こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星パルミラ。-【6】-

2022年06月17日 | 惑星パルミラ。

 

 今回は本文のほうがギリギリ☆いっぱいな感じなので、前文なしのとなりますm(_ _)m

 

 それではまた~!!

 

 

     惑星パルミラ。-【6】-

 

「第七至高僧院の僧、ゼンディラにございます」

 

「あっ、ああ……疲れているところ、すまないな」

 

 自分より、むしろ王族の彼のほうが気を遣っているように思われ、ゼンディラはこの時点でカリーリャ老の言葉については完全に忘れ去っていたと言ってよい。

 

「まあ、こちらに座るといい。俺が王族だなんだのいうことは、この際一時的に忘れてほしい。アスラ神も聖典でこう言っているな。『神に対する信心の前には、すべての者が平等だ』と……」

 

「では、失礼致します」

 

 ゼンディラはダリオスティンの前は通らず、ソファの後ろを回ってから、もう一度こう聞いた。「本当に、およろしいのですか?」と。

 

「もちろんだとも。何より、俺が今自分の口でそう言ったのだからな」

 

 ダリオスティンはゼンディラが自分の隣に座ると、(近くで見れば見るほど、ますます何もかも俺の理想通りじゃないか……!!)との、ある種の感動に打ち震えた。この時の彼の心情にもっとも近かったのはおそらく、娼館で娼婦たちの肖像画を見、その後実際ベッドにやって来たのがそれに劣らぬ美女であったという、そのような心持ちであったろう。

 

(本当に、僧にしておくのがなんとも惜しい美貌だ。なんとか、彼のことを王宮にまで連れてこれないものか……)

 

「差し出がましいようですが、何か信仰上のことでお悩みがあるとか……?」

 

「そっ、そうなのだ。正直いって俺はこれまでの人生で、あまり神のことを信じてこなかったように思う。物事がうまくいけば、すべては自分の努力の賜物、失敗すれば自分の努力が足りなかったという、神など間に差し挟まなくとも、俺の人生はそのような形で大体のところうまく進んできた。と言っても俺とて馬鹿ではない。そうしたことは、そもそも俺自身が王族という非常に恵まれた地位に生まれついたからであって……民草には間違いなく心の拠り所としてアスラ神が必要なのだ。また、己の心の暗部に潜むバスラ=ギリヤークに打ち勝ち、罪を犯さぬためにもな」

 

「なるほど。ダリオスティンさまは非常に謙虚なお方なのですね。普通は、自分が何かのことで失敗すれば、それは運命や神、あるいはバスラ=ギリヤークでなくとも、なんらかの悪霊、悪鬼のせいだとして、自分の努力が足りなかったなどとは認められないものです。むしろ、自分に信心が足りないと感じるのは、十分に信心のある証拠なのではないでしょうか。神を真に貶める者は、何かの悪をなして自己弁護する者でなく、神など存在しないと力説する者でもなく、本当にまったく神のことなど頭の中でちらとも考えぬ者のことなのだろうと思います。もっともこれは、わたしが常日頃からそう思っているということではなく、長老のひとりの受け売りなのですが……」

 

 ゼンディラがそう言って微笑すると、ダリオスティンはすっかり頭がぼうっとした。本人たちにおそらくその自覚はないのだろうが、アストラシェス僧院の僧たちは、大体のところ態度に似通ったところがあった。お互い、アスラ神の聖典の言葉を引用したりしながら、ふと今のゼンディラのように清らかな微笑を洩らすのだ。

 

「そ、そうか。そなた……確かゼンディラと言ったな?きのうのアスラ神の演技は、まったく見事であった。その……ええと、その~……だな。首都で演劇の勉強をすることなどに興味はないかね?」

 

「まさか、そのような……思ってもみないことです。第一、わたしに演技の才能などありません。わたしは去年からアスラ神の踊りを任されていますが、あれはひとつひとつ<型>があって、動きがあらかじめ決まっているのです。わたしより前にアスラ神を演じておられた上僧のほうが遥かにお上手でしたし、何よりわたしが感心するのは自分のことではなく、バスラ=ギリヤークの動きのほうですから……何しろ、両手両足と首の動きがすべてバラバラなんですからね。わたしも演劇指導に当たるゴーティマ老に少し教えていただきましたが、とても無理でした」

 

「バスラ=ギリヤークか。まあ、確かにな……」

 

 この瞬間、ダリオスティンの喉の奥がゴクリと鳴った。その不自然さと、自分の体の固さというのは、彼自身が一番意識していたことで――まるで、自分の唾の飲み込む音を合図とするように、ダリオスティンはゼンディラに手を伸ばした。前もって用意しておいた、布に染み込ませた液状の睡眠薬、それをゼンディラの口許へ押し付けたのである。

 

「なっ、何を……っ!!」

 

 こうした形で、ゼンディラのことをこのまま首都まで連れていくということも出来たに違いない。だがこの時、ダリオスティンはもはや自身の身内に湧き上がる欲望を抑え切れなかった。従者のひとりに彼を呼びにいかせ、ゼンディラがここへやって来るまでの間――ダリオスティンにしても色々考えてはいたのだ。「僧院での暮らしはどうか」といったことをまずは聞き、いたく同情的な態度で共感しつつ彼の話を聞く。そしてもし、ゼンディラのほうで少しずつ心を開いてくれたとしたら……といったように、一応手順についてはダリオスなりに頭の中で算段してはいたのだ。

 

 ここで少し、ダリオスティンがこれからしようとしていることについて、いらぬ弁解を先にしておこう。実は惑星メトシェラは女性上位の国ばかりである。というのも、アスラ神が大小四十九国に分かれていた大陸の諸国を平定したのち、アストラナーダ女王の元、そうした政治体制を法律とともに定めていったのである。長く続いた戦乱の世は、男が常に実権を握って支配していたことに原因があるとして――今後は夫婦関係においても男女平等どころか、「夫は妻に仕えるべし」との法律を制定したのだった。こうして、以前は女性の長老や村長、首長といった存在など一切考えられなかったにも関わらず、少しずつ緩やかにではあるが、間違いなく社会体制のほうか変わっていったのである。こうした法律の敷かれた直後は各地で反発を招いたものの、それから一千年が経った今、男たちは一夫一婦制の尊守に強力に縛りつけられるのみならず、育児に非協力的な男は町や村の有力者から注意を受けるだけでなく白い目で見られ、もしあやまって妻を殴ろうものなら即刻裁判となり、軽いものであれば公衆の面前で妻が夫の殴った倍の数、自分の伴侶を殴りつけ、裁判のほうは閉廷となるのであった。

 

 つまり、何を言いたいのかというと、簡単にいえば惑星メトシェラの男性たちは、平和ではあるが非常に窮屈な社会で暮らしており(そうしたガス抜きのための方策はいくつかあったとはいえ)、男同士で愛し合うことが盛んであったことの背景には、こうした社会状況のせいもあったのではないかと指摘されている。意外なことに女性たちは、まるで他の惑星の男たちが、妻が女に走ることには寛容であるように、自分の夫が男娼と交わったと聞いても――普段の献身的な家庭態度を鑑み、割合見て見ぬ振りをするというのが一般的であるらしい。

 

 ダリオスティンの場合、女王メディナ=メディアラや自分の妻アディア=アスティアのみならず、小さい頃から強い女性たちに囲まれて育ったことが、男性の中にこうした強い女性にない優しさを求める遠因となったのだろうことはまず間違いない。彼は(男だって、もし皇帝になれれば女王並みに立派に国を治められるであろうし、昔のようにもっと男の議長や市長や村長なんかが増えたっていいはずだ。まったく、子供を生む以外特に取り柄のない忌々しい女どもめ。いつだって、『女は子供を生めるけど、男には逆立ちしたって絶対無理』なんてことを言って、男の性という奴を貶めにかかるんだからな。『男は獣のように勃って刺すだけだけど、女は理性の愛によって男の獣のような情欲を宥めることが出来る』だって?そんなものはただの詭弁だ……そもそも男が種を蒔かなけりゃ、女どものうち、一体誰が胎に子を宿すことが出来るというんだ)――長くなるのでこれ以上はよしておくが、とにかくいつでも彼はそんな鬱屈とした思いを抱え、女性上位社会の世の中で生きてきたわけである。このあたり、メトシェラでは小さな男の子に対してでさえも容赦ないもので、身重の女性が重い荷物を持っているのに気づきもしなかったとすれば、『あの子は将来、まったくろくなものにならないよ』とか、『大きくなったら女をレイプして絞首刑にならなきゃいいけどね』とまで言われる始末である。ゆえに、男という性を持って生まれた者は誰しも、ここ惑星メトシェラでは細心の注意を払って女性に優しくすべく精神のほうが繊細に育っていくわけであった。

 

 そのような精神的土壌に馴染める男たちが多くいる一方、やはりダリオスティンように、オスとしての支配欲を完全に解放したい、昔風の言い方をしたとすれば、『それでこそ男だ』という生き方を抑圧され続ける男性たちというのは――もしかしたら、昔の地球で女性たちが女性性を抑圧され続けたのと同じく、不幸であるのかもしれなかった。

 

 だからこの時、ダリオスティンがゼンディラの女性のような美貌を目の当たりにし、神に捧げる香作りをしたせいで、そのなんとも言えぬ甘やかな香りが横から漂ってきたというそれだけで……その前に自分で立てていた理性による計画など一気に取っ払い、一足飛びに事に及ぶべく衝動的な発作に身を委ねたというのも――彼の心の理屈としては無理からぬことだったのだろう。

 

 ダリオスティンから睡眠薬をかがされたゼンディラは、すぐにも気を失ったというわけではなかった。最初にくらりと意識が遠のくような感覚がしたあと、彼を襲ったのはひどい頭痛と吐き気であり――眠気というよりも、まるで三半規管が冒されたような平衡感覚の消失と、強い動悸を伴う若干の体の震え(それも悪寒に近い)によって、まともに体を動かすということさえ出来なくなっていたのであった。だが、その時ですらもゼンディラはダリオスティンが自分に何をしようとしているのか予感することさえなく……次にベッドの上で目を覚ました時には、もっと奇妙な感覚に全身を襲われていたのである。

 

 ダリオスティンは惑星メトシェラに住む男性の平均身長より、かなり背も高く、軍事教練によって鍛え抜かれた逞しい体躯をしてもいたが、女性のように痩身であったとはいえ、彼より頭一個分背が低い程度のゼンディラのことを、すぐ寝室まで運べたというのは――人間は火事場のみならず、己の欲情のためには驚くべき瞬発力が生じるものなのだろう。ダリオスティンは天蓋付きベッドの脇にある小卓から、前もって用意していた例のものを取りだした。僧服を脱がせるのは思った以上に骨が折れたとはいえ、その下に雪のように白い肌を見出した時には……彼はもう発情期のオス鹿か馬並みに興奮しきっていたといえる。

 

 ダリオスティンがゼンディラのことを寝室へ運び、さらには僧服を脱がせるまでの間、彼は完全に気を失っていた。おそらく、ダリオスが己の欲望のすべてを成し遂げるまでの間、そのまま眠っていられたほうが、彼にしても幸福であったかもしれない。だが、ゼンディラは意識を失う前に自分が感じていた頭痛と吐き気によって目を覚まし、自分が一体今どこにいるかも定かでないまま、体のほうが裸にされていると気づいたのである。

 

(ここはどこだ!?それに、彼は一体……)

 

 体中にぬるりとした蝋にも似た感触を覚え、ゼンディラは訳がわからなくなった。そんなことより何より、頭痛と吐き気のほうが、首から下を覆いつつある快楽を予感させる感覚より鋭く、彼の理性を強く支配していた。ゆえに、ゼンディラ自身の荒い息遣いにより、彼が目を覚ましたと気づいたダリオスが、首筋にキスしてきても――そこに、ちょっとした刺激によってでさえ、大きく波打つ快楽が存在しても、むしろゼンディラにはその感覚すべてが気味の悪いものとして認識されていた。彼にとっては、ダリオスが肌に優しく触れ、舌を這わせる感覚と、強い頭痛や吐き気、それに動悸と悪寒とが、連動しているようにしか感じられなかったのである。

 

「どうだ……?気持ちいいだろう?」

 

 ダリオスティンは自分の妻がすっかりこのテクニックに参っていると知っていたから、この時も実に自信満々だったといえる。ゼンディラにしてみれば、(お願いだから、やめてくれ……!)と声に出して叫ぶことさえ出来ず、手や足を動かそうにも、こちらは動かそうとすると若干の痺れが体に走ることで――彼としては荒い呼吸とともに、ただ黙っていることしか出来なかったのである。

 

「おまえは本当に美しいな、ゼンディラ。男にしておくのがもったいない……いや、おまえが男であるのは構わないのだ。それより、この場合は僧にしておくのが惜しいと言ったほうがいいのかな」

 

 ゼンディラの乳首に這わせた彼の舌は、その後下腹部へと下がっていき――男であれ女であれ、人がもっとも羞恥を感じる部分を探りつつあった。この時、ダリオスティンが最初に気づいたのは、彼に陰毛がないということだった。剃毛しているというわけではない。彼は十三の頃に割礼の儀式を受けたことで、その後ホルモンの関係からか、下のほうに毛が生えてこなかった。しかも、男にあるべきものがないとはいえ、かわりに女性のヴァギナとは形状の異なる排尿器官がそこには備わっており……好奇心旺盛なダリオスティンとしては、そこを執拗に攻めたかった。彼にしても、それは女性器とは性質の異なるものであるから、そこに性感帯のようなものはないのだろうという認識ではあった。とはいえ、皮膚感覚が極めて鋭敏になる例の塗り薬をたっぷりとそこへ塗りこめば――なんらかの強い快感をゼンディラに感じさせることが出来るに違いないと考えたのである。

 

 だが、ダリオスティンがゼンディラにそのような快楽の絶頂か、それに近いものを与えることは出来なかった。ダリオスがゼンディラの太腿の間に顔をうずめる前に、彼がこちらもすね毛のほうが一本もないゼンディラの細い足を持ち上げようとした時のことである。ゼンディラの中で体が芯からカッと熱くなる感覚と同時に――頭の中で何かが弾け飛んだ。そして、次の瞬間、ダリオスティンの性の興奮によって上気していた顔は真ん中から裂け、ねじ切れた首はベッドの柱に一度ぶつかると、臙脂色の厚い絨毯の上に転がった。その上、彼の逞しく筋肉の隆起した体は、両手、両足がありえない形に歪んだ上……首から股近くにかけてまでが、まるで落雷にあった樹木のように裂けていたのである。

 

 ダリオスティン自身がおそらくは一番、自分に何が起きたのかすら理解できぬまま絶命したに違いないが、死んだ――いや、殺されたというべきだろうか。その当のダリオスティンと同じか、それ以上にゼンディラ自身のほうが訳がわからなかったろう。

 

 このあと、ゼンディラは自身の身内に潜在的に潜んでいたESP能力を初めて全解放したことからくる精神的・肉体的疲労によって、一時的に気を失った。それがどのくらいの時間であったのかは、彼自身にもわからない。だが、次に目を覚ました時、ゼンディラはさらにますます訳がわからなくなったろうことは想像に難くない。何故といって、ゼンディラはまだ(自分がこのようなベッドに眠ることは一生ない)と掃除しながら思っていた柔らかな褥に横たわっていたのだし、その寝室を空中に浮かぶ光球が照らしだしていたのでは尚更だった。

 

「あ~あ。こりゃ、随分派手にやったもんだな……」

 

 まるでサッカーボールでも蹴るように、マロス老(とゼンディラが認識している人物)は元はダリオスティンだった頭部を足で軽く転がしていた。

 

「脳の内部が沸騰でもしたように溶けてやがる。こういう時、エフェメラあたりじゃ脳だけでもどうにかして緊急冷凍キットにぶちこんで、一番近くにある病院へ持ってくとこなんだがな。だが、こりゃもう完全にダメだ。高位惑星系の一番医療の進んだ最先端の病院でも、彼が甦ってくるのは不可能っていう案件だわな」

 

 ゼンディラはぶるぶる震えながら体を起こした。彼はなおもまだ裸ではあったが、体の上には王宮の人々がベルベットタッチと呼ぶ、上質なシーツがかかっていた。だが、ダリオスティンの体から臓腑が飛び出し、そこから飛び散った血液といったものも一切始末がされてなかったことから――ゼンディラの裸の上には、ダリオスティンの血のみならず、引き千切られた大腸の一部などがまだ、体の上に乗ったままだったのである。

 

「………ひっ!!」

 

 この段になってもまだ、ゼンディラはこの事態を引き起こしたのは自分だとの自覚がまるでなかった。だが、この小さな怯えた小動物のような叫び声によって、マロス老が振り返った。南国出身の者に特有の浅黒い肌に、ほとんど頭髪のない頭……体つきのほうは町の無頼漢のように筋骨隆々としていたが、彼の顔は何かを窮めた者のように峻厳であり、さらにはどこか悟りを開いた者の境地すら思わせるところがあった。

 

「ああ、起きたかい、べっぴんさん。こりゃ、長く隠蔽工作やなんややって来た俺様でも、なかなか偽装工作のほうが大変だぜえ。ま、とはいえ起きちまったもんは仕方ねえわな。そっちに浴室があるから、体の血やなんかを洗うといい。あとのことは、お互いそのあと考えようや」

 

「あとのことって……」

 

 ゼンディラはがくがくと体を震わせつつ、どうにか血と臓腑で汚れた自分の僧服を着ようとした。途端、「うっ!」と吐き気が喉元までこみあげて来、彼は寝室の隅にあった、棕櫚の植わった鉢植えに胃の内容物を吐いた。

 

「おいおい、勘弁してくれよお。これ以上俺たちの仕事を増やさんでくれると有難いんだがな」

 

「あ、あなたはマロス老……というより、そもそもマロス老は無言の行を積んでいて、わたしも一度も話したこともなければ、その声を聞いたことも……」

 

 ゼンディラはまだ頭の奥のほうがガンガンした。足腰にも力が入らず、ゲロを吐いた棕櫚の鉢植えに震える手をかけたままでいるしかない。マロス老はそんな彼に対し心から同情しているというより、どこか面白がっているような顔つきで、彼の前に身を屈めていた。

 

「おまえさん、ゾシマ長老が死ぬ前、どのくらいまで奴さんから話を聞いたね?もちろん、俺の役割のことなんぞは聞かなかったかもしれんが、ゾシマ長老が元は本星エフェメラの出身だなんだ、ここメトシェラの住民が聞いたとすれば気が違っているとしか思えんような法螺話については多少話した……といったように、こちらでは承知してるんだがね」

 

「は、はい……確かに、ゾシマ長老の本名についてや、長老の生い立ちのことなどはお聞きしました……」

 

 ここで、ゼンディラはハッとした。ゾシマ長老が天然のESP能力者発掘のため云々――そのように話していたことが、ふと脳裏を掠めたのである。他に、ゼンディラの身にこれから起きることをゾシマ長老がすでに予見しており、そのことで彼の今後を深く憂えていると、そう言いたかったらしいことも覚えている。

 

 だが、ゼンディラにわかったのは、そこまでだった。ゾシマ長老としたそうした会話の断片がいくつも記憶に甦っては来たが、それらの事柄と今自分の身に起きたこととがうまく噛み合わなかったのである。

 

「はははっ!まあ、お姫さんがびっくりするのも無理ねえわな。俺にしても、コイツを殺ったのはおまえさんじゃない。ここいらは綺麗に始末しとくから、体を洗ったあとは何も起きなかったと思ってぐっすりおねんねしなさい――とでも言いたいところではある。が、おまえさんを犯そうとしたこの男は、曲がりなりにもこの国の宰相の一人息子であり、女王陛下の妹御のお婿さんでもあるわけだ。流石に俺にもこいつは政治的に極めてまずいとしか言いようがない……が、まあなんとかして進ぜようとしか、今の段階では約束できんな。なんにせよ、まずは体を洗え。この惑星で縛り首にならないためにも、とりあえず身柄をどこか外の惑星へ移したほうがいいだろうからな。そこらへんの手続きはこっちでうまいことやっておくから――あとのことは、つべこべ言わずにこっちの指示に従ってもらえると有難いんだがな」

 

「あ、あの……これをやったのは、もしかして……」

 

 ゼンディラは震える声でそう訊ねながら、半ばそのことを否定してもらえることを期待しつつ、その反面、何故か今となってははっきりわかっていた。『これをやったのは間違いなく自分なのだ』ということが……。

 

「そうさ。おまえさんさ。ゾシマの奴は果たして、おまえさんにESPに目覚める可能性が今後ある……的なことを少しでも話しておったのかね?一応、手短にこれからのことを先に話しておこうか。ここ惑星メトシェラの王宮には、俺の配下の者がつっとばか出入りしておってね、ダリオスティン殿にお付きの忠実な従者もそのひとりといったわけでな。ダリオスの奴が僧のお姫さんによからぬことをした場合――今後どういったことになるのか、この従者の奴は非常に気にしていたわけだ。そこで、ダリオスの口説き文句におまえさんがクラクラして、今後愛人関係になるとかいうのでも、俺としちゃ『ふうん。そんなことになったのかい』と思って、部下の報告を聞くといったところではあったろう。が、寝室のほうが急に静かになったと思ったら……まあ、阿鼻叫喚の大惨事になってることがわかったもんで、俺の部下の奴も相当肝の座った奴ではあるが、今回ばかりは流石に腰を抜かしそうになったと言っておったっけな。ま、あとのことはそいつがうまいこと面倒見てくれるから、今後の細かいことについてはヨセフォスという名のそいつに説明してもらうといい」

 

「あ、あの……あなたは、マロス老は何故ここに……」

 

「俺がなんでこんな超のつくど田舎辺境惑星にいる理由かい?ま、そんなもん決まってらあな。タイタニック星ってとこで作戦に失敗して、何人もの優秀な部下を失ったことから……左遷されたわけよ。こんなこと言ったって、お姫さんにはさっぱりではあるだろう。無言の行とやらを積んでるってことにしときゃあ、一番人にはあやしまれんですむってわけだな。あとは、祈りと瞑想に専念すると言って真っ暗闇の個室にいれば――こいつで暗闇を照らしだして」

 

 そう言って、マロスは寝室を照らす光球を指で指し示した。

 

「部下と連絡を取り合ったりなんだり出来るだろう。バッテリーのほうは長時間持つが、首都の医療センターにいる奴は、そこらへんの必要なものを調達して俺の部下にここまで運ばせてるってわけだな。あ、おまえさんが聞きたかったのは別のことかな?俺がここにいる理由……そいつは、俺の部下の王宮の従者に化けてるヨセフォスが、連祷の当番を終えた俺のことを緊急事態だと言って呼びに来たからさ。さあてっとお、これから忙しくなるぜえ。あ、あともうひとつだけな。お姫さん、あんたは俺がこれから本星エフェメラに帰星するための切り札になるかもしれん。だから、男とはいえお姫さまのように大事にさせてもらおう。重力位相能力者ってのは、ESP能力者の中でも、まず滅多に現れないって意味で希少な存在なのさ。念動力者ってのは数も多くて珍しくもなんともない。だが……いや、とにかくな。ダリオスティン殿のことはなんとかうまく始末しておくから、あんたはこれから自分は誰のことも殺さなかったし、いや、殺すには殺したにしても、これは不可抗力だった、そもそもこいつが自分を襲ってきたのが悪い……そう思って、罪悪感になぞ、ミジンコたりとも悩まされるな。とりあえず、今の段階ではそーゆーこった」

 

 ゼンディラは、ふらふらと立ち上がった。例の睡眠薬の効果が薄れてきたせいだろうか。あるいは、一度吐いたのが良かったのかもしれない。頭痛による鈍重な鐘の音は脳内から去りつつあったし、立ち上がれるくらいには足にも力が入るようになった。とはいえ、部屋の片隅に転がるダリオスティンの頭部にちらと目をやると、やはり再び体が震えだした。

 

(違う……これはわたしがやったんじゃないっ……!!)

 

 目の前の現実を否定するように、ゼンディラは寝室から出ようとした。すると、ドアを出たあたりで――自分のことを呼びにきた従者と鉢合わせてしまい、彼はギクリとした。

 

「おお、これはゼンディラさま……まったく、お可哀想に。ささ、こちらへ来て湯浴みでもなされませ。お召し物のほうは、新しい僧服のほうを失礼ながら部屋のほうを探してお持ち致しました。とにかく今は何もお考えにならないことですよ。特に、ただの下種にアスラ神から天誅が下ったことなどはね」

 

「…………………」

 

 彼が自分の名をヨセフォスと名乗ったことで、ゼンディラは心からほっとした。彼は二十代前半くらいに見える童顔の、人の好さそうな顔をした青年で、この瞬間からゼンディラはすでにヨセフォスの善意に縋っていたと言ってよい。

 

 ゼンディラはヨセフォスに言われるがまま、温かい湯を満たした浴槽に身を浸し、ダリオスティンの血や臓腑の飛沫状になったものをすべて洗い落とした。もちろん、これで自分の体が清められるのと同時に罪まで洗い流されたとまでは、ゼンディラにしても思わない。また、頭痛が去っていくのと同時、だんだんに明晰に思考できる能力が頭に戻ってきてもいた。正直、ゾシマ長老が話してくれたことと、先ほどマロス老の言ったこととを合わせても――ゼンディラには事の全体像のようなものまでは見えて来なかった。

 

 だが、どちらかというと……今後、直近で自分の身の上に起きるだろうことを考えはじめると、ゼンディラは背筋が凍りつき、不安が漣立つ水面のように心に押し寄せるのを感じたのである。

 

(彼のことを……ダリオスティンさまのことを、わたしが殺した?いや、周囲の人たちにはわたしが殺したとしか見えない状況だったろう。もし最初に発見したのが、先ほどのヨセフォスという名の従者じゃなかったら、わたしは今すぐにでも警邏隊を呼ばれて逮捕されていたはずだ。王族及び貴族殺しは裁判なしの極刑だぞ……しかも、普通の死に方じゃない。首都から見て南東にあるはげわし山というところにある刑場で……首まで地面に埋められ、あとは周囲に何頭となくいるハゲワシどもに……少しずつ頭を啄ばまれ、血を流し、その血によってさらに鳥どもがおびき寄せられ……目玉やら鼻やら唇やらを少しずつ鋭い嘴で抉られて死ぬんだ……)

 

 ゼンディラは、温かい湯の中でゾッとした。急に、何もかもが信じられなくなった。マロス老も従者ヨセフォスが先ほど見せた優しさも……実はいずれ、そうした運命に自分があるということへの同情だったのではないか?それに、自分がここから逃げたとすれば、誰がここアストラシェス僧院において、宰相の一人息子であるダリオスティン=アースティルナーダ・メセスシュトゥックを殺したことになるのか?当然、僧院はこの責任を問われるだろう。もし、自分が素直にそのことを言わなかったとしたら、この僧院の中にいる誰かが犯人であるとして、代わりに逮捕されるのではないか?

 

(いや、駄目だ……わたしが自分からこのことを言うしかないんだ……!!じゃなかったら、必ず誰かが犯人という生贄にされてしまうだろう……)

 

 ここまで考えて、ゼンディラは絶望的な物思いに駆られ、目の前が真っ暗になった。一瞬、脳裏にこれから自分の部屋へ戻り、罪を告白した書き置きを残し――梁から首吊りをしてぶら下がる、自分の姿が思い浮かんだほどだった。

 

「ゼンディラさま……!!」

 

 ゼンディラが浴槽の中で頭を抱えて泣きじゃくっていると、そこへヨセフォスが入ってきた。彼はなかなかゼンディラが浴室から出てこなかったため、心配になったのであった。

 

「どうしよう……わたしは人殺しだ。一体何故こんなことに……今まで、わたしが何か悪いことでもしたか?今というこの瞬間まで、出来る限り罪と呼ばれるものからは身を遠ざけてきたし、わたしなりに誠実を尽くして生きてきたつもりだ。それなのに……」

 

「ゼンディラさまは何もお悪くありません。こう申し上げてはなんですが、ダリオスティンさまは、まあそのう……身近に仕えている私どもとしてはですね、ご気性が豪快かつ気まぐれな方で、人使いも荒かったですし……まあ、確かに頭のよい方ではあったでしょうが、傲慢で、目下の者のことは人間扱いしようなところもございまして……このたびのことはですね、ある意味あの方の自業自得ではないかと……」

 

「違う……なんにせよ、殺したのはこのわたしなのだ!そして人殺しのような人間は罰されなければならないんだ。それに、もしわたしが自首せずに逃げだしたとすれば、誰か他の者が必ずその罪に問われよう。そんなことは、わたしには耐えられない……!!」

 

「ええと、そのう……今、ダリオスティンさまの身代わりになりそうな者のことを追跡中でしてね。まあ、私やロド……じゃない。ええと、マロス老としては、かなり厳しいミッションにはなるでしょうが、その路線でどうにかゴリ押ししようと思っているところなんです。ゼンディラさまは何もお悪くありませんし、アストラシェス僧院の誰かが罪に問われたり、なんらかの責任を負わされることは今後ともないでしょう。というか、私たちの間でどうにかそのように処理を進めようと思ってますから……ゼンディラさまは何もご心配なさる必要はないのですよ」

 

「本当に……?」

 

(どんな理由が存在していたにせよ、人殺しがその罪を問われないだなんて、そんな馬鹿な……)とゼンディラは思いもした。だが、ヨセフォスが優しい声音と口調でそう言ってくれたことは励みにはなった。風呂から上がって着替えると、ゼンディラはまるで催眠術か何かにかかってでもいるように、このヨセフォスの言うなりになった。実は彼は暗示能力者であったが、ESP能力者にはヨセフォスの暗示能力は効きにくい傾向にあるのである。だが、この時ゼンディラは心が極めて弱っていたから、むしろ無意識のうちにも喜んでヨセフォスの暗示にかかりたいと願うところがあったのだろう。

 

 マロス老はまだ後処理が残っているとのことで、アストラシェス僧院に残った。だが、ヨセフォスはダリオスティンのことで急使として走ることになったと他の者たちに伝え、変装したゼンディラとともに馬車で一路メセシュナへ向かったのである。

 

 夜通し馬を走らせ、翌日ヨセフォスが向かった場所は、首都の外れにあるメディカル・センターであった。もっとも、当地ではそんな呼び方はされておらず、おもに王室専門の医療機関ではあったが、多少は民衆たちの治療にも当たった。実はこのことには理由があって、王室に関していえば「何かあった時のために」クローンのバックアップを取ったり、王家の跡取りを生むべき女性が不妊であったとすれば、なんらかの手段を講じたり……他に、民衆たちに関していえば、メトシェラ市民がかかりやすい病気等について、遺伝データを採取したりしているのだった。

 

 この場合、マロス老やヨセフォスが今回のミッションが何故「厳しい」と言ったかといえば……国の宰相の息子であるダリオスティン=アースティルナーダ・メセスシュトゥックのクローンを造ることは当然可能なことである。だが、問題は彼の<記憶>のほうであった。かなり無理があるとはいえ、ダリオスティンがアストラシェス僧院の階段からでも転げ落ち、記憶喪失になった――ということも、出来ないことではないだろう。マロス老こと、ロドニアス・クルーガーが、ゼンディラのESP能力に感嘆しつつも、事態を苦々しく思ったのは何よりその点であった。もしダリオスティンの脳さえ無事であったとすれば、そこから脳内のデータを抜き取り、クローン人間に移植することが可能であったろう。無論、この手法でも時間はかかる。それでも相手がベッドで寝たきりであったにせよ、とりあえず妻のアディア=アスティアと手でも握りあわせ、彼らの間にある過去の記憶とまったく矛盾しない会話さえ交わすことが出来たとすれば……理由の後付けなど、なんとでもなろうと言うものだ。

 

 ヨセフォスが医療センターへ向かったのは、そうした相談についてセンター長のレディウム・シェイセルとするためと、他にゼンディラを連れてきたのは、彼の精神が極めて不安定だからでもあった。彼が良心の呵責からでもふと目を離した隙に自殺でもしたらと思い(とりあえず、自殺予防のための暗示はかけておいたが、能力者に対するヨセフォスの暗示能力は絶対ではない)、ゼンディラの精神の安定と治療のためということがあった。

 

「へええ。あんな可愛こちゃん、どっから連れてきたの?」

 

 精密検査と称して、レディウムはゼンディラのことを睡眠カプセルで眠らせた。彼はまだヨセフォスから事態のあらましを軽く説明された程度だが、とりあえずゼンディラには休養が必要だろうと感じたというのがある。実際、眠っている間に脳波や心電図を取れるのはもちろんのことながら、体内で過剰に分泌されている物質や、あるいは逆に少ないものなどを検知して、微調整してくれる装置でもあった(睡眠カプセルで眠って起きた人は大抵、「なんか気分がスッキリした」と言う場合がほとんどである)。

 

「ふふん。まかり間違っても変な気なぞ起こそうとするなよ、レディウム。宰相の子息のダリオスティンが死んだってのは先ほど話したとおりだが……彼のことを犯そうとしたら殺されたわけだからな」

 

「マジかよ!それで、当のダリオスティン=アースティルナーダ・メセスシュトゥックの脳はどうした?それでいくと、彼の脳内データを抜き取って、今すぐにでもクローン人間に移せという、その用件のために急いで来たんじゃないのか?」

 

 王立アストラナーダ医院は、基本的に王侯貴族専門の病院ではある。メディカル・スタッフは、レディウムの他に医師がもう一人いるきりだった。よほどの物好きでない限り、辺境惑星で医師の仕事をしたいと思う者はいない。だが、彼らもまた医療上の法律違反を犯すなどして、法に訴えないかわりの措置として、こんな本星から五千光年も離れた惑星まで飛ばされてきたわけである。

 

「それがだな……ゼンディラはダリオスティンに犯されそうになった時のショックで、ESP能力者として目覚めたんだ。まあ、最初の目覚めの時にありがちなことだが、能力をうまくセーブ出来なくて、ダリオスティンの頭部を見事なまでに吹っ飛ばしちまったんだ。脳が内部から溶け出してるような状態だったから、ロドニアス隊長も『ダメだ、こりゃ』と俺と一緒に肩を竦めてたってわけ。さて、次善の策としてどんなことが考えられうるかと、おまえに聞いとけと俺は隊長から言われて送りだされたわけだ」

 

「ほうほう。それはそれは……」

 

 レディウムは、見た目のほうはまだ三十代前半くらいにしか見えない。だが、実際はすでに六十五歳である。相棒のオーレリア・ヴァングリムは、女性の医師で彼とは腐れ縁の医師仲間といったところである。彼らはそう言っておいたほうが通りがいいので「夫婦」ということにしているが、ふたりは本星の最新医療ジャーナルにアクセスしては、飽きもせず口角泡を飛ばして激しく討論するといった関係性であった。

 

 彼らは禁じられている地球発祥型人類と新たに見つかった異星人の遺伝子をかけ合わせようとした実験がリークされ逮捕された――というのが、現在惑星メトシェラにいる理由である。とはいえ、任期のほうは三十五年。「まあまた、高位惑星でもどこでも、好きな場所へ移動が可能になるさ」とお互いつぶやき続けて現在丸十五年といったところである。

 

「ふうむ。脳からデータが取れないほど修復不能となると……次善策としては何が考えられるかね?オーレリアが老化リセット装置から出てきたら、まあ彼女にも相談するとして――今から急いでダリオスティンのクローンを解凍したとしてだな、口を聞いて動けるようになるまでにも時間がかかるし、その上記憶までないとなると……どうする?ダリオスティンが突然乱心して凍れる湖に飛び込み、死にかかっていたところを我が王立病院でかろうじて救った、だが哀れダリオスティンさまはお気の毒にも白痴に……とか、そんなところかい?」

 

「それがさ。ロドニアス隊長が、もうそんな細かい工作はいいって言うんだよな。レディウム、君、若い頃……本星のESP研究所にいたことがあるって言ってたよな?」

 

「ああ、まあな。まだ脳味噌がガキだったもんで、小さい頃見た映画やアニメの影響でな、超能力がこの行き詰った人類を救う――なんて夢をちらと見てた時分のことさ。でもすぐ幻滅したよ。やめる時、そこで見た機密事項については黙して語らないって書類にサインしちまったもんで、詳しくは話せないんだがな……それがどうかしたかい?」

 

 もしこれ以上法律違反が判明した場合、生命再生権すら奪われて、自分はここ惑星メトシェラで骨を埋める以外なくなるだろう……そんなことを思って、レディウムはゾッとした。

 

「じゃあ、知ってるだろ?念動力者っていうのは数として結構多いけど、ゼンディラは重力位相能力者なんだ」

 

「へえ。グラビテーターねえ。俺も実際にその能力を見たことはないけど、なんでも噂じゃ、降ってきた隕石をすべて重力で弾き飛ばして、惑星一つ救ったこともあるって話だぜ。つか、これは間違いなく本当の話でもある。そういう話がちゃんと歴史に残ってて、『惑星列伝』あたりにも掲載されてたはずだ。どこだったっけかなあ。まあとにかく、ここ惑星メトシェラと同じくらいど田舎の、下位惑星のどっかさ」

 

「だから……まあ、簡単に要点だけ話すとすれば、ロドニアス隊長はゼンディラと引き換えに、自分たちの部隊を本星へ戻すよう要求するつもりでいるらしいんだよ」

 

「そいつは……残念だな。いや、ごめんごめん。そりゃ、君たちにとってしてみたらいい話さ。でもぼくら、もうここでこうしておつきあいするようになって十年くらいになるだろ?ゾシマ長老も亡くなったし、こうして顔見知りがひとりまたひとりといなくなるっていうのは……やっぱりどうしたって寂しいよ」

 

 レディウムは鏡のように反射する眼鏡をかけて、ゼンディラの健康データが流れてくるのをチェックしながら会話していた。今のところ、電解質のバランスが乱れているらしい以外、これといった異常のようなものは検知されない。その電解質のバランスもカプセル内ですぐ修復されるだろうし、身長や体重に比べるとやや心臓が小さく、将来なんらかの心臓病になるリスクが一般男性よりも3%程度高い――あとは、ここで受けた男根切除の手術痕についてもなんら問題はないようだった。

 

「そんなの、俺たちだってそうだよ。そうだな、こうしないか?もちろんまだ俺たちだって、本星へ戻れるかどうかはわかったもんじゃない。だけど、君たちがエフェメラか他の惑星へ戻るって時には必ず連絡してくれよ。その時すぐは無理でも、必ずどこかで落ち合って会うことにしようぜ」

 

「ハハッ。なんとも気の遠くなるような話だが、まあ、約束しとくだけしとくのも悪くないか。ところでさっきの話の続きだけど、本星にさえ戻れれば、もうこの惑星メトシェラの政治がどうなろうとどうだっていい――ようするに、そういうなんことだろ?ぼくもオーレリアも、そこらへんのことにうるさく口を挟むつもりはないよ。どんな理由であれ、君たちがこんなど田舎惑星から本星へ戻れるってのは喜ばしいことだからな。簡単にいうとすれば、ダリオスティン=アースティルナーダ・メセスシュトゥックが白痴状態であれ、もう戻す必要はない……ということは、ぼくらはこれから、一体何をすればいいのかね?」

 

「そうだな。署名のほうは君でも、オーレリアでもどちらでもいいんだが……ゼンディラのことはこれから、裁判惑星コートⅡに移送しようと思ってるんだ。そのための宇宙船出発許可は、俺やロドニアス隊長のほうで取る。ただ、これから作成する裁判書類に『惑星メトシェラにて、被告の僧ゼンディラは王族のダリオスティン=アースティルナーダ・メセスシュトゥックに襲われ、貞操の危機を感じた際、自己防衛のためダリオスティンを殺害してしまった。正当防衛とはいえゼンディラは良心の呵責から自殺しようとするも、偶然発見した従者にその行為を止められる。当院にて診察した時も、ショックのあまり精神錯乱状態にあり、裁判所へ移送する前に適切な処置として……云々。被告は現在もPTSDに苦しんでおり、事件のフラッシュバックに夜毎悩まされてもいる。よって、精神鑑定を行なった私、惑星第一級資格医師レディウム・セイシェルは、僧ゼンディラを事件当時心神喪失状態にあったものと見做し、無罪を主張致します』――的な、添付書類を作成して欲しいんだ。今のは俺が適当にでっちあげた文章だけど、そういうののいかにもな定型文書ってのがあるんだろ?それを作ってもらえると、非常にありがたい」

 

「まあ、合点承知の助の、朝飯前田のクラッカーといったところか。だが、それはいいとして……死んだダリオスティンの死体についてはどうするんだ?ダリオスティンのクローンを即死体として出荷――なんてのは、なんとも生命倫理にもとる行為という気がするが、ご命令とあらば、まあ我らとしてはやむなしといったところだ」

 

「確かにな……俺たちが生命倫理について語るなんざ、語るに落ちるもいいところではある。首都メセシュナを常に探っている部下たちがな、随分前のことにはなるが、ダリオスティンによく似た若い男を発見したことがあるんだ。博打好きの、時々男に体を売ることさえあるどうしようもない男らしいんだが……顔さえある程度似ていれば、その男でも十分だとロドニアス隊長は言うんだよ。ほら、死んだあとであれば、少しくらい変わったところがあっても怪しまれないだろうとかなんとか……」

 

「随分杜撰なんだな。せめてもほら、体のほくろの位置をチェックして、本人のあったところのほくろを三秒で作り、ない場所については三秒で消すとか……こっちでも、そのくらいのサービスはしたっていいんだぜ。それか、実際の顔のほうが思ったほど似てなかったとすれば――多少の整形を俺かオーレリアで施したっていいんだし」

 

 ヨセフォスは重い溜息を着いた。その若い男については、すでに他の配下の者たちが棺に入れてこちらへ運ぶ手筈になっている。ダリオスティンの従者たちはすでに買収済みではあったが、その理由については少々違う事情について彼らは聞かされていたのである。つまり、美貌の僧の色香に惑わされ、乱心したダリオスティンさまは、性行為の興奮の頂点で心臓発作を起こし腹上死してしまった。気の毒な僧はその場で自殺しようとしたものの、ヨセフォスが首を括ろうとしている彼のことをどうにか思い留めた……この、ダリオスティンさまにとっての不名誉な死の原因については黙っていよ、という理由によって、他の従者たちは買収されたわけである。

 

「これから、部下たちがその男を連れてくる。その時、顔があまり似てないようだったらお願いするかもしれないけど……俺が写真や動画で確認した限りにおいてはよく似てるんだよ。たぶん、あれなら問題ないだろう。多少怪しまれた場合でも――女王陛下や宰相たちが調べて、従者たちの口を割らせたところで、自分の義理の弟や息子の、不名誉な恥かしい死亡原因を聞かされるというだけのことだからな」

 

「ふむ。まあシナリオとして悪くはないか……しかし、ロドニアス隊長はよほどこのど田舎惑星が嫌いと見えるな。まあ、本星諜報庁のESP部門が喉から手がでるほど欲しいだろう重力位相能力者だものな。交渉が終わるまでの間、裁判惑星コートⅡにとりあえず隠しておくというのは、なかなかいい案ではあるだろう。あそこなら、まず誰にも手出しされることなく安心だろうし」

 

 ――こうして、惑星メトシェラの宰相の子息、ダリオスティン=アースティルナーダ・メセスシュトゥックの死は、新年が明けて七日待ってのち、静かに宰相その人の口から発表がなされた。メトシェラ政府が発表を遅らせたのは、大斎戒期が終わり、新しく年のはじまった祝賀ムードを壊したくなかったらでもあるし、迷信深い惑星の民たちが「今年はきっと作物が不作に違いない」、「あんな立派な王族の方が正月早々亡くなるだなんて、今年はろくなことがないだろう」……といったように、暗い暗示に落ち込むのを防ぐためでもあった。

 

 とはいえ、このダリオスティン死亡の公式発表に至るまでの間、女王陛下や王侯貴族、そしてアストラシェス僧院の間で一悶着あったというのは事実である。僧院滞在中に心臓発作を起こしたとして、そのままアストラシェス僧院のほうでダリオスティンの葬儀を執り行うことを長老らは申し出たわけであったが、父親である宰相はこれを断固拒否した。自分の息子の葬儀は王宮にて、女王陛下の元執り行われるべきだと主張したわけである。この時、内心で(チッ)と舌打ちしたのは当然、マロス老ことロドニアス・クルーガーであった。アストラシェス僧院のほうで葬儀を執り行い、そのまま埋葬してしまえるというのが死体が偽者とバレない一番の方策であるように思われたからである。

 

 ところが、棺が再び首都メセシュナに返されたことで――夫の顔を見た瞬間号泣した妻のアディア=アスティアであったが、彼女は激情が静まってくると、「これはダリオスじゃない!」と言いだしたのである。この時、女王陛下であるメディナ=メディアラはともかくとして、父親である宰相自身、それにダリオスティンの母がまったく気づきもしなかったというのは、もしかしたら特筆に値いすることだったかもしれない。アディアは自分の理解者を他に見つけられなかったわけだが(「ねえ、そう言いたい気持ちはわたしにもわかるけど……」と姉に慰められ、アディアは尚一層のことイラついた)、親友のキリオスティンが棺の中のダリオスティンを見た時――彼もまた涙を流しながらも、最後アディアにそう問われると、「言われてみれば……」と、若干の違和感を覚えたのであった。

 

「ダリオスは、もうちょっと背が高かったんじゃないかな。この棺、一体何インチ設計だい?」

 

 実際、アディアは衣装の寸法を測るメジャーを侍女に持ってこさせることさえして、ダリオスティンの身長を測った。確かに、五センチほど身長の低いことが判明したとはいえ――ダリオスティンの母などは涙をハンカチで拭いながら「死んで、背が少し縮んだんじゃないかしらね」などと言っていたものである。国のネイビーの軍服を着たダリオスの死体は花に埋もれていたが、アディアは妻として、お腹の中の子のためにも諦めきれなかったのだろう。今度は自分の姉に対し、「お姉さま、どうしても……」と頼みこみ、夫の死体を共通の親友であるキリオスティンと一緒に調べたのである。

 

 おそらく、ロドニアスやヨセフォスは、レディウムやオーレリアに心から感謝すべきだったろう。彼らは健康チェック時のダリオスティンのデータファイルを元に、ほくろの位置を作り換え、昔彼がやんちゃしてこさえた体にある剣の傷跡をつけ足し……あとは死体に多少筋肉をつけるなどして、時間の許す範囲内でオリジナルのダリオスティンに死体を出来る限り似せようとしてくれたのだから。

 

 とはいえ、身長までは誤魔化せなかったし、ここからは少々滑稽な話ともなるが、アディアが(この死体は夫じゃない!作られた偽者だ)と確信したのは、ダリオスティンのペニスの形を見てであった。彼女曰く、「夫のはこんなちっぽけじゃないし、それに乳首も黒ずんでてなんか違う」ということだったが、キリオスティンにしてもこの段に至ってはもはや、苦笑いするしかなかったようである(流石に「死んで縮んだんだろう」と言う者も、「死後に色素沈着したのよ」と口にする者もなかった)。

 

 なんにせよ、ダリオスティン=アースティルナーダ・メセスシュトゥックは、大勢の国民たちに惜しまれつつ亡くなった。おそらく、ロドニアスやヨセフォス、また彼らの部下たちの何がもっとも罪深かったかと言えば――ダリオスティンの妻アディア=アスティアをこの上なく悲しませ、彼女のお腹の子から父親を永久に奪ったことであったろう。さらには、ダリオスティンのクローン人間を造る手間と費用を惜しみ、首都の歓楽街のチンピラであるとはいえ、この件にまったく関係のないヴィランという若い青年の命を故意に奪ったこと……特にこのふたつであったに違いない。

 

 

 >>続く。


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