こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア。-【39】-

2024年04月13日 | 惑星シェイクスピア。

【欺かれるマーリン】エドワード・バーン=ジョーンズ

 

 今回は特にこれといって言い訳事項もないような気がするので……最近見た映画の感想とかでも良かった気もするのですが、とりあえず↓に関連して、魔術師マーリンのことでも、と思いました(^^;)

 

 魔術師マーリンというと、たぶん色々なファンタジーの魔術師の原型となった人物のような気がするのですが、それはさておき、わたしの小説の中ではメルランとかメルランディオスとかマーリンとか、色々な名で呼ばれています。まあ、死んだら生前の名などなんになるのか……という気がしなくもないものの、ここの前文書くのに軽くググってみたところ――そこにはマーリンの本名としてアンブローズ・マーリンと書いてありました(笑)。

 

 わたし的に結構「そ、そうきたか……」という部分がありまして、もし今回の【39】あたりを書いてる時にでもこの本名(?)を知っていたら、わたしの中ではアンブローズ・マーリンはかなりのところ採用率高かったと思うのです(^^;)。

 

 でも、わたし的に結構不思議なことには――魔術師マーリンって、大抵マーリンとだけ記されている場合が多いのではないでしょうか(たぶん)。

 

 特段わたし、「アーサー王物語」の中の登場人物としてマーリンってそんなに好きとか、そうした気持ちはそれほどないものの……まあ、色々な作者が描いているマーリンのすべての物語を読んだとすれば、そうした気持ちも変わってくるかもなあと思いつつ――今はそこまでしてる時間もないため、「図説・アーサー王物語」から、割とスタンダードなお話を紹介させていただいて、今回の前文の終わりにしようかなと思います。。。

 

 >>マーリンの籠絡。

 ぺリノア王はカメロットのアーサー王の宮廷にニムエという名の、とても美しい娘をつれてきました。湖に住む娘たちのひとりです。しばらくして、マーリンは娘にぞっこん惚れ込んでしまった……そしてたえず娘につきまとって、休む間も与えない。また娘のほうでも、マーリンから知りたいことをすべて知るまではと、たえず男の機嫌をとりつづけたのである。マーリンはすっかり現つをぬかし、一瞬も娘から離れたくないと思うほどであった。やがてマーリンはアーサー王にむかって、もう先は長くありません、わが魔術も力を失って、わたしは地中に生きたまま埋められるでしょう、と言った。そしてマーリンはこれから先に起きることを教えたが、さらに、剣と鞘はしっかり守るように、というのも、もっとも信頼する女性の手によって盗まれるだろうから、とアーサー王の注意をうながしました。

「ああ」とアーサー王は返す。「おまえは自分の運命がわかるのだから、そうならぬよう備えをし、おまえの魔術で不運を追い払えばよいではないか」

「いいえ、それはかなわぬことです」とマーリンは答えて言った。まもなく湖の乙女は宮廷を辞し、マーリンはどこまでもこの乙女についていった。

 ある日のこと、ふたりは危険な森に入っていった……マーリンは娘にむかって言う。「乙女よ、見せてあげよう。あの岩のあいだにとても美しい部屋があるのだ。岩をくりぬいてつくったものだ」

「あのような悪鬼と野獣しか訪れないような岩のあいだに、美しくしつらえたお部屋がございましたら、ほんとうに素晴らしいことですわ」

「まだ百年も経ってはいないが」とマーリンは説明する。「むかし、この地方にアッセンという名の王がおった。気高い人柄で、立派な騎士であった。またアナステュウという名の息子も、人なみすぐれた勇敢な騎士じゃった。ところがこの息子は、貧しい騎士の娘に、この世ならぬ激しい愛情をいだいたのだ。息子が素性の卑しい者を見染めたことを知ったアッセン王は、激しく憤った。「あの娘に会うのをやめなければ、娘を殺させるぞ」……息子はこれを聞いて、父王が見つけることのできない場所に娘を隠した。息子はこの森でよく狩りをしたことがあった。そして、この小さな谷間のことを詳しく知っていた。そこで息子は心を許した友人と家来どもとともに、ここにやってきて、天然自然の岩をくりぬいて、美しい広間と部屋をつくりあげたのだ。完成すると……恋人をつれてきて……生涯ここで暮らし、命のあるあいだ、ともに大きな幸せと喜びを味わう。そうしてふたりは同じ日に亡くなり、同じ墓に葬られた。亡骸は今でもここに眠っている……」

 この話を聞いて、乙女は大いに喜んだ。なろうことならマーリンをそこに閉じこめてやろうと思ったのである……乙女がマーリンに言った。「マーリンさま、かの恋人たちはとても誠のあるふるまいをなさったのですね。世を捨て人を捨てて、ふたりだけで喜びあふれる生活をされたのですから」

 マーリンは返して言う。「この私も同じことをしたのですぞ。あなたのためにアーサー王と袂をわかち、また王国の気高き騎士たちを捨ててきた。ところがまだなんの報いもいただけない」

 乙女は答える。「お話しくださった部屋をぜひ見せていただきたいものですわ。ふたりの恋人がこしらえたとのこと。今夜はご一緒にそこで過ごしましょう。恋人たちのかわらぬ愛情のことを思って、ますますそこがすばらしい場所に見えてくるでしょう」

 これを聞いてマーリンはとても喜びました。マーリンはさっそく松明をもった召使いをしたがえて、小径をたどってゆきます。ついに細い鉄の扉のところまでやってきました。マーリンが開けて、ふたりは入ってゆきました。そこは豪華に装飾された部屋であった……つぎに別の細い扉を抜けると……そこには美しい墓石が立っていた。華麗な刺繍をほどこし、金糸をおりこんだ赤い布が上に掛かっている。乙女が布をそっと持ち上げると、墓を封じている、紅い大理石が出てきた。乙女がきく。「人の手でこの石が持ち上がりますか」

「いいや」とマーリンは答える。「わたしにはできるがな。とはいえ、遺骸はご覧にならぬほうがよろしかろう。長年地中に埋まっていた遺骸は、ぞっとするほど見苦しいばかりじゃ」

「そうではございましょうが」と乙女はせがむ。「石を上げていただきたいものですわ」

「よろしい」とマーリンは、重いほうの端をつかんだかと思うと、えいとばかりに持ち上げる……

 乙女は中をのぞきこむ。愛し愛されたふたりの遺骸は、白布に包まれてあった。手足や顔を見ることはできない。乙女は言った。「マーリンさま。このふたりのことを詳しく教えていただきましたが、もしわたしが一時間でも神さまになれれば、ふたりの魂を永遠の喜悦の中に一緒にやすらわせてあげたい気持ちになりましたわ。ふたりの決断と生きかたのことを思うととても嬉しい気持ちになります。一晩中ここで過ごしましょう」

「ではわたしもご一緒いたしましょう」とマーリンがいう。

 乙女は寝台の準備を命じ、ふたりが寝台につく……マーリンは寝台につくや、ぐっすりと眠りこんでしまった。呪文をかけられて、はやくも意識と記憶を失ってしまったかのようであった。ことの次第をすっかりわきまえている乙女は、自分の寝台から起き上がりマーリンの寝ているところにきて、さらに呪文をかけはじめた。このようにして、頭を叩かれても目が覚めないほどにまで魔法が深まると、乙女は部屋の扉を開き、伴の者を呼ぶ……そうして乙女の言いつけに従って、彼らはマーリンの頭と足を支えて運び、ふたりの恋人が安置されている墓の中に放りこんだのである。ついで覆いの石がもとの位置に戻されたところで、乙女は呪文を唱え、墓を封印してしまった。こうなるともはや何びとにも石をとりのぞくことはできない。

 乙女と伴の者たちはこの場所をあとにして、扉を閉めました。そしてマーリンの行方は、四年後にバグデマスが墓を偶然発見するまでは杳として知れなかったのです。いっぽう乙女のほうは、アーサー王のことがたいへん心配でした。というのも、妹のモルガンがアーサー王の命をねらって悪だくみを練っていることを知っていたからです。乙女はアーサーの命を救いたいと思いました。

 

(「図説・アーサー王物語」アンドレア・ホプキンズさん著、山本史郎先生訳/原書房より)

 

 もっとも、↓の物語と何かそんなに深い関連性があるというわけでもないんですけど(汗)、まあ何かの参考までにといったところかも(こんなふうに引用する以前に、とても有名なお話でもあるとは思いつつ^^;)。

 

 それではまた~!!

 

 

       惑星シェイクスピア。-【39】-

 

 次に目を覚ました時、ハムレットは夢の中にいた。

 

 湿原の中はまだ夜だったにも関わらず、ランプなどなくとも不思議と視界が利いた。あれほどカエルが闇の中に鳴き声を響かせていたにも関わらず、今はその求愛の長い叫びも聴こえてこない。

 

 ハムレットはこの時、反射的に腰の聖剣に手をやった。それは暗闇を仄かに照らすように虹色に輝いており、ハムレットは無意識の内にもほっとした。もしメルランディオスが突然現れても――いざとなればこれでとどめを刺せると思うと、何かが安心だった。

 

 だが、やがてハムレットは(何かがおかしい)ということに気づきはじめた。自分が、昼間散歩した湿原のどこかにいるらしいということはわかるのだが、シグルドの丸太小屋がどこにあるのかというのが、さっぱり見当がつかない。

 

(ここは、一体どこだ……?)

 

 自分の心の記憶の中を探したとしても、こんな場所はどこにもないのではないか――ハムレットが直感的にそう感じた瞬間のことだった。そばのセイヨウツゲの生垣が、紫紺の闇の中、ザザァッ!と風に揺れる。

 

『死んでもらうぞ、マーリン・ロンメルディアス……!!』

 

 丈高い生垣の隙間から、ハムレットは奥を覗けそうな隙間を見つけ、そちらを見た。すると、その庭園には大きな大理石の噴水があり、天使とも見紛うような美女が水瓶を傾け、そこから水を出しているのだった。そして、その大理石の乳白色の白さや、乙女の傾ける金色の水瓶、それに水の煌きなどが一種光源として輝き――その場にいた十数人もの刺客と、彼らに取り囲まれたひとりの男の姿を照らしだす。

 

(この生垣は、月桂樹だろうか……)

 

 そんなことをぼんやり思いながら、ハムレットは事の推移を見守った。ちょうど、夢と現実の境くらいのところに自分がおり、黒装束の恐ろしげな刺客がこちらへ襲いかかって来ることはないと――彼には何故か直感的にわかっているのだった。

 

『き、貴様らは大王さま直属の暗殺部隊だな。何故だっ!!私は今の今まで、ヴォーディガン王を戦争において勝利に導いてきたばすだぞ。その功労ある私を、何故大王さまは……』

 

『だからこそさ』と、暗殺部隊の長は、頭巾を取ると、口許を覆っていた布も取った。そこには酷薄な笑みが浮かんでいる。『もう貴様は用済みになったのだ、ロンメルディアスよ。呪術による暗殺やら、突然の疫病が敵軍の天幕を襲うやら、戦争中に突然気が狂って敵が同士討ちをやりだすやら……今までまったくご苦労なことであった。だが、ここから遠く死の砂漠がはじまるに至る土地まで、今やすべてヴォーディガン大王の領地として平定された。となるとどうなる?平和な世においてはな、マーリン。おまえのような者はむしろ邪魔なのだ。おまえにせよ、今後大王さまの寵愛する妃なりご子息なり、臣下の誰かしらが不審な死を遂げるたび、自分に疑いが向かうのでは心苦しかろう?むしろこれは大王さまの、最後のおまえに対するはなむけとしての死なのだと、そう思うのだなっ!!』

 

『嘘だっ!!大王さまは私の功労を何にも増してかけがえのないものとして、広い領地まで与えてくださったのだぞ。それなのに……』

 

『そうだった。マーリンよ、おまえは少々お調子に乗りすぎたのだ。妾腹とはいえ、大王さまの娘御のひとりと結婚したいなどと……ヴォーディガンさまはな、おまえがその気にさえなればこの国を容易く乗っ取ることが出来ると、そのことを今では何より恐れておいでなのだ。我らの役目はおまえもよくわかっておろう?時には、我々もまたおまえの手足として働いたことがあるゆえに……』

 

 この暗殺者集団の一隊は、マーリン・ロンメルディアスがあやしげな術を使うとよくわかっていたのだろう。その殺し方は残虐を窮めた。刀を抜き、四方八方から容赦なく襲いかかると――文字通り、ロンメルディアスのことを八つ裂きにしたのである。

 

 まず最初に、心臓を中心とした胴に剣の刃が何十度となく突き刺され、それでもまだこの妖術使いが甦ってくることを恐れてでもいるかのように四肢を切断し、そうしてから最後、恨めしげな表情を浮かべるマーリンの頭部を首から斬り離し、その頭を戦斧やメイスによって粉々に砕いたのである。

 

 周囲に、他に見ている者はおそらく誰もいなかったであろう。だが、ただひとり、この時代に存在していないはずのハムレットだけがこの悪魔の所業に戦慄した。その後、マーリン・ロンメルディアスの亡骸は、彼を殺したアサシン集団の一隊により鉄の櫃に入れられ、さらにそこには鍵までしっかりかけられていたのである。

 

(これは確かに……怨みのあまり、幽霊になって化けて出ようというものだな……)

 

 ハムレットはこの時、危うくマーリン・ロンメルディアスなる男に同情心を抱きそうになったが、一生懸命その思いを振り払おうとした。

 

(ダメだ。あいつはきっと、あれだけの殺され方をするくらい、自分が仕える大王のためとはいえ、色々な悪事に手を染めてきたに違いない。あの死に様は、ようするにそうした悪の妖術使いの末路とでも思っておいたほうがいいんだ……)

 

 アサシンの一隊が、マーリン・ロンメルディアスの遺骸をどこへ運び去るのか、ハムレットは後を追っていって調べようと思った。そして、彼らの後を追い、ハムレットがセイヨウツゲの葉陰から出ようとした瞬間のことである。

 

『こちらへいらっしゃい、ハムレット』

 

 大理石の、それまで金の水瓶を傾けていた女神像が噴水から下りてくると、ひとりの美しい乙女となり、彼の手を引いてくれた。すると、次に別の場所の生垣を抜けるなり――そこは夜の闇が明けた昼間となり、驚くばかりの大規模の軍隊がそこには居並んでいた。

 

(ここは一体、どこの丘の上だろう?)

 

 三万ばかりもいるようにさえ思われる軍隊は、足並み揃えてどこかへ向かうところのようだった。そして、その部隊の心臓部あたりには、大きな戦車に乗せられた、この上もなく壮麗な棺があり、そこには美しい花輪が数え切れないほど飾られていた。

 

『あれは、マーリンの葬儀じゃないわ。アレギリウス=ヴォーディガン大王のお葬式よ。彼はマーリン・ロンメルディアスの死後、それほど経たずして蛇に噛まれて死んだのよ。大王の生涯は戦争に次ぐ戦争で、それは血塗られたものだったの。大王の死後、人々はマーリンの呪いだのなんだの、色々なことを噂したらしいけど……実際には大王の腹心と、大王の跡取り息子のひとりが毒殺を仕組んだというのがその真相。悲しいことよね。これだけのことを成し遂げ、ただの王ではなく大王とすら呼ばれた人でも――自分が開いた王朝がその後どうなったかを見届けられずして死んだのよ。そしてここから、大王が残したふたりの跡取り息子の骨肉の争いがはじまり、王朝は分裂。やがて再び戦争がはじまり、またいくつもの国々へ分かたれていったというわけ』

 

『では、その後ロンメルディアスは……』

 

『マーリンはね、ヴォーディガン大王のことが本当に好きだったのよ。愛していたと言ってもいいくらい。だから、彼のためならどんな悪辣なこともやってのけ、自分の主君の役に立とうと考えた。でも、そんな彼の気持ちは最後の最後まで大王には通じなかったのね……可哀想な人。マーリンは悪霊や地霊といった類と契約を交わし、錬金術によってもこの世界のよくわからぬ不思議について解明しようとした男だった。それもこれも、愛する大王のためだったのに、最後にはすっかり裏切られて死んだのよ』

 

『じゃあ、彼はそのことを恨んで幽霊に?』

 

『それは少し違うかしらね。おそらく、マーリン自身、自分が何故死んだはずなのに死んでいないのか、よくわかってないんじゃないかしら。ただ、彼はその後もヴォーディガン大王と自分が開いたといっても過言でない王朝の末路をひたすらに見守り続けたのよ。彼は愛する大王が死んだ時、そのことをとても悲しんだし、その後地形がすっかり変わって、沼の底に沈んでしまった大王の墓のあたりを、今もうろつくことがあるくらい。そうして、ただ夢を見ているのよ。もしあの時ヴォーディガン大王が暗殺者たちに自分を殺すよう命じていなかったらどうなっていたか……大王は大王で毒殺されることもなく、今も彼の王朝は続いていたんじゃないか、なんていうことをね』

 

『…………………』

 

 ハムレットは一旦黙り込んだ。確かに女王ニムエはメルランディオスの力を借り――というよりも脅して使役せよ、と言っていたはずだった。だが、彼はすでに幽霊となって何百年過ぎた身なのかもわからぬが、それはヴォーディガン大王がマーリン・ロンメルディアスに頼んでいたことと、実はまったく同種のことなのではないだろうか?

 

(だとしたらやはり、あのような妖(あやかし)の者の手など借りず、オレたちはオレたちの時代の人間の手によって、偽王クローディアスを斃すべきなのではないか?)

 

 そんなことをハムレットが考えていると、美しい乙女は再び少しばかり姿を変えた。彼女の背には妖精の翅(はね)が生え、ハムレットのことを大空高くふわりと運んでいったのである。

 

 ヴォーディガン大王の棺が納められた白き霊廟は、ほとんど小さな村ばかりもある大墳墓にも等しいものだった。墓の建物の門には、ヴォーディガン大王の騎馬像が描かれ、そこから順に、大王がその後一体どのようにして豪族の身分から戦争に次ぐ戦争を経て、今のように大王と呼ばれるまでに至ったかの、彼の偉大な生涯が外壁のぐるりには描かれている。

 

(何も知らずにもしここを訪れたとしたら、誰もここを墓とは思うまいな……)

 

 白亜の城門をくぐると、そこは『悦楽の園』と呼ばれる庭園だった。近くの河川から引いた水が、墓の中に百基ばかりもある水を噴きだす水場から一斉に射出され――よく整えられた緑地と美しい花の咲き乱れる庭を決まった時間に潤させるのだった。

 

 ヴォーディガン大王の黒い棺が納められた墓は、かなりのところ奇妙な形をしている。おそらく、生きた人間が居住するのであれば、決してこのような形には建設すまいというような……円筒形の城塔が楕円形に十二配置され、そのひとつひとつの城塔には、王が死後に楽しみとするための必要な品が揃えられているようだった。また、中庭にはズラリと立派な装いをした兵士の彫像が居並び、王の死後の魂を守っているかのようであった。

 

 ハムレットはそれら十二の部屋を、妖精のように美しい乙女と一緒に眺めてまわり――そして最後、とうとうヴォーディガン大王の棺が納められた墓のあるところまでやって来た。そこは、他の十二の部屋が円筒形をしているのとは違い、八角形をした部屋だった。まるで、そこから大王の魂が天国へと旅立ち、また気が向いた時にはこの墓へ戻って来れるように……という願いでも込められているように、天井部分からは燦々と光が入ってくるよう、八人の天使の描かれたガラス張りとなっているのだった。

 

『小僧……よくここがわかったな』

 

 大王の遺骸が眠っているのだろう、御影石の墓の前には、幽霊の姿と成り果てたマーリン・ロンメルディアスの姿があった。ここでは、王家に連なる者が死んだ時や聖者の祈念日などに正式な礼拝が行なわれるため、そのための祭壇も設置された神聖な場所なはずである。つまりは、彼の如き呪われた魂の者は、本来であれば近づけないはずなのではないだろうか?

 

「いや、マーリンよ。ここはおまえの亡骸の納められた墓所ではあるまい。ここに眠っているのは、アレギリウス=ヴォーディガン大王だ」

 

 マーリン、とその名を呼ばれた瞬間、ロンメルディアスはすでに死んでおり、肉体を持たぬ身であるはずなのに――ハムレットにははっきり、彼がドキリと心臓にも近い何かを大きく脈打たせる音を聴いた。何故なのかはわからない。ハムレットはかつて師のユリウスから、『真実(まこと)の名を掴む者は、その者の魂をも掴む』という詩による民話伝承の話を聞いたことがあったが、マーリン・ロンメルディアスもまた、生きていた頃の名に縛られるような存在なのだろうか?

 

『貴様、それで一体何が望みなのだ?』

 

 マーリンが憤怒の形相で怒りをたぎらせ、自分をどうにか恐れさせようとしていると、ハムレットにはこのこともはっきり、手に取るようにわかった。もはや、聖剣を抜く必要性さえハムレットは感じないほどだったが、それでも油断までするつもりはない。

 

「わからぬ。オレは、おまえとここに眠るヴォーディガン大王が成し遂げたようなことを行いたいというほどの野心まではない。いや、そのような野心なきことを恥じているほどだが、何分女王ニムエがおまえに協力してもらうのも悪くはないぞと助言してくださったものでな。何分、いまやおまえもあれほど慕っていた大王とも死に別れ、時間ならばたっぷりある身であろう。どうだ、死後のヒマ潰しに、少しばかりオレに協力してみるつもりはないか?」

 

『死後のヒマ潰し、とな』

 

 この冗談に対し、笑ってみせるべきかどうか、マーリンは思い迷うような顔の表情をした。

 

『だが、貴様のような小僧っ子に協力したところで、一体私に今さらどのようなメリットがあるというのだ?』

 

「そうだな。オレもただの肉体を持つ脆弱な人間の身ゆえ、約束までは出来ぬ。だが、おまえも三女神や、彼女たちに連なるらしき神霊の存在については知っておろう。三女神たちはオレに次の王位の約束をした。そしてそれは、おまえがヴォーディガン大王に協力し、彼を王にしたという以上の絶対的な確実さを持っていると、今はオレにも理解できる……簡潔にいうとしたら、三女神たちがオレを次の王にすることで、一体彼女たちにどんなメリットがあるのか、オレ自身にもよくわからない。だが、なんとなく気配としてわかることがある。女王ニムエはおまえのことを死してなお善行を行おうとしない怠け者だと言っていた。つまりは……」

 

 ハムレットはここまで話して、突然ハッとした。あの暗殺者集団に八つ裂きにされたことが、マーリン・ロンメルディアスの断末魔の死に様なのだとしたら――いや、もしや彼らはその全員がこの不気味な魔術師を殺害したとの幻を見せられただけだったのではないか?おそらくそれ以後、この男は再び前と同じ隠棲生活を送るようになり、なんらかの秘術によって死してなお、幽体の姿となって生前と同じ精神・心・魂といったものを今も保持し続けているということなのだろう。だが、いつまでも永遠に死なずに存在し続ける……それは若く人生経験も浅いハムレットにとって、やはり想像を絶する、<死>そのものと同じか、それ以上にゾッとするほどの恐ろしさを感じさせることだったのである。

 

『どうした、小僧?確かにわしは、死んでからもまったく改心なぞしておらんぞ。生前行った悪逆の限りについても、すべてはヴォーディガン大王のため……己の野心なぞ、それこそ最初は貴様と同じく、まったく小さいものであったわい。だがな、後学のために先に教えておいてやろう。人間というものは変わる。ヴォーディガン大王にしてからがそうじゃった。あの方はな、当時賢人と呼ばれつつも隠遁しておったわしのところまでやって来て、額づいて力を貸して欲しいと願ったのだ。まったく、なんという謙遜な若者かとわしも実に感動し、隠棲することをやめ、一度世に打ってでると決めたからには――以降のことは一切手段を選ばなかった。じゃが、王は十分な権力が手に入ったのちも、さらなる富と権力、それに領土を求めてやまなかった。そして、そろそろ自ら戦争にでるわけにもゆかぬという年になって初めて……自らの人生を色々振り返り、少しばかり内省的になられたのであろうな。簡単にいえば、わしのことが邪魔になったのだ。ふふん、小僧よ。貴様が一体どこまでのことを知っているのかは知らぬ。じゃがわしは、生前から現し世に生きることの虚しさについては痛感しておったから、少しずつ自分をいわゆるあの世というのか、霊界のほうへ実体のほうを移す研究をしておるところだったのじゃ。ヴォーディガン大王は、あれほどわしが衷心から仕えたことも忘れ、アサシンの中でも特別な精鋭を差し向けてきおった。あやつらはわしを八つ裂きにして殺したと思い、ヴォーディガン王のほうでも、わしの遺体が納められた鉄の櫃を開こうとまではしなかったようじゃ。中身のほうは、実際には空であったというのに……おそらくは、わしの怨みの濁流でもそこから噴出して呪われるとでも思っておったのではないかな』

 

「それで、肉体のほうは滅んでも今も死ぬことなく、そのような亡者の姿として生き続け……女王ニムエに求婚したというわけか?」

 

 最後の言葉は、マーリンの心の神経に障るであろうとハムレットにしてもわかっていた。だが彼はどうしても、その謎の真実を知りたい気持ちに打ち勝てなかったのだ。

 

 案の定、マーリンは再び憤怒の形相を浮かべて怒りだした。

 

『わしは……あの者たちが何者なのか、最初はまったく知らなかったのじゃ。だが、まさかこのような幽体の姿になったそのあとに、自分が決して逆らえぬ、強い霊力を持つ者らがいると知ったのだ。わしは、あの者たちの仲間になりたかった。地を見渡しても、自分と同じような存在はどこにもなく、惨めで孤独だったからではない。ただ、不思議で驚異だった。笑うでないぞ、小僧。肉体の身にある貴様にはわからぬことであろうが、求婚なぞといっても、人間の男が人間の女に結婚してくれなぞという、熱に浮かれた恋心からわしはそのような求めを持ったのではない。ただ、このような霊体になってなお、まだ自分にわからぬ驚異と不思議があるのだとわかり、その秘密を知り、さらなる上の、高き存在にわしはなりたかったというそれだけのことなのじゃ』

 

「なるほど。あともうひとつ……」

 

 この件についてはそれ以上のことは聞かぬほうがいいのであろうと、ハムレットとしてもそのように空気を読んだ。

 

「あなたは何故、ヴォーディガン大王に復讐しなかったのですか。夜毎その枕元に立ち、呪い殺すことだってあなたのような人には簡単に出来たことでしょう。それなのに、あなたは大王を赦し、それのみならず、ヴォーディガン王朝が分裂し、さらにその後歴史の中でいくつもの国にそれが分かたれていっても……ただそのことを見守り続けた。何故です?それとも、歴史の中で誰か自分が気に入った者が現れたような時だけ、ヴォーディガン大王を助けたように手を貸したことがあったのですか?」

 

『ふふん。わしはおまえが先ほど言ったとおりの怠け者なのでな。ヴォーディガン王が死んだあとのことにはまったく興味なぞなかったゆえに、その後一体どうしたかと地上の世界の歴史について覗き見することはあっても、それ以上のことは何もせんかったな。もしアレギリウスがわしを裏切らず、自分の息子らの不仲を憂え、そのことをわしに頼んで逝ったとすれば……ま、違ったかもしれんのだがな。裏切られたその時点でそんな義理なぞ露ほどもないというわけで、わしはその後一切人間の歴史のほうには介入せんかった。おかしなことをいうようだがな、小僧。実際のところ、わしはアレギリウスに対して恨みのようなものは今も大して持ってはおらんのじゃ。小僧よ、今のこのわしの姿を一体どう思うな?幽霊のような不気味な男とでも思うか?じゃが、わしは生きてる頃から大体のとこ、こんな容貌じゃった。「あの幽霊のように不気味な男」と言われることもよくあったもんじゃったし、洞窟で隠遁生活を送っておった頃から、この世における短い生命のことでなく、わしの頭は次の世のことに関する研究でいっぱいじゃったもんでな……むしろ、死ぬ前にヴォーディガン大王の影の参謀として歴史に名を刻むことも出来て万々歳といったところよの。ま、その歴史についても今ではすっかり沼の底に沈んでおるというわけで、貴様にしてもいずれそうなろう。クローディアスを倒し、今は善政を敷こうという熱意に燃えていたにせよ、人間の一生なぞ、ほんの束の間の夢のようなものにしか過ぎん』

 

「そうでしょうか。いえ……違うのです。オレが仮にクローディアスの次の王になれたとて、そのような権力もすぐに虚しく過ぎ去ろうということには同意します。そうではなく……あなたのような方が、そのように達観し、ヴォーディガン王を恨まなかったということが不思議なのです。オレがあなたで、死後に人を呪い殺すことの出来る力まで有していたとすれば……その力を行使する誘惑に、到底打ち勝てなかったでしょう。ですが、あなたは……」

 

 ハムレットには、マーリンが本当に怨みなど少しも持たずヴォーディガンのことを赦していることがはっきりわかっていた。それでも彼がこのように夜毎自分の中に夢の千年王国を復活させ、その記憶の片鱗にしがみついているのは……ある種の憐れみにも近い深い愛情が、彼の魂の中に今も残っているそのせいに違いないと。

 

『まあ人間、死ねば色々なことがわかるようになるもんじゃ。アレギリウスはな、自分が戦争に出ないようになって、直接の命の脅威がなくなると、王宮の謁見の間において、色々な大臣どもの声に耳を傾けるようになっていったわけじゃ。で、わしはあんまりそやつらとつきあいをしなかったし、簡単にいえばいわゆる世渡り下手というやつでな、アレギリウスから広い領地を賜ったあとは、もうすっかり隠遁生活の続きをする気満々じゃった。王はだんだんに廷臣どものわしに対する讒言に耳を傾けていくようになり、最初は愚かな幻程度に思えたものが、半年後くらいには本当に現実にそのようになってくるという妄想に悩まされるようになっていったのじゃろう。わしは、くだらぬ人間の世といったものは絶えずそんなことの繰り返しなのだろうと思うておる。『空の空。この世のすべては空。日の下で、どんなに労苦しても、それが人に一体なんの益になろう』というわけじゃ』

 

「…………………」

 

(おそらくこの男は、ヴォーディガン王とともにこの世の覇権を求めて戦っていた時、充実して幸福だったのだ。そしてそれは、最終的に悲しい裏切りによって終わったにせよ、マーリン・ロンメルディアスというひとりの人間の中で、消えてなくなることはなかったという、そうしたことだったのではないか?……)

 

『小僧、そういえば貴様、クローディアスと事を構えて戦争になろうという時、わしに力を貸せと言っておったな?』

 

「確かに」と、ハムレットはもうそんなこともどうでもよくなりながら、頷いた。「だが、それはヴォーディガン王がおまえに求めたようなこととは違う。とはいえ、バリン州のバロン城を攻囲するという時、無駄に死人を出したくないとオレは女王ニムエに願った。そして女王はそのような方向性で助けてやろうといったように約束してもくださったわけだが……軍の兵の多さや立派な武具類が数え切れぬほどあったほうが、オレの味方となってくれた人々にとってはより心強いことだろうということでな。その点についてはあなたの弱味を握って代わりにやってもらえばいいということだったのだ」

 

『昼間、おまえと長身痩躯の男とボロを纏った操舵手が、わしの墓を探しまわっておったことは知っておる。で、わしの墓は見つかったのか?』

 

 マーリン・ロンメルディアスは、なるべく余裕のある笑みを浮かべようと努力した。彼らは確かに、自分の墓所の近くまでやって来てはいたのだ。だが、墓の真上をこの三人の者たちが通りすぎていった時――マーリンは今後、自分からは決して姿を現さず、どうしてもそうせざるをえない時が訪れるまでは、何事もない振りをし続けるつもりだったのだ。

 

「いや、きのう一日探した程度のことではわからなかった」

 

 ハムレットは、ヴォーディガン大王の黒い墓の上に、青い矢車菊の束が置かれているのを見て思った。確か、花言葉は「惜別」、「信頼」、「深い友情」ではなかっただろうか。もっとも、千年以上も昔からそのように言い伝えられてきたのだとは、ハムレットにしても思わなかったにせよ。

 

「だが、もうそんなことはオレの中でまったく問題ではなくなってしまった。マーリン・ロンメルディアスよ」

 

 マーリンは、幽体になったにも関わらず、生前の自分の名に拘束されざるを得ないことを忌々しく感じつつ、目の前の美少年の次なる言葉を待った。また、今この場で聖剣にて脅されたとすれば、結局のところ従わざるを得なくもあるのだ。

 

 だが、次のハムレットの行動は、マーリンの予測に反したものだった。ハムレットはヴォーディガン大王の墓を挟み、彼の前に跪いたのである。

 

「偉大な賢者であるあなたに、どうか今、お願いしたい。クローディアス王と戦争を開始するという時、他の兵士らの士気が高まるためにも、数え切れないほどの軍勢と、武器類、それに攻囲戦において必要なもののすべてを用意し、与えていただきたい。オレは、ヴォーディガン王のような偉大な王にはなれないかもしれぬ。だが、大王のようにあなたのことを裏切るような心配は最早ないというのは明白であろう。死後のヒマ潰しとして、どうかお力をお貸し願えまいか?」

 

 ――この瞬間、今から千百年も昔にあった、現実の幻のすべてが幾千枚もの花びらが風に舞うように、少しずつ実体を失くして消え去っていった。例の、妖精のように美しい乙女は、ハムレットをロンメルディアスのいるところまで送り届けてのち、その姿は見えなくなっていた。だが、ハムレットは自分が夢から目を覚ましつつあるらしいと予感しつつ……その少し前に、確かに聞いたのである。

 

『いいだろう、小僧。アレギリウスの奴が墓の下で悔しがるくらい、貴様が戦争に勝利するために必要な品のすべて、確かに用意し、バロン城を攻略しようというその前までに送り届けてやろう』

 

 その声は、決して嫌々といった風情でもなく、むしろ嬉々とした響きすらあったようにハムレットには感じられた。だが、彼は三女神たちの託宣を信じているように、このこともほとんど確信した。実際にマーリン・ロンメルディアスが、幽霊のような体しか持たぬのに、どういった形でこの世に干渉し、事を成し遂げるのかまではわからない。けれど、彼が自分のその名に懸けても、驚くべき何事かを起こしてくれるに違いないということだけは――ハムレットは実際にそれを目で見てもいないうちから信じることが出来たのである。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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