(大好き)
今回は久しぶり(?)に言い訳事項ですm(_ _)m
ええとですね、イーサンが大学のアメフト部に所属していて、わたしこの小説書きはじめてから実はアメフトのことに関して初めて調べました(^^;)
なので、カレッジフットボールの仕組みっていうのが実はでんでんわかってません
プロのNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)だとまだ調べようがあるんですけど、カレッジフットボールの情報ってそれに比べるとなんだか調べにくいような……といった事情があったりもして(^^;)
なので、アメフトの描写等については超テキトー☆な感じで済ませてあるのですが(殴☆)、いえ、わたしこのアメフトのことを調べる過程で、アメフトっていうスポーツのことが超大好き!!になりました
いえ、一度ルールなどがある程度わかると……こんなに面白いスポーツは他にないんじゃないかって思ったくらいです。
野球やサッカーなどに比べ、日本ではなんとも人気のないアメフトですが、わたしも以前は屈強な男たちが肉団子になるのを見て、何がそんなに楽しいのか……といった冷めた目で見ていたような気がします
でもほんと、超面白いです、アメフトって!!!!!!!
いえ、この小説を書くにあたって、文章の中に多少そうした描写も入れなくちゃ……と思い、まず最初はそうしたことはすっ飛ばして話を進めておいて、ある程度試合展開などについて勉強してから、次に読み返した時にそうした描写を入れようと思ってました。
そこで、まずはアメフトのことについて書かれた小説などがないかどうかと密林さんで調べ……あとはアメフトの映画をちょっとだけ見たりとかしたというか。。。
ほんと、「アメフトってこんなに面白いんだ!!」っていうことにわたしが気づくのに、時間はさしてかからなかったと思います。見ていても面白くもなんともないスポーツ☆なんて思っていたのはただの先入観や思いこみ、プラスルールがよくわかんないっていうそのせいであって、一度ルールさえある程度わかりさえすれば、こんなに面白いスポーツは他にないんじゃないかなって思ったくらいです
で、こうしたことを調べる過程で、自分の頭の中で「こういう描写を入れるのはどうだろう」とか、「こういう試合展開はどうだろう」とか、「イーサンのチームメイトのランニングバックはこんなキャラにして……」とか、色々考えてたんですけど――いえ、とりあえず一通り書いて次に読み返してみたら、あんまり試合について細かいこと書いてなくても、そんなに不自然でもなかった的な??(^^;)
でもアメフトっていうスポーツがこんなに面白いとは知らなかった!!ので、そのうちまたここの前文でも読んだ小説や映画のことなど、少し紹介してみようかなって思います♪(^^)
それではまた~!!
第7章 恐怖のヌメア先生
十月に入り、イーサン率いるユトレイシア大のアメフト部が第四回戦にも勝利した頃――イーサンは大学寮の元自分のいた部屋で友人たちとまたもトランプに興じていた。イーサンが寮から出ていくという時、仲間はみな実にそのことを惜しんだものだが、結局のところしょっちゅう遊びにきたりもし、イーサンにとっては彼らと一緒に他愛もない話の出来るということが、一番の息抜きになっていたといえる。
もっとも、寮から出ていくことを話した時には、サイモンからもルーディからもマーティンやラリーからもからかわれた。『そりゃ、あんな可愛い女が同じ屋根の下にいりゃあ、俺だってこんなオンボロ寮から今すぐにでも出ていくぜ』と。
『違うんだって。あいつとはそんなんじゃない』と弁解していたイーサンではあったが、確かに最近、イーサンはそのことで揺らいでいる自分を感じてもいる。というより、今更ながら気づいてしまったのだ。毎日マリーが食事を作り、子供たちの世話をし……イーサンもまた自分の弟妹らが将来まともな人間に育つようにと考え、彼女と色々なことを相談したり――(ようするに、俺とこいつの間にないのは性的な関係だけで、実はもうほとんど夫婦みたいな生活を送ってるも同然じゃないか)ということに。
そのことに気づいて以来、イーサンもマリーのことを多少意識するようになった。だが、相手からは自分のことを異性として意識するといった雰囲気は感じ取れず、彼としても、ドアノブのないドアをどうやって開けるかといった心理に近かったといえる。もし向こうにもそうした気持ちが少しはあるというのなら、イーサンにしても攻める手はいくらでもあるのだが……。
けれど、今彼が痛切に感じているのは、聖母マリアが幼な子イエスを抱く絵画を見て――彼女に子供を捨てさせ、自分の相手をさせようとでもいうような、何かいわく言いがたい神聖さを犯すにも似た気持ちだったのである。
「それで、おまえんちの尼さんはどうしてんだ?」
サイモンは親になってカードを配りながら、からかうようにそう聞いた。彼は他にも「おまえんとこの若いほうの家政婦は元気なのか?」だの、「そろそろモノにしたのか?」だのと、いつもからかい調子に聞いてくるのだ。
「尼さんってのはなんだ?うちには尼さんなんかいないぞ」
「ふふん。イーサンみたいな男と一緒に暮らしていて何もないだなんて、俺は信じないね。本当に何もないとすれば、相手はそりゃ不感症の尼さんくらいなもんだろ」
カードを配り終わると、自分で配ったにも関わらずサイモンは「あちゃ~」という顔をしてそう言った。
「まったく言えてるな」
ダイヤの3をサイモンが出したので、隣のルーディがハートの4を出して笑う。
「キャサリンやクリスティンの仲間どもがみんな言ってるだろうが。おまえみたいのがそばに来たら子宮が疼いて妊娠しちゃうみたいなこと」
「アホか」呆れたような顔をして、イーサンは空中に放ったピーナッツを食べる。「だがまあ、あいつのことを見てるとたまに、処女で妊娠したという聖マリアの話が実は本当なんじゃないかって思ったりもするな。毎日あんな将来性のないガキめらの面倒を見て何が楽しいやらわからんが、おそらく医者から妊娠できない体だの言われて子供が欲しかったんじゃないのか。なんにせよ、俺にはいまだにあいつのことはよくわからん」
ここでルーディとラリーがほとんど同時に「♪ヒュウ」と口笛を吹いて寄こす。大富豪のほうは一巡して、再びサイモンの元までやって来ると、彼はスペードのクイーンを出し、その後、全員が「パス」と言って再びサイモンの番となる。
「俺たちが不思議なのはさ、何よりもそこなんだよ。せっかくそこまでこまやかな愛情をかけてくれる女性を疑うのはどうかと思うけど……一度、私立探偵を雇うか何かして、彼女のことを調べてもらっちゃどうなんだ?」
ルーディのこの意見は実にもっともなものだった。第一、そのことについてはイーサンも再三考えてみたことである。
「いや……俺も、最初の頃はそう思ってたんだがな。だが今じゃ下手にそんなことを調べてあいつに屋敷からいなくなられたんじゃ困るんだ。マグダも年内には仕事を辞めたいらしいし、マリーまでいなくなったら、あのガキめらは可哀想すぎて目も当てられない様になるだろう」
「へええ。で、おまえは何か?彼女が自分に気のないのは、そういう子供を生めない体だのいう負い目があるもんで、恋愛に消極的になってるだとか、そんなふうに思ってるってことか?」
ラリーが的確にそう聞いたもので、イーサンは少しの間俯いた。べつに面白味もない手だとでもいうように、10の札を三枚だし――他の全員が「パス」と言ったため、イーサンは3のカードを次に二枚だす。
「べつに、もうこの話はいいだろ。というより、おまえら、なんでそう俺と顔を合わせるたび、マリーのことばかり聞きたがるんだ?もっとアメフトのこととか、話すことなら他にいくらでもあるだろうが」
「そりゃ決まってるだろーが!色男に対するメラメラと燃える嫉妬だよ」
ルーディがそう言うと、他のラリーもサイモンもいつもはイーサンの味方をしてくれるマーティンまでもが――全員「同感だ」と言って大笑いする。
「クリスティンも言ってたぜ。キャシーが最近おまえが冷たくなった気がするってぼやいてたって……俺もそんな若い女性が屋敷にいるだなんて教えてないけど、知られるのも結局時間の問題だろ?そういうことも含めてさ、俺たちはおまえがふたりの女からいいとこ取りしてるように見えて、いつハッキリさせるのかって、そんなことが気になるわけだ」
「さっすがマーティン!いいこと言うぜ!!」
ルーディが隣の大男の広い背中をばんばん叩いて寄こす。ちなみに、クリスティン・エネストローサはマーティンの恋人で、彼女もまたイーサンの彼女のキャシーと同じチア部に所属している。
「べつに、言いたきゃ言えよ。俺は自分にやましいところなんかこれっぽっちもないからな。マリーともプラトニックのお綺麗な関係とかいうやつだ。それで、俺とあいつはそれでやってくのが一番いいんだって、俺の中ではそう結論がでてる」
「ふう~ん……」
イーサン以外の全員がうさんくさいものでも見るような顔つきをしていた時――イーサンの携帯が鳴った。噂をすればなんとやらで、相手はマリーだった。イーサンはすぐに自分の携帯を手に取ったが、<Marry>という表示をルーディとサイモンに覗きこまれてしまい、部屋の隅のほうまで移動する。
「あなた~、早く帰ってきてえ~」だの、「お風呂とお食事、どっちにする~?」だの、ルーディとサイモンが裏声を使って大声で言う。もちろん、電話の向こうのマリーに聞こえればいいと思ってのことである。イーサンは慌てて送話口のあたりを手で囲った。
「その、外野は気にしなくていいから。あいつら、ビール飲んで酔ってるんだ」
「えっと……」
実際のところ、ルーディとサイモンの声はマリーの耳には届いていなかった。それでマリーは少しの間要領をえなくて黙っていたのだが――『実はわたし、あなたのことが……』という言葉が脳裏に思い浮かび、イーサンは自分でも混乱した。彼もすでにビールを三本ほど空けている。
「なんていうか、ヌメア先生のことなんですけど」
そして次の瞬間、イーサンは現実に返った。そうだ。こいつはこういう女なんだと、いつものクールさがイーサンにも戻ってくる。
「ヌメア先生がどうかしたのか?」
チッと舌打ちしてイーサンは聞き返した。
「その、この間も話したとおり、ヌメア先生の病気が治らなくて……わたし、あれはきっとミミちゃんから出てるサインだと思うんです。だから、新しくうさぎのお人形さんか何か買ってあげようと思ってて。馬鹿みたいにくだらないことだと思うかもしれないけど、これはミミちゃんにとってはとても大切なことだから、わたしひとりではどうしても決められなくって」
「そうだな」
イーサンは『大事な用が出来た』と身振りで示すと、ノースフェイスのカバンを手にとって、寮の部屋を出ることにした。悪友どもからはブーブー文句が洩れ、「チェッ。俺もあんな人の待ってる家に帰りたいや」だの「あとで何があったのか聞かせろよ、イーサン!」だのいう声に送られつつ、イーサンはマリーと話し続けた。
実をいうと、ヌメア先生はもう一週間ほども前から病気なのだ。事のはじまりはこういうことだった。ある夜半、ミミが泣きながら隣のマリーのベッドまでもぐりこんできて、「ヌメア先生が怒ってる」と震えながら言った。マリーはきっとミミが何か怖い夢でも見たのだろうと思い、その日はそのまま一緒に寝た。
マリーはその夢の内容について詳しくは聞かなかったのだが、翌日からミミは「ヌメア先生はご病気なの」と言って、ベッドに寝かせたままでいた。実をいうとヌメア先生はこれまでの間に結構病気になっている。大抵は風邪という設定で、三日もかからずまた「元気でっしゅ!!」と言うのが常だったが、もう病気になって一週間にもなるのだった。しかも、これまではヌメア先生が病気の間、ミミは頭に小さな布をあてがってやって、実に熱心に看病した。だが、今度はもうヌメア先生の顔を見るのも嫌だというように、部屋の隅に寝かせたままでいるのだった。
「きっとヌメア先生も、タランチュラと戦わされたりなんだりで、そろそろ嫌になって引退を決意したんだろ。待ってろ。俺が帰りがけにデパートで可愛いうさちゃんのぬいぐるみかなんかを買って帰るから。あんたはそれを頃合を見計らってミミのベッドにでも入れておけ。ヌメア先生のことはうまく俺が始末しておくから」
「えっと、始末って……」
「べつに、バラバラに解体して捨てようってわけじゃない。それより、あの忌々しい茶色いぬいぐるみがなくなったらなくなったで、「ヌメア先生、どこ~?」なんて言われても困るからな。とりあえず、屋敷の金庫の中にでも閉じ込めておくさ」
「そうですか。ありがとうございます。本当はわたしがぬいぐるみを買いに行こうと思ってて……でも、わたしがデコラデパートに行ったことがわかると、どうして自分たちも連れてかなかったのかって、ランディやココちゃんに責められたくないし……」
「ああ、わかってるさ。なんにしても、なるべく早く帰るから、メシの用意でもして待ってろ」
(クソッ。まったく、なんて会話だ!)
校門の外に止めておいたロードバイクに跨りながら、イーサンはあらためてうんざりした。幸い、デコラデパートというユトランド中でも一番大きいとされる有名百貨店の本店は、中央駅の駅前通りに位置していて、(普段から体を鍛えているイーサンにしてみれば)それほど遠回りではない。
イーサンはデコラデパートの三階にあるおもちゃ売場でまず、可愛らしいピンクと白の、サイズも手ごろなうさぎのぬいぐるみを購入した。それから次に七階の本屋へ行き、『ビロードのうさぎ』という絵本を買って帰る。
「あの、ごめんなさい。なんだか、余計なお仕事を増やしてしまったみたいで……」
ぱたぱたというスリッパの音をさせていそいそとマリーが玄関ホールへやって来るのを見た時、イーサンは正直、少しばかり胸がときめいた。もちろん、一応わかってはいる。この女は可愛い末娘のために彼の買ってきたぬいぐるみを望んでいるのであって、自分が帰宅したというだけでは、ここまでの顔の輝きはないということは……。
「まあ!このお話、わたしも大好きなんです」
ぬいぐるみと一緒に絵本を手渡されて、マリーはそのタイトルを見るなり、そのことでも歓喜した。と同時に、男のイーサンが何故この絵本のことを知っているのだろうと不思議にもなる。
「そのうち、ミミにその話でも読み聞かせてやれよ。ミミがその新しいうさ公を気に入って、ヌメアのヌの字も言わないようであったらな。さてと、手筈はこうだぞ。今夜、ミミが完全に寝てしまうのを待って、あんたはそのうさ公をミミのベッドに入れる。で、俺は病気のヌメア先生のことを金庫に放りこみ、明日以降のことはまたミミの様子を見て決めるといったところだな」
「あの、本当にありがとうございます。本当に、わたし……」
マリーが感極まったような顔をするのを見て、イーサンは溜息を着いた。(この女はようするに、自覚がないんだ)と、彼はそう思って諦めることにする。というより、大体こんなことばかりが繰り返されていれば、彼女が兄とパパの役目以外何も求めていないのだということが、イーサンには嫌になるほど今ではよくわかっている。
――実際、守備のほうは実にうまくいった。ミミがぐっすり寝入ったところにマリーは入っていくと、彼女の隣に服を着た可愛いうさぎのぬいぐるみを入れ、部屋の隅に追いやられていたヌメア先生のことを連れだした。そうしてから一階に待機していたイーサンに、ヌメア先生のことを渡したのだった。
「ありがとうよ、ヌメア先生。何十回もインフルエンザにかかったり、かと思えばタランチュラと戦わされたりで、ガキのお守りも大変だったよな。まあ、これからは冷たい金庫の中で家の権利書や有価証券、それに拳銃なんかと一緒に安らかに眠ってくれ」
「ああ、ほんとに……いつかミミちゃんがヌメア先生から卒業する日がやって来るとは思ってたんですけど、思った以上に早くて良かったかもしれません。わたしも、ミミちゃんがもしヌメア先生から卒業するみたいだったら、そろそろ幼稚園にミミちゃんをあげたいなって思ってたんです。本当は、昼間ひとりぼっちになって寂しいんですけど……」
「……………」
金庫のある三階の書斎までやって来ると、イーサンは無言のままヌメア先生をそこに突っ込み、身振りでこの金庫をどうやって開けるかを教えようとした。
「あの……」
「ほら、もし俺のいない時にミミが『ヌメア先生どこ~?』なんて言い出したら困るだろ。第一、この金庫の中の家の権利書は今じゃあんたのものなんだし、株券なんかもここにあるのはあんたが売って自分の今までの稼ぎにしてもいいくらいの分しかない。あと、小切手帳もあるにはあるが、あんたどうせ、小切手の切り方なんか知らなそうだもんな」
戸惑っているマリーの手を取ると、指紋照合登録して、イーサンはマリーに金庫の暗証番号を教えた。そしてその番号を入れ、彼女に指紋照合させ、一度閉めた金庫が開くところをみせる。
「簡単だろ?俺も、ヌメア先生が必要だとかなんとか電話で言われて戻ってくるのなんかうんざりだからな。まあ、あんたもたまに家の権利書をこれは自分のものだと思ってほれぼれ眺めたいというのであれば、ここに来ればいいさ」
それじゃあな、とその場を去りかけて、やはりイーサンはまたくるりと振り返らざるをえない。正直、イーサンはミミの入園時期のことは今まであまり考えていなかった。ランディとロンのことは寄宿学校へ入れることに決めていたにせよ、他の妹ふたりについては一生家にいてもいいくらいに考えていたそのせいである。
「あの、やっぱり暗証番号を変えていただけませんか?」
イーサンがミミのことを口にする前に、マリーが先にそう口にした。
「なんていうか、もしこの中のものが何かなくなって、わたしのせいにされたら困りますし……」
「べつに、あんたがそんな心配をする必要はない。まあ、なんだったら先に約束しておいてもいい。俺はこの金庫から何かものがなくなっていても、あんたのせいにはしない。これでいいか?」
マリーが不服そうな顔をしたまま黙っているので、イーサンは言を重ねた。
「いいんだよ。あんたがもしこの家から財産を絞りとりたいっていうんなら、俺はもうそれでいいと思ってるんだ。もちろん、あんたがそんな人間じゃないこともわかってる。つまり、これはそういうことなんだ。結局、ヌメア先生からミミが卒業できたのも、マリー、あんたのお蔭だ。じゃなかったらミミは今もあの気味の悪い人形とふたりきりで話していたろう。ヌメアってのはようするに、前のママの面影を背負った象徴みたいなもんだ。ミミがどんな夢を見たのかは知らんが、ミミの深層心理の中ではママを忘れようとしてるってことで怒ってるように感じたんだろう。だが、今はもうミミにはマリーおねえさんがいる。ミミにとってヌメア先生っていうのは忘れられた存在になったほうがいいんだ。それが健全な子供の発育ってものなんだろう。俺は児童心理学に明るいわけではないが、そう思う」
「わたしも……うまく言えないんですけど、ミミちゃんは新しい段階に入ったんだなって思うんです。幼稚園へも、もしかしたら最初は行くのを嫌がるかもしれません。でも最近、教会学校でもお友達ができたりして、ヌメア先生は少しの間放っておかれたりしたんです。だからもう大丈夫なのかなって、そう思って」
「まあ、なんにしても、ミミのことはあんたに頼むよ。それじゃあな」
これ以上ふたりきりでいると余計なことまで自分は聞いてしまうだろう――そう思い、イーサンは早くこの場から、というより、マリーの前から立ち去りたかった。
「あの、イーサン。ぬいぐるみと絵本のこと、本当にありがとう」
「……ああ」
イーサンは階段を急いで駆け下りると、自分の部屋のベッドの上へ倒れこんだ。そして手など握ったりすべきでなかったと後悔した。(あんな程度のことでこの俺が……)と思うと、イーサンは自分が情けなかった。確かに、マリーはいつも着ている白のスカートタイプのパジャマに、就寝前の髪を下ろした姿ではあった。けれど、問題はそこではなく、彼女が『ひとりぼっちになって寂しい』と言ったその言葉のほうだった。
(そうか。ロンもランディも俺は寄宿学校へやるつもりでいるから……いや、仮にそうならなかったとしても、だ。ミミがそのうち幼稚園か小学校にでも上がれば、あいつは昼間、ひとりになるんだ。マグダもいずれはここをやめるわけだしな。ということは、その時間に俺がふたりきりでいれば……)
――おそらく時間はかかるが、あの女を自分のものに出来る。
という結論が出ても、イーサンは虚しさのあまり溜息を着くだけだった。第一、キャサリンとのつきあいのこともある。そしていずれ彼女という恋人の存在のことも、マリーの耳には入るだろう。だがその前に別れてしまえば……。
そんなことを寝仕度をしながらえんえん考えていたイーサンだったが、もちろん愚かな彼は知らない。カレッジフットボールの試合をテレビで見ていた時、ハーフタイムショーで高々と足を上げるブロンド美人を指差し、「この人がイーサンの恋人なのよ!」と自慢げにココがマリーに教えていたことなどは……。
>>続く。
今回は久しぶり(?)に言い訳事項ですm(_ _)m
ええとですね、イーサンが大学のアメフト部に所属していて、わたしこの小説書きはじめてから実はアメフトのことに関して初めて調べました(^^;)
なので、カレッジフットボールの仕組みっていうのが実はでんでんわかってません
プロのNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)だとまだ調べようがあるんですけど、カレッジフットボールの情報ってそれに比べるとなんだか調べにくいような……といった事情があったりもして(^^;)
なので、アメフトの描写等については超テキトー☆な感じで済ませてあるのですが(殴☆)、いえ、わたしこのアメフトのことを調べる過程で、アメフトっていうスポーツのことが超大好き!!になりました
いえ、一度ルールなどがある程度わかると……こんなに面白いスポーツは他にないんじゃないかって思ったくらいです。
野球やサッカーなどに比べ、日本ではなんとも人気のないアメフトですが、わたしも以前は屈強な男たちが肉団子になるのを見て、何がそんなに楽しいのか……といった冷めた目で見ていたような気がします
でもほんと、超面白いです、アメフトって!!!!!!!
いえ、この小説を書くにあたって、文章の中に多少そうした描写も入れなくちゃ……と思い、まず最初はそうしたことはすっ飛ばして話を進めておいて、ある程度試合展開などについて勉強してから、次に読み返した時にそうした描写を入れようと思ってました。
そこで、まずはアメフトのことについて書かれた小説などがないかどうかと密林さんで調べ……あとはアメフトの映画をちょっとだけ見たりとかしたというか。。。
ほんと、「アメフトってこんなに面白いんだ!!」っていうことにわたしが気づくのに、時間はさしてかからなかったと思います。見ていても面白くもなんともないスポーツ☆なんて思っていたのはただの先入観や思いこみ、プラスルールがよくわかんないっていうそのせいであって、一度ルールさえある程度わかりさえすれば、こんなに面白いスポーツは他にないんじゃないかなって思ったくらいです
で、こうしたことを調べる過程で、自分の頭の中で「こういう描写を入れるのはどうだろう」とか、「こういう試合展開はどうだろう」とか、「イーサンのチームメイトのランニングバックはこんなキャラにして……」とか、色々考えてたんですけど――いえ、とりあえず一通り書いて次に読み返してみたら、あんまり試合について細かいこと書いてなくても、そんなに不自然でもなかった的な??(^^;)
でもアメフトっていうスポーツがこんなに面白いとは知らなかった!!ので、そのうちまたここの前文でも読んだ小説や映画のことなど、少し紹介してみようかなって思います♪(^^)
それではまた~!!
第7章 恐怖のヌメア先生
十月に入り、イーサン率いるユトレイシア大のアメフト部が第四回戦にも勝利した頃――イーサンは大学寮の元自分のいた部屋で友人たちとまたもトランプに興じていた。イーサンが寮から出ていくという時、仲間はみな実にそのことを惜しんだものだが、結局のところしょっちゅう遊びにきたりもし、イーサンにとっては彼らと一緒に他愛もない話の出来るということが、一番の息抜きになっていたといえる。
もっとも、寮から出ていくことを話した時には、サイモンからもルーディからもマーティンやラリーからもからかわれた。『そりゃ、あんな可愛い女が同じ屋根の下にいりゃあ、俺だってこんなオンボロ寮から今すぐにでも出ていくぜ』と。
『違うんだって。あいつとはそんなんじゃない』と弁解していたイーサンではあったが、確かに最近、イーサンはそのことで揺らいでいる自分を感じてもいる。というより、今更ながら気づいてしまったのだ。毎日マリーが食事を作り、子供たちの世話をし……イーサンもまた自分の弟妹らが将来まともな人間に育つようにと考え、彼女と色々なことを相談したり――(ようするに、俺とこいつの間にないのは性的な関係だけで、実はもうほとんど夫婦みたいな生活を送ってるも同然じゃないか)ということに。
そのことに気づいて以来、イーサンもマリーのことを多少意識するようになった。だが、相手からは自分のことを異性として意識するといった雰囲気は感じ取れず、彼としても、ドアノブのないドアをどうやって開けるかといった心理に近かったといえる。もし向こうにもそうした気持ちが少しはあるというのなら、イーサンにしても攻める手はいくらでもあるのだが……。
けれど、今彼が痛切に感じているのは、聖母マリアが幼な子イエスを抱く絵画を見て――彼女に子供を捨てさせ、自分の相手をさせようとでもいうような、何かいわく言いがたい神聖さを犯すにも似た気持ちだったのである。
「それで、おまえんちの尼さんはどうしてんだ?」
サイモンは親になってカードを配りながら、からかうようにそう聞いた。彼は他にも「おまえんとこの若いほうの家政婦は元気なのか?」だの、「そろそろモノにしたのか?」だのと、いつもからかい調子に聞いてくるのだ。
「尼さんってのはなんだ?うちには尼さんなんかいないぞ」
「ふふん。イーサンみたいな男と一緒に暮らしていて何もないだなんて、俺は信じないね。本当に何もないとすれば、相手はそりゃ不感症の尼さんくらいなもんだろ」
カードを配り終わると、自分で配ったにも関わらずサイモンは「あちゃ~」という顔をしてそう言った。
「まったく言えてるな」
ダイヤの3をサイモンが出したので、隣のルーディがハートの4を出して笑う。
「キャサリンやクリスティンの仲間どもがみんな言ってるだろうが。おまえみたいのがそばに来たら子宮が疼いて妊娠しちゃうみたいなこと」
「アホか」呆れたような顔をして、イーサンは空中に放ったピーナッツを食べる。「だがまあ、あいつのことを見てるとたまに、処女で妊娠したという聖マリアの話が実は本当なんじゃないかって思ったりもするな。毎日あんな将来性のないガキめらの面倒を見て何が楽しいやらわからんが、おそらく医者から妊娠できない体だの言われて子供が欲しかったんじゃないのか。なんにせよ、俺にはいまだにあいつのことはよくわからん」
ここでルーディとラリーがほとんど同時に「♪ヒュウ」と口笛を吹いて寄こす。大富豪のほうは一巡して、再びサイモンの元までやって来ると、彼はスペードのクイーンを出し、その後、全員が「パス」と言って再びサイモンの番となる。
「俺たちが不思議なのはさ、何よりもそこなんだよ。せっかくそこまでこまやかな愛情をかけてくれる女性を疑うのはどうかと思うけど……一度、私立探偵を雇うか何かして、彼女のことを調べてもらっちゃどうなんだ?」
ルーディのこの意見は実にもっともなものだった。第一、そのことについてはイーサンも再三考えてみたことである。
「いや……俺も、最初の頃はそう思ってたんだがな。だが今じゃ下手にそんなことを調べてあいつに屋敷からいなくなられたんじゃ困るんだ。マグダも年内には仕事を辞めたいらしいし、マリーまでいなくなったら、あのガキめらは可哀想すぎて目も当てられない様になるだろう」
「へええ。で、おまえは何か?彼女が自分に気のないのは、そういう子供を生めない体だのいう負い目があるもんで、恋愛に消極的になってるだとか、そんなふうに思ってるってことか?」
ラリーが的確にそう聞いたもので、イーサンは少しの間俯いた。べつに面白味もない手だとでもいうように、10の札を三枚だし――他の全員が「パス」と言ったため、イーサンは3のカードを次に二枚だす。
「べつに、もうこの話はいいだろ。というより、おまえら、なんでそう俺と顔を合わせるたび、マリーのことばかり聞きたがるんだ?もっとアメフトのこととか、話すことなら他にいくらでもあるだろうが」
「そりゃ決まってるだろーが!色男に対するメラメラと燃える嫉妬だよ」
ルーディがそう言うと、他のラリーもサイモンもいつもはイーサンの味方をしてくれるマーティンまでもが――全員「同感だ」と言って大笑いする。
「クリスティンも言ってたぜ。キャシーが最近おまえが冷たくなった気がするってぼやいてたって……俺もそんな若い女性が屋敷にいるだなんて教えてないけど、知られるのも結局時間の問題だろ?そういうことも含めてさ、俺たちはおまえがふたりの女からいいとこ取りしてるように見えて、いつハッキリさせるのかって、そんなことが気になるわけだ」
「さっすがマーティン!いいこと言うぜ!!」
ルーディが隣の大男の広い背中をばんばん叩いて寄こす。ちなみに、クリスティン・エネストローサはマーティンの恋人で、彼女もまたイーサンの彼女のキャシーと同じチア部に所属している。
「べつに、言いたきゃ言えよ。俺は自分にやましいところなんかこれっぽっちもないからな。マリーともプラトニックのお綺麗な関係とかいうやつだ。それで、俺とあいつはそれでやってくのが一番いいんだって、俺の中ではそう結論がでてる」
「ふう~ん……」
イーサン以外の全員がうさんくさいものでも見るような顔つきをしていた時――イーサンの携帯が鳴った。噂をすればなんとやらで、相手はマリーだった。イーサンはすぐに自分の携帯を手に取ったが、<Marry>という表示をルーディとサイモンに覗きこまれてしまい、部屋の隅のほうまで移動する。
「あなた~、早く帰ってきてえ~」だの、「お風呂とお食事、どっちにする~?」だの、ルーディとサイモンが裏声を使って大声で言う。もちろん、電話の向こうのマリーに聞こえればいいと思ってのことである。イーサンは慌てて送話口のあたりを手で囲った。
「その、外野は気にしなくていいから。あいつら、ビール飲んで酔ってるんだ」
「えっと……」
実際のところ、ルーディとサイモンの声はマリーの耳には届いていなかった。それでマリーは少しの間要領をえなくて黙っていたのだが――『実はわたし、あなたのことが……』という言葉が脳裏に思い浮かび、イーサンは自分でも混乱した。彼もすでにビールを三本ほど空けている。
「なんていうか、ヌメア先生のことなんですけど」
そして次の瞬間、イーサンは現実に返った。そうだ。こいつはこういう女なんだと、いつものクールさがイーサンにも戻ってくる。
「ヌメア先生がどうかしたのか?」
チッと舌打ちしてイーサンは聞き返した。
「その、この間も話したとおり、ヌメア先生の病気が治らなくて……わたし、あれはきっとミミちゃんから出てるサインだと思うんです。だから、新しくうさぎのお人形さんか何か買ってあげようと思ってて。馬鹿みたいにくだらないことだと思うかもしれないけど、これはミミちゃんにとってはとても大切なことだから、わたしひとりではどうしても決められなくって」
「そうだな」
イーサンは『大事な用が出来た』と身振りで示すと、ノースフェイスのカバンを手にとって、寮の部屋を出ることにした。悪友どもからはブーブー文句が洩れ、「チェッ。俺もあんな人の待ってる家に帰りたいや」だの「あとで何があったのか聞かせろよ、イーサン!」だのいう声に送られつつ、イーサンはマリーと話し続けた。
実をいうと、ヌメア先生はもう一週間ほども前から病気なのだ。事のはじまりはこういうことだった。ある夜半、ミミが泣きながら隣のマリーのベッドまでもぐりこんできて、「ヌメア先生が怒ってる」と震えながら言った。マリーはきっとミミが何か怖い夢でも見たのだろうと思い、その日はそのまま一緒に寝た。
マリーはその夢の内容について詳しくは聞かなかったのだが、翌日からミミは「ヌメア先生はご病気なの」と言って、ベッドに寝かせたままでいた。実をいうとヌメア先生はこれまでの間に結構病気になっている。大抵は風邪という設定で、三日もかからずまた「元気でっしゅ!!」と言うのが常だったが、もう病気になって一週間にもなるのだった。しかも、これまではヌメア先生が病気の間、ミミは頭に小さな布をあてがってやって、実に熱心に看病した。だが、今度はもうヌメア先生の顔を見るのも嫌だというように、部屋の隅に寝かせたままでいるのだった。
「きっとヌメア先生も、タランチュラと戦わされたりなんだりで、そろそろ嫌になって引退を決意したんだろ。待ってろ。俺が帰りがけにデパートで可愛いうさちゃんのぬいぐるみかなんかを買って帰るから。あんたはそれを頃合を見計らってミミのベッドにでも入れておけ。ヌメア先生のことはうまく俺が始末しておくから」
「えっと、始末って……」
「べつに、バラバラに解体して捨てようってわけじゃない。それより、あの忌々しい茶色いぬいぐるみがなくなったらなくなったで、「ヌメア先生、どこ~?」なんて言われても困るからな。とりあえず、屋敷の金庫の中にでも閉じ込めておくさ」
「そうですか。ありがとうございます。本当はわたしがぬいぐるみを買いに行こうと思ってて……でも、わたしがデコラデパートに行ったことがわかると、どうして自分たちも連れてかなかったのかって、ランディやココちゃんに責められたくないし……」
「ああ、わかってるさ。なんにしても、なるべく早く帰るから、メシの用意でもして待ってろ」
(クソッ。まったく、なんて会話だ!)
校門の外に止めておいたロードバイクに跨りながら、イーサンはあらためてうんざりした。幸い、デコラデパートというユトランド中でも一番大きいとされる有名百貨店の本店は、中央駅の駅前通りに位置していて、(普段から体を鍛えているイーサンにしてみれば)それほど遠回りではない。
イーサンはデコラデパートの三階にあるおもちゃ売場でまず、可愛らしいピンクと白の、サイズも手ごろなうさぎのぬいぐるみを購入した。それから次に七階の本屋へ行き、『ビロードのうさぎ』という絵本を買って帰る。
「あの、ごめんなさい。なんだか、余計なお仕事を増やしてしまったみたいで……」
ぱたぱたというスリッパの音をさせていそいそとマリーが玄関ホールへやって来るのを見た時、イーサンは正直、少しばかり胸がときめいた。もちろん、一応わかってはいる。この女は可愛い末娘のために彼の買ってきたぬいぐるみを望んでいるのであって、自分が帰宅したというだけでは、ここまでの顔の輝きはないということは……。
「まあ!このお話、わたしも大好きなんです」
ぬいぐるみと一緒に絵本を手渡されて、マリーはそのタイトルを見るなり、そのことでも歓喜した。と同時に、男のイーサンが何故この絵本のことを知っているのだろうと不思議にもなる。
「そのうち、ミミにその話でも読み聞かせてやれよ。ミミがその新しいうさ公を気に入って、ヌメアのヌの字も言わないようであったらな。さてと、手筈はこうだぞ。今夜、ミミが完全に寝てしまうのを待って、あんたはそのうさ公をミミのベッドに入れる。で、俺は病気のヌメア先生のことを金庫に放りこみ、明日以降のことはまたミミの様子を見て決めるといったところだな」
「あの、本当にありがとうございます。本当に、わたし……」
マリーが感極まったような顔をするのを見て、イーサンは溜息を着いた。(この女はようするに、自覚がないんだ)と、彼はそう思って諦めることにする。というより、大体こんなことばかりが繰り返されていれば、彼女が兄とパパの役目以外何も求めていないのだということが、イーサンには嫌になるほど今ではよくわかっている。
――実際、守備のほうは実にうまくいった。ミミがぐっすり寝入ったところにマリーは入っていくと、彼女の隣に服を着た可愛いうさぎのぬいぐるみを入れ、部屋の隅に追いやられていたヌメア先生のことを連れだした。そうしてから一階に待機していたイーサンに、ヌメア先生のことを渡したのだった。
「ありがとうよ、ヌメア先生。何十回もインフルエンザにかかったり、かと思えばタランチュラと戦わされたりで、ガキのお守りも大変だったよな。まあ、これからは冷たい金庫の中で家の権利書や有価証券、それに拳銃なんかと一緒に安らかに眠ってくれ」
「ああ、ほんとに……いつかミミちゃんがヌメア先生から卒業する日がやって来るとは思ってたんですけど、思った以上に早くて良かったかもしれません。わたしも、ミミちゃんがもしヌメア先生から卒業するみたいだったら、そろそろ幼稚園にミミちゃんをあげたいなって思ってたんです。本当は、昼間ひとりぼっちになって寂しいんですけど……」
「……………」
金庫のある三階の書斎までやって来ると、イーサンは無言のままヌメア先生をそこに突っ込み、身振りでこの金庫をどうやって開けるかを教えようとした。
「あの……」
「ほら、もし俺のいない時にミミが『ヌメア先生どこ~?』なんて言い出したら困るだろ。第一、この金庫の中の家の権利書は今じゃあんたのものなんだし、株券なんかもここにあるのはあんたが売って自分の今までの稼ぎにしてもいいくらいの分しかない。あと、小切手帳もあるにはあるが、あんたどうせ、小切手の切り方なんか知らなそうだもんな」
戸惑っているマリーの手を取ると、指紋照合登録して、イーサンはマリーに金庫の暗証番号を教えた。そしてその番号を入れ、彼女に指紋照合させ、一度閉めた金庫が開くところをみせる。
「簡単だろ?俺も、ヌメア先生が必要だとかなんとか電話で言われて戻ってくるのなんかうんざりだからな。まあ、あんたもたまに家の権利書をこれは自分のものだと思ってほれぼれ眺めたいというのであれば、ここに来ればいいさ」
それじゃあな、とその場を去りかけて、やはりイーサンはまたくるりと振り返らざるをえない。正直、イーサンはミミの入園時期のことは今まであまり考えていなかった。ランディとロンのことは寄宿学校へ入れることに決めていたにせよ、他の妹ふたりについては一生家にいてもいいくらいに考えていたそのせいである。
「あの、やっぱり暗証番号を変えていただけませんか?」
イーサンがミミのことを口にする前に、マリーが先にそう口にした。
「なんていうか、もしこの中のものが何かなくなって、わたしのせいにされたら困りますし……」
「べつに、あんたがそんな心配をする必要はない。まあ、なんだったら先に約束しておいてもいい。俺はこの金庫から何かものがなくなっていても、あんたのせいにはしない。これでいいか?」
マリーが不服そうな顔をしたまま黙っているので、イーサンは言を重ねた。
「いいんだよ。あんたがもしこの家から財産を絞りとりたいっていうんなら、俺はもうそれでいいと思ってるんだ。もちろん、あんたがそんな人間じゃないこともわかってる。つまり、これはそういうことなんだ。結局、ヌメア先生からミミが卒業できたのも、マリー、あんたのお蔭だ。じゃなかったらミミは今もあの気味の悪い人形とふたりきりで話していたろう。ヌメアってのはようするに、前のママの面影を背負った象徴みたいなもんだ。ミミがどんな夢を見たのかは知らんが、ミミの深層心理の中ではママを忘れようとしてるってことで怒ってるように感じたんだろう。だが、今はもうミミにはマリーおねえさんがいる。ミミにとってヌメア先生っていうのは忘れられた存在になったほうがいいんだ。それが健全な子供の発育ってものなんだろう。俺は児童心理学に明るいわけではないが、そう思う」
「わたしも……うまく言えないんですけど、ミミちゃんは新しい段階に入ったんだなって思うんです。幼稚園へも、もしかしたら最初は行くのを嫌がるかもしれません。でも最近、教会学校でもお友達ができたりして、ヌメア先生は少しの間放っておかれたりしたんです。だからもう大丈夫なのかなって、そう思って」
「まあ、なんにしても、ミミのことはあんたに頼むよ。それじゃあな」
これ以上ふたりきりでいると余計なことまで自分は聞いてしまうだろう――そう思い、イーサンは早くこの場から、というより、マリーの前から立ち去りたかった。
「あの、イーサン。ぬいぐるみと絵本のこと、本当にありがとう」
「……ああ」
イーサンは階段を急いで駆け下りると、自分の部屋のベッドの上へ倒れこんだ。そして手など握ったりすべきでなかったと後悔した。(あんな程度のことでこの俺が……)と思うと、イーサンは自分が情けなかった。確かに、マリーはいつも着ている白のスカートタイプのパジャマに、就寝前の髪を下ろした姿ではあった。けれど、問題はそこではなく、彼女が『ひとりぼっちになって寂しい』と言ったその言葉のほうだった。
(そうか。ロンもランディも俺は寄宿学校へやるつもりでいるから……いや、仮にそうならなかったとしても、だ。ミミがそのうち幼稚園か小学校にでも上がれば、あいつは昼間、ひとりになるんだ。マグダもいずれはここをやめるわけだしな。ということは、その時間に俺がふたりきりでいれば……)
――おそらく時間はかかるが、あの女を自分のものに出来る。
という結論が出ても、イーサンは虚しさのあまり溜息を着くだけだった。第一、キャサリンとのつきあいのこともある。そしていずれ彼女という恋人の存在のことも、マリーの耳には入るだろう。だがその前に別れてしまえば……。
そんなことを寝仕度をしながらえんえん考えていたイーサンだったが、もちろん愚かな彼は知らない。カレッジフットボールの試合をテレビで見ていた時、ハーフタイムショーで高々と足を上げるブロンド美人を指差し、「この人がイーサンの恋人なのよ!」と自慢げにココがマリーに教えていたことなどは……。
>>続く。