【乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…】見たの大分前&たぶんシーズン1くらいの内容までしか知らないものの(汗)、すごく面白かったです!あと、続きどうなったのか気になる
あ、前回デジタルな世界の意識人になってまで、<死>を拒絶して生き続けたいですか?……とも取れることを書いた気がするんですけど、今の時代でこれはすでに多くの方が「YES!」と答えることだとは思うんですよね(^^;)
ええと、わたしもそこらへんそんなに詳しくないんですけど、ようするにゲーム世界のほうへ転生するとか、設定としてはファンタジーが主流と思うんですけど、デジタル世界のほうへ全意識を飛ばして戻って来れないとしても――「それこそ望むところよ!」という方のほうがすごく多いとは思うわけです(そしてわたしもたぶんそっち寄りとは思う・笑)
ついきのう、たまたま偶然『竜とそばかすの姫』を見たのですが、ようするに「現実逃避としてのメタバース」というのでしょうか。今後、『竜とそばかすの姫』のあのデジタル世界に似たものとして、メタバースといった世界が登場するんだろうなと思います。そして、今の時点でネット依存度というのは相当高いわけですけど、デジタル世界での体験のほうがよりリアルになればなるほど――そちらへの依存度のパーセンテージが上がっていくだろうというのは当然のことで、実際のところ<戻ってこれない人>というのが出てくるのではないかと危惧されてたりするわけです(いえ、そうしたVRゲームを禁じたところ、息子さんや娘さんが親のことを殺してしまい、母親の死体のそばでそのままずっとゲームしていた……とか、将来的に起きてもおかしくない気がします^^;)
そしてこれはいずれ、<全意識ダイブ型>みたいのが、本当に登場するんだろうなと思うんですよね。『アバター』の主人公の青年は、足の悪かったのが、ナヴィのアバターとなった時、以前と同じように自由に走りまわることが出来るようになったりと……こうした、<現実の困難を忘れさせる>仮想世界へ逃げこむことの、一体何が悪いという理由は、人それぞれいくらでも存在するものだとも思う(あ、『アバター』は仮想世界ではありませんけどね^^;)
このあたりについて、現実問題としては精神のバランスが取れることが大切であると同時に、物語の設定としては「向こうの世界で仲間になったり友達になった人たちに、自分の元の姿を明かす瞬間」というのがたぶん――見たり読んだりしていて、視聴者・読者的に「一番あがる~!!」のではないか……と思ったり。
いえ、わたしもこのあたりのアニメ・漫画・小説に詳しくなりたいと思いつつ、実際にはそんなに見てないので(汗)、あんまりあれこれ言えないんですけど……まあ、ネット世界でよくあることとして――コメ欄などで、色んな人の人生相談にすごくいいこと答えてる人がいると思ったら、実はその子は中学生の不登校児だったとか、すごく偉そうな発言ばかりしていて、言葉遣いなどから「中年のおばさんなのかな?」と思ったら、実は小学生の女の子だったとか……よくあることとは言いませんが、これに近いことは結構あると思うわけです(^^;)
なので、ネット世界のアバターの姿を見て、男の子だと思ってたのに現実で会ったら女の子だったとか、その他、どんな凄い人だろうと思ってたら(オンラインゲームの世界では超最強魔導士なので・笑)、ただの冴えないサラリーマンのおっさんだったとか……このあたり、物語の設定世界では「現実の世界でも会わなきゃいけない」理由が生じており、「ふん!現実なんてこんなもんさ」と言ったりしつつも、仮想世界ではそんなに重んじられてなかった人が直接会ったら割とイケメンだった(でも何故か自信なさげ)、アバターとそんなに変わらず可愛かったなどなど――その後、彼らは仮想世界に生じた歪みの原因を、オンライン⇔現実世界を行き来して、解決していくのだった――とか、このあたりもまた受ける要素のひとつなのかなと思ったりします。
でも、今人気あるのはたぶん、「完全に向こうへ行って」、さらには「こちらへはもう戻って来れないため」(実際の肉体の死亡その他)、ゲーム世界や異世界で人生を続けていく系のものなのかなって思ったり……このあたり、「現実に戻ってこなきゃなんないなんてむしろウゼェ!」といった、多くの方々の精神状態を示すものだとも思うわけです(そしてわたしもたぶんこっち寄りだろうとは思う・笑)
こうしたテーマの割と初期の頃のものはきっと、「結局は現実へ戻って来なきゃいけない」、「でも元はひとりぼっちで友達もいなかった主人公は、仮想世界で命を懸けて戦い、仲間にも恵まれたことで――そちらで経験値を蓄え、厳しい現実世界とも対応できるようになったのであーる」……とか、「あー、今はね、もうそういうの絶対的に流行んないから!」っていう、そのあたりを描くとしたら、相当うまくやらないと、今の若い人たちの求めてるのとは「ちょっと違う」説教くさいというか、道徳くさいような結末になってしまう気がするというか。。。
そのあたり、よく考えると『はてしない物語』って、ほとんど予見的と言ってもいいくらい、ものすごく上手く描かれてるんだなって、前回の前文書いたあと、ふと思ったんですよ。ちょっと今もまだ本探せてないんですけど(ダンボールのどっかにある・殴☆)、主人公のバスチアンは太めでいじめられている男の子。けれど、ファンタージェンの世界ではその後、アウリンというほとんど最強ともいえるアイテムを手に入れ、容姿のほうも変わってしまい……こうあらすじを聞くと、「あれ?その話、なんかどっかで聞いたことある」と思う方は多いと思います。
仮想世界や異世界へ行くことになり、そちらでなんらかの最強能力によって世界や仲間を救う的な……そのことにふと気づいた時、あらためてミヒャエル・エンデさんの偉大さに思い至ったというか。わたしもそのあたりの設定世界のものを書いてみたいと思ったりするのですが、まずは『三体』とか、ずっと前から読んでみたいと思ってるんですよね(^^;)
『百億の昼と千億の夜』のファイナル・エディションで、萩尾先生も「三体が面白かった」とおっしゃってたので、読みたい気持ちが再燃しつつ、もうちょっと……いえ、かなりあとになるとは思ってて(その前に色々読まなきゃというか、読みたい本が山積してるので)
まあ、こうして見たいと思うアニメ・漫画・小説というのは――次々溜まっていくばかりで、わたしの場合なかなか消化されてゆかないのでした。。。
それではまた~!!
惑星パルミラ。-【26】-
「すみませんな、ゼンディラさん。この<ナイト・フェスティバル>のもてなし主は一応私ということになっておるものですから、総監督的な立場上、すべきことが何かと色々ありましてな……でなければ、もっと早くに色々お話できたのですが」
ゼンディラはグルーシン博士について廊下に出、エレベーターへ乗った時初めて――そこが三階に位置する貴賓客の間であることを知ったのだった。その後、グルーシンは人間の温かみをまるで感じないAIレオニードに「私の部屋まで」と命じていた。
それからゼンディラは、階層としては地上三階から地下八階へ移動したのだから、ある意味ほんの十階分移動しただけにも関わらず……随分長い時が経過したように感じていた。
「私の私室のほうへは、基本的に誰でも来れるというわけではないのですよ。いえ、何も私はこの絶頂の惑星で、ひとり厭世的になっているというわけでもなく……性格のほうがあまり変わらなかったのですな。というのも、小さな頃から本の虫で、孤独にコツコツ研究するのが好きなタイプで、一番自分が幸福なのもその瞬間というわけでして。私にとっては脳の幸福感が強まることイコールひとり孤独に研究を続けること……といった感じのことだったものですから」
「いえ、わかります。わたしも、自分が本当の意味でおそらく一番幸福なのは――故郷の星のアストラシェス僧院にて、孤独にひとり祈りと瞑想に耽っている時でしたから。その習慣というのは、惑星メトシェラを出てから今の今まで、変わることがありませんでした」
この時、グルーシンが少し驚いた顔をして、隣のゼンディラのことを振り返った。と、同時にエレベーターが目的階へ到着し、ドアが左右に開く。
「ここは、本当に私……というか、代々第三研究所の施設長のみが私室として使っているスペースでして、他の場所から完全に孤立しています。もちろん、常時連絡のほうは取れますし、緊急用脱出スペースなんてものもあったりするわけですが……まあ、第三研究施設の初代施設長のゲオルグ・カペルスキーは相当な変わり者だったのでしょうな。まあ、私も人のことは言えませんが、一年のほとんどを冬と闇に閉ざされている惑星イグナートの出身者だったこともあり、ふたつの太陽に照らされ、夜がなく冬もほとんどないような南欧あたりの気候を特に彼は毛嫌いしていたようです。そこで、わざわざこんな一年の半分以上を冬に閉ざされている場所を研究所として選んだというあたり――相当な変わり者だったことは間違いないようです」
「いえ、詳しい事情はわかりませんが……ほんの少しだけ、わからなくもないかもしれません。三つ子の魂百までと言いますが、どうしても人というのは自分が生まれ育った場所の環境にある程度左右されてしまうものです。第四研究所や第五研究所の人々は、元いた惑星の多くの星にとって<夜>と呼ばれる時間帯、最先端機器によって人工的に夜を作って眠ってますからね。実際、いつでも窓から燦々と陽が照り続ける環境で眠るというのは体に変調をきたすことになるということでした。人間、明るい中で寝てようと暗い中で寝てようとそれが睡眠であることに変わりはない――というのではなく、明るい中で寝てばかりいると、疲れが完全に取れなくなったり、疲労が蓄積していくというデータがあるそうです。そこで、仕事の能率といったことも考えて、部屋を人工的に夜にして眠るほうがいいそうですよ」
「ゼンディラ殿は<闇石>というのをご存知ですかな」
生体認証ののち、グルーシンは私室のロックを解除し、中へゼンディラのことを招き入れた。この階層には他に、彼の個人的な研究のための設備が整った研究室が他に三部屋ほどあったが、その中でここだけが唯一人間らしい匂いがしたと言えたに違いない。
壁には、彼が宇宙を旅してあちこちの惑星で得た、数々の紋章の描かれたタピストリーが飾られ、その個々の惑星に特有の文化的遺産と思しきものが棚に整理整頓して置かれている。その他、おそらくグルーシン手製の手芸作品などがあちこちに飾ってあるというあたり――若干、見た人はちぐはぐな印象をこの部屋から受けたに違いない。
「ああ、私は趣味で宇宙中の紋章学の研究をしていましてな……でもこの話のほうはよしておきましょう。ラティエルと初めてこの部屋で話した時、『もう二度と僕の前で退屈な紋章学の話などしないでくれ』と言われたものでね。それはさておき、<闇石>の話です」
そう言って、飾り暖炉の前にあるソファをゼンディラに勧め、グルーシンはテーブルの上にある、きらきら輝く、黒曜石によく似た黒い石の塊を持ち上げた。
「私はここ惑星パルミラへやって来て以来、すっかりこの<闇石>の虜なのですよ……何故なのか、わかりますか?」
「何故、なのですか?」
カミル・グルーシンは顔の表情があまり変わらない男で、それでも長く一緒にいると彼がほんの少し笑っただけで、『博士的にはすごく笑ってるつもりなのだろう』とか、『戸惑っているのだろう』ということが周囲の人間にはわかる……といったタイプの人物であった。だが、ゼンディラは出会ってまだ三日目であり、その間さして話もしてない彼のことが、何故かよくわかる気がしたものだった。
「こんな私にもその昔、妻と呼ばれる伴侶がいました」
そこに用意してあったサモワールから、トルコブルーの茶器に紅茶を注いで、グルーシンは続けた。それはマスカットのよい香りのする、薄いグリーンのマスカット・ティーであった。
「あれはもう、かれこれ百年以上も昔のことになりますか……何分百七十年も生きておりますと、今自分が何歳かなんてこと、ほとんど気にかけなくなりますものでな。私は晩婚でして、六十を過ぎてからようやく初めて結婚しました。妻のアガサもその時、大体似た年齢だったと思います。確か、五十いくつとかそのくらい。けれど、今の時代七十歳の老婆などというのはほとんど存在せず、そうした意味でアガサも三十代前半とか、そのくらいにしか見えませんでしたな。まあでも、私は全宇宙惑星研究というものに身を捧げてきましたし、結婚してもその生活を変える気はまるでありませんでした。ところが、結婚というものはそういうわけにもいかないということが、恥かしい話、六十いくつにもなるいい大人が、当時はまるきりわかっておりませんで……その後半年もすると、『あなたはわたしよりも研究のほうが大切なのね』とか、『わたしのことなんて本当はどうでもいいんでしょう』だのなんだの、色々問い詰められるようになりまして。結局のところ、離婚することになったのですが、まあそのう……周囲の人間には確かによくこう言われてはおりましたよ。『結婚するより離婚するほうが大変だぞ』とか、何かそんなようなことはね。私の場合もご多分に漏れずといったところで、そもそも私の両親が伯爵家の末裔で、結構な資産家だったのです。そこで、一年ほどしか結婚してなかったにも関わらず、その後私はこの時の訴訟で――というのも、私は生来争うということが嫌いな質だったもので――財産のほとんどを失ってしまいました。人々は口々にアガサのことを『そもそも財産目当てに結婚した、最低な女』などと言いましたが、私はその条件を呑むことにしたのです。何故かわかりますか?」
「いえ、わたしは恋愛経験といったものがありませんので、男女の恋愛に関する機微といったものには、とんと疎いもので……わからないとしか、どうにも申し上げようがありません」
グルーシンは優しげに微笑んだ。彼はこの話を、他の研究員たちには一度もしたことがない。彼は、ゼンディラにぶどうの焼き菓子を勧めてから続けた。
「アガサのことを、私なりに愛していたからです。その前にもそのあとにも……私にとって何か恋愛経験があったのは、彼女ひとりきりでした。私はおそらく相当鈍い性格をしておるのでしょうな。むしろ、彼女の不在が堪えたのは、離婚してのちのことでした。彼女はとても家庭的な人でしたので、色々美味しい料理を作ってくれたし、部屋を飾っているものも、大抵は彼女の手製のものばかりだったんですよ。今なら、もちろん私にもわかります……人生の一時期、最低でも新婚と呼ばれる頃くらいまでは、研究なんてそこらへんにうっちゃっておいて、妻との生活をもっと大切にすべきだったということはね。私は一時期打ちひしがれて、あれほど愛していた研究もまるで手につかないほどでした。今もそのことは、とても後悔しております」
「では……そのあとからでもアガサさんに素直にそう申し上げて、復縁することは叶わなかったのですか?」
そのアガサ・クリオールが残していったレシピを元に作ったぶどう菓子とも知らず、それを一口齧ってゼンディラは聞いた。
「ええ。離婚が法的にも正式に決まって、そう経ってなかった頃、アガサは交通事故に遭ったということでした。エア・カーではなく、地上車を本星にある、元は私の父が所有していた領地内で走らせていた時……大きな栗の樹に激突して死亡したということでした。私の知る限り、彼女は<自然死>には同意してないはずなんです。というのも、私がもし今の体の限界がきて替える時期がやって来たら、お互いの好みも入れて新しく若く生まれかわろう――その話では、随分ふたりで盛り上がりましたから。けれど、私と離婚して以後、死んだらもう二度とどのような形でも甦りたくない。そのように遺言書のほうを書き換えていたそうです。おかしくないですか?私から莫大な財産をむしりとったのですから、それ以後も長生きしてこの使えきれないほどの財産を最低でも使い切ってから死にたい……普通に考えたら絶対そのはずじゃありませんか。そこで、(あやしいな)と思った私は、探偵よろしく色々調べてみることにしました。その後、浮かび上がってきたのが、アガサが可愛がっていた甥の存在です。私も彼に対して好感を持っていましたし、そのように問いつめるのは非常に気の進まないことでした。そして、実際私はその時に――彼、オラフ・クリオールに殺されかかった……いえ、本当にその時、一度死んだのですよ」
「…………………」
ゼンディラは驚きのあまり、言葉もなかった。
「いえ、事前に手は回しておいたのです。本星エフェメラの犯罪検挙率は80パーセントを越えますからな。案の定、彼は中位惑星系のホライズンというリゾート惑星に私を呼びだしました……金を持ってる人間に何かと甘い星でして、彼はお人好しの私を侮ったか知れないが、先に本星の警察機関に連絡はしてあったのです。アガサの死亡事件に関しては、彼らのほうでも不審に思ってましたから、私は殺人課の刑事と一緒に惑星ホライズンのほうへ乗り込み――簡単にいえば、毒を盛られたわけです。惑星ヨークホルトに生息する蛇に、ほんの少量で即死するタイプの、それでいて証拠のでにくい毒を持つ蛇がいます。私は用心していたつもりでしたが、先に麻痺銃で体を打たれていたもので、口も聞けず、外部とも連絡が取れなくなってしまったのです。それでも当然、音声が途絶えれば待機していた刑事らは不審に思います。結局のところオラフは殺人の現行犯で逮捕されたのですが、私は麻痺したあとに毒を打たれたせいで……今は、痕の残らない注射器を使っておるのが普通なのです……すぐさまオダブツといったところだったわけでして」
「けれど、すぐに医療的手立てさえ取れれば、脳さえ無事なら再び甦ることが出来るとお聞きしましたが……」
「その通りです。でも、危ないところでした。オラフがもし、どんな毒を注入したのか、すぐに吐かなかったとしたら、脳のほうまでやられていたかもわかりませんな。まあ、オラフが殺人犯であることがわかり、アガサに移譲した財産のほとんどが戻ってきたとはいえ……彼女はもうこの全宇宙中のどこにもいません。これがどんなに虚しく悲しいことか――私はその後、毒によってあのまま死んでいたほうが幸せだったのではないかと、苦しみ悩み続けたほどです」
「それほどのお苦しみ、わたしのような若輩者には察しようもありませんが……でも、その時ご無事であられたからこそ、今もこうして貴重な研究を続けておられるのでしょうし……」
ゼンディラはグルーシンに対して慰めの言葉が見つからなかった。彼は手製のティーコゼ(お茶が冷めないようポットにかけるカバー)を手に取りながら、微かに笑って言う。
「いえ、私のくだらん過去話など、実はどうでもいいようなことなのですよ、ゼンディラさん。でも、あなたにこのことを話せて良かったとは思います。それで、ここからが本題なのですが、この<闇石>は人に夢を見せるのですよ。ここパルミラに移住した初期の人々の言い方に従えば、分類としてはいわゆる<霊石>(ティーレ)と呼ばれるものに当たります」
「<霊石>(ティーレ)……」
ゼンディラは再び、テーブルの中央に置かれた、きらきら光る黒曜石のような、あるいは輝く大きな石炭にも似た石のほうに視線を戻した。
「パム、と一般に呼ばれるものが、いわゆるこの惑星における『ただの石』ということでして、それらの石はこの惑星の動植物や昆虫にとって甘い蜜や栄養分となるものを染み出させます。ところがですな、<霊石>のほうはそうした栄養分をだしたりしないかわり、例のパルミラの魂と目される岩石の中継地の役割を果たし……と言っても、難しい話、一概にそうとも言えないという問題があって、今我々この惑星に住む研究者たちはそう単純にパルミラの石をこのふたつに分けたりしていません。というのも、人間が『どうもこれはティーレっぽいな』と検討をつけると、パルミラの魂である緑の岩石はそれを霊石ではないとして、性質を変えてしまうようなのですよ。けれど、この<闇石>だけは別です。これは、私がパルミラの魂に言われて行った先の洞窟で見つけたもので――私は今毎日、この<闇石>の力によって死んだアガサと夢の中で会っているのです」
「その……つい先ほど、ラティエルから似た話を聞きました。第二研究所の人々も、石の見せる幻によって心癒され、性格のほうがまるきり逆に変わって明るくなったというような話だったと思いますが……」
<石に人が望む夢を見せる力がある>……それはゼンディラには、にわかには信じられない話であった。
「そうですね。私がパルミラの魂にこの<闇石>を紹介されたように、彼女……いえ、人によっては男性の声として石の声が聞こえるようなのですが、私にはいつでも女性の声として聞こえます。彼女は、人それぞれその人に合った石を紹介するのですよ。でも一般的にあまりその話をしたがる人はいませんね。私にしても、この話をしたのはゼンディラ殿、あなたが初めてです。つまり、私の持つこの<闇石>のみならず、色や種類などは違っても、人それぞれ隠し持っている石があり、パルミラはそれをいつでも<霊石>ではなく、ただの石に変える力があるのです。もしそうなったとしたら、どうなりますか?私はもう二度とアガサとは会えないということになる。今の私にはもう、彼女のいない生活などは一切考えられない。もちろん、頭では一応わかってはいるのです。私はふたつのトレイに二食分の食事を毎日用意する。でも、アガサとふたりきりで食べたつもりになっているだけであって、二食分、すべて食べているのはこの私だし、彼女に教えてもらって手芸作品を作っているのも、この私ひとりだけ……でも、毎日とても幸福なのです。ゼンディラさん、ここの研究員の人間たちは、研究以外に一体どんな楽しみがあるのだろう――もしかしたらそう思われたかもしれません。けれど、実はそうしたことなのです。もちろん、みんなわかっています。こんなものはすべて幻だし、ある意味正しくないことだと……でも、人間とは弱いものなのです。ですが、さらにもう一方でこう考えもします。我々人間は実は、このような形でみなパルミラに弱味を握られ、支配されているのではないか、といったようにも……」
「私は、グルーシン博士、あなたが今おっしゃったことをすべて、決して他言は致しません。確か、シド所長だったと思いますが……博士はパルミラの魂に直接お会いになり、彼――いえ、彼女でしょうか。彼女に大変気に入られているとか……」
グルーシンは首に巻いたポメラニアンによく似たキツネの頭を撫でた。実は、闇石のある洞窟までテレパシーによって導いたのはこのキツネであった。そしてポメラニアンはアガサ・クリオールがとても可愛がっていた犬種だったのである。
「さあ、どうでしょうね。彼女はおそらく、誰に対してでも『私はあなたを気に入っている』といった態度を取るのではないかとも思いますしね。今日、ラティエルたちESP能力者と一緒にやって来た第一研究所の人々……彼らの多くは簡単に言えば石学者です。まあ、研究所全体としては、ESPに関する研究をしている者のほうが多くはあるのですが、結局のところ新しい石の発見や、その石の構成要素や分泌物……そうしたものと、この全宇宙の石や化学物質その他を掛け合わせ、新しくこの世の中に役立つ何かを生み出すことに腐心しているといったわけですな。それで、このあたりのことというのは石学者である彼らのほうが詳しいと思いますので、ゼンディラ殿が第一研究所へ行った際、あらためて教えていただけばいいと思うのですが――パルミラの魂と呼ばれる石の正体は、物質としては橄欖石と呼ばれるものです」
「かんらん石、ですか」
「そうです。このパルミラという惑星自体、言ってみればひとつの大きな石のようなものとも言えるわけですが……そもそも、ここパルミラと呼ばれる惑星は、超新生爆発によって生まれたわけです。簡単にいえば、ある星がその一生を終えて大爆発し、その後それが時間をかけて太陽といった恒星、さらに他の惑星らが生み出されるもととなるわけですね」
「では、パルミラがふたつの太陽に三つの月を持っているのは……」
「そうです。これはその瞬間を実際に見た者がいるとしたら神だけであろう……そうした意味で、我々科学者があくまでシミュレーションとして『おそらくこうだったのではないか』というモデルとして考えていることなのですが、3D映像のほうも第一研究所で見せてもらえると思いますので、ご興味があればどうぞといったところです。この時、二度の超新生爆発を経て、惑星パルミラは生まれたのだろうと考えられていて……この中から、ふたつの太陽と三つの月も生まれたのでしょう。映像もないのにこんな話だけされても退屈でしょうから飛ばしますが、この時、超新生爆発によって生じたガスや塵などが集まって――おそらくは、現在人々がパルミラの魂と呼ぶものへとその後長い時をかけて変容することになったのだろうと、我々の間ではそう考えられております」
グルーシンの話は、ゼンディラには少々難しかったが、それでも子供たちと一緒に習った授業で超新生爆発のことは一応知ってはいたし、アップル少尉やハイデン大尉と一緒に『地球大博物館』へ行った時にも、地球の成り立ちについてはヴァーチャル・リアリティの世界で一から経験してもいたのである。
「ただ、本当かどうかはわかりませんが、このあたりのことを私がパルミラに聞いた時……彼女は『わからない』と答えていましたね。彼女曰く、『あなたたち人間だって、赤ん坊の頃のことは覚えてないでしょう?だから私も、そんな大昔のことまでは覚えてないのよ』ということでした。そこで私が、『貴女には一体いつくらいからこの惑星の記憶があるのですか?』と聞いたところ、この惑星に鉱物生命体が誕生した頃でないかと思う、ということなんですね。このあたり、確かに若干矛盾してはいます。何故なら、科学的計測によって我々に今現在わかっているのは――鉱物生命体というより、この惑星に鉱物なるものが生まれたのは、最初に橄欖岩、次に玄武岩、それから花崗岩……といったように最古の石が順に誕生していき、ここからそれが「何故か」ということはまだ謎に包まれているものの……この時期にさらに何かあって、惑星パルミラに特有の鉱物が次々誕生していったという仮説が立てられています。まず最初に原始的な空が生まれ、次に原始的な海が生まれ……ちなみに、この海に最初の原始的な生命が誕生したのは、今から約32億年前と推定されています。酸素を生みだす酸素石や植物のように光合成する石などによって、その前までは到底生物の住めない環境であったのが、除々に変えられていったのですね。ただ、わたしたち科学者にもよくわからない謎が今も色々残っています。例のパルミラの魂が言うことには、すでにそのずっと以前から彼らというのは存在していたということなのですが、正確な年代をパルミラの話したことから割りだせないのは、彼女には人間が考えるような時の概念や観念がないからなんですよ。なんにせよ、バルミラの魂が言ったことを真実であると仮定したならば、この惑星に生物が誕生するようになったことについて、彼女が関与したことは一切ないということでした。例のパルミラの魂曰く、『私はこの惑星に生命が誕生するよう導いたことはないの。彼らは気づいたら自然と生まれていたのよ』ということでしたから……そして、彼女はその遥か以前から橄欖石として意識を持っていたのみならず、他の石たちとも意思疎通をはかることが出来たということでした。つまり、その状態に十分満足していたから、自分も、他の鉱物生命体にしても、自分たち以外になんらかの生物が存在して欲しいとわざわざ望んだことはないのだと……けれど、その後海で生命が次々誕生するようになると、彼らがどのように進化してゆくかを見守り、必要があれば彼らを助けたと、そうした話でしたね。とりあえず、私が聞いたところによると、ということではありますが」
「なるほど。では、そうした気も遠くなるような時間の流れの中で考えていくと……今から約六千年前にここパルミラへ地球発祥型人類がやって来たというのは、彼女にとっては割と『つい最近』ということになるのでしょうか」
「そうですね。確かにそうしたことになるのではないでしょうか」
グルーシンはゼンディラの飲み込みの速さに驚きつつ、マスカット・ティーをすすった。これも、アガサが特に好んだ紅茶の味だった。
「実は、私がゼンディラさんをこの部屋へお呼びしましたのも、彼女の指示だったと言ったら、驚かれますか?」
「……驚きますね、確かにそれは。ラティエルに聞いた話によると、そもそもパルミラの魂と目される岩石は石とは思えないくらいおしゃべりだということでしたが、本当なのですか?」
「そうですね。その人それぞれに対して対応が違うでしょうが、でも基本的には雄弁というのか、おしゃべりな性格をしてはいるようですよ。私が思いますのにはね、ゼンディラさん。今から約六千年ほど前に宇宙船<ピルグリム号>の人々が初めてここパルミラへやって来た時……彼女はとても嬉しかったのではないでしょうか。その前にやって来た宝石泥棒のような連中は例外だったでしょうが、<ピルグリム号>に乗っていた人々というのは知識人が多く、性格のほうもそれに比すように温厚な人たちばかりだったようですからね。しかも、彼らはひどい絶望に打ちひしがれてもいた……今こう言ってわかってもらえるかどうかわかりませんが、あの石はいい意味でとてもお節介な性格をしています。また、ここ惑星パルミラの主として、自分の星に住む者すべてを幸福にしたい――何かそのような欲求に取り憑かれているようなところが見受けられますね。私が自分の暗くて孤独好きな性格を百七十年かかっても変えられなかったように、あの橄欖石は橄欖石で、お節介を焼かずにはいられないのだと思いますよ。それで、私の大切な<闇石>をここにいる間だけあなたに貸し出せなどと言ってきたのです」
「えっ!?一体どういうことですか?」
焼き菓子が美味しかったので、もう一枚と手を伸ばしかけて、ゼンディラは動きを止めた。
「この惑星中に、石などそこらへんにごろごろあります。そして、パルミラは石のみならず、この惑星由来の生物にであればなんにでも、自分の思念体を憑依させることが出来る……おそらく、そうしたことなのだと思いますよ。<存在の偏在>、<思考の偏在>という言い方で、ゼンディラ殿におわかりいただけますかどうか……」
<偏在>と聞いてゼンディラが思い出すのは、アスラ教の聖典にある、アスラ=レイソルの言葉と、彼の言葉を解釈した小聖典に書き記された文章のことだったろうか。アスラ=レイソルは彼の弟子となった人々に『宇宙の神ソステヌとはどのようなお方なのですか』と聞かれ、こう答えている。『ソステヌ神はこの全宇宙を創造した支配者であられるが、それと同時に、この世界のあらゆるものにも宿っておられるのだ。野の花にも樹木にも、鳥にも、その他あなたたちも含めた動植物のすべてに……すなわち、これを御神の偏在という』といったように。
「つまり、石あるところ常にパルミラあり、というだけでなく、この惑星のありとあらゆる生物に彼女はいつでも好きな時に憑依し、この惑星中からありとあらゆる情報を得ることが可能だ、ということですか」
「いえ、それ以上です。<存在の偏在>、<思考の偏在>とは……たとえば、パルミラがゼンディラ殿、あなたに『闇石』を貸せと言ってきたのが、もう三か月くらい前のことになります。その時私はまだ、第一研究所からも、その他第四研究所や第五研究所の人でさえ、あなたという人がやって来るとは聞いていませんでしたし、彼らだってきっとそうだったのではないでしょうか。聞いていたとすれば唯一、第一研究所の所長であるラティエル=レーゼンと、その双子の妹のティファナ=レーゼンくらいなものだったでしょう。まあ、とにかく私はそのように石から言われて、『まあ、<ナイト・フェスティバル>の間くらいなら』と、そう答えておきました。『ただし、私から大切な<闇石>を取り上げて、そのゼンディラ氏に与えるというのだけはなしですよ』とね。そして、彼女は私とそのように話している同時刻に、惑星のあらゆる場所における動静に気を配ることが出来るだけでなく……先ほど申しましたでしょう。ここの惑星の住人たちはそれぞれ、自分にとって大切な石を持っていると。つまり、彼女は――ある人々にとっては彼ですかな――そのような形でまったく同時にあらゆる人々の心に語りかけ、夢や幻すら見せることが出来る。ここで話している私とあなたの会話を石を介して聞くことも出来れば、それと同時に第一研究所から第五研究所に至るまで、すべての人の会話すら同時に聞いて情報を得ることが可能なわけですな」
「本当にまるで、このパルミラという惑星限定の神のような存在なのですね、彼女は……」
「そうです。ですが、面白いことには、流石の彼女も自分の惑星の外の宇宙のことは管轄外なのですな。たとえば、彼女には日付や時間といったものの感覚がない。言ってみれば十億年前や二千年前といった時の流れや区切りといったものは、彼女にとっては時間的概念として意味のないことらしいです。彼女曰く、『それはあなたたち人間の考え方ね。わたしはこの惑星が太陽のまわりを一周したら一日と考える……なんていうふうにはまるきり思えないわ』とのことでしたから。けれど、一応未来のシミュレーションとして……今から約50億年もせずにこの惑星は衰えていくだろう、のみならず、ふたつある太陽が徐々に接近してきて、惑星パルミラは太陽に吸い込まれるようにして消えて失くなるだろう――そのことについてどう思いますか、と私は聞いてみました。すると、流石に彼女も不機嫌になったようでした。でも、私はそう聞いてみずにはいられなかったのです。どのみち、第一研究所の石学者たちだって3Dによるシミュレーションモデルを作りながらそんな話をしていたでしょうしね。けれど、パルミラがもし、十億年前も十億年後も、そんなに大して変わらないという価値観の持ち主であったのだとしても……やはり、彼女は決して神でもなければ永遠でもない。いつかは滅びる瞬間というのが必ずやって来るのです。その<死>や惑星の<老衰>といったことについて、彼女は一体どのように考えているのか。すると彼女は『その時が来てみないとわからない』と答えていました。他のことについては、あれも知ってる、これも知ってると、すらすら答えていた彼女が、その時だけはふてくされたような態度を取っていたということは――なかなかに興味深いことなのではないでしょうか」
「……………………」
このあと、グルーシンは「何やら、自分の用向きのことばかりお話してしまってお恥かしい」と言い、ゼンディラの出身惑星メトシェラのことについて、あれこれと質問しだしていた。グルーシンの言葉というのは決して社交辞令によるものではなく、本当に心から彼にとってまったく未知の惑星であるメトシェラの文化や習慣、宗教等に関し、興味がある口ぶりと態度だった。
そしてこの時もゼンディラは、今まで何度となく繰り返し、あらゆる人々に聞かれたこと――「自分がそれまで信じていた神が、宇宙に数多くいる神のひとつに過ぎないと知っても、何故信仰を保っていられるのですか」といった質問を、グルーシンからも受けた。ゼンディラの答えというのは、この時も変わらないものだった。すなわち、「アスラ教の神は、その名を冠したアスラ=レイソルのことを指しているわけではないのです。彼は偉大な人物でしたが、人間的弱さも持ち合わせ、いつでも神の助けを受け運が良かったわけでもなく……むしろ、彼にしかその存在を感知できない、バスラ=ギリヤークという悪霊的存在に邪魔をされ、苦しめられ悩まされ、時にどうしようもない窮地にまで追い込まれることさえありました。彼は祈りの人であって、いつでも宇宙の神ソステヌに祈っていましたが、祈ればすぐ応えてもらえることもあった一方、なかなか助けが来なかったり、本当に苦しい一歩手前でようやく敵に打ち勝つことが出来るなど……ある意味、今を生きるわたしたち人間となんら変わることのないただの人でもあったのです。アスラ教を信じる人々は、彼に習って神に祈り、定められた徳の教えを出来得る限り守ろうとします。そして、人生で不運に見舞われたり、苦しめられたり悩まされたりしても……アスラ=レイソルの人生を手本として、どうにか耐え忍ぼうとするわけです。また、病気や災害など、悪いことが起きた時には、すなわちそれすべてバスラ=ギリヤークの仕業ということでもあり――けれど、アスラ=レイソルが最終的にバスラ=ギリヤークを完全に滅ぼしたように、信者たちはアスラ神に求めることによって、自身の内なるバスラ=ギリヤーク、あるいは外なるバスラ=ギリヤークにも打ち勝つことが出来るのです」……と。
「なかなかよく出来ていますね」
この時、グルーシンは本当に感心したようにそう言った。実際、彼はパルミラへやって来る前は、この宇宙中にある惑星の文化や習慣、宗教等について研究していたから、ありとあらゆる人間の脳が生み出した偶像については――ふと思い浮かぶものだけでも、その神の数は軽く数千を越えていたわけである。中には無論、人々の道徳的腐敗を防ぐといった意味合いにおいて、「いないよりはいたほうがいいのだろう」とグルーシンが判断する神々も存在したが(また、より原始的惑星の文化形成・成長においては、農作物の豊穣の神、ありとあらゆる災害から守ってくれる神といったお馴染みの存在が幾百となく存在するのは当然のことであったろう)、その彼をしてその名をさして宇宙に轟かせてもいないアスラ教という宗教は……なかなかに興味を惹かれるところがあったといえる。
その後、グルーシンはアスラ教の聖典を全宇宙ネットワークシステムにて検索し、その聖典の極めて拙い訳のものを読み、メトシェラという惑星の文化についても詳しくなってゆくのだが――それはさておき、ゼンディラはこの時、グルーシンから<闇石>を渡されると、最後にこう聞いていた。
「この惑星中に偏在し、ありとあらゆる石や生物に宿ることの出来る存在が、何故あなたにとって大切な石をわたしに貸せと言ったりしたのでしょうか?べつに、そこらへんの石ころでも構わなかったのではないかという気がするのですが……」
「さてね。結局のところ、あの鉱物生命体は我々人間に対する時には、私たちにわかりがいいように合わせているといった意味で……結局のところ人間でないものが人間の振りをしているというのですかな。そうした意味で、やはり我々人間には理解できない価値観に属する存在なのでしょう。いえ、我々地球発祥型人類よりも遥かに情報処理能力の高い、本星エフェメラのAIに匹敵するほどの頭脳を持った超生命体でありつつ――我々人間が高い知性を持つ頭脳を備えていながら、脆弱な肉体に所属しているように……彼女は結局のところただの石ころ、岩石だという言い方も出来る。その石ころが一体本当は何を考えているのか?やはり、我々には理解不能だという、そうしたことなのではないでしょうか」
ゼンディラはカミル・グルーシンという男に好意を抱くのと同時、やはり彼がすでに百七十年も生きてなおかつ、今も自身の研究全般において、意気軒昂に意欲を保ち続けているというのは――ある部分、理解できない領域に属することだったかもしれない。どう言ったらいいだろうか、そうした彼の老獪とも言うべき、物事を分析する鋭さに尊敬を覚えつつも……それゆえにこそ、最後の最後の一歩のところで完全には人間として信頼しきれない、何かそうした矛盾した印象を、ゼンディラはこの第三施設長に抱いていたのである。
グルーシンから<闇石>を借り受けたその日、ゼンディラは眠る前にそのきらきら輝く石を、寝台の隣に位置するナイトテーブルへ置くと、いつもの習慣通り神に祈りはじめた。アスラ神は、自身が天上へと昇るその瞬間まで、地上のすべての民草のことを気にかけ、アストラ聖山において祈り続けていたと言われる。ここから、天上に昇ったアスラ=レイソルは今は神となり、信者すべての祈りを聞いておられる……という信仰が生まれたわけだが、ゼンディラは小さな頃から「アスラさまはどんな小さな子供の祈りも聞いてくださるのよ」と教えられて育った。つまり、惑星メトシェラのアスラ神を信じる信者は概算で軽く十億を越えているはずであるが、その十億の人々の祈りの声を同時に聞くことが出来ると言われていた。人間にはそれぞれバスラ=ギリヤークの悪行から守ってくださる守護霊が存在すると一般に信じられており、その守護霊が天上のアスラ神に信者の祈りを運ぶわけである。ゆえに、その日一日あったことの報告など、普通に考えれば偉大なる神には十億分の一のひとりの人間の身に起きたことなど、はっきり言ってどうでもいい――となっても、まるきり不思議はないはずである。だが、守護霊と常に交信し、自分の身の上に起きたことをなるべく細かく申し上げることは、折に叶った助けを受けるためにも非常に重要なこととされていたのであった。
ゆえに、まるで日記に文章を書き記すが如く、ゼンディラはそのような報告をし、さらにはメトシェラを出てから今日に至るまで、いかに人々から助けられたかの感謝、またアストラシェス僧院の同胞たちへの心をひとつにした祈り、また、自分に関わり善を施してくれた人々の幸福といったことなどなど……ゼンディラはそのすべてを祈り切る前に眠ってしまうことが多かったかもしれない。だが、翌日にはその続きから再び祈りはじめればいいのであり、神はそのような人間の弱さをも許容してくださる方であると――そのように教えられて彼は育ってきたわけであった。
そうしたわけであったから、ゼンディラは<闇石>を借り受けたその日、最初のうちは『本当に不思議な幻を見たりできるのだろうか』、『もしや、すでに亡きゾシマ長老と再びまみえることが出来たり、あるいはここから五千光年も彼方の、今も生きているアストラシェス僧院の仲間たちと再会したりも出来るということなのだろうか』……そのような意識が多少はありつつも、祈りに専心するうち、すっかりそんなことも忘れ、最終的に寝入ってしまったわけである。
>>続く。