はさ、いつかグレイスのことを振り向かせるために、今から色々がんばろうと思ってるんだ。ほら、消防士になるには採用試験があるから、勉強のほうも出来なきゃダメだろ?父ちゃんはさあ、俺が絶対いつかグレイスと結婚するって言うといっつも笑うんだ。父ちゃんが言うには、消防士ってモテるんだってさ。だから、今はグレイスグレイス言ってても、そのうち他の子におまえも目移りするだろうって」

「まあ、確かになあ」

 ブレンダンには年の離れた妹がいるのですが、彼女も、幼稚園の時からすでに男性遍歴の激しい子でした。幼稚園の時にはトマスという子と「将来絶対結婚するの!」言っており、ところが小学校に上がった途端、今度はアランという子とつきあいはじめ……ブレンダンが「トマスはどうしたんだい?」と聞くと、「あんなのもう過去の話よ」などと、首を振りながら言っていたものでした。そして、アランが他の子と二股をかけていたことが発覚したので別れ、その後また学年が変わると、新しいボーイフレンドを作っていました。

 けれども、ブレンダンの目から見てもリアムのグレイス熱には何か特別なものがあるように感じられました。そして自分も、目の前でグレイスのような可愛い子が交通事故に遭ったりしたら――同じようにその子一筋になるかもしれないというのは、なんとなく理解できるような気がしていたのです。

「それにさ、問題は俺の心変わりとかじゃないんだ、たぶん。グレイスは今は全然男になんかキョーミないって感じだけど、そのうちもう少し大きくなったら……同じクラスのアメフトなんかをやってる奴に目がいくようになるかもしれないだろ?だからさ、俺としてはそれまでにグレイスの心をしっかり掴んでおきたいんだ!」

「そういうことなら、俺としても地味に応援させてもらうよ。ま、俺にできることなんて、リアムとグレイスを釣りに連れていくってことくらいだけどな」

「もう、それだけでも十分すぎるくらいだよ!」

 こうして年の離れた友だち同士は、片方は釣り道具を担ぎ、もう一方はスケボーに片足で乗りながら、笑いさざめきつつ家路についていました。夏休みの間、三人は八回ばかりも釣りへ出かけていったでしょうか。リアムはどちらかというと、釣りそっちのけでグレイスのことばかり見ていたわけですが、グレイスは本物の釣り師でした。彼女はリアムよりもブレンダンのことを釣りの師匠として慕っており、彼にしても(やれやれ。女の子にしておくのがもったいない子だな)と思ったものです。

 恋というのとはまったく違いましたが、グレイスはブレンダンのことを「話せるお兄さん」として好いており、リアムのことなどそっちのけでブレンダンとばかり話すので、しまいにはリアムのほうで「俺からグレイスを取らないでよ!」と苦情を言われるようになってしまったほどです。

 実際のところ、ブレンダンのほうでも(グレイスがもう六つか七つばかり年が上だったら良かったのにな)と冗談で思ったことが何度かあったものでした。というのも、グレイスはブレンダンの毛針やルアーのコレクションをしきりに見たいと言い、翌日には家まで押しかけてきていたからです。しかも、それらひとつひとつを感心しながらじっくりと観賞していました。

(やれやれ。俺と同学年の女子なら、『あんた、魚オタク?』とか、『つまんない趣味』とでも言って、軽蔑した目でこっちを見てくるところだけどな。グレイスときたら、『まるで宝石みたい!』ときたもんだ)

 ところでこの時、グレイスには驚きの出会いがありました。なんと!ルアーを見せてもらったあと、おやつとジュースをブレンダンに出してもらっていた時――そこへ、エリザベス・ロスが姿を見せたのです。

 エリザベスのほうでも、「ただいまー」と言ってリビングに入ってくるなり、驚いたようでした。それも当然でしょう。親友のアリス・アディントンの恋仇が自分の兄と一緒におやつを食べていたのですから!

「あんたがなんでうちにいるのよ?」

 ギロリと自分の妹が凄むのを見て、ブレンダンもまた驚きました。実をいうと彼は妹とグレイスが同じクラスだとは、知らなかったのです。リアムもそんな話はしていませんでしたから。

「なんでって……」

 違う場所で会った時なら、グレイスのほうでも氷の如き冷たさでつーんとした顔をして見せたことでしょう。けれどもこの時は流石に、グレイスも狼狽してしまったのです。ブレンダン・ロスとエリザベス・ロス――どうしてふたりが兄妹であると、一瞬でも考えてみようとしなかったのかと、そう思って。

「ブレンダンはエリザベスと兄妹(きょうだい)なの?」

 グレイスには、ブレンダンのほうを見てそう聞くのが精一杯でした。もうこうなっては、美味しいクッキーもジュースも、何もかもが台無しです。

「お兄ちゃん、お兄ちゃんはなんでこんな奴とクッキーなんか食べてるってわけ?」

 エリザベスのほうでは、いつものように冷静そのものでした。エリザベスは小学四年生とは思えないくらい大人びた子で、背のほうもすらりと高く、六年生くらいに見えました。髪の毛はブロンドで、瞳のほうはヘーゼルナッツ色をした、とても綺麗な子です。ちなみに、兄のブレンダンとは容姿的に似ているところがまったくと言ってもいいほど見られません。

「ほら、友だちなんだよ、グレイスはリアムのさ。それで一緒に花火見たり釣りをしにいったり……今日はグレイスが俺のルアーのコレクションを見たいっていうもんで、それで遊びにきたんだよ」

「ふう~ん。あっそう。そういえば、グレイ、あんた結構やってくれちゃったみたいね」

「やってくれちゃったって、どういう意味?」

 グレイスはこの時点で意気消沈していました。ブレンダンの妹がエリザベスなら、もうここへは遊びにも来られないし、一緒に釣りに行くというわけにもいかないかもしれないと、そう予感されたからでした。

「どういう意味もこういう意味も、そういう意味よ」

 エリザベスは胸の前で腕を組むと、相も変わらずグレイスのほうを睨みつけています。ブレンダンも妹とグレイスが仲が良くないらしいというのは見てとっていましたが、何が原因でそうなのかは、さっぱりわかりませんでした。

「妹よ、それじゃ何言ってんだか、兄ちゃんにもさっぱりわからんぞ。グレイスが一体何をしたっていうんだ?」

「お兄ちゃん!なんでお兄ちゃんはグレイのことなんか家に上げてるのよ!?コイツはね、アリスとあたしにとって不倶戴天の敵なのよ。とんびに油揚げ、猫に泥棒というのは、まさにこの女のためにあるような言葉なんだから!」

(フグタイテンなんて言葉、よく知ってたな。猫に泥棒ってのはわかるようでよくわからんが)と、ブレンダンは首を傾げながら思いました。一方、グレイスはこの場にいるのがなんだかいたたまれなくなってきて、椅子から下りると、ブレンダンに挨拶することにしました。たぶん、もう彼とは魚釣りに行くということもないかもしれないと、悲しく思いながら。

「ブレンダン、今日はありがとう。とても楽しかった。でも、もう二度とここへは来ないわ。それじゃ、さよなら」

「そうよ!もう二度とうちには来ないで。それと、うちのお兄ちゃんにも近づかないでちょうだい。まさかとは思うけど、あんたみたいなガキをお兄ちゃんがまともに相手にするとでも思ったんじゃないでしょうね!?図々しいったら!」

 ブレンダンは妹のことを「リジー!」と強く言ってたしなめると、グレイスのことを玄関口まで追いかけて、家まで送っていくことにしました。早足で歩くグレイスのことを追いかけていくと、彼女は両方の手で涙を拭っているところでした。

「グレイス、話したくなきゃいいけど、うちの妹やアリスと一体何があったんだい?」

 アリス・アディントンはよくうちに遊びに来るので、ブレンダンは顔くらいは知っていましたが、彼女の父親がリアムやアダムの父親と同じ消防士だということまではまったく知らなかったのです。もちろん、アリスがリアムのことを異性として好きだということも。

「あたし……よくわかんないけど、エリザベスやアリスからは嫌われてるのよ。実際には、そんなに大して話したこともないから、なんで向こうがあたしを嫌ってるのかは、よくわかんないんだけど」

 一応グレイスも、アダムから話を聞いてはいましたが、彼女にとってはリアムが自分を好きだというその程度のことで、ろくに口も聞かないで相手を嫌うというのは理解できない心理だったのです。どちらかというと、そのことに加えて「なんとなく気に入らない」といったべつの理由があるのだろうと思っていました。

「そうだったのか。あとでエリザベスにも理由を聞いてみようと思うけど、とにかく妹がごめんな。ほら、俺とエリザベスは七つ年が離れてるもんだから、親父もおふくろも女の子だっていうせいもあって小さい頃から甘やかして育てちまってな。それで、性格のほうがああいうなんか我が儘な感じに……」

「いいのよ。ブレンダンは何も悪くないもの。ただ、あたし、物凄くがっかりしたの。ブレンダンとせっかくいい友だちになれたのに、もう釣りにも一緒に行けないんだって思ったら、なんだか悲しくって」

「そんなこと言うなよ」

 ブレンダンはハンカチは持っていませんでしたが、たまたまジーンズのポケットにティッシュが入っていたので、それを何枚かとってグレイスに渡しました。

「俺たちはこれからだって友だちさ。釣りにだってまた一緒に行けばいい。べつに、俺とグレイスが釣りに行ったって、エリザベスにわざわざ知らせる必要はないからな。そんなことは秘密にしておけばいいさ。けど、なんかちょっと変な気はするな。エリザベスはどっちかっていうと、グレイスと気が合いそうな性格をしていると俺としては思うんだが……」

「気にしないで、ブレンダン。あたしみたいなコドモと今までつきあってくれてありがとう。あたし、一人っ子だからエリザベスが少し羨ましいな。あたしも、ブレンダンみたいなお兄ちゃんが欲しかった」

「ハハハ。俺みたいなパッとしないのでいいなら、グレイスのお兄さんになんていくらでもなってやるよ」

 ブレンダンはグレイスの肩に手をまわすと、グレイスのことを抱き寄せました。

「誰も褒めてもくれなければ関心も持ってくれない俺の毛針やルアーのコレクションも褒めてくれたしな。同じ高校の友だちを抜いたら、俺の中ではグレイスは大親友だ。女の友だちっていうことでいったら、一番といってもいいくらいだよ」

「そういえばブレンダン。ブレンダンにはリアムのお兄ちゃんたちみたいにガールフレンドっていないの?」

 リアムの家に遊びにいった時、リアムの兄のポールとダリルがプールサイドでガールフレンドといちゃついていたのをグレイスはこの時思いだしていたのでした。

「そうだなあ。俺、女の子ってなんか苦手なんだよ。何考えてんだかさっぱりわかんないしさ。まあ、ポールに言えば適当に誰か紹介してもらえるにしても、あんまりそこまでしようとも思ってないっていうか」

「ふうん。そうなの。あたしもね、レンアイとかって全然キョーミないの。だから……その、なんかよくわかんない。そういうことで自分の好きな相手の好きな子に意地悪する子の気持ちとか、そういうの」

 一瞬、ブレンダンにはグレイスが何を言っているのかわかりませんでした。けれども、数秒考えてみたあとで、少しピンと来ることがありました。おそらく、エリザベスのグループの女の子の中の好きな男子が、グレイスのことを好きといった、何かそんなことで揉めているのだろうと。

(やれやれ。確かにそりゃ、まったくくだらないな)

 このあとブレンダンはグレイスを家まで送っていくと、別れる前にポケットの中からルアーをひとつ取りだして、グレイスにプレゼントしました。それはもともとグレイスにあげようと思って用意していたものでしたから。

「わあ。本当にこれ、もらってもいいの!?」

「ああ。俺とグレイスの間の友情の証しみたいなもんだな。今度、親父の持ってる船で海釣りしに行こうぜ。まあ、親父に運転してもらって、俺とグレイスとリアムと……そんなところかな。妹のエリザベスのことは気にするなよ。それに、グレイスが嫌じゃないなら、エリザベスのいない時に、うちにはまた遊びに来ればいいから」

「ありがとう、ブレンダン!あたし、ブレンダンみたいな優しいいい人に会ったの、パパとおじさんを除いたらたぶん初めてだわ!!」

 このあと、ブレンダンはグレイスにプレゼントのお礼としてほっぺにキスしてもらってから帰ってきたのですが――それを窓から見ていたおじさんは、何やらすっかり狼狽してしまったようです。まさか、グレイスのあの歳にして、もうあんな年上のボーイフレンドが出来たのではあるまいかと、そんなことが心配になって。

 もちろんおじさんは、家に帰ってきたグレイスから事情をすっかり聞いてほっと安心したわけですが、食事中もずっとテーブルに置いた水色のルアーをグレイスが熱心に見つめるのを見て……もしかしたらなんだか少し心配だったかもしれません。

 おじさんにしても、もしブレンダンが同じクラスのエリザベスの兄でなかったら、そんなに気を回すことはなかったでしょう。けれども、彼がエリザベスの兄である以上、これからまた何か一悶着問題が起きるのではないかと、そんなことが心配だったのでした。

 そして、そのおじさんの予感は的中しました。この日、ブレンダンは家に帰ると、エリザベスにグレイスと仲の悪い理由を問いただしたのですが――親友のアリスがリアムのことを好きなのだと聞くなり、額に手を置き「あ~あ」といったような仕種をブレンダンはしたものでした。

「エリザベス、あのな、そりゃ誤解だ」と、ブレンダンはエリザベスの部屋で、妹のベッドに腰かけて言いました。「グレイスはリアムが自分のことをそういう意味で好きだなんて、たぶん思ってもみないだろう。ただ、リアムのほうでグレイスのことが好きなんだ。そんなのはグレイスのせいでもなんでもないさ」

「そうかしらね」

 エリザベスは、少女向けのファッション雑誌を読むのをやめると、携帯であるページを開き、兄のブレンダンに突きつけてやります。

「あの女、ほんっとサイテーよ。このツィッターのせいで、アリスがどれだけ傷ついたか……」

 ところが、ブレンダンはといえば、笑いを堪えきれなくなって、突然爆笑していました。それも、妹のベッドの上を右や左に転がりながら。

「はっ、はははっ!!これ、俺とグレイスとリアムで釣りした時の写真と映像じゃんか。それをリアムの奴、俺を抜いていかにもグレイスとふたりきりみたいに編集したんだな。エリザベス、おまえ、アリスに言ってやれよ。グレイスはリアムのことを友だちとしか思ってない。ただ、リアムのほうでグレイスにぞっこんなんだってな」

「お兄ちゃんっ!!」

 もうこれ以上ガキの恋愛沙汰に巻き込まれるの真っ平とばかり、ブレンダンは自分の部屋へ戻ってゲームをはじめました。次にリアムに会ったら、「おまえのツイッター見たよ」とでも言って、からかってやろうと思いながら。

 けれども、エリザベスとアリスはこのことで本気で腹を立てていました。何故なら、その記事の上がったのが、アリスのインスタグラムにリアムと彼女がふたりで映っている写真を上げた翌日のことだったからです。

 リアムとアダムとアリスの家族とは、父親が同じ職場で親しいせいもあり、よく家族同士で集まることがあるのですが、アリスの家でパーティがあった時の写真を彼女は自分のインスタグラムにアップしていたのです。

『あの女、絶対アリスと張りあってるのよ』

 リアムのツイッターを見たエリザベスはアリスにそう言いました。もっともグレイスは、ブログもツイッターもインスタグラムもやっていませんでしたから、この話はおかしくはあります。けれども、アリスもエリザベスもグレイスがリアムのことをそそのかしてそのような画像をアップさせたのだと信じきっていたのでした。

 その上、アリスは自分のツイッターやインスタグラムなどをグレイスが絶対にチェックしているはずだと信じきっていたため、実をいうと写真をあげたりする時、『きっとあの女もこれを見て羨ましがるに違いない』というように思うことが常だったのです。

 このあと、エリザベスは早速親友のアリスとチャットをはじめたのですが――もちろんエリザベスは友だちのことを思って、自分の兄が『リアムのほうがグレイスにぞっこんなんだ』と言っていたというようなことは一切書きませんでした。ただ、放っておいたらまた兄のブレンダンとリアムとグレイスの三人は釣りへ行くだろうから、それをどうするかといったことについてだけ話しあうことにしたのです。


 >>エリザからお兄さんに頼んで、もう三人で釣りに行かないようにしてもらうってわけにはいかないの?

 >>うちの兄貴はそういうの、聞くタイプじゃないのよ。わたしの話を適当に「うんうん」言って聞きながら、またこっそり三人で釣りに行くっていうような感じに決まってるから意味ないの。

 >>釣りねえ……あたし、釣りなんてさっぱり興味ないけど、それじゃお兄さんに頼んで、あたしたちも一緒に連れていってもらうってことは出来ない?ほら、お兄さんのブレンダンたちが釣りしてる間、わたしたちはわたしたちで、川原で遊んだりしてればいいってことでしょ?

 >>んー、そうねえ。でも、あんな女と一緒にどっか行くだなんて、虫唾が走らない?

 >>わたし、リアムがツイッターに上げてた写真のことなんかがどうしても気になるのよ。あの女がリアムと一緒にいる時にどんな話をするのかとか、そんなことだけど……。


 ――ここでエリザベスは一度、携帯のアルファベットを打つ手を止めました。もし兄の言ったことが本当なのだとしたら、アリスが傷つくのではないかと、そう思ったのです。


 >>一応、お兄ちゃんには聞くだけ聞いてみるけど、わたしはあんまり気が進まないな。なんでかっていうと、釣りになんてまるっきり興味ないからだけど!

 >>そんなの、わたしだって一緒よ。だけど、あの女がリアムとどの程度の仲なのか、それではっきりわかるでしょ?お願い、わたしの恋に協力してよ、エリザ!!


 こうとまで言われてしまっては、エリザベスも断れませんでした。そこで、夕食中に兄にそう頼んでみることにしたのです。すると、ブレンダンは「嫌だね」と言って断っていたのですが、娘に甘い父と母とがエリザベスに加勢してきました。

「いいじゃないか、ブレンダン。そのグレイスって子とリアムと、アリスとエリザとで、サーハン山へ行ってこいよ。車のガソリン代はパパが出してあげよう。あと、ブレンダン、おまえには子守り代として小遣いをやろう。それでどうだ?」

(やれやれ。父さんと母さんはなんにもわかってないんだから)と、ブレンダンは頭が痛くなってきました。けれども、事情がややこみいっているため、もともと口下手な彼は説明するのが億劫でもありました。

「そうよ。その日はママが五人分、お弁当や何かを作ってあげるわ。おまえはただ、車でサーハン山まで行って、自分の好きな釣りをしながら四人の子どもを適当に監督すればいいのよ。それだけでパパからお小遣いをもらえるだなんて、オイシイ話じゃないの」

 ブレンダンはガソリンスタンドでアルバイトしているのですが、リアムやグレイスと釣りへ行くだけでなく、他の友人たちとのつきあいもありましたから、実をいうと今ちょっと金欠でした。そこで彼はしぶしぶこの件を了承しようとしたのですが……その前に、ひとつだけ確認することがあったのです。

「父さんと母さんがそこまで言うならいいけどさ。俺とリアムとグレイスは、山の結構上流のほうまで上っていくんだよ。その間、エリザとアリスはどうすんの?ふたりとも、釣りする気なんかないんだろうし、それなのにくっついてきてもしょうがないんじゃねえかと思うんだけど」

「あら。べつに釣りなんてしなくたって、たまに自然と触れ合うのはいいことだわ」と、フラワーコーディネーターをしている母のタマラは言います。「エリザもアリスもいつも同じ顔ぶれの友だちと会ってプールへ行ったりしてるだけですからね。たまには自然に囲まれてなんとなく山や川のあたりを散策するのもいいものよ」

「そうだな。父さんは仕事で忙しくて、もう少ししないと旅行へなんかはおまえたちを連れていけないからな。ブレンダン、小遣いのほうはちょっと色をつれてあげよう」

 ブレンダンの父のブライアンは、お医者さんをしています。ですから、他の友だちのパパたちのように、子供の夏休み期間に合わせて長期のバカンスを取るということが出来ませんでした。ちなみに、ノースルイス第一病院の外科部長というのが、ブライアン・ロス先生の勤め先における肩書きでした。

「ほら、お兄ちゃん!パパもママもこう言ってるし。あたしとアリスは釣りはしないけど、お兄ちゃんたちが釣りしてる間、近くの川原なんかでお花見たり蝶を観察したりして過ごしてるから。そう考えたらべつに、そんなに面倒なこともないでしょ?」

「…………………」

(面倒なことはあるよ。それに、何かあった場合には俺の責任っていうことにもなるし)

 ブレンダンはそう思いましたが、口に出しては何も言いませんでした。けれども夕食後、二階の部屋へ戻ろうとする妹のことを、後ろから思いきり小突いてやりました。

「おまえ、一体何を企んでる?どうせあれだろ?アリスあたりとチャットか電話で話して、グレイスとリアムの仲がどの程度のものかを探りたいとか、そんなことになったんだろ?」

「すごーい!!お兄ちゃん、なんでわかったの?あたし、ほんというとあんまし乗り気じゃないんだけどさあ。アリスったら、会うたんびにリアムとグレイスの話ばっかすんだもん。いいかげん耳ダコよお。だったら、そのモヤモヤをはっきり自分の目で見て耳で聞いて晴らすっていうのもひとつの手かと思ってね。ただ、お兄ちゃんがリアムのほうがグレイスにぞっこんだって言ってたから……アリスが傷つかなきゃいいなとは思ってるんだけど」

「そうか。兄ちゃんはエリザにそのくらいの優しさがあるっていうんなら、ま、協力してやってもいい。けどまあ、仲いいとは言っても、グレイスとリアムの仲ってのは、友達の域を出ないもんだ。どっちかっていうと、リアムのほうがグレイスに色々話しかけて、グレイスのほうではたまにそれを面倒くさがってるっていうような、何かそんな感じというかな」

「ふう~ん。そんならまあ、アリスにもまだチャンスはあるってことよね?」

「さあな」妹の後ろから階段を上がっていきながら、ブレンダンは溜息を着きました。「お兄ちゃんは話したことないからよく知らんが、アリスっていうのは確かにお人形さんみたいに可愛い子だもんな。これからもう、四、五年もして、リアムがグレイスを振り向かせられなかったとすれば、そういうことにもなるかもな」

(その頃にはきっとそのアリスって子も、他の男の子に目が移ってるかもしれないけどな)とは、ブレンダンは言いませんでした。そもそも、こうした事柄についてブレンダンはさっぱり興味がありませんでした。ガキのおママゴトなんかにいちいちつきあってられるか、というのとは別の意味で。

「そうよねえ。まったくそのとおりよ!あたし、お兄ちゃんがそう言ってたって言って、アリスのこと慰めておくわ」

「まあ、好きにしろよ」



 >>続く。
 




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