こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

聖女マリー・ルイスの肖像-【13】-

2017年09月14日 | 聖女マリー・ルイスの肖像


 さて、今回はイーサンの恋人のキャサリンと、マーティンの恋人のクリスティンが出てくるような感じでしょうか(^^;)

 この小説はユトランド共和国とかいう、架空の国が舞台になってるんですけど(詳しくは「ぼくの大好きなソフィおばさん」をご参照ください・笑)、アメフト発祥の地といえば当然アメリカなわけで……それで、ですね。アメリカの高校が舞台になってるような映画とかドラマ見てると、アメフト部に入ってるような男の子っていうのは超イケてて、そんでチア部の美人の彼女が恋人っていうのがある意味お約束というのか、黄金パターンだったりして。。。

 ようするに、高校のヒエラルキーの頂点が彼らだ……みたいな描写って、ほんとに多いんだなって思ったというか(^^;)

 まあ、イーサンはもう大学生なんですけど、密林さんで検索かけて見つかったアメフト関係の本っていうのが、実は意外に少なかったりして……それが映画『タイタンズを忘れない』の小説版と、そんでわたしが一番参考になった本っていうのが、『しあわせの隠れ場所』の原作である『ブラインド・サイド』でした。

『しあわせの隠れ場所』の原作本『ブラインド・サイド』については、また次回か機会のあった時に……と思うんですけど、今回は『タイタンズを忘れない』について取り上げてみたいと思いますm(_ _)m 


 >>1971年、公民権運動が盛り上がるアメリカ。

 ヴァージニア州の田舎町、アレキサンドリアでは白人学校と黒人学校が統合したT・C・ウィリアムズ高校が開校する。

 フットボールチーム<タイタンズ>のヘッドコーチに就任した凄腕の黒人コーチ、ハーマン・ブーンの厳しいトレーニングをきっかけに、人種の壁を乗り越えひとつになったチームは快進撃をはじめる。

 だがそれは、驚くべき<奇跡>のほんの序章にしか過ぎなかった……。

 アメリカが愛した真実の友情!

(『タイタンズを忘れない』グレゴリー・アレン・ハワードさん著、人見葉子さん編訳/角川文庫より)


 物語は、白人の高校と黒人の高校が統合されるところからはじまります。

 そこで、その前まで白人の高校だったハモンド高校でアメフトのヘッドコーチをしていたビル・ヨーストは、新しくやってきた黒人のコーチ、ハーマン・ブーンにヘッドコーチの地位を奪われ、アシスタントコーチになるということに。

 彼には九歳のシェリルという名前の一人娘がいて、この子がもう超可愛い♪

 そして、父親と同じくアメフトに強い情熱を燃やしており、どうやらお人形遊びやマニキュアが好きといったブーンの娘のような普通の子とは話が合わない様子(笑)

 ヘッドコーチであるブーンと元はヘッドコーチであったところをアシスタントコーチにされたヨーストの間にも微妙な緊張関係がありますし、それは最初、黒人の選手は黒人同士、白人の選手は白人同士で固まっていたアメフト部の部員たちもまったく同じでした。

 そして、統合後すぐアメフト部は地獄の特訓のため、合宿を行うことに……行きのバスの中でも、当然白人は白人同士、黒人は黒人同士でバスに乗るのですが、ブーンは二台のバスをオフェンスチームとディフェンスチームに分け、白人と黒人が隣同士になるよう仕向けます。

 けれどもちろん、こんな単純なことで仲良くなるようなら警察はいらねえよ、という話(笑)

 合宿先の大学でも、黒人と白人とで同室になるよう部屋割を組まされた部員たちは、初日から早速喧嘩。黒人のジュリアスと同室になった白人のゲリーは、彼が部屋に貼ったポスターが気に入らないといったような、そんな些細な理由から取っ組み合いの喧嘩を演じます。

 そして、この大学での合宿は非常に厳しくつらいもので、たぶんこれ、今の時代に同じことやったら教育委員会が黙ってないでしょうけれども、ろくに水も飲ませてもらえず、基礎トレーニングを繰り返させられたり、あるいはボールをファンブル(ボールを持って運ぶ選手がなんらかの理由でボールをこぼすこと)したら1マイル(1.6km)走らされるなど、かなりのところキツイものでした。

 ヨーストはブーンのしごきに懸念を抱き、「相手は高校生なんだぞ」といったように忠告しますが、どうやらブーンにはブーンの考えがあるようで、聞く耳を持つ気はない様子……また、ヨーストがトリックプレイを提案するも、そのこともブーンは却下するなど、おそらくヨーストが「普通の白人の男」なら、とっくの昔にぶっち切れて、「表にでろ!このニガーめ!!」と怒鳴っていてもまったくおかしくない状況なんじゃないかなって思います(^^;)

 でもシェリルのお父さんのビル・ヨーストは、人間が出来てるというか、アメフトに強い情熱を持ちつつ、とても温厚で平等な人柄でもあり、他の学校にヘッドコーチとして招かれていながら、そのことを断りT・C・ウィリアムズ校に留まったのも、何より残していく生徒たちのことが心配だったからなのでした。

 そして、ブーンのしごきが激しさを増す中……今度は夜明けのランニングがはじまりました。

 この地獄の特訓から脱落した者はレギュラーから落とされるのは間違いないところですから、生徒たちはみんな歯を食いしばってどうにかブーンのしごきについていこうとします。そして森の中を走っていくと、そこはかの有名なゲティスバーグの丘だったのでした。


 >>「ゲティスバーグの丘……。南北戦争の決戦場だ。ここで五万もの人間が亡くなった。煙と鉛の銃弾が兵士たちに降り注ぎ、この緑の野が彼らの血で赤く染まった」

 生徒たちの前を、ブーンは大地の感触を確かめるように一歩ずつゆっくりと歩いた。

「だが戦いは終ってはいない。同じ戦いを我々はいまもなお続けている。耳を澄ませてみろ。死者の叫びが聞こえるだろう。彼らはこう言ってる。『敵意が兄弟を殺した』、『憎しみが家族を破壊した』と。心の耳を澄ませて死者の声を聞け。この聖なる土地にいて、もし互いが一つになれなければ、その時は我々も終るだろう……。相手を愛せなくもいい。好きになれなくてもいい。互いに尊重することができれば、人間らしい関係がきっと築けるはずだ。わたしはそう信じている」

 いつのまにかゲティスバーグの丘に朝がきていた。底無しに見えた闇も消え、乳白色の朝日が彼ら一人一人の顔を輝かせている。瑞々しく美しい夜明けだった。

(『タイタンズを忘れない』グレゴリー・アレン・ハワードさん著、人見葉子さん編訳/角川文庫より)


 この日を境に、だんだんと部員たちは黒人・白人の別なくチームとして一まとまりになっていき、団結力が強まっていったようでした。

 そしてこの厳しい練習を通し、合宿初日には黄色いポスター一枚のことで喧嘩になっていたゲリーとジュリアスも、同じディフェンスメンとして互いに友情で結ばれるようになっていき……ゲリーはジュリアスに<ストロングサイド>を任せるくらいに彼を信頼するようになっていきます。



(Yahoo!映画さまよりm(_ _)m)


 >>「やったな!ジュリアス。いいタックルだった」

 ゲリーがかけより、心からの笑顔でジュリアスを讃えた。

 ジュリアスが照れながら言った。

「たいしたことないさ」

「これからはおれがレフトサイドだ。ストロングサイドはおまえに任せる」

 ゲリーはそう言って、ジュリアスの肩を激励するように強く叩いた。が、ジュリアスは戸惑ったようにゲリーを見つめている。

 ストロングサイドはレフトサイドより攻撃陣の層が厚い。それゆえ、より強固な守備力が求められる。ゲリーはジュリアスの力を認め、その大任を自らジュリアスに託そうとしているのだった。

 ジュリアスはうれしかった。むろん、ストロングサイドを任されたことも誇らしかったが、それ以上にゲリーの気持ちに感動していた。

「ストロングサイドか……」

 ジュリアスは神妙な顔つきでつぶやくように言った。が、次の瞬間、その顔が満面の笑みに変わった。ジュリアスはゲリーの肩を思い切り叩き返すと叫んだ。

「ストロングサイドだ!」

 ゲリーが続けて叫ぶ。

「レフトサイドだ!」

「ストロングサイド!」

「レフトサイド!」

「ストロングサイド!」

「レフトサイド!」

 二人の熱い掛け声がフィールド中にこだまする。サイドラインから、ブーンとヨーストが感慨深げにその様子を見守っていた。

(『タイタンズを忘れない』グレゴリー・アレン・ハワードさん著、人見葉子さん編訳/角川文庫より)


 ええ話や……というのはさておき、地区大会に向けチームがさらに練習に励んでいると、そこへカリフォルニアの高校から転校してきたロニー・バスが父親と一緒にやって来ます。父コロネルの意向で、黒人と一緒の学校でプレイさせたいというのがあったらしく、こうしてロニーはアメフト部の一員となります。

 ただし、カリフォルニア風の長髪を切るというのが条件だったらしく、切った髪との決別を惜しむように鏡を覗きこむロニーに、ピーティ(ポジションがランニングバックのお調子者笑)が「♪サンシャイン~」と話しかけます。


 サンシャインこと、ロニー・バス。ポジションはクォーターバック。もちろんモテます(笑)


 >>「サンシャインだって?」

「ああ、そうさ。おまえはサンシャインだよ。その髪も……、なんていうか感じが……サンシャインだ」

 ピーティの目には、実際ロニーの輝くような金髪はカリフォルニアの太陽のように眩しく見えた。

「なるほど、そいつはクールだ。気に入ったよ」

 ロニーは眉をかすかに上げてにやりと笑い、ピーティと手を合わせようと腕を高く振りかざした。が、ピーティのほうは調子を狂わされたらしく反応が鈍い。

「待たせるなよ、兄弟。こういうのはタイミングが大切だろ」

 ロニーが言う。ピーティは慌てて手を打ち合わせてから、すぐにブルーのところへ飛んで行き、目を見開いて耳打ちした。

「聞いたか?あいつ、おれのこと兄弟だとよ」

「ああ、聞いた。やつにはソウルパワーがあるのかもな」

(『タイタンズを忘れない』グレゴリー・アレン・ハワードさん著、人見葉子さん編訳/角川文庫より)


 ……なんとなく、わかる気がしますよね。ピーティが何故ロニーのことを「サンシャイン」って呼んだのかって(^^;)

 どうやら、父親からの影響か、あるいは環境的なものかわかりませんが、ロニーには最初から黒人に対する偏見であるとか、そうしたものはまるでない様子です。このあと、腐女子の喜ぶ(?)ロニーとゴリ……じゃない、ゲリーとのキスシーンがあったりww(笑)

 地獄の合宿から戻ってきて、アメフトの部員たちはマイケル・ジャクソンのあの名曲――「♪黒とか白とか、そんなに重要なのかい?」といった状態にも近くなっていましたが、彼らの外の世界では違いました。高校内ではやはり、黒人の生徒と白人の生徒との反目があり、またそれは黒人の親と白人の親たちの間でも、大体似た状態だったといえたでしょう。

 また、動物園のゴリ……さんこと、ゲリーも恋人のエマとそのせいでぎくしゃくしてしまいます。

 ゲリーは自分の相棒としてジュリアスのことを紹介しようとしますが、エマは握手すらしようとせず……こっちのほうが「現実」であるということを、彼らもまた思い知らされるのでした。また、ロニーも試合に勝ったあと、ピーティたちに白人の店で食事を奢ろうとしますが、席はいくつも空いてるにも関わらず、入店を断られたりと、チーム内にもこうした<外>の空気が入りこみ、一度は合宿で団結した心が崩されていこうとします。

 けれども、もっと大差をつけて勝っていておかしくない試合の終わったあと、ブルーが全員を呼び集め、部員同士で話しあいを持った結果……彼らは再びひとつになるのでした。そして、その団結力の象徴のような入場の時のあの踊り……もう最高ですよね!

 一方、ブーンとヨーストも、お互いにもっとも愛しているのがアメリカンフットボールであることがわかり、部員たちが真の絆で結ばれていったように、お互いに少しずつ理解を深めていきます。

 ところが、黒人のコーチであるブーンの活躍を面白くなく感じる勢力が、ヨーストにアメフトの殿堂入りについて囁きかけ、審判に試合でおかしな判定ばかり取らせるという暴挙にでます。「君は何もしなくていい。ただ黙って見ていればいいんだ」といったように言われたヨーストですが、娘が審判のおかしな判定に気も狂わんばかりになっているのを見て――審判にきつく注意・勧告します。「そんなことをすれば殿堂入りはなくなるぞ」ともヨーストは言われましたが、ヨーストにとって大切なのは、そんなことではありませんでした。。。

 こうして快進撃を続けていったタイタンズですが、ある試合に勝った日の夜のこと、ゲリーはひとりで出かけていき、自分の運転していた車で事故を起こしてしまいます。結果、ゲリーは下半身が動かなくなるという重態に……キャプテンとして統率力があり、またディフェンスの重要なポジションにもいるゲリーが今後試合に参加できないというのは、タイタンズにとってあまりに厳しい現実でした。

 ところが、むしろ当のゲリーくんのほうが元気なほどであり、悲しむみんなのことを逆に励まし、力づけます。

 そして次の試合で……ゲリーの穴を埋めるように部員たちは力を合わせ、アメフトの強豪校として知られる高校に打ち勝つのでした。

 アレキサンドリアの町はタイタンズの快進撃よって町中わいていましたし、このシーズン、T・C・ウィリアムズ校は地区大会で優勝、そして全米大会では準優勝という快挙を果たしました(←?)

 そして、時は流れてこの十年後、この時のタイタンズのメンバーは、再び集まりました。ゲリーの葬式のために……。

 彼は交通事故で亡くなったのですが、それまでの間に、砲丸投げの選手としてパラリンピックで金メダルを獲得したりと、不屈の精神によってその人生を生き抜いた男でした。

 映画の最後、ブーンとヨーストの友情が十年後も続いていることや、その他、この時のタイタンズのメンバーがその後、どんな人生を歩んだかが軽く伝えられて、映画のほうは終幕となります。。。


 う゛~ん。あくまでもざっと内容をさらってみたという程度なので、わたしのこの書き方だとなんとも『タイタンズを忘れない』の良さを伝えられてない気がするのですが(汗)、とにかく『タイタンズを忘れない』は、とてもいい映画です♪(^^)

 正直わたし、映画の公開当時、雑誌か何かで『タイタンズを忘れない』を紹介している記事を見ても、「面白そうと思うけど、自分でレンタルしてまで見たりとか、そういうことはないだろうな☆」っていうくらいにしか思ってませんでした(^^;)

 いえ、白人と黒人の高校が統合されるっていうところから映画ははじまるわけですけど、こういうのも「あー、ハイハイ☆」っていうところがちょっとあったりもして(^^;)

 それで、最初は反目しあっていた生徒同士が次第次第に力を合わせて試合に臨むようになり……っていうのも、スポーツものの黄金パターンだなあ☆みたいに、ちょっとヒネた目で思ったりとかして。。。(ひねくれ者め!笑)

 でも本当に、実話が元になってるっていうこともあって、小説、映画ともに本当に素晴らしい作品だなって思いました♪(^^)

 特に映画のほうは、小説の中で描かれている以上に白人の生徒と黒人の生徒とがアメフトを通してわかりあっていく過程が、本当にナチュラルな感じで描かれていて……映画を見終わるまで、時間が経つのも忘れるくらい、あっという間でした

 そんで、個人的な事情から(笑)小説のほうを先に読んでいたので、映画の登場人物の細かい設定などもよくわかって、それで余計に映画を見ていて素晴らしいなと感じたり。。。

 ところで、映画の舞台はアメリカのヴァージニア州にある田舎町、アレキサンドリアというところで、今もここアレキサンドリアでは、黒人の方と白人の方とが、人種問題含めて互いに意見が対立するような時、『Remember the Titans』の精神のことを思いだし、憎しみを抑え、最悪の事態を避けるべく努力するのだそうです。


 >>この映画の脚本を書いたグレゴリー・アレンは、実際にアレキサンドリアに住み、大都会にくらべ、その町では著しく人種差別がないことに興味を覚えたそうです。アレンはその理由を人々に聞きまわり、その答えが『Remember the Titans』だったのです。人々は、「高校のフットボールチームのおかげだ」、「二人のコーチがこの町を救ったのだ」と口をそろえて答えました。アレンはこのエピソードに魅了され、物語を執筆するきっかけとなったそうです。

 1970年代、アレキサンドリアの町に実在した高校のフットボールチーム<タイタンズ>は、連戦連勝の快進撃を続け、ついには全米で二位となりました。この戦績も十分賞賛に値するものだと思いますが、彼等の<奇跡>は、アレキサンドリアにあった人種の壁を取り除き、ひとつのチームの下、町をまとめたことにあるでしょう。三十年たった現在に至るまで、<タイタンズ>の精神が息づいているということに、驚きと感動を感ぜずにはいられません。

(『タイタンズを忘れない』グレゴリー・アレン・ハワードさん著、人見葉子さん編訳/角川文庫・巻末解説よりm(_ _)m)


 本当に、わたしもテレビのニュースを通してしかわかりませんけれども、ドラマや映画などで白人の方と黒人の方がある程度配分よく出演し、折に触れて対立しあっても人種の壁を越えてわかりあうことが大事……みたいな描写がさり気なく入るのって、意図的なものだって前に聞いたことがあります(^^;)

 つまり、白人の観客層と黒人の観客層を映画館に呼ぶためっていうのと同時に、そうしたメッセージを意図的に織り込むというのは、むしろ実際の現実がそうではないからだ……という部分が大きいからなのだと思います。

 三十年以上が過ぎた今も、高校のアメフトチームが成し遂げたことが今も息づいているっていうのは、それだけアメリカという国にとってアメフトというスポーツがいかに愛されているかの表れ……という気がしますよね

 とにかく『タイタンズを忘れない』は、わたしと同じように「アメフトの映画ねえ。べつに興味ないや☆」という方や、「アメフトって聞いただけで見る気失せるww」という方でも、とにかく見て損はない映画、という気がしたり(^^;)

 映画の前宣伝がすごくて、期待して見にいったらがっかりした……ということがあるものですが、『タイタンズを忘れない』はどっちかっていうと、タダ券もらったから仕方なく見にいったら、これが思いがけず「すごく良かった!!」みたいな、そんな映画のような気がします(あ、もちろんアメフトがあんまし人気ない日本においてはっていう意味ですよ??^^;)

 それではまた~!!



     聖女マリー・ルイスの肖像-【13】-

 翌日、ミミは自分の隣にピンクがかった純白のうさぎの姿を見出して、心から喜んだ。そして部屋の隅の木のベッドにヌメア先生がいなくても、まるで気にかけなかった。

「うさしゃん!あたしのうさしゃん!!」

 ミミは嬉しさのあまり、ぬいぐるみと一緒に宙を舞って踊った。何故なのだろう、ミミはヌメア先生がいなくならない限り、自分に新しいぬいぐるみは与えられないと思いこんでいたため、このうさぎの存在とヌメア先生の不在というのは、あまりにもミミにとって自然で当然のことだったのである。

 今から約一週間ほど前――ミミはとても怖い夢を見た。ヌメア先生が黒い影のような怨念に取り憑かれ、ミミのほうをじっと見つめるというような夢である。その夢には奇妙な重量感があり、その夢から覚めたあと、胸の上にずっしりと重しがのっていたような感覚がミミの中で残っていた。怖かった。心臓が早鐘を打ち、ふと隣に目をやってみると……そこには変わらずヌメア先生が寝ているではないか!

「うわああん。おねえさーん!」と叫んで、泣きながらミミは隣の部屋まで走っていった。あとはもう、ただミミは震えながらマリーの体に抱きついていた。おねえさんのパジャマはカモミールの柔軟剤の、とてもいい香りがするとミミはよく知っている。

 そしてその心地好い香りに包まれながらぐっすりと眠り、夜が明けて明るくなってからは、もうヌメア先生のことは怖くなかった。ただ、彼は悪霊に取り憑かれて病気になっているとミミは思い、ヌメア先生のことはずっと寝かせたままでいた。そうしておけばいずれ必ず新しいぬいぐるみが自分の元へやって来ると思っていた。おねえさんに教えてもらったとおり、毎日そうお祈りもした。

 そしてとうとう――願っていたとおりのうさぎのぬいぐるみが我が家にやってきたのだ!その日一日、ミミはとても上機嫌だった。朝ごはんを食べる時に「わたし、うさしゃんよ!よろしく」とみんなに挨拶させると、マリーが「まあ、これからよろしくね」と言い、ロンは「こちらこそよろしく」と紳士らしく挨拶した。

 ココとランディは無視して朝食を続けたが、実際あの奇妙なヌメアの奴がいなくなってせいせいしたとふたりとも思っていた。この件について、マリーは前もって他の兄姉に「もう二度とヌメア先生のことは口にしないでね!」などと話してはいない。けれど、「あの忌々しいヌメアの奴がいなくなってよかった」との思いで一致していたため、こののち、食卓でヌメア先生のことは子供たちの間でも一切語られないということになる。

 この日、イーサンは子供たちが学校へ行く時間に起きてきて――ランディとロンとココを送りだすと、まだうさしゃんと食事しているミミと一緒に食卓に着いた。自分たちマクフィールド家の所有している株価の変動等をまずは新聞で彼がチェックしているうちに、彼の前にはほぼ自動的にオムレツやフレンチトーストやサラダやコーヒーなどが並ぶということになる。

「ミミ、そのうさ公は一体どうしたんだ?孤児だったところを拾ってきたのか?」

 特に何か礼を言うでもなく、マリーの用意した朝食を食べ、イーサンは斜め前に座るミミにそう聞いた。

「うさしゃんはコジなんかじゃないもーん。うさぎ王家のプリンセスなの。でも、お友達のミミのところに来たいって王国の人に言ったら、『いいですよ』ってみんなが言って、ここにいるの」

 ねっ!と隣のぬいぐるみにミミが言うと、うさしゃんはこくりと頷かされた……のではなく、頷いた。

(ふう~ん。今度はそういう設定か)と、イーサンは妙に感心した。しかもプリンセスうさしゃんは慎ましいタイプらしく、ヌメア先生のようにあまり話をしない。どうも特殊なミミとしか通じないテレパシーを持っているらしく、ミミはうさしゃんとふたりきりの時には、随分彼女に色々話しかけ、また彼女のほうでも自分のお友達に秘密を教えてくれるようだった。

「ミミちゃん、おねえさん、あとでうさしゃんの新しいお洋服作ってあげる」

 そう言ってマリーは、椅子の上のうさしゃんの体の寸法をメジャーであちこちはかりはじめた。もちろん、こんなのは<振り>だけで、あとでミミが昼寝した頃にでも、今着ているうさしゃんのワンピースを脱がせ、改めてそれを採寸するのである。

「おねえさん、うさしゃん嬉しいって!よかったねえ、うさしゃん。おねえさんがいい人で……」

 そんな会話を聞きながら、イーサンは新聞の向こうで笑いを堪えるのが大変だった。なんにしても、自分とマリーの作戦は成功したわけだ。そしてヌメア先生はこれから何年続くかわからぬ懲役刑を受けるうちに、窒息して死んでしまうことであろう。

 やたらノロノロと時間のかかる食事をミミが終えると、彼女が毎日楽しみにしている子供番組を見せるため、マリーはミミと一緒に居間よりも小さいサイズのテレビがある子供部屋までいく。リビングにミミがいてくれたほうが目が届いていいのだが、何分テレビのサイズが大きすぎるため、ミミの目の健康を気遣っていつも大体そうしていた。

 マリーは最近ミミが夢中になっているキュボロというおもちゃを出しておき、彼女がそちらに夢中になりつつ、テレビのほうを見たりもする――そしてその傍らにはいつもうさしゃんがいる……というポーズが出来上がるのを見届けると、キッチンの片付けを済ませるためにそちらのほうへ戻った。

 イーサンは相変わらず、新聞を読みながら食事を続けており、マリーは特に彼のことは気にかけなかった。せいぜいが「コーヒーのおかわりくれ」と言われてそうするという、いつもその程度の会話しか朝はしないことが多い。

(本当に、変な女だ)

 新聞の少し上のほうからマリーの後ろ姿を眺め、イーサンはあらためてつくづくとそう感じる。だが、特にこれといって何もなくてもイーサンは今幸せだった。特に何も言わなくても自然と自動的に出てくる三食の食事やおやつ……しかもあの面倒な弟妹どもの世話まで焼いてくれ、イーサンはほっと心の寛ぐ思いまでもを味わうことが出来る。

 子育てというものにおいて、「何もかも、すべてが自分の責任だ」――ということになると、その重圧に苦しむあまり、子育ては何も面白いところのない義務と化す。けれど、イーサンには今マリーがいたし、マリーには彼がいた。イーサンもマリーも互いにそのことを口にして明文化したことはないが、それでもお互いにそのことを強く感じているはずだった。何かあった時に相談しあえるだけで、こんなにも心が楽になり、気持ちに余裕の出来るものなのだということを……。

 こうなるともう、イーサンにしても何かと問題を起こすガキどものいるこの屋敷にいたくないとか、そんなふうには思えなくなっていた。以前まではあれもこれも自分の責任ということにされたくなく、そうしたことから逃げたい気持ちもあり、さらに実際学業や大学生活のほうが忙しくもあった。だが、イーサンも今シーズンのカレッジフットボールが終了すると同時、時間のほうにも随分余裕が出来る。

(そしたら、あとは……この女といてもいい。第一、マリーが自分で気づいてないってだけで、もし仮に俺たちが結婚なんていう面倒なものをわざわざしなかったとしても、実質的にこれからも一緒に暮らしていけば、俺たちは家族で、それと同時に夫婦も同然だってことになるんだから)

 イーサンは、大学二年の頃からずっとつきあっているキャサリン・クルーガーとは別れることに決めた。だがもちろん、それも「今すぐ」というわけにはいかなかった。何分今はシーズン中だ。大学内でもイーサンとキャサリンとは美男美女のカップルとして通っているし、彼女にもチア部においての立場やプライドや、そうした色んなことがある。そしてそうした一切のことが片付いたら、マリーとの関係をさらに一歩進んだものにしようと、イーサンはそう思っていた。

 そしてその際において何より大切なのは、マリーにその間余計な虫が寄ってこないことであった。ケイレブ・スミスの父親より、野球チームの助っ人を頼まれて以前参加した時のことだったが、マリーが四人のコブ付きであるにも関わらず、彼女を深窓の未亡人か何かのように考え、再婚したいと思っているらしき男がいるとイーサンは知ったのである。

『もしかしてそれは、遺産目当てとかそういう……』

 デイヴィッド・スミスは自分の打順が回ってくるまでの間、ガムをクチャクチャ噛みながら教会内の恋愛事情について教えてくれた。

『いや、それもあるのかどうかわからんが、どちらかというとお宅のおねえさんのような女性と結婚して幸せの花を咲かせたいって思ってる男が何人かはいるってことさ。神は離婚を憎んでるはずなんだが、うちの教会には何かの事情で離婚してるか、あるいは女房に先立たれた男やもめなんてのが何人もいるからな。まあ、あんたはあの家の長男にして家長みたいなもんだ。一応、お耳にお入れしておこうかと思ってね』

 その時、バッターボックスに立った、いかにも人の良さそうな髪の薄い太った男を指して、デイヴィッドは言ったものである。

『あいつもそのひとりで、女房に逃げられたあと、子供を三人抱えてなんとか頑張ってるって口だ。マリー・ルイスのような若い娘と結婚できれば、七人の子供に囲まれてはっぴっぴってな生活を送れるんじゃないかと思ってるらしい。このことについて、どう思う?』

『七人の子供って、その勘定の中に、俺は含まれてないってことですよね?』

 一応、年上の相手だと思い、イーサンは敬語を使った。

『そりゃそうだろ。あんたみたいな格好いい若い男、外の女が放っておくわけがない。むしろ後妻が新しい夫と結婚してくれて、弟や妹の面倒からもお役免除となることを望むだろうから、そうなればやっぱりはっぴっぴさ』

『…………………』

(その「はっぴっぴ」ってなんなんですか?)と聞くことも出来ず、イーサンはこの件については考えさせられた。本人も「男に興味がない」と言っていたし、彼女は口説かれたからといって、そう単純に男に靡くタイプとも思えない。だからイーサンにしても安心しきっていたのだ。

 結局この日、イーサンが何本もヒットを放ったにも関わらず、「天の箱舟チーム」は負けた。投手はイーサンが投げたほうがまだしも速くコントロールの利いた球を投げられるたろうといったピッチャーだったし、一塁を守っている者もセカンドもサードも、みなノーコン過ぎた。だが、イーサンは負けたにしても試合自体を楽しいものとして満喫していたかもしれない。というのも、アメフトを本格的にやりはじめる前までは草野球チームにずっと所属していたからだ。

 そしてきのう、「ひとりぼっちで寂しい」などという言葉を聞いて、イーサンは胸にグッとこみあげるものがあったのだった。「(イーサンを抜いた)子供七人と夫婦ふたりで暮らせばもう寂しくない」――そんな事態の起きるのだけは、なんとしても阻止しなくてはならない。そこでイーサンは大学院へ進学するための勉強は屋敷へ戻ってきてすることにして、少しばかりではあるが屋敷内にいる時間を増やし、マリーの交友関係には目を光らせるということにした。

 前までだったらおそらく彼も、(これも俺の財産が将来的に目減りしないためだ)だの、(あの女にはこの屋敷にいてガキめらの面倒を見てもらわねば困る)といったように建前で考えていたかもしれない。だが、今はもうイーサンは自分の気持ちを認めた。何よりここは、彼が小さい頃からそうあって欲しいと願ってきた<家>だった。学校から帰ってきた時、玄関ホールにはおやつや紅茶のやわらかい匂いがして、晩ごはんを食べがてら、子供たちがその日クラスで起きたことを話したり……以前とは違い、イーサンにとってもここはすでに自分でも進んで帰ってきたいと思う<家>なのだ。

「あの……」

 ふわふわのオムレツにポークソテーを食べながら、イーサンは新聞から目を上げる。

「なんだ?ミミのうさしゃん話か?」

「新聞が逆さまだなと思って……」

 イーサンはそう聞くなり、ユトレイシア・デイリーニュースの新聞をぐしゃぐしゃにした。いや、株価を見ていた時には確かに真っ直ぐだったのに、何故今そんなことになっているのか、自分でも理解できない。

「わたし、いつもあなたに相談にのってもらってばかりだから、もし、何か悩みごとでもあったら……」

「いや、ない!俺には悩みごとなんか絶対にない!!」

 そう言い残してイーサンは、ダイニングを出ていった。食事のほうなら八割方終わっていたため、彼としてはあと、コーヒーさえあれば良かった。それで、コーヒーを片手に書斎へ閉じこもり、試験勉強を開始する。アメフトの練習は今日は午後からだった。

 ――こんなことがあっても、イーサンは次にリビングでマリーと顔を合わせた時にはケロリとしたものだったし、そういう意味でも彼は彼女と一緒にいて居心地がいいのだった。けれど、そんなイーサンにもマリーにはまだ聞けないことが随分ある。それは彼女に再婚する気はないのか、またする気があるとすれば、どんな男なら条件として合うと考えているのか……何かそうしたことに関することだった。

 他に、以前までは彼女の過去についても色々と聞いてみたいような気がしていた。だが、金庫のことでも何かの濡れ衣を着せられたくないとマリーが考えていたように、ああした性格が醸成されるまでには何かの<不幸>が彼女にもあったのだろうと、イーサンにも容易に推察できる。だから、今はもうそんなことを聞くつもりもなかった。

 イーサンはこうした複雑な物思いを抱えながらも勉学に励み、またアメフトのほうでは第五試合、第六試合と順当に突破していった。これは強豪大学のひとつと目されているユトレイシア大としては当然であると同時に、周囲もそのように受け止めていることだった。アメフトの激しい練習に明け暮れる間、イーサンは一時的にせよマリーや家族のことを忘れることが出来たし、また今シーズンが終われば時が動いて色々なことが変わってくると思い、そのことに望みをかけてもいたのである。

 だが、神は実際にその時がやって来るまでに、イーサンにいくつかの試練を置いたようである。まず第一に――ルーディとマーティンがマクフィールド家に遊びにやって来た。ふたりはキャサリンやクリスティンと大学内のカフェテリアで話していて、やはりイーサンにある疑惑を持っていた。もちろん彼らの男同士の友情は非常に堅いものであり、これらイヴの女たちに容易に秘密を洩らすということはなかったにしても……。

「わたし、イーサンが浮気してるんじゃないかと思ってるの」

 ズバリ突然そう言われ、ルーディもマーティンもそれぞれ飲んでいたカフェラテを吹きそうになった。

「そ、その根拠は?」

 ルーディがどもったのは、彼が嘘をつくのが下手だからではない。笑いたいのをどうにも堪えかねたからだった。

「だって、ほら、まずは寮を出たでしょ?大体あの頃からなのよ。電話しても出なかったり、デートの誘いもめっきり減って……ねえ、何か知ってるなら教えくれない?イーサンは自宅でガキどもが面倒を起こしたとか、俺だって勉強とアメフトの練習で忙しいんだとか、そんなことしか言わないけど、わたしにはわかるの。絶対他に女が出来たのよ」

「…………………」

 マーティンもルーディも当然の如く黙りこんだ。大学のカフェテリアはスターバックスの店内のようにお洒落な雰囲気で、キャサリンはキャラメル・マキアート、クリスティンはエスプレッソを飲んでいた。そしてマーティンとルーディはカフェラテにクラブハウスサンドを食べているところだった。

「ああ、もういいわ!わたしもダイエットだなんだ言ってないで、やっぱりパイでも食べちゃう。クリスティン、あんたは?」

「じゃあ、わたしもつきあうわよ。ブルーベリーパイ取ってきてくれる?」

 キャサリンがカウンターのほうへ向かうと、クリスティンは「どういうこと?」と鋭い視線をルーディとマーティンのふたりに走らせた。クリスティンは黒い髪に青い瞳の、目鼻立ちのはっきりしたラテン系の美女だった。このような美人に凄まれて、ずっと無言でいるというのは難しいことである。

「普通、心当たりがまるでなかったら、『そんなことは知らねえなあ』とでも言うでしょ?黙ってるってことはようするに、あんたたちは例によって男同士で隠してることがあるってことなんじゃないの?ねえ、そうなんでしょ?」

 パイをふたつほど皿にのせて戻ってくる間、クリスティンも自分が聞きたいのと同じことを問い詰めたのであろうことが、キャサリンにもわかった。いや、今すぐここではっきりしたことは聞けないかもしれない。けれど、いずれにしろクリスティンにぞっこんのマーティンが、あとからでも真実を恋人に話し、自分に教えてくれるだろうと思っていた。

「あんたたちが、そんな人でなしだとは知らなかったわ」

 男どもが相も変わらずもぐもぐと食べるばかりで何も言わないのを見て――この場合の沈黙は自白も同然と思ったキャサリンは、チェリーパイを食べかけてやめる。

「あのねえ、あんたたちだって知ってるでしょ?シーズン中はわたし、イーサンに対して多少不満なことがあってもずっと黙ってるし、彼もそのことわかってるから、シーズンが終わったあと旅行とか連れていってくれるの。でもこれから一月になって優勝できるかどうかがわかるまで……わたし、ただひたすらイーサンのことを応援して、疲れてる時にはセックスでもサービスしてって、ずっとそんな感じなのよ?わたしだって馬鹿じゃあるまいしわかってるわ。わたしと彼とは大学内でお似合いのカップルとして通ってるから、卒業するまでは形だけでもつきあってる振りをするとか、イーサンがそんなふうに考えてるだろうってことはね。だけど、わたしのこの涙ぐましい奉仕のことはどうしてくれるのよ!?わたしが真実を知りたいっていうのは、何よりそういう意味なのっ」

 キャサリンはケイト・スペードのバッグの中からハンカチを取りだすと、それで目尻の涙を拭いた。女の涙に弱い気の優しいマーティンが何かを言いかけると、ルーディがそれを制する。

「俺も、キャシーとイーサンはお似合いのカップルだなって思ってずっと見てきた。だけど、人には色々事情ってものがあるだろ?特にあいつの場合、家庭環境なんかも複雑だし、頼まれてもいないのにそんなことを友達の俺らがしゃべる筋でもないっていうかさ。というより、俺たちなんかよりイーサンに直接聞けよ。確かに、あいつに女がいるっていうのは事実だ。だがそれは、イーサンの口から聞いたところによるとプラトニックなもので、今のところふたりは恋人でもなんでもないらしい」

「……何よ、それ」

 キャサリンだけでなく、このルーディの言葉にはクリスティンも険しい顔つきをした。何より彼女にとってはそんな大切な事実を掴んでいながら、恋人のマーティンが何も言わなかったということに腹立ちを覚えるのだった。

「だから、あとのことはイーサンに聞けよ。俺たちの聞く限り、あいつはその女に惚れてるってわけでもないらしい。第一、俺にも言ってたぜ。『何を言ってる。俺にはキャサリンがいる』みたいにな。だがこう……なんていうか、俺もそこに嘘っぽいものを感じてはいた。イーサン曰く、その女性ってのは道徳か宗教の本みたいにまるで面白味がなくてつまんない女だってことだったな。だがそれでも女は女だ。イーサンのほうでもまんざらでもないのかもしれない」

「だからようするに、どういうことなのよ?」

 キャサリンだけでなく、クリスティンまでもがじれったくなってきて、ルーディのことを睨みつけた。(おーこわ)というようにルーディのほうでは肩を竦め、クラブハウスサンドを再び黙って食べ続ける。

「つまり、イーサンには言い寄ってくる女が誰かいるってこと?で、道徳か宗教の本みたいに地味でつまんない女だけど、イーサンも言い寄られて男としてまんざらでもないってことよね。でも今のところまだプラトニックな友達みたいなものだから、べつに浮気とはイーサンは自覚してないけど、なんかちょっと嘘っぽいってこと?」

「実際、詳しいところは俺たちにもわかんないよ」

 そう言ってルーディも肩を竦めた。

「ただ、あいつが電話なんかでその女と話してるのを聞いてると、なんか変だなとは感じる。会話自体は色気ゼロだし、相手のほうは「子供たちの前で性の話だなんてとんでもない」といった感じの女性らしいから、おそらく体の関係のほうはあいつの言うとおりないんだろう。だからそういう種類の浮気ではないんじゃないかとは思う、今のところは」

 ここでクリスティンが何故か突然、「あーっ!!」という大声を出したため、周囲の学生たちが一瞬振り返った。

「わかったわよ、キャシー!!イーサンの家には今、ゴサイがいるのよ、ゴサイが。ああもう、なんでこんなことにもっと早く気づかなかったのかしら。そうだわ、うちのおばあちゃんが言ってた。イーサンが家族で教会に来てたみたいなこと……そのゴサイってどんな女なのよ?まだ若いの!?」

 実はクリスティンの祖母はイーサンの家から比較的近いところに住んでいる。ヴィクトリアパークの地下鉄駅で下りた場合、マクフィールド家は歩いて五分程度の道のりだが、クリスティンの祖母のイモジェンは十分くらい離れたところに住んでいるといった距離だった。

「流石だな、クリスティン。俺の言った僅かなヒントでそこまで考えられるとは……まあまた、その調子で俺の推理小説の筋立てにでも協力してくれ。だが、俺はあいつの友達として言うべきではないことをしゃべりすぎた気がするし、俺たちの持ってる情報ってのもよくわからない不確かなものでしかないんだ。だからキャシー、あとのことはほんと、おまえがイーサンに直接聞くしかないよ」

 そう言ってルーディは立ち上がり、マーティンにも合図してトレイを下げた。クリスティンに最後「あとで覚えておきなさいよ」というように凄まれて、二メートルもある大男はすっかり縮こまり、カフェテリアをあとにしていた。



 >>続く。





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