(ローズフェアリー)
さて、今回も前文に書くことな……(以下同文☆)といった感じなので、今回はどうしようかな~なんて思いつつ(^^;)
いえ、引き続き絵本の紹介でも良かったんですけど、ちょっと手許にない絵本で、細かい表現(でもそこが大事!)が思いだせない場合があるものですから(汗)、まあ、今回は少し違うお話でも。。。
わたし、シシリー・メアリー・バーカーの妖精の絵が、昔からほんっと大好きで
本当のその昔(?)は、密林さんで検索しても、翻訳されてない洋書の本がズラリと並ぶ……みたいな感じだったんですけど、最近(といっても結構前から☆)は訳されたものや関連本、ポストカードその他が充実しているような気がします♪
シシリー・メアリー・バーカーに関する本は全部欲しいと思ってるんですけど、他に欲しい本というか、小説書くのに読まなきゃならない本なんかがって、なかなか収集のほうが進まず。。。
グッズとかも、全部欲しいんですよね~
(フラワーフェアリーズティーセット)
こういうので、野原でお茶とか飲んだら、どんな気持ちかしら……と思うのですが、むしろあんまりもったいなすぎて使えず、観賞用になったりしたら、もったいない気もしたり(^^;)
でもなかなか手が届かないので、時々密林さんのサイトなどを見て満足するということに♪
(リンボクの妖精)
(草原の女王の妖精)
(マウンテンアッシュの妖精)
シシリーの妖精の絵を見ていると、つくづくこういう世界で生きたいというか、こうしたものだけで構成された美しい世界で生きてみたい……みたいについ思ってしまいます
それではまた~!!
灰色おじさん-【10】-
翌日、朝起きて食卓に向かうと、グレイスにはおじさんが気を遣ってくれていることがすぐにわかりました。美味しいフレンチトーストに、スパニッシュオムレツ、グレイスの大好きなフルーツサラダやグラタンなど……他に、グレイスが毎朝必ず食べるミューズリーもあります。これだけでも、グレイスにはおじさんが自分を応援してくれているのだということが、よくわかっていました。
たぶんおじさんも、グレイスの好きなものばかりを並べたのに、可愛い姪が「食べたくない」とか、あるいは食べてもほんの少ししかお腹に入らないようだったら、とても心配したでしょう。けれどもグレイスは、きのうの夜は絶望的な気持ちで眠ったはずなのに、朝起きると意外にも活力が湧いてきて、案外ケロリとしていました。
そこで、おじさんもメアリーがどうとか、アリスのことなど気にするなとか、そうしたことは一言も言いませんでしたし、グレイスのほうでも口にしませんでしたが――グレイスは学校へ出かけていく前、おじさんを安心させるためもあったでしょうが、「おじさん、あたしきっと大丈夫だわ」と、元気に言っていました。
「もしメアリーがあたしと口を聞いてくれなかったとしても、それはそれで諦める。だってそうでしょ?アリスが言ってるのはようするに、パパのレストランに暴力団みたいな人たちがやって来て、エーギョーボウガイするぞって言ってるようなものだもんね。あたしだって、そんなこと言われたらメアリーのこと無視しちゃうかもしれないわ。でも、きっとなんとかなると思うの。おじさん、だから心配しないでね」
まだ九つのこの姪の健気さに、おじさんは涙ぐみそうになりました。「グレイス、がんばれ」と言うことも出来ず、おじさんにようやく言えたのは「美味しいおやつを用意して待っておるからの」ということだけでした。でも、グレイスにはそれで十分でした。おじさんの気持ちはグレイスに、もう十分通じていましたから。
朝、グレイスは今もティムと一緒に登校していきます。今まではずっと、他の子と登校することも出来るけど、何故かティムと登校していると思っているところがありました。でも、グレイスは初めて一緒に学校へ行ける友だちのいることを「ありがたい」と思っていたかもしれません。
「ティム、あんた今クラスで困ってることとかない?」
「そうだなあ。まあ、今のクラスにはフランクみたいな鬱陶しいガキ大将もいないし、先生もまあまあいい人だしね。友だちもいるから、そんなに居心地が悪いこともないよ」
「ふう~ん。そうなんだ……」
ティムのほうではグレイスに「グレイスは何か困ってることとかある?」なんて聞きません。ティムのほうでは、自分と違ってグレイスは、友だちもたくさんいて、今もきっとA組でクラスの中心人物なのだろうと、そんなにふうに思っていましたから。
この日、グレイスは小学校に通いはじめてから、こんなにドキドキする気持ちで教室へ入ったことはありませんでした。グレイスが三年A組に一歩足を踏み入れると、アリスやエリザベスを中心にした女子の冷たい視線が突き刺さりましたが、グレイスはそんなことは気にしません。ただ、メアリーの反応のことだけを気にしていました。グレイスは一番後ろの窓際の席でしたが、メアリーは隣の列の、前から三番目の座席です。
グレイスは、メアリーがカバンの中のものを整理しているのを見て、彼女も今登校してきたばかりなのだろうということがわかりました。今日は、グレイスのほうから話しかけたりはしません。そして、予鈴が鳴るまでの間に、いつもとは違ってメアリーが振り返りもしなかったとしたら……そういうことなのだとグレイスは思っていたのです。
けれども、メアリーは振り返りました。グレイスは、アリスやエリザベスが自分たちのほうを見張っているような気がしたので、(たぶん、もうそういうことなんだ……)と半分諦めていましたが、メアリーはカバンの中のものを片付けると、後ろを振り返っていつものようにグレイスに近づいてきたのです。
「おはよう、グレイス!今日は調子どう?」
グレイスはびっくりしました。メアリーはいつも通りのメアリーでしたし、むしろいつもより笑顔が輝いて見えるほどだったかもしれません。グレイスはあんまりびっくりして、思わず椅子を思いっきり後ろに引いてしまったほどでした。
「う、うん。そうねえ……おじさんがね、今日も朝から美味しいものを色々作ってくれたの。だから、今日も朝から調子いいわよ」
「そう。あたし、きのうね、すっっごく面白い動画見つけちゃった。ニッポンのアニメのパロディみたいなやつ。あとでふたりで一緒に見よう」
「うん!あたしもね、また面白いマンガ見つけたんだー。おじさんが月に一冊だけ買ってくれるから、今度はそれをお願いしようかなと思って」
「ほんと!?いいなあ。うちのママなんか、マンガよりも小説とか読みなさいってうるさいんだもん。その点グレイスのおじさんはいいよね。色々なことに理解があるっていうか……」
ここで、リンゴーンと鐘が鳴りはじめましたので、メアリーは、「じゃあまたあとでね」と言って、前のほうの座席に戻っていきました。グレイスがアリスとエリザベスや、他の取り巻きたちのほうを見ると、彼女たちは一様に白けたような顔の表情をしていたかもしれません。
でもこの時、グレイスの胸は喜びに満たされるあまり、そんなことはまるで気になりませんでした。本当に、びっくりしました。メアリーが自分を裏切らなかったことが嬉しく、またそのことを彼女に伝えるわけにもいかず……グレイスは(ああ、おじさん!)と心の中で叫んでいました。(ああ、おじさん!きのうは「なんて嫌な世の中かしら」と思ったけれど、今日はまた世界が生きるだけの価値のあるものになったわ)――グレイスはこのことを早く家に帰って、おじさんに伝えたくて堪りませんでした。
(おじさん、きっと心配して待ってるだろうな。たぶん、今日のおやつと晩ごはんもすごく豪華だろうけど……こういう時、携帯があったら、すぐ電話できていいのにな)
グレイスの学校では、携帯の持ち込みは禁止されていません。ただ、授業中に電源を入れたりすることは出来ませんし、ぷるぷる鳴ったりしたような場合は当然すぐ没収されるということになります。
メアリーもアリスもエリザベスも、クラスの子は大抵みんな携帯を持っています。もちろん、グレイスにもわかってはいました。おじさんにねだれば――『みんな持ってるのに、あたしだけ持ってないのよ!』と一言いいさえすれば、おじさんが買ってくれて、毎月の通信料も黙って支払ってくれるだろうということは。でも、グレイスにはなんとなくそれが嫌でした。電話なら家にもあるし、携帯を持つのは自分でお金を支払えるようになってから……といったように、なんとなく思っていたのでした。
この日、グレイスは嬉しい気持ちで四時間分の授業を受け、休み時間はいつものようにメアリーとおしゃべりして過ごしました。下校する時も、メアリーと一緒に帰りましたし、彼女との関係はいつも通りか、むしろいつも通り以上に親密だったといってもいいくらいだったでしょう。
なので、グレイスは本当はずっと思っていました。(実はあたし、きのうの話、偶然聞いちゃったの。でもメアリーがいつも通りのあなたで本当に嬉しいわ)と、よっぽど言ってしまおうかと……。けれども結局、言ったほうがいいのかどうかわからなくて、グレイスは何も言えずに結局家まで帰ってきてしまいました。
「おじさん、おじさん、おじさああん!!」
おじさんはこの日、グレイスがいつ帰って来るかと、窓から覗いてばかりいましたが、実際にグレイスがメアリーと一緒に並んで道の向こうからやって来ると――「おじさんはなんにも知らない」という振りをして、ダイニングテーブルの椅子に座り、新聞を読む振りをはじめました。そして、おじさんは新聞に顔を隠したまま、なるべくいつも通りを装おうとしましたが、やっぱり無理でした。どうしても顔がほころんで仕方ありません。
「おじさん、あのね、あのね……っ」
ここでグレイスは、あんまり急いで走ってきたもので、息がすっかり上がってしまいました。それで、呼吸を整え、一度深呼吸してからようやくのことで続けました。
「メアリーがねっ、あたしを裏切らなかったのっ!あたし、そのことがとっても嬉しかったんだけど、でも、どうしても聞けなかったの。ついきのう、盗み聞きするつもりじゃなく、偶然アリスやエリザベスたちと話してたことを聞いちゃったってこと。でもね、ほんとにあたし、そのことが嬉しくって、嬉しくって……」
グレイスはここで涙を流していましたが、でもそれはきのうの涙とはまったく別の、嬉し涙だったのでした。
「よかったのう、グレイス。ほんとにほんとに、本当に良かった。おじさんもとっても嬉しいよ」
もちろんおじさんは、(そんなこと、窓から見ておって知っておったわい)なんて言いません。ただとにかく、神さまやグレイスのパパやママに心の中で感謝したというそれだけでした。
そしてこの日以降、グレイスは前と変わらず、毎日元気に登校していき、メアリーとの友情はその後、ふたりの間でさらに深まっていったようでした。その後、暫くしてからグレイスはどうしても黙っておけなくなって、あの日、偶然アリスやエリザベスたちの話を聞いてしまったということを話していました。すると、メアリーはこう答えていたのです。
「もちろん、アリスやエリザベスの言ったことなんてあたしにとって考えるまでもないことだったわ。ただ、アリスの言ってた、パパをクビに出来るとかなんということだけ、なんとなく気になってて……あの日、たぶんわたし、家に帰っても顔が沈んでて、元気がなかったと思うのね。そしたら、お夕食の食卓に座った時に、ママが『何かあったの?』って聞いてくれたんだけど、わたし、なんか説明する気力もなくって、『べつに』って言っただけだったの。でも、ごはん食べ終わった時に、パパがもう一度こう言ったの。『パパに話したって解決にならないかもしれないけど、話すだけ話してみないかい?』って。だからあたし、おそるおそる聞いてみたのよ。『教育省の長官って一番エライ人なんでしょ?』って。そしたらパパ、『なんでそんなこと聞くんだい?』って言って、結局全部話すことになったの。でも、『いくら教育省の偉い人でも、特に理由もなく突然パパを首にしたりは出来ないから、メアリーは何も心配しなくていいんだよ。安心してグレイスと友だちでいてあげなさい』って……だからね、もしパパにその話を聞いてなかったとしても、あたしの気持ちは変わらなかったけど、でもやっぱりとてもほっとしたの。うちのパパもママも、グレイスのこと、大好きなのよ。グレイスみたいな子がメアリーと友だちになってくれて本当に良かったってよくそう言ってるわ」
グレイスはこれまでの間、メアリーに対してほど深い友情を誰かに感じたことはありませんでした。メアリーさえいてくれたら、アリスとエリザベスの白けたような冷たい視線もまったく気になりません。そしてそれはメアリーにしても、まったく同じ気持ちだったのです。
そんな形で、グレイスの小学三年生という学年は過ぎていきつつあったのですが――それはもうすぐ三学年も終わるというある日、六月も半ばのことでした。もうグレイスは同じクラスで同じ空気を吸っているにも関わらず、アリスやエリザベスたちとはまったく別の惑星に住んでいるかの如き関係性だったのですが、ふとした偶然から、何故アリスが自分に意地悪しようとしたのかの理由を知ったのです。
小学一年生の頃、グレイスがスケートボードで勝負して、事故に遭うことになった時の相手……リアム・ガーデナーのことを覚えておられるでしょうか?グレイスはその後も、近くの河畔公園などでスケートボードの練習をしており、そういう時、たまにリアムと会うことがあったのです。
ある時、練習のあと、自動販売機でジュースを買い、公園の石段のところにふたりは並んで座っていました。話すのはいつもどうということのない他愛のないことです。最近学校であったことや友だちのこと、スケートボードの大会で優勝したとか、何かそうしたことでした。
「そういやさ、グレイスのクラスにアリス・アディントンって奴いるだろ?」
「うん。いるけど……」
グレイスはメロウイエローを飲む手が思わず止まりました。アリスやエリザベスのことは話していてあまり楽しい話題ではありませんでしたから。
「あいつ、どんな感じ?」
「どんな感じって……あたし、一度あの子のせいでハブられそうになったわ。以来、お互い同じクラスにいながら互いにいないものとして接してる感じかな。なんていうか、あの子はクラスの中心人物で、あたしは友だちとふたりで離れ小島で暮らしてるみたいなね」
「へええ。意外だな。俺、てっきり、グレイスにかかっちゃあいつの命ももう終わりかなとばかり思ってたけど」
リアムは面白そうな顔をして、セブンアップの缶を片手で弄んでいます。
「どういう意味よ?」
「知らないのか?あいつ、二年の時、自分の気に入らない子を仲間外れにして、その子を転校にまで追いやったんだぜ。どう考えてもそんな奴はグレイスの正義の鉄拳を受けるべきだろ?」
グレイスは二年の時、リアムにフランク・クレイグの話をしたことがあったのでした。その時、リアムは「そんな奴、俺がシメてやるよ」とよく言っていましたが、対するグレイスは「一年上のあんたの手を借りるなんて、そんなの反則じゃない」と答えていたものでした。
「ふうん。そんなことがあったの。でも、なんであんたそんなこと知ってるのよ?」
「俺んち、あいつの近所だもん。あと、グレイスと同じクラスにアダム・オブライエンって奴いるだろ?俺、アダムと結構仲いいんだ。うちの父ちゃんとあいつの父さんが同じ職場って関係からさ」
「っていうことは、アダムのパパも消防士ってこと?」
「そゆこと」
そう言ってリアムはセブンアップをごくごく飲み干しています。まだ六月とはいえ、気温は二十七度もありましたし、空は雲ひとつなく晴れ渡っていました。
「どうでもいいっちゃどうでもいいことだけど、アリスのお父さんって教育省の長官してるってほんと?」
「教育省の長官?グレイス、おまえネットで調べたことねえのか?」
リアムが何故愉快そうに笑っているのか、グレイスにはよくわかりませんでした。グレイスは携帯は持っていませんでしたが、家にはおじさんと共同で使っているパソコンが一台あります。
「しゃあねえなあ。じゃ、俺がちょちょいのちょいで調べてやるとすっか」
そう言ってリアムはベストのチャックを開くと、そこから携帯を取りだし、>>「教育省・長官」と打ち込みました。すると、そこには人の好さそうな禿げ頭のおじさんの顔の下に、「エドワード・ベア」という名前があったのです。途端、グレイスは「えええーーーっ!!」と、素っ頓狂な声を張り上げていました。
「あいつのパパ、俺やアダムの父ちゃんと同じく、消防士だもん。ただ、母ちゃんのパパが政治家で、結構金持ってるらしくてな。住んでる家なんかも俺やアダムんちと違って、すんげー広い敷地に豪邸が建ってるって感じなんだよ。ま、そーゆー関係からお互い、消防士の家族の集まりなんかでガキどもも一緒に顔合わせるってな具合で、アリスのことはそこそこ知ってんだ」
「そうだったの。あたし、アリスって最初に会った時から、黒ユリみたいな子だなって思ってたけど、結構その勘って当たってたのね」
「黒ユリか。確かにあいつにぴったりの花かもしれないな。けど、もし今度あいつにハブられそうになったら、今度は俺に言えよ。ビシッと俺からそーゆーことはすんなって注意してやっからさ」
「そっか。なーんだ。そうだったんだ……」
このあと、グレイスとリアムは、今度はアリスとは全然関係のない世間話をしてから、それぞれ反対方向に別れたわけですが――グレイスがスケートボードを小脇に抱えて、二十歩ほども歩いた時だったでしょうか。川べりの道沿いに、大きな橋を背景にして、小学三年生にしては随分すらりと背の高い少年がそこに立っていると気づきました。
グレイスは、彼が一度家にカバンを持ってきてくれた時以来、彼、アダム・オブライエンとは口を聞いていませんでした。彼はアリスと親しいのだろうと思うと口も聞く気が起きなかったというより、単に話す機会がなかったというだけではあったのですが。
ですから、この時も同じクラスの同級生だからという理由だけで、グレイスはアダムに挨拶する義理もなかろうと思い、そのままスッと通りすぎようとしました。けれどもこの時、アダムのほうでグレイスのことを引きとめてきたのです。
「今、リアムとなんの話してたの?」
急に腕を掴まれたので、流石にグレイスもびっくりしました。
「べつに……あんたに関係ないでしょ!」
グレイスはどうにかアダムのことを無視しようとしました。けれども、アダムのほうではグレイスの腕を離そうとしません。
「関係あるよ。いや、なんていうか……ごめん。俺、あんまりしゃべるのとか得意じゃなくてさ。ただ、今俺がたまたま偶然目にしたみたいに、グレイがリアムと一緒にいるところをアリスが見たりしたら――きっとまた、大変なことになると思って」
「何よ、それ。どういう意味?」
ごめん、と言うのと同時に、アダムはグレイスの腕を離していました。そしてこの時グレイスは、アダムがアリスの手先ではないのかもしれないと、初めて思ったのでした。
「うん……グレイはさ、リアムとアリスのことなんてもしかして話したことある?」
「そうね。なんの偶然か知らないけど、ついさっき初めて、リアムの口からアリスのこと聞いたわ」
ここでアダムは、一瞬ぽかんとした顔をしたあと、何故か突然大笑いしていました。
「え?ついさっき初めてって……なんで?」
「なんでって言われても困るけど、リアムのほうから聞いてきたのよ。『おまえのクラスにアリス・アディントンっているだろ?』って。だからあたし、危うくあの女にハブられるところだったとかって、ちょっと話したの。ま、そんな程度よ」
「そっか。グレイ、ちょっと今、俺とも話せないかな」
そう言って、アダムが橋の下の日陰エリアを指差したので、グレイスはつきあうことにしました。もし、つい先ほどリアムの口から『アダムとも親しい』という言葉を聞いていなかったら、グレイスにしてもとてもそんな気にはなれなかったでしょう。けれど、グレイスとしては「クラスの敵の正体を知りたい」といったような、そんな本能が働いてのことだったかもしれません。
「で、話って何?」
橋の下の涼しいコンクリートの上に腰かけると、グレイスは隣のアダムにそう話しかけました。そのコンクリートの下のほうには、草花が生え、コンクリート部分にも、ほんの小さな隙間から雑草や白い可憐な花やたんぽぽに似た黄色い花などがいくつも生えています。
「そのさ、俺、あんまりしゃべりが得意じゃないって言ったろ?だから、変なこと言ったら悪いと思うし、こんなこと、本当は言っちゃいけないことだとも思うんだ。でも、アリスはああいう子だし、もし三年から四年が持ち上がりじゃなく、来期が来たらクラス替えがあるっていうことだったら俺もこんなこと、グレイに話そうとはしなかったと思うんだけど……」
「何よ!ゴシャゴシャうっさいわね。男だったら男らしく、歯の間に物が挟まったような言い方してないで、ビシッとはっきり言いなさいよ。それにあんた、しゃべりが下手とかいう割に、前置きが長すぎよ」
「う、うん……」
グレイスがあんまりリアムが言っていたとおりの子なもので、アダムも面食らってしまいました。そして、また笑いがこみ上げそうになるのを、必死で堪えました。
「だからその……もしかしたらグレイも知ってるかもしれないけど、リアムはグレイのことが好きなんだよ」
「はあ!?」
話がまったく繋がらなくて、口下手だというアダムが一体何を言いたいのか、グレイスには本当に意味不明でした。けれども、確かに例の交通事故で入院していた時……リアムは言っていたことがあるにはあったのです。『大丈夫だ、グレイス。おまえが傷モノになっても、俺がおまえを嫁にもらってやるから』みたいなことは。もちろん、グレイスは『何が傷モノよ!女を馬鹿にすんじゃないわよ』と言って、まったく取り合わなかったのですが。
「それで、アリスはリアムのことが好きなんだ。ここまで話せば、鈍いグレイにもわかるんじゃないか?なんでアリスがグレイのことを爪弾きにしようとしたのか、その理由がさ」
「くっだらなーい!!」
グレイスは後ろに倒れこむと、はーっと深い溜息を着きました。そんなくだらないことのために、今自分はクラスの中でメアリーとふたり、離れ小島で暮らしているのかと思うと……グレイスにしてみれば、馬鹿らしいことこの上ありませんでした。
「だから、グレイも少し気をつけたほうがいい。グレイはさ、そういう性格だから根に持ったりしないタイプだっていうの、俺にもわかる。でもアリスは違うっていうのは説明しなくてもわかるだろ?」
「でも、具体的に何をどう気をつけろってのよ?べつにあたし、リアムとは約束してここへ来てるってわけでもないし、ほんのたまに今みたいに時間があった時にちょっとしゃべったりするっていうそれだけだもん。たぶん、アリスのほうがリアムと話したりする機会は多くあるんじゃない?だって、家だって近所で、お父さん同士が消防士で、家族が集まったりすることもあるんでしょ?あたしはべつに関係ないわよ」
「……あのさ、今の俺の話、グレイはほんとに聞いてた?」
(やれやれ。これはたぶん絶対わかってないぞ)
アダムはそう思って、頭が痛くなりました。けれども、グレイスはといえば、寝っ転がるのをやめて、スケートボードを片手に帰ろうとしています。
「聞いてたわよ。リアムがあたしを好きとかいうのも、ちょっと大袈裟に考えすぎなんじゃない?あいつはね、単に自分のせいであたしが事故に遭ったと思ってるから、冗談で『おまえのことは俺が嫁にもらってやるからな』とか、そういうふうに言うってだけなの。それじゃあね」
「…………………」
アダムはそれ以上何も言えませんでした。おじさんとの約束で、車が通っている脇の歩道はスケボーで走らないと決めているグレイスは、そのまま歩いて帰っていきました。アダムは、リアムが本当に本気でグレイスのことを好きなのだと、それ以上説明するということは出来ない気がして……今度は彼がその場に寝っ転がっていました。
アダムには上に兄がひとりいて、リアムの二番目の兄と学年が一緒なこともあり、家族ぐるみでつきあいがあるのですが、グレイスの事故のことがあって以降、リアムはこの兄たちにもよくグレイスのことを話して聞かせていたものでした。
『あんな女いねえよ!事故ったってのに、もうそのすぐあとにはケロッとしちゃってさあ。話しててもおもしれえし、何よりブロンドだぜ。俺、将来絶対グレイスと結婚するよ。もう俺の中じゃそういう運命だってことに決まってんだ』
リアムの兄のポールとダリルも、アダムの兄のトマスも、リアムがグレイスの話をするたびにからかうようなことしか言いませんでした。そして彼らが決まって言うのは、『そんなら、兄ちゃんたちが品定めするからそのうちグレイスを我が家へ連れてこいよ』ということでしたが、リアムは何故かその点だけは断固拒絶していたのです。
『だって、兄ちゃんたちにグレイスのことを気に入られたりしたらたまんねえからな。それにあいつ、アリスなんかと違ってレンアイとかなんとか、そんなことに全然キョーミねえんだよ。だからさ、そばでピタッと見てて、そろそろだなって時まで待とうと思ってるんだ』
グレイスと同じクラスになるまで、アダムはひとつ上のリアムの言っていることがよくわかりませんでした。一時的にそのグレイスという子に熱を上げているものの、そのうち冷める程度のものではないかとしか思っていませんでした。けれどもその後も、リアムの口からグレイスの名前は出続けました。『今日も河畔公園で会った』とか『相変わらず可愛かった』とか……何かそんな話を、顔を輝かせて実に嬉しそうに話すのです。
すでに、リアムの兄たちふたりは、弟のこの症状を『グレイス病』と呼んでいるほどでしたし、この話を聞いた時のアリスの顔の表情といったら……アダムは今も忘れられないほどです。
『そのグレイスって子、どこのどんな子なの!?』
消防士の家族を招いてのパーティの席で、リアムが何かの拍子にグレイスの話をしているのを聞くと、アダムはアリスにすぐ呼びとめられました。そして、ホテルの大広間から出た脇の廊下のほうへ連れこまれていたのです。
『どんな子って……俺たちと同じ学年の子だよ。二年D組にいる子。あんまりリアムが『グレイス、グレイス』って騒ぐから、どんな子なのかと思って俺も見たことがあるんだ。結構可愛い子だよ』
この時、アダムはアリスにキッと睨まれて、(余計なことを言ったかな)と思ったものでした。グレイスは何か『リアムの好きは勘違い』みたいなことを言っていたけれど、アダムにはそれは絶対違うということがわかっていました。そして、そのことはアリスにも当然わかっているという、一番問題なのは実はそのことだったのです。
けれども、もしアリスとグレイスが同じクラスにさえならなかったら、今のようにアダムも色々と気をまわしたりすることはなかったでしょう。何分、グレイスの知らないことをリアム、アリス双方から聞いて知っているアダムにしてみれば、リアムのグレイスに対する本気度も知っており、さらに、実はアリスがグレイスにもっと突っ込んだ嫌がらせのようなことをしないのは何故かといえば――そのことがリアムにバレることを恐れているという、ただそれだけなのです。
(まったく、人の気も知らないで……)
アダムはそう思いつつも、不思議と唇の端に笑みが浮かんできました。きちんと話をしたのは今が初めてでしたが、アダムもずっと前からグレイスのことが好きでした。もし、リアムがグレイスのことをあんなにも好きだと公言しているのでなかったら、自分も彼女のことを好きになっていたかもしれないと思うほどに。
(いや、違うかな。俺の場合はやっぱり、リアムからグレイスのことを色々聞いたりしたそのせいで、最初から妙に気になってたんだ。まあ、確かに可愛いし、話してて気持ちいいし、面白い子だよな)
ここでアダムは、思わず笑いがこみあげてきて、最後には吹きだしてしまいました。確かに、アダム自身の価値基準に照らし合わせてみても、くだらないようなことではあります。けれど、この時アダムには、リアムが何故あんなにも『グレイスが面白い』と連呼するのかの、その意味が初めてはっきりわかったのです。
(ま、俺の目の届く範囲内で、グレイスのことはこれからも気をつけて見ていよう。女の子同士のことに何か口出ししたりとかっていうことは出来ないだろうけど……アリスの様子がおかしいみたいだったら、アリスの毒牙からは守ってやれるかもしれないからな)
アダムは、自分が今グレイスに感じている気持ちを恋とは思いませんでした。けれどもそれはもしかしたら――ひとつ年上の、親友といって差し支えない間柄の幼馴染みのことを思って、無意識の内にも気持ちを抑えようとしたという、そういうせいでもあったかもしれません。
>>続く。
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