こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

ユトレイシア・ユニバーシティ。-【19】-

2021年12月27日 | ユトレイシア・ユニバーシティ。

 ええと、今回も本文のほうがギリギリ☆で……ふたつに分けようかなって迷ったんですけど、どうにか入りそうだったので、前文のほうは駆け足(?)で!(笑)

 

 ↓の選曲については、最初まったく深い意味なかったものの(というか、あとから曲名変更しようと思ってた^^;)、聞いてて自分的に何故か結構元気になったため、それを貼って今回は終わりにしようかな~なんて♪

 

 

 

 

 

 

 ありがち選曲ですみませんwwといったところですが(^^;)

 

 それではまた~!!

 

 

     ユトレイシア・ユニバーシティ。-【19】-

 

 ユトレイシア大学の卒業パーティのある朝、少しばかり雨が降った。『今日の夕方にはパーティがあるのに!』と、やきもきした男女がどれほどいたかはわからない。とにかく、コニーとミランダは一緒に美容室とネイルサロンへ行く約束をしていたので、そこから出てきた時に髪に雨がかかったり、あるいは大学の駐車場から大講堂へ向かう時にせっかく新調したドレスが濡れなければいいと、そんな心配ばかりしていたといえる。

 

 だが、正午頃にはじめじめした霧雨もやみ、ミランダとコニーが街中の有名人御用足しの美容室へ出かける頃には雲間から陽射しも洩れており――ふたりは夕方には晴れてくるという天気予報を、気象衛星という科学の賜物というよりは、まるで神の託宣か何かのように有難がっていたかもしれない。

 

「ふう~ん。じゃ、ミランダそんな理由からブレンダンを振って、そのアレン・ウォーカーって一個下の子に乗り換えたってわけね?」

 

 髪を少しばかり切ってもらい、セットしてもらう間、コニーとミランダはそんなふうに他愛もない話に興じた。手許のファッション雑誌を時折めくりながら。

 

「べつに、そういうわけじゃないわ。第一、ブレンダンだって、あたしじゃなきゃ駄目ってほど強い気持ちがあるわけじゃないでしょうしね。ダニエルのことが怖くなきゃ、コニー、あんたのエスコートだってきっと快く引き受けてくれたはずよ」

 

「ミランダ、わかってな~い!!ブレンダンはアメフト部のレギュラーの中じゃ、とにかく一番紳士的で誠実で真面目よ。あんただってそうとわかってるからこそ、ブレンダンがフリーになったって聞くなり、厚化粧してスポーツバーに乗り込んだんでしょうが」

 

「厚化粧は余計よ!」

 

 ミランダは冗談で怒った振りをした。例のスポーツバーには、あの時コニーは来ていなかった。ただ、『ミランダ突然帰っちゃったんだけど、コニー、何かあったか知ってる?ブレンダンもすっかりその気だったのに、一体どうしちゃったのってみんなで話してるんだけど』といったことは、ケイティあたりからすでに知らされているに違いない。

 

「だからね、あたしは行く先々であんなダサい坊やの姿を目にしたからって、それを運命とかなんとか言うつもりはないわけ。ただ、よくあんなバイトの鬼みたいに働けるなと思って、感心したのよ。しかも、みんながチークダンスしたりする間、男子寮で闇鍋つつく予定だなんて聞いたら……なんか哀れだなと思って同情心がこみあげてきたっていうそれだけよ」

 

「ふう~ん。らしくないねえ、ミランダ。ま、あたし的にはミランダとリズが同じ場所にいてくれたら心強いから、すっごく助かるけど。あと、ケイティ情報でね、ブレンダン、イヴリンをエスコートして卒業パーティに来るって。なんか、ミランダがパーティに来るとしたら誰にエスコートされて来るかとか、そんなことが気になってるみたいよ。だからさあ、ブレンダンのほうではずっとあんたのこと狙ってたんだって。それがよく知りもしないイモ男とだなんて……可哀想じゃない、ブレンダンが」

 

「イモってほどひどくはないわよ」

 

 ミランダはおかしそうにくすくす笑った。いかにもカリスマ美容師といった雰囲気の、ピンク色の髪の女性が、自分と一緒に鏡に映っているのをちらと眺めやる。ミランダ自身は黒髪だったが、そこに黒に近いブルーの差し色を入れてもらっているところだった。

 

「ただ、元はそんなに悪くもないのに、バイトバイトで忙しすぎて、身のまわりのことなんて構いつけてるヒマがないって感じの奴なのよ。100ドルポケットにねじこんでやったから、きっとスーツのレンタル料が約50ドル、その他靴を買ったり床屋に行ったりすれば、わたしの渡したお金も全部すっ飛んじゃうわね。なんにしても、ギルがマイバッハで迎えにきてくれるなんて、助かるわ」

 

「そうよっ!ギルったらねえ、フェラーリとポルシェ、どっちがいいかなんて聞くのよ。すごくない!?お父さんがカーマニアだとかでねえ、他にもBMWとかメルセデスとかボルボとか……唯一、ランボルギーニだけはこっそり乗ったのがわかったら殺されるってことだったけど、それ以外なら好きなのを選んでいいよって。世の中にはほんとにいるのねえ。そんな本物のセレブみたいな人たちが」

 

「ギルバート・フォードの父親って、ドクター・ストリートの中心部にでっかいクリニックを構えてる、テレンス・フォードなんでしょう?なんか、ヘルニア界の教祖みたいに言われてる人らしいわよ。心理的なアプローチ含めた療法で、必ず痛みを取ってくれる先生なんですって。うちのお父さんもずっと腰が痛いって言ってて、噂で聞いてはいたものの、最初は半信半疑だったのよ。そしたら、マッサージのスペシャリストみたいな東洋人がいて、それがすごく気持ちいいらしいの。病院へもう来なくていいって言われたあとも、父さん的にはまだ通いたいくらいだったらしいわ」

 

「へええ。ギルはね、そのお父さんの後を継ぐのに、整形外科医を目指そうとは一応思ってるんだって。でも、実習で一通りすべての科を見てまわったあと……まあもし、脳外科とか、他の科の外科医になりたかったとしたら、お父さん的にはそれでもいいってことらしいのね。自分の代で病院は閉めて、息子のために新しくユトレイシア市内の一等地に病院を建ててやるぞー的な?」

 

「ふう~ん。あんたたち、にわかカップルの割に、すでにもう随分色んなこと知ってんのね」

 

「そりゃそーよおっ。卒業パーティの時初めて会ってチークダンス踊ったなんていうんじゃ、いかにもレンタル彼氏っぽい雰囲気がでちゃうかもしれないでしょ?だから、一回くらいデートしようっていうことになって……彼、もうサイッコーだった!!」

 

「ええっ!?コニー、あんたまさか、彼に先に体で前払いしたわけじゃないでしょうね?」

 

「まっさかあ。ギルったら、すっごく紳士なのよ。大切な友達の頼みだから、期待を裏切りたくないとかなんとか……でも、一流のお店ですごおおく美味しいもの食べさせてくれたり、とにかく何かとスマートなのよ、彼。あれだけ気配りできたらきっと、医者じゃなくてホストでも十分食べていけるでしょうねえ、みたいに言ったら、笑ってたわ。でも、ギルのあのルックスがあって、元医大生っていう肩書きがあったら――すぐにお店のナンバーワンになれると思わない!?」

 

「はいはい。で、あんたはギルに入れあげて破産するってコースなわけね」

 

 ――コニーは蜂蜜色の髪を、ますます艶々と輝かせて美容室を出たし、ミランダも同じように自分の髪型に十分満足した。その後も彼女たちはネイルサロンでも同様に、大体のところ同じような会話をして楽しみ(ちなみに、リズも誘ったのだが、彼女は髪に少し癖があるため、三日前にすでに美容室へ行ったあとだった。大体美容室へ行った三日後くらいにちょうどいい感じの状態に落ち着くらしい)、その後ふたりは、ミランダのマンションのほうへ向かった。

 

 現在15:17分。ギルバート・フォードがフェラーリで迎えに来てくれるのが17:00……コニーとミランダは女ふたりできゃあきゃあ騒ぎながらメイクをし直し、ドレスを着た。そしてお約束のスマホでの写真撮影を色々なポーズによって繰り返す。

 

「ここに、リズもいないのが残念だね」

 

「まあ、しょうがないわよ。あの子、今あのロイって子にぞっこんみたいなんだもの。ほんと、不思議よねえ。ジャック・ウォルシュの時はリズ、結構淡白な感じだったじゃない?あたし、結構ジャックって好みのタイプだったんだけど……」

 

「わははっ。ねえミランダ、気づいてる?あんたさあ、いつもどっかしら自分のお父さんと身体的な特徴が似てる人のこと、、絶対「いい」って言うよね。もしかして、これから会うアレン・ウォーカーも同じタイプだったりしない?」

 

「…………………っ!」

 

 ミランダは、今まで考えてもみなかったことをコニーに指摘され、一瞬言葉を失った。そして、(そんなまさか……)と思い、彼女が脳内で初めてつきあった男、その次の男、また今まで自分が好きになった俳優やロックスターのことを順に頭に思い浮かべようとした時のことだった。ピンポーンと、インターホンが鳴ったのである。

 

 時間のほうは午後五時ジャストだった。小型画面のほうには、襟のところだけシルバーグレーの黒スーツを着たアレン・カーの照れた姿が映っており――ミランダはともかく、コニーのほうでは彼の姿をちらと見るなり(ほら、やっぱりそうだ)と含み笑いを洩らしていた。

 

「あ、今すぐコニーと一緒に下おりるから待ってて!」

 

「ええと、そのコニーさんって人の彼氏っていうか、ギルがもう車でマンション前まで来てるんですよ」

 

 実をいうと、ギルバートはすでに五時十分前にはカーナビに導かれて到着済みであり、アレンはといえばそのさらに五分前にマンション前をうろついていた……という関係から、五時きっかりになるまで、この男ふたりはすでに大体のところお互いの素性を知りあっていたのである。

 

『もしかして、アレン・ウォーカーさんですか?』

 

 窓を開けて相手に話しかけると、ギルバートは「乗ってください」というように助手席のほうを指し示した。

 

『実は俺、卒業パーティの間だけのコニーのレンタル彼氏なんですよ』

 

『ええっ!?つか、俺だって似たようなもんですよ。ミランダ・ダルトンのことなんて、チア部の目立つ美人だってこと以外、なんにも知らないし……あ、あとはここの洋菓子店の店主の娘さんだってことくらいしか』

 

 そう言って、マンション一階のお洒落な洋菓子の店舗をアレンは指し示す。<シュクラン>ではいつもそうだったが、この時も数人のお客がケーキやシュークリーム、プリンなどを選んでいる。

 

『ええと、二週間くらい前からだったかなあ。俺、ここでバイトしてましてね。というより、いくつも掛け持ちしてるバイト先のひとつってくらいなもんですが、その後バーテンダーしてるスポーツバーのほうに彼女がやって来て……いえ、こっちのほうはアメフト部の連中とチア部の子たちがバスケの観戦に来てたんですよ。だからまあ、ほんとにただの偶然なんですが、その時ミランダが店の裏手で待ってて、卒業パーティの時、自分をエスコートしろなんて言って。どう思います?彼女なら、相手なんかいくらでも他にいるはずだ。それなのに、ほとんどなんにも知らない俺みたいな――まあ、大して格好よくもないダサい奴をわざわざ選んだのか、さっぱりわかんないんですよ』

 

『俺だって、女性の気持ちなんてわかってた試しはありませんが……まあ、何かの気まぐれにせよ、気に入られたってことなんじゃないですか?』

 

『いやあ、絶対違いますよっ!!』

 

 アレンはぶんぶん首を振って全否定した。

 

『しかもその時彼女、俺のベストに百ドル札をねじこんできたんです。それで、レンタルでいいからスーツを着てこいって言って……怖くないですか?だから俺、実は今も疑ってるんです。よく高校や大学を舞台にした映画やドラマであるじゃないですか。物凄い美人がダサい奴を誘って本当にのこのこやって来るかどうか確かめて、あとから笑いものにするとか、そういう……』

 

『考えすぎですよ』

 

『いやっ、俺はほとんどそうと確信してるくらいなんだが、かといって来ないという選択をすることも出来ず……今もこうして、ギルバートさんがそこらの事情を知らないもんかと思って、こんな話をしてるんです』

 

 レンタルスーツを汚さないためだろう、服の袖で額の汗を拭こうとして――アレンは慌てて内ポケットからハンカチをだし、それで額に滲んだ汗を拭いている。

 

『おそらくそんなことはないでしょうが……もし万一そんなことがあった場合、俺は120%絶対、あなたの味方をしますよ。俺、中学も高校も男子校でしてね。全寮制だったので、寮で暮らしてました。で、そういうところでも誰かを罠にはめて笑い者にしようとか、そういうことは確かに時々起きるんですよ。大抵は度を越さない程度のものではあるんですが……基本的に俺、そういう種類のやつの、笑えないタイプのものは絶対許せないんです。言ってる意味、わかりますか?』

 

『えっ!?ええと……』

 

『つまり、何がしかの奸計が万一あった場合、俺はアレンさんの味方を即座に絶対するということです。このことは、100%お約束しますよ』

 

『そっ、そう言っていただけると、俺としては実に有難いですが……』

 

 このあと、アレンは『アレンでいいですよ』と言い、『俺のことはギルって呼んでください』と申し出たのち――お互い、学部は違えど同学年の同い年であることがわかり、笑いあった。ギルバートはギルバートでアレンのことを年上と思っており、アレンはアレンでギルバートのことを年上と思っていたからであった。

 

 こうして、男同士の同盟が速やかに結ばれると、アレンとしてはほっとしたものの……コニーとギルバートがにわかカップルとは思えないくらい親密なのを見ると、アレンとしては別の意味で何やら焦るものを感じた。彼らは出会うなりすぐ自然にキスしあい、「こんなに綺麗な子、見たことないよ」だの、「やっだあ。ギルったらもう、嬉しがらせの天才なんだからあっ!」だのとイチャイチャしたオーラを放ちはじめ――本当の恋人同士のようにしか見えないくらいだった。それに引き換え……。

 

「思ったより、ずっとイカしてるじゃない」

 

「きっ、君も……」

 

 このあと、バックミラーには後部席でアレンのネクタイを直すミランダの姿が映っていたが――彼らはキスはしなかった。お互い、ほんの少し先に伸ばせば重ねられる位置に手はあったが、アレンとしてはそんな勇気すらでない。

 

(おっ、俺、こんなんでほんとに大丈夫なのか!?やっぱ、わけわかんねえっ。なんで彼女みたいな美人が俺みたいなイモを誘ったのかとか、そういうことがっ)

 

 唯一、アレンにとっての救いは、『笑い者にする云々』という可能性がギルバートによって否定されたこと、また、卒業パーティには友人のロイ・ノーラン・ルイスも恋人と一緒にやって来るということだったかもしれない。

 

(頼む、ロイっ!!どうしていいかわからない、こんな可哀想な男を助けてくれっ)

 

 アレンがマイバッハの革の後部席でそんな悲痛な願いを胸に秘めていた頃……そのロイ・ノーラン・ルイスもまた、二番目の兄から車を借りて、恋人のエリザベス・パーカーのアパート前に、メルセデスを到着させたところだった。

 

 ところが、ほんの十分ほど互いの服装のことなどを褒めあい、いちゃいちゃしている隙に――車のほうには『SEX』だの『チンポコ』だの、あるいはその象徴物だのがスプレー画によって描かれており……着飾った恋人同士の男女は、がっかりした面持ちによって白のメルセデスへ乗り込むということになった。

 

「はあ~あ。どうしよう……この車、兄貴が目にする前にすっかり綺麗にしてから返さなきゃ」

 

「白いペンキで塗り直したなんて程度じゃ、やっぱり無理よね」

 

「うん。ちゃんとした車の修理工場とかでやってもらわないと……それよかさ、やっぱリズ、引っ越せよ。オレが車から降りて君の部屋にいたのなんか、ほんの十分かそこらだろ?どっかから見てて、リズみたいな美人にオレみたいなゴキブリのくっついてるのが気に入らないって輩が、この近辺にいるって証拠だ。今だってきっと、オレたちががっかりしながら出発するのを見て、内心ほくそ笑んでる奴がそばから見てたからもしれないなんて……ゾッとするよ」

 

 車を発進させて、最初の信号機に引っかかった時、隣に大音量でラップを聴いているやたら車高の低い改造車が止まった。すると、スモーク張りの窓が下ろされて、サングラスに鼻ピアスといった黒人が、「いい車に乗ってんなあ、兄ちゃん!」と言って、中指を立ててきた。「ぎゃはははっ!」という、後部席の仲間たちの笑い声まで聞こえる。相手の顔のほうは、すぐにまた窓が上がって見えなくなったとはいえ――ロイとしてはカッと頭に血が上る出来事だったといえる。

 

 向こうが物凄い轟音とともに去っていくのを、ロイが追いかけようとすると、リズはハンドルを握る彼の手に触れて言った。「やめて!あいつらが犯人ってわけじゃないわ。高級車にラクガキしてあるのを見て、それがおかしかったっていうだけよ」

 

 このあと、ふたりとも大学近くのパーキングエリアに到着するまで、お互い言葉少なだった。リズはあまり気にしてなかったし、彼女的には笑い飛ばしてもいいような出来事であったとはいえ――おそらくこのためにロイは、千ドルか二千ドルくらい、車の修理工場に支払うのであろうし、そのことを思うと余計なことも言えないと思っていたのである。

 

「ごめん。なんか、こんなことになって……」

 

 車から降りた時、ロイがそう言うのを聞いて、リズは(そっちなのね)と思い、ぎゅっと掴むように彼と腕を組んだ。

 

「違うのよ。車のことはあなたのせいじゃないし……どっちかと言えばわたしのせいだもの。あのね、シャロンがわたしが引っ越すなら、自分もそのうち引っ越そうと思うって言ってるのよ。自分がここにいる限り、わたしがどこにも行く気がないんじゃないかって。毎月支払われる扶助金から少しずつ溜めてたお金が結構あるらしくて、本当は引っ越そうと思えばいつでも引っ越せたんだけど、シャロンはシャロンでわたしが上にいる間はあそこにいるのも悪くないって思ってたってわけなの。でも、一番の理由はね……わかるでしょ?」

 

「う、うん……」

 

 実をいうと、ノースルイスの学校でも夏休みがはじまって間もなく、まずアーロン・グリーナウェイの孫たちふたりがユトレイシア市のほうへやって来た。とはいえ、<ユトレイシア敬老園>のほうにエマとアーロンを住まわせるわけにもいかないため、彼らの祖父所有の屋敷のほうへシャロンが案内し、今はそこに三人で暮らしているわけである。『七十のババアに子供の面倒はキツいよ』とシャロンは洩らしつつも、嬉しそうにエマとアーロンの世話を焼いているようだった。

 

「あの場所に、あのままシャロンが暮らすってわけにはいかないのかな?」

 

「そうねえ。アーロンはそのつもりがあるにしても、問題はシャロンよ。離婚した時に慰謝料を一ドルたりとも支払わなかったから、その代わりに受け取れって言ってるみたいなんだけど……シャロンはね、夏休みの間、エマとアーロンがいる間だけって思ってるみたい」

 

「そっか。でもほんと、良かったよな。エマもアーロンも元気いっぱいって感じの、すれたところのないいい子だし……アーロンなんかもう毎日でれでれしっぱなしなんだよ。で、そこにシャロンがいるとさ、幸せそうなおじいちゃんとおばあちゃん、それに孫の図っていうふうにしか見えないもんな」

 

「ほんと、そうよね」

 

 リズとロイはそのことを思い出し、ふたりでくすくす笑いながら手を繋いで横断歩道を渡った。正門から大講堂のある方角へ向かうが、同じようにスーツやパーティドレスを着た何人もの男女とすれ違う。例の車の問題は、この時ふたりの中で自然と棚上げするということになった。

 

 大講堂へ続く建物の入口では、学生課に所属しているボランティア学生たちが、一応念のための入場チェックをしているところで、ロイとリズはそれぞれ学生証を見せてから中へ入ることになった。廊下にはそこここで、今年の卒業生か、あるいはパーティに出席するカップルたちが立ち話をしている。

 

 ロイはアレンとギルバートの姿を、リズはコニーとミランダの姿を探したが、そのまま、どこでもすれ違うということもないままに――六時となり、大講堂のほうでは卒業生を送りだす、彼らの後輩たちの出し物がはじまるということになった。演劇部は、空気の読めない上司に苦慮する新入社員のコメディ劇で笑いをかっさらい、ジャズダンス部とタップダンス部は合同で、全員がスーツ姿による激しいダンスによって社会への船出を祝福し、軽音部は『ユト大時代を忘れない』という、なかなかに感動的なオリジナル曲を披露し……大道芸部は手品、運動部の有志たちによるコント劇などなど、卒業生たちを送る、在学生たちの渾身の出し物が続くと、ある時は笑いが、口笛が、拍手喝采が、野次が……と、楽しい二時間ほどの時はあっという間に過ぎていった。

 

 こののち、ユトレイシア市内のクラブでターンテーブルを回している有名なDJの登場となり、ダンスタイムとなる。曲のほうはジャーニーの『Don't Stop Believin'』gleeヴァージョンからはじまり、『RENT』の、『Seasons of Love』、『ラ・ラ・ランド』の『Another Day Of Sun』、『グレイテスト・ショーマン』の『This is me』……といったミュージカル作品のメドレーなどが続く。その後、チークタイムにはしっとりとした音楽に変わり――リズはロイと体を寄せ合って揺れる間、この時初めて同じ会場にギルバートとコニー、ミランダとロイの友人だというアレン・ウォーカーがいることに気づいたというわけなのである。

 

 もちろん、それはミランダのほうでも同じだったのだが、コニーはすでにもうギルバートのことしか眼中にない様子で、うっとり彼の顔を見上げるばかりだったし、彼女はもう元彼のダニエル・ハサウェイのことなどどうでもよくなっていた。もしこんなにギルバートに夢中になっていなかったら、おそらくはダニエル及び彼と踊るブロンド美人のセルマ・マッケンジーのほうをちらちら見ては『あたしだって負けないんだからっ!』といったように、張り合っていたかもしれない。

 

 だが、それであればこそ、コニーはダニエルに嫉妬させることに100%成功した。事実、彼のほうでは気が気でなかったのだ。

 

(一体なんだ、あの白人ニヤケ野郎は!?)

 

 ギルバートはニヤケてはいなかったが、ただなんとなく微笑みを浮かべ、貴公子然とした様子で、コニーのことをリードしていた。こうなるともう、ダニエルのほうではセルマのことなどまるで目に入ってこなかったといえる。

 

「ちょっと、ダニエル!あんた一体何よ!?さっきからよそ見ばっかしちゃって……」

 

「あ、ああ。ごめんごめん」

 

 また、同じくアメフト部のブレンダン・ワーナーは、ミランダと踊っているアレン・ウォーカーのことを気にしてばかりいた。紳士の彼は、アレンのことをダサいイモ男だなどと思ったりはしない。美人のミランダが選んだほどの男なのだから、表から見てもわからない良さが彼には備わっているのだろうと考えたし、むしろ彼の中でミランダへの思いはなおいっそう燃え上がった。チア部の他の女子たちであれば、鼻にかけそうもない相手を、ミランダがあえて選んだらしいのを見てとって……。

 

「あんた、俺なんかで本当に良かったのかよ」

 

 アレンはブレンダンの突き刺さるような視線を感じて、溜息を着きながら言った。

 

「もし、誰か焼かせたい奴がいて、そのために利用されてるとかなら、先にそう言っといてもらいたいんだがな」

 

「ふふっ。あんたったら、さっきから随分卑屈なのね。何よ?もしかして女からモテたことないの?あたしたち、この会場へ来た時からずっと楽しい時間を過ごしてるし、そう考えたら他の奴らのことなんてどうだっていいじゃないの」

 

 さらに、この場にはマイケル・デバージと彼のパートナーである赤毛のミシェル・エヴァンスもおり、彼のほうはダニエルのようにあからさまにexガールフレンドのことばかり気にしていなかったようだが――それでも、ミシェルに気づかれないようにしながらも、やはりリズとロイが幸せそうな理想のカップルのように見え、そのことに複雑な思いを抱かずにはいられなかったのである。

 

 ところで、ここに元カノと呼ぶにはあまりに交際期間が短かったにせよ、ロイと高校時代、ほんの三か月ほどつきあったという過去のあるジェニファー・レイトンがいて、彼女は現在交際中のヘンリー・オルデンと踊っているところだった。ジェニファーは背中の半ばほどまであるブロンドを綺麗に巻いていたし、時々彼女が何かの拍子に髪をいじったりすると、白いうなじが見えてヘンリーはドキドキした。その上、今は体を密着させているせいもあって、ジェニファーの首筋からはジミーチュウのくらくらするような馨しい香水の香りまで漂ってくるのである。

 

『バカだな、ヘンリー。あの女、俺たちの間じゃ「絶対ヤラせない女」として有名なんだぜ』

 

 同じ理学部のサッカー部員、フレディ・ヒューズにそのあたりの事情を説明されても、ヘンリーはやはりジェニファーにアタックし、「そんなに言うならつきあってあげてもいいわ」と、ようやくのことで許可の下りたのが、今からほんの四か月ほど前のことである。

 

『おお~い。誰かヘンリーに物の道理ってものを教えてやってくんないかなあ。あっ、ユージンっ、こっち来てくれっ。おまえ、高校の時、ジェニファー・レイトンとつきあってただろ?蛇の生殺しの実話を聞かせてやれよ』

 

『ははあ。ヘンリー、おまえもジニーの毒牙にかかっちまったのか。ええ?おまえの場合はわざわざ蛇のエサになりにいったんだって?まあ、なんにせよどっちでもいい。ジニーはな、それなりに頭が良くて学内で人気があるとか、なんらかの影響力のある男ってのが好きなんだよ。高校の時、俺もあいつに利用されたって口だな。まあ、見た目のほうが可愛いもんだから、ついみんなコロッと参っちまうんだが、キス以上のことは絶対させてもらえないぜ。カトリックなのかって?いやいや、そんなこと全然関係ない。単にあの女はな、隣にいて自分の価値を吊り上げてくれる男が好きってだけなのさ。そのあたりのことがよくわかんないもんで、俺もデレデレしながら最初はなんでも言うなりになってた……が、ある時ふと気づくんだな。「なあ~んだ。この女、どこそこにデートに連れてけだの、一緒にごはんしましょうだの色々注文が多い割に――金だけこっちに出させたいだけかよ」みたいなことがな』

 

 フレディもユージンも、中学・高校を通じてジェニファーと学校が一緒であった。ゆえに、お互いにそうした<犠牲者>を数人知っているだけに……大学でも彼女がまったく同じことを繰り返すだろうと踏んだ彼らは、特に運動部の部員中心に『ジェニファー・レイトンは美人だが、要注意人物だ』との噂を流すことにしたわけである。

 

 ところがやはり、実地で経験しないことにはそんなことは信じない――というヘンリー・オルデンのような学生がやはり出てきてしまうということなのだろう。

 

 実際、ジェニファーも大学入学後、早速そうした男たちを網にかけようとしたのに、誰も引っかからないことを不思議に感じていた。その後、ユージンあたりが噂を流したらしいとわかったが、<別れた男のひがみ>として処理し、彼女はひたすら機を待つことにしたわけである。そして最初に従僕候補Aとして自分のまわりを蠅か蚊のようにヘンリー・オルデンがうろつきはじめたというわけなのだ。本当ならジェニファーは普段、ヘンリー・オルデン程度の冴えない学生を相手にすることはない。けれど、(まあ、今回は妥協しましょう)と心に決め、「そんなに言うならいいわ。つきあってあげても」と、にっこり答えたというわけである。

 

 この場合も、ロイの時と同じで、卒業パーティまでにもっと有望な候補者が現れたとすれば、ジェニファーはヘンリーのことをあっさり切り捨てたことだろう。だが、ヘンリーと交際をはじめたあと、ユージンがこう釘を刺してきたのだ。

 

『おい!ヘンリーは真面目なすごくいい奴なんだからな。俺や、他のおまえの犠牲者たちみたいなことをあいつにもしてみろ。男同士のネットワークで結託し、大学生活が終了するまで、学内の男という男はジェニファー・レイトンとは一切口を聞かないみたいにしてやるからな』

 

 もちろんこの時、『やってみなさいよ!そんなこと、出来るはずないんだから』と、ジェニファーは強がりを言ったが、それでも、ユージンが噛んでいたガムをぺっと捨てて通りすぎていったため――彼女にしても少しばかり考えるところがあったわけである。

 

 とはいえ、彼女自身はこの件に関して『問題の本質』のようなものをまったく理解してはいなかった。自分が美人で可愛いので、ちょっと意味ありげに見つめたり、微笑みを浮かべただけで大抵の男どもがその後、なんらかのアクションを起こす……ジェニファーはただ単純にその現象を楽しんでいるというだけだった。

 

(だったら、そんな程度のことで蠅や蚊みたいにわたしのまわりをうろつかなきゃいいだけの話なのに……馬鹿じゃないの、まったく)

 

 けれど、卒業パーティのあったこの日、珍しく彼女は少し落ち込んでいた。何故かというと、高校時代、プロムの時にユージン・ガードナーとともにベストカップルに選ばれたように(もっとも、こんなことのために「利用された」ことに対し、彼は今も怒っているのであったが)、自分はこうした集まりではいつでも注目される存在だった――それなのに、相手が(彼女の基準によれば)冴えないヘンリー・オルデンのせいか、生まれて初めてスポットライトの外に置かれる屈辱を味わわされていたからである。

 

「さっきあなたが踏んだ足が痛いわ、ヘンリー」

 

 耳元でそう囁かれたヘンリーは、もうジェニファーの言うことならばなんでも聞く、自動人形の如き何者かだった。もっとも、自動人形などと言っても、それは<生身の>ということではあったが。

 

「ご、ごめんっ。大丈夫かい!?俺、こういうところって不慣れなもんで、ちょっと緊張しちゃってさっ」

 

(ちょっとどころじゃないでしょ。体中汗だくみたいに、真っ赤になっちゃって……やっぱり駄目ね。もっとリードのうまい相手じゃないと)

 

 ジェニファーは壁際にあるベンチに座ると、いくつのもの襞の重なった細身のドレスのスカートをぐいとたくしあげ――かぽっと、ハイヒールを片方脱ぐことにした。踵のほうに触れると、少し痛みがある。ヘンリーが踏んだほうの足など痛くなかったが、ジェニファーはすっかり興醒めしてしまったこともあり、そのまま踊っている人々の群れを、暫くの間眺めやった。

 

(やっぱり、大学のパーティって違うのね。なんか全体としてオトナっていうか、そういう雰囲気……わたし以上に綺麗な人だっていっぱいいるし、もし高校の時みたいにわたしが廊下を通り過ぎただけで、「ジェニファー・レイトンよ!」みたいに憧れの目で見られたいとすれば――この場合、一体何が必要ってことになるかしら?)

 

 この時、ジェニファーはロイが美人の恋人といるところも、ギルバート・フォードがチア部の有名人と踊っているところも目にしていた。ロイ・ノーラン・ルイスのことは、逃した魚は大きい……といったようにまでは、彼女は思っていない。けれど、そのせいで親友のギルバート・フォードから『要注意人物』として睨まれたことは痛かったと思っている。そして、ギルバートが友人のゆえに発した怒りというのは――よく考えるとユージン・ガードナーが自分に燃やしている怒りに似ているような気がするわけである。

 

(まさかとは思うけど、わたしのほうがいけないってこと?そんなはず、絶対ないと思うんだけど……)

 

 ジェニファーはこの場所にこのまま居続けても、自分はさっぱり楽しめないと感じ、今日はもう帰ることにしようと思った。

 

「ねえヘンリー、わたし、足が痛いのよ。今日はもう帰るわ」

 

「うっ、うん、そうだねっ。でも、足が痛いんだったら、もう少しくらい休んでいくのはどうだろう?聞いた話だとね、このあとグラウンドのほうで大きなキャンプ・ファイヤーが焚かれて、卒業生たちがさ、在学生のもてなしに感謝したり、大学生活でやり残したこととか、これから社会に出てがんばる的な、そういう抱負なんかをマイクに向かって吠えるらしいよ。で、そんな青春の最後の雄叫びをかき消すように花火がぶち上がってパーティは終わりってことになるらしい」

 

「へえ……」

 

(それなら、ちょっと見ていってもいいかな)

 

 けれど、完璧な理想的カップルの如く、自分たちの前で揺れる学生たちの群れを、ジェニファーはもう見ていたくなかった。彼らの中には、自分と同じようにとりあえず今回の卒業パーティのためだけにパートナーになったカップルも多いはずである。だが、ある種の僻みからか、彼女の目にはこの場の誰もが心から愛しあっているように見え――なんだか、新しい靴のせいで踵を痛めた自分が惨めであるような気さえしてきたのである。

 

(はっ!?な、なんですって?このジェニファー・レイトンともあろう者が、惨めですって!?信じらんないっ。そんなの嘘よ、絶対にっ!!)

 

 ジェニファーはこのあと、ハイヒールを綺麗に履いて、すぐぱっと立ち上がった。それからずかずか廊下のほうへ出ていき、大講堂のほうをあとにする。

 

「えっ!?ジェ、ジェニー?一体どうしたのっ!!」

 

 ヘンリーは、ジェニファーとは違い、今この時も――正確には、市内でも指折りの高級住宅地に建つ、彼女の屋敷へジェニファーを車で迎えに行った時から、ずっと夢見心地だった。本当なら、卒業パーティへだなんて、まだ一年なのに参加しようなんて考えることさえなかっただろう。けれど、ジェニファーがしつこく『カップルでさえあったら、一年でも参加できるのよ』、『お願いだからパートナーになってちょうだい』と、潤んだ瞳で頼んできたため、ようやくのことで承知していたのである(自分のような冴えない学生は明らかに場違いでないかと心配していた)。だが、今はそんな中に自然な形で参加することの出来ている自分に感動すら覚えてしまう。

 

(これも全部、ジェニファーのお陰だ。みんな、彼女のこと鋼鉄の処女だのなんだのいうけど、俺はそう思わない。ジェニファー・レイトンは誰がなんと言おうと俺にとっての女神だ……)

 

 華奢な白い肩をそびやかすようにして出ていくジェニファーのあとを、そんなふうに思いながらヘンリーは追っていった。大講堂からは、教育棟A、教育棟B、また体育館などが廊下によって繋がっており――ジェニファーは教育棟Aの建物へ向かうと、すでに小さな炎を上げはじめているグラウンドのキャンプファイヤーを見るのにちょうどいい位置を探した。

 

 そこで、二階に並ぶ多目的教室のひとつに落ち着くと、窓から外を見て、(よし、ここならいいわ)と思った。何故といって、卒業パーティの名物のひとつ、卒業生たちの大学生活でやり残したこと、そのことに対する後悔、あるいは在学生たちへの感謝の気持ち、好きだったのに告白できなかった相手への告白……等々が、グラウンドに設置された野外ステージでこれから叫ばれる予定だったからである。ここならば間違いなくその青春の雄叫びとやらも聞こえることだろう。

 

(か、彼女、ほんとに処女なのかな……)

 

 ジェニファーは気づかなかったが、卒業パーティの途中で他の建物へ抜けだし、イチャイチャするようなカップルは彼らだけではない。ジェニファーが(ここならいいわ)という場所に思い定めるまでの間――ヘンリーは、他の会議室などで「よろしくやってる」男女の姿を二度ほど見かけた。

 

『ヘンリー、おまえ、もしジェニファーのことをどんな形にせよやりこましたら……絶対俺に知らせてくれよ。なに、変な意味でこんなことを言うんじゃない。鋼鉄の処女がどんな具合だったか、その部分を知りたいというそれだけさ』

 

『そうだぜ、ヘンリー!もしあのジェニファー・レイトンとおまえがヤレた日には、あの女に振られた男どもの心の傷も癒されようってものだからな。つか、もしおまえがあいつとやったら、俺たちの間でおまえは永遠に渡って英雄さまってことだぞ』

 

 ユージンとフレディのそんな言葉を思いだし……ヘンリーは高鳴る胸、それにごくりという生唾の音とともに、多目的教室のひとつで彼女とふたりきりになった。この季節、外はまだ薄暮の中にあったが、次期紺碧の空に月と星が瞬きはじめることだろう。そして、その夜空を焦がすような篝火が、グラウンドの真ん中で激しく燃え盛るということになるのだ。

 

 この時、もうヘンリーの頭の中では、卒業生たちの青春最後の雄叫びのことなどは、どこかへ行ってしまっていた。(このシチュエーションでふたりきりになりたいってことは、そういう意味だ)そう思い、まずはジェニファーの細い肩に手を回した。そして、そっと彼女のことを振り向かせ、キスする。

 

(まあ、キスくらいはしょうがないわね)

 

 ジェニファーはそう思った。とりあえず、家のほうまでキャデラックで迎えにきてくれたし、十分とは言えないにしても、ヘンリー・オルデンなりに頑張ってくれたのだから……これはその褒賞としてのキスだと思った。

 

 ところが、ヘンリーがキスだけでやめず、首筋にキスしたのみならず、ドレスの背中のファスナーを下ろしてきたため――ジェニファーは彼のことを押し戻そうとした。けれど、ヘンリーは強引だった。L字型のソファのような座席にジェニファーのことを突き飛ばすと、首のあたりを締めつけるネクタイをすっかり緩めている。

 

「ちょっと、ヘンリーっ!!やめてったら。こんなところでなんてイヤよ。もう少し考えてちょうだい」

 

「じゃあ、どこならいいわけ?ユージンも言ってたよ。さんざんっぱら焦らされた挙句、結局何事もなかったって。俺はそんなのはイヤだ。ちゃんとした恋人同士になりたい」

 

「ちゃんとしたって……馬鹿じゃないの!?そもそもわたしはね、あんたがしつこく纏わりついてくるから……」

 

 流石は体力自慢の運動部というべきだろうか(ちなみに、ヘンリーの今のポジションはサイドバックである)、ヘンリーがその気になってジェニファーの腕を押さえつけ、体重をかけると――ジェニファーは普段は気弱にさえ見える彼の手を振りほどくことさえ出来なかった。

 

「うるせえよっ!男ってのはな、女が最後にヤラせてくれると思えばこそ、車で迎えにいきーの、高級な店でメシ食わせーのするんだっての。じゃなきゃ、一体誰がおまえみたいな見てくれだけの女……」

 

 ジェニファーはカッと頭に血が上り、どうにかしてヘンリーの体を押しのけようとした。ところが逆に、親にもぶたれたことさえないというのに――バシッ!と頬をぶたれていたのである。この瞬間、ジェニファーは呆然とした。ヘンリー程度の男、いつでもどうとでも出来ると思っていた。それなのに今、乱暴に服まで破られそうなくらいの勢いで、半分脱がされている。

 

「イヤだったら!わたしだって、どうせならあんたみたいなダサい男じゃなく……」

 

「へえ。口の割にもう結構濡れてるぜ」

 

 パンティの中に無理やりヘンリーが手を突っ込んできて、ジェニファーは狼狽した。このままいったら、本当にヤラれてしまうかもしれない。そのことがわかり、はっきり恐怖した。かといって、この中途半端にみっともないところを、誰にも見られたくなどない。

 

(どっ、どうしようっ!パパ、ママ、助けてっ!!)

 

 このあと、どうにかしてヤリたいヘンリーとそうさせまいとするジェニファーの間で、奇妙な器械体操にも似た、体の押しつけあい、押しのけあいの繰り返しが演じられた。「やだって言ってるでしょ、この変態っ!!」、「男はみんな変態みたいなもんだ。知らなかったのかっ!!」……だが、やはりジェニファーがどんなに頑張っても、力ではヘンリー・オルデンに敵わなかった。

 

「へへっ。どうした!?こういうのもレイプしてるみたいで、結構興奮するな」

 

「馬鹿っ!この犯罪者!!あんたがしてるのはレイプそのものよっ。絶対訴えてやるっ!!」

 

「いいよ。あとからでならべつに……そのかわり、おまえが物凄い淫乱だったって、みんなに言いふらしてやるからな」

 

「…………………っ!!」

 

(やばいっ!!コイツ、マジで本気なんだわ……っ!!)

 

 獣じみたような、少しイッてる感じのヘンリーの目を見て、ジェニファーはそう思った。さっきの、大講堂で踊っていた時のような紳士らしさ、気遅れしたような優しげな微笑みも、今はどこにもない。

 

(ママっ、ママっ!!男には気をつけなさいって、こういう意味だったのね。ごめんなさい、ママっ。いつも小さいことで文句ばっかり言って。これからはもっといい子になって、なんでも言うこと聞くから……)

 

 ――だから神さま、助けてくださいっ!!

 

 ジェニファーの瞳からは涙がこぼれたが、ヘンリーは自分がしていることに夢中で、まるきり彼女の涙になど気づいていないようだった。

 

 

 >>続く。

 

 

 


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