今回、本文のほうがちょい長なため、前文にあんまり文字数が使えません
ということで、どうしようかなと思ったんですけど……「パリ殺人案内」というドラマシリーズについてちょっとメモ書き程度に残しておこうかなと思いました
・第1話目=ムーラン・ルージュ。
わたし自身はこれ、「こうこうこーゆー理由でコイツが犯人」とかいうのは誰も推理できないんじゃないかなって気がするのですが、お話全体の雰囲気がとても好きですムーラン・ルージュで踊り子をしていた妹が行方不明となり、お姉さんのディアンヌはその行方を捜しますが……オーディションを受けるものの、足の悪い元一流ダンサーだという男性に落とされてしまいますそこを支配人に雑用係として拾われますが、その後ディアンヌはチャンスを掴んで舞台に立ち、人気者に。けれど、それもまた妹の行方を探るためであり、ディアンヌは危ない橋を渡ることになりますが――という、大体そんな感じのお話かなって思ったり。
ムーラン・ルージュの踊り子たちを見ていて、「ロートレックの絵に出てきた人に似てるような」と思ってたら、ロートレックがちらと出てきたところも、自分的にポイント高し、細川たかしです
・第2話=エッフェル塔。
こちらには確か、エッフェル塔の設計者であるギュスターヴ・エッフェルがちらっと出てきてたと思いますお話のはじまりが、エッフェル塔のエレベーター内における密室殺人なため、その時点でドラマのほうに惹きこまれました。なかなか入り組んだミステリーと思いますし、火サスなどでは「トリックその他わからんけども、直感としてコイツが犯人っぽい☆」と見当のつくことがあるものですが、わたし自身は相当後半になってようやく真犯人がわかったといったような次第です(^^;)
・第3話=オペラ座。
オペラ座で会計に関係する仕事をしていたマノンという女性がオペラ座内で殺害されます。フォンティーヌはオペラ座の歌手で、母親のエヴァは花形歌手といった人気のある立場に長くいるらしい。そんな中、エヴァがオペラ『カルメン』のカルメン役をしているリハーサル中、マノンの死体が発見される。フォンテーヌの恋人はオペラ座で大道具係をしていますが、彼のロッカーから札束と殺害に使われた短剣が発見されたことから、彼は逮捕されることに……。
次から次へと不利な証拠や証言がされる中、フォンテーヌは最後まで自分の恋人の無実を信じようとしますが……自分的に、オペラ座という場所に強い憧れがあるので、見てるだけでとても楽しめた作品だったと思います。幸せ
・第4話=ルーブル美術館。
こちらもオペラ座と同じく、その一部の映像が映ってるところを見るだけでも脳が幸福物質に満たされるので、それだけでも十分な気はするものの……ストーリーとしても面白かったと思います
何分、時はまだ19世紀のこと、美術品を盗難する名人らしいメルキュールという人物が、ルーヴルのある美しく価値ある宝石を盗もうとしますが……強い電流が周囲に張り巡らされているため、メルキュールはある軽業師の男を雇い、いざ決行の日がやって来ます。
自分的に、色々な意味でこの第4話が一番面白かったような気がするのですが、そのあたりはもしかしたら人それぞれ、好みの問題もあるかもしれません。とにかく大好き
・第5話=ヴァンドーム広場。
舞台がリッツホテルしかも、主人公がそこで働く女性料理人という設定も痺れますこちらも、この設定がふたつ揃った時点で、わたし的にお腹いっぱいでした(笑)。
もちろん、それだけじゃなくストーリーのほうもすごく面白かったですパリではこの頃、子供の誘拐事件が多発しており、ジャンヌの息子もそうした犠牲になるのでは……と彼女は心配していたのですが、そんな「まさか」というような事件が起きてしまいます。
厨房でソース係を担当しているジャンヌに対して、ヨーロッパ各国の大使他の高官といった人々が集まる場で、砒素を混入するよう誘拐犯から指示されますが……色々とややこしい人間関係のもつれがある中、彼女は愛する息子を取り戻せるのか。
第4話のルーヴル美術館も大好きでしたが、続く第5話のこちらのお話もとても好きです
・第6話=エリゼ宮。
エリゼ宮といえば大統領府……ということで、自然政治色が強い内容となっております。簡単にいうと、時の大統領の暗殺事件にまつわるお話なのですが、息子がエリゼ宮において顧問官のひとりとなったことを喜ぶマドレーヌ。マドレーヌは息子ヴィクトルの案内でエリゼ宮を案内してもらいますが、その最中、他の顧問官のひとりが殺害される現場に行きあってしまい……最初、大統領が狙撃されるような場面からはじまり、最後のほうで再びこちらにお話が繋がるわけですが、そこに至るまでお話が二転三転するところが見どころやも知れませぬ。また、大統領暗殺の黒幕はわたし的に意外な人物でもありました
・第7話=ソルボンヌ大学。
う゛う゛っ。そろそろ文字数限界……初めてソルボンヌ大学の法学部に入学の許された女学生が主人公です。しかも苦労して入学したというのに、ある教授を殺害したという容疑をかけられ……その上この教授が実は男装した女性であったことが死後にわかるという。弁護士を目指しているヴィクトワールは、この殺人の容疑を晴らすことが出来るのか!?
自分的に、特に第4話と第5話がストーリーその他一番好きだったかもしれません例によって(?)>>△□日以内に見放題終了。みたいに表示があったことで急いで見たドラマシリーズでしたが、19世紀の雰囲気その他、自分的にすごく好みだったので、とても楽しめました
それではまた~!!
惑星シェイクスピア-第三部【31】-
アベラルド・アグラヴェイン公爵と、モルディガン・モルドレッド公爵とは、ラグラン=ド=ラングドック侯爵が首を吊った場所で玉座に座り、毎日話し合いを重ねていた。その場に彼らの近衛隊や騎士団の精鋭がいることもあれば、彼らを下がらせて「ハムレットの小僧めをどう料理するか」とふたりきりで引き続き話すこともあった。
だが、アグラヴェイン公爵家とモルドレッド公爵家とは、同じ公爵家であるのだから同格かといえばそうではなく……アベラルドが臣下の立ち位置から見て右側の大きいほうの玉座に座り、モルディガンが左側の、ラグランの今は亡き妻ラヴィニアが以前まで座していた場所へ座っているように――このふたりの力関係というのは概ねそのようなものであった(ラヴィニアは夫が苦悩の果てに首を吊って死んだのを見、自らもまた絶望し、夫妻の寝室にて同じように首を括って死んだ)。
これは、同じ公爵家と言えども、彼らふたりが<砂漠の公爵家>であるローゼンクランツ家とは格が違うと自負していたのとも意味合いが違ったと言えただろう。アグラヴェイン家もモルドレッド家もペンドラゴン王家の血に連なる者として、ともに由緒ある家系である。だが、歴史的に見た場合、このふたつの王州テセリオンに隣り合う公爵領は、互いに王の寵愛を得んがため、競い合ってきたという長い経緯を経て今日へと至っている。ある時代においてはモルドレッド家がアグラヴェイン家よりも権勢を振るい、またある別の時代においてはふたつの公爵家ともに拮抗した力関係を保ち……公爵家同士で仲が悪い時代もあれば、微妙なライバル関係にあった時代もあり、共に仲良く協力しあい、ペンドラゴン王家を支えたという時代もあった。
そして今――アベラルド・アグラヴェインとモルディガン・モルドレッドはどうだったかといえば……彼らふたりはクローディアス・ペンドラゴンが第二王子であった頃から従兄弟同士として親しい間柄にあったのである。ハムレットの父であるエリオディアスは、次代の王になるのは彼であることから、アベラルドとモルディガンに幼少時からもっとゴマを擦られて良さそうなものであるのに、このふたりは弟のクローディアスと小さな頃より親しく、三人で結託してエリオディアスのことをむしろ除け者にしていたようなところがあったと言える。というのも、彼らは物質的になんらの不自由もなく育てられ、周囲にはかしずく家臣ばかりであったのだから我が儘放題であったし、三人とも人の好き・嫌いの激しい気性をしていたから、エリオディアスは彼らの間にいるとなんとも気詰まりな思いを味わったものである。
だが、流石に十代も後半に差し掛かろうかという頃合いになると――どうやらこのままではまずいようだということに、三人が三人とも気づくようになった。無論それまでも、クローディアスとアベラルドとモルディガンの三人の間では「クローディアスが王になればいいのにな」とか、「なんでおまえじゃなく、エリオディアスが単に長子だからって理由だけで王になるんだろ。不公平じゃないか」といったことは、よく話していたものである。とはいえ、この三人の頭には一度たりとて『エリオディアスを暗殺すれば、俺たち三人の天下になるぞ』といったような案まで思い浮かんだことまではなかったということは――彼らもまだ若かりし頃には、今ほどには権力への執着心もなく、純粋だった時代があったということだろう。
アベラルドとモルディガンがいずれ王となる身のエリオディアスよりも弟のクローディアスと親しかったのは、ある理由があった。アベラルドもモルディガンも、公爵家の名に恥じぬよう言わば英才教育を施されたのであり、それはクローディアスにしても同様であった。兄エリオディアスに万一のことがあれば、彼が王ということになるのであるから、この四人は大体年ごろが同じだったこともあり、幼少時より王宮の一室に集められ、同じ家庭教師から言語学、哲学、歴史、帝王学その他、音楽や絵画といった芸術的教養、王族として恥ずかしくないマナー、ダンスの練習、一人前の騎士となるための馬術や武術など……身に着けるべきことは数え切れぬほどあったのである。
こうした中で、クローディアスとアベラルドとモルディガンの三人は、常にその成績のほうが競っていた。だが、エリオディアスは凡庸どころかはっきり言えば落ちこぼれであり、三人はそんなエリオディアスのことを――本人の前でそれと口にすることはなかったが、態度によってはっきり軽蔑していたと言える。とはいえ、小さな頃は「なんであいつが王になんかなるんだろ」、「知らね。大人の事情ってやつ?」といったノリであった彼らも……十代も後半になる頃には、エリオディアスがいずれ王になるということが何を意味するか、はっきり悟るようになっていったのである。
そんな中、アベラルドは生来からプライドが高かったこともあり、今まで自分が見下してきた相手に対して膝を屈めるのがどうしても嫌だったのだろう。エリオディアスに対し、何か歩み寄りの姿勢を見せることは一切なく、彼は変わらずクローディアスとのみ親しくしていた。だが、モルディガンは違った。父や周囲の側近らの説得や助言もあり、クローディアスのことを親友として裏切ろうというのではなく、エリオディアスとも今後は多少なり親しくしてゆこうと考えたのである。もともと、確かにモルディガンはクローディアスとアベラルドにこの第一王子を外そうという意図を感じ取ってはきたが、彼は子供の時分には(これだと流石にエリオディアスが可哀想だな)と感じ、仲間に入れてあげようとしたこともあれば、その後も多少なりふたりの前で彼を庇うことがなくもなかったのである。
モルディガンはそう露骨に手のひら返しをするように、エリオディアスに擦り寄っていったということはなかったが、それでも一緒に狩猟へ出かけ、第一王子の下手な弓の腕前を褒めたり、彼の小さなドジを庇うことが、特段それほど嫌ではなかったのである。そして、エリオディアスのほうでは幼い頃から素直な性格をしていたから、彼はこの従兄弟の見せた優しさにただ感謝の意を示した。「思えば、小さい頃からずっとそうだったよね。僕、モーディが弟やアベラルドと仲良くしてて、僕のことを見捨てても仕方ないってずっとそう思ってたよ。でも、あのふたりの態度次第によっては僕とだって十分仲良く出来るのにっていう雰囲気っていうのかな……そういうのはわかってたからさ」とまで言われ、モルディガンとしても微妙な気持ちであった。また、彼が今後王として即位した場合――公爵家とは親しくしておく必要があるといったことも、エリオディアスは重々理解しているのだろうとわかっていた。
だが、この奇妙な人間関係のシーソーゲームについて、アベラルドはモルディガンにはっきり異議申し立てをした。エリオディアスとゼドウィック夫人の開いたパーティへ一緒に出掛けたとか、ともに九柱戯を楽しんだなど、当然彼の耳にもクローディアスの耳にも入り、「おまえ、一体どういうつもりなんだ!?」と、ある時そう喧嘩腰に問われたわけであった。
「アルド、俺たちだってもう子供じゃないんだぜ」と、モルディガンはなんの悪びれたところもなく、ケロリとした態度で申し開きをした。これは彼が十七歳の頃に起きたことであり、エリオディアスが父王崩御に伴い、即位したのが二十四歳の時のことであったから、その五年ほども前のことであったろうか。「確かに、友達としちゃ俺は今もクローディアスのことのほうを親友だと思ってるよ。だが、今のところ王になる予定なのはエリオディアスだ。つまりは、俺とおまえの公爵家であいつのことを盛り立てていかなくちゃいけないんだよ。おまえだって、親父さんあたりからそんなふうに言われてるんじゃないのか?」
「だが、俺はクローディアスのことは裏切れん」と、アベラルドは気難しい顔をして言った。モルディガンはこの黒髪黒瞳で、ブロンドに緑の瞳の自分とは似たところのない従兄弟を尊敬していた。というのも、彼は自分の父である公爵の理想像をそのまま鋳型に流し込んだような、極めて真面目な性格をしていたからである。「モーディ、おまえも知ってるだろ?サロモンディアス王はエリオディアスとクローディアスのことをはっきり差別して育てた。いや、俺たちを育てたのは正確にはあの口やかましい家庭教師のじさまたちだったにしても、王は今にしてみれば将来のことを考えて、そういう区別が必要だと考えていたんだろう。まあ、俺たち公爵家にしても、最初に生まれた男児が跡継ぎと決まっているわけだから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。だが、純粋にエリオディアスとクローディアスのふたりのうち、どちらが王に相応しいかと言えば……それは間違いなく能力的なことで言えばクローディアスのほうだったろう。それなのにエリオディアスの奴は、ただ長男として生まれたというだけで、両親の寵愛を独り占めにしてクローディアスは少し……なんというか、家族の中で疎外感を感じるという関係性だった。だから、俺たちの間では……」
「わかってるよ」と、モルディガンは肩を竦め、親友に同意した。もっと言うなら、彼は知っていた。アベラルド自身、父親が厳しすぎて愛情を感じられないこと、公爵夫人の母には愛人のつばめがいることなど……ゆえに、そうしたせいもあって、彼はクローディアスに対しより親身になって肩入れするのだろうとは。「アルド、俺とおまえのクローディアスに対する友情は永遠のものだ。だが、単に俺はガキでいられる時代はそろそろ終わりを迎えると言ってるだけなんだ。俺はこれからは公私の公の顔としては、いずれ王となるエリオディアスともそれなりに仲良くし、公私の私としては、エリオディアスよりもクローディアスのほうが大切だという、ようするにこれはそれだけの話なんだから」
アベラルドがこの時はっきり、裏切者を見るような目で自分を見てきたことを、モルディガンははっきり覚えている。そして、急に突然気づいた。ずっと、ひとつ年上の彼のことを自分より大人だと感じてきたが、実は案外そうでないのかもしれないということに。
「おまえ、俺の妹のアンジェラのことが好きなんだよな?」
突然、アベラルドが意地悪い顔で話の矛先を変えてきたため、モルディガンは一気に赤面した。アベラルドにはふたり妹がいて、ひとりはのちにクローディアスに嫁いだガートルード、そしてその下にもうひとり、アンジェラという名の妹がいたのである。
「なっ、なんだ。一体それがどうした!?」と、モルディガンはうろたえた。この頃、彼は将来結婚するとしたらアンジェラ・アグラヴェインただひとりしかいないと、そのように思い詰めていたからである。「今の話とアンジェラのことと、一体どんな関係がある?」
「俺は結局、自分が好きな女とは結婚できん」と、アベラルドが再びどこか達観したような大人の顔と冷静さを取り戻して言った。「だが、それでいいと思ってる。息抜きのためには、よそに愛人でも金で買って囲えばいいのだしな。俺と妹のガートルードとアンジェラの結婚相手のことは親父が決める。そしてその決定には逆らえん。そこらへん、モーディ、おまえの親父はどう考えてるんだ?」
公爵家が王都の城下町に持つ別邸にて、この時ふたりは話をしていたのだったが、広い館とはいえ、同じ屋敷内の別の部屋にガートルードもアンジェラもいるとわかっているだけに――モルディガンはアンジェラがすぐ隣の部屋にでもいるかというくらい、彼女の存在を強く意識したのを覚えている。
「お、俺の親父は、まだ少しくらいは聞く耳を持ってる人だからな。それに相手がアルド、おまえの妹ということにでもなれば、貴族同士、釣り合いも取れていてちょうどいいということになるだろう。となれば、あとは俺の説得の仕方次第というか……」
「だろう?俺はおそらくクロリエンス州のレディ・アナベラと婚約することになると思うんだ。肖像画以外で顔も知らないし、貴族の娘として教養がありプライドも高いとなれば、何かと大変だろうな。だが、そこはさっきモーディ、おまえが言ったとおり公私の公というやつだ。俺の親父とおふくろがそうであるように、冷えた夫婦関係というやつでも仕方あるまい。だが、貴族の結婚というのは元来がそういうものだからな……しかし、俺はおまえには愛する妹と結婚し、幸せになって欲しいんだ」
「本当かい!?じゃあ、親父さんの公爵殿に頼み込んで、アンジェラと俺が結婚できるよう、それとなく取りなしてくれるんだな?」
「もちろんだ」と、アベラルドは深く頷いて請け合った。「だがあの頑固親父のことだから、確証することまでは出来ん。ただ、俺なりに最善を尽くすとだけ約束しよう。それが妹のアンジェラの幸福にも繋がることだからな」
だが結局、モルディガンはアンジェラ・アグラヴェインと結婚することは出来ず、彼はラグラン=ド=ラングドックの娘であるラリス=ド=ラングドックと結婚することになった。モルディガンはこの凡庸で従順な娘に激しい恋心をかき立てられることはなかったが、美人で気位の高いレディ・アナベラと結婚したアベラルドの不幸を見ていたがゆえに……結婚というものは、自分次第でそれを幸福なものにも不幸なものにも変えられるのだと考え――やがては彼女のことと、生まれてきた三人の子供たちを心から愛するようになった。
もっとも、モルディガンが『人生において最良の第一選択をしなかった』ということで、その後もずっと後悔の思いを胸の海の奥底に沈めて生きてきたというのは事実である。王宮における何かのパーティや行事で結婚したアンジェラの姿を目にするたび(彼女は現在のレティシア侯爵の父であるレディオス・ド・レティシアと結婚した。恋愛結婚ではなく、あくまで当初は政略結婚であった)、かつてあった恋心が燠(おき)のように小さくなっていたのが、一目見るなり大きな炎となるのを幾度となく感じてきたものである。
だが、マドゥール・ド・レティシア侯爵に援軍を要請したというのに、使者が色良い返事を得られず戻ってきた日の夜(あろうことか、レティシア侯爵は「考えさせてもらおう」と答えたとのことである)、モルディガンは遠い昔の日の夢を見た。修道院にて、貴族の娘としての教養やマナーといったものを授かり、アンジェラが戻ってくるという日を、モルディガンはどれほど心待ちにしていたことだろうか。
アンジェラが自分のことを「尊敬する兄が仲良くしている友達」くらいにしか思ってないと、モルディガンは一応自覚はしていた。とはいえ、十二歳の時から三年も女ばかりの修道院にいたということは、アンジェラがまだ誰にも恋などしていないことは明白であった。そのことを一目会って確かめたくて、モルディガンはアベラルドに会うという口実でアンジェラに会いにいったのだ。
結局、実際には一言も口を聞けず、アンジェラが奏でる美しいハープシコードの音色に陶然と耳を澄ませて帰ってきたというそれだけではあった。また、最終的に恋愛関係には至れなかったにせよ、親友であるアベラルドがせめても一言二言話せるようにと、茶会(ティーパーティ)を開いてくれたり、色々と取り持ち役をしてくれたことについてモルディガンは今も心から感謝している。
だが、実をいうとその後、モルディガンはあるひとつのことについて、アベラルドに対し疑念を持つようになった。モルディガンは美しく清らかなアンジェラの澄んだ眼差しの前にさらされると、自分がどうにも矮小でくだらぬ人間のように思え、彼女の前では思ったことの十分の一も話せずに終わってしまうことから――ある時、手紙を書いたのだ。自分がどれほどアンジェラ・アグラヴェインのことを愛しているかと、心を込めた手紙を……それを読んでも彼女がもし、『ごめんなさい。あなたのこと、兄の仲のいいお友達以上の人としては感じられません』ということなら、モルディガンとしてもきっぱり諦めるつもりであった。
とはいえ、その恋文を書いた時、若かったこともあり、モルディガンは最低でも七十七パーセントくらいの確率で、『こんなに想っていただいてるだなんて、まるで存じ上げませんでした。こんな私で良かったら、モルディガンさまのお気持ちにお応えしたく……』といったような、そんな返事をもらえるものと淡い期待を抱いたのだ。だが、兄であるアベラルドに渡したその手紙がその後どうなったのか、実はモルディガンには確かなところがわからなかった。無論、アベラルドは『確かに妹に渡した』と、のちに問いただした時に答えてはいたのである。
だが、手紙を渡して返事がいつ来るかいつ来るかと待っていたモルディガンの元には信じられない報がもたらされることになる。アンジェラ・アグラヴェインが、レディオス・ド・レティシアと婚約することに決まったとの……当然、モルディガンはアベラルドに問いただした。すると彼は、手紙は渡したが、そのこととは関係なく、親父が急にアンジェラの婚約を取り決めたのだと言った。この場合、もしアベラルドが妹に親友の手紙を渡さなかった、あるいは渡せなかったとしても、ある立派な理由があったことだろう。手紙を渡そうとした直前あたりでそのことを知り、こんな恋文を妹に渡し、困らせたくなかったとの――だが、のちにはっきり、モルディガンはアンジェラが自分の手紙を間違いなく読んでいないと確信したことがある。というのも、その頃には彼女は結婚し、彼もまたラリス=ド=ラングドックと婚約していたのだが、あれほどまでの激しい恋心を告白され、アンジェラはけろりとして自分と話せるようなタイプの娘ではないのだ。ゆえに、その時の感触で彼女が(間違いなく手紙を読んでいない)と知り、彼はその頃にはほっと胸を撫で下ろしていたものである。
その頃にはアベラルドに対しても特段激しい怒りのようなものは沸いてこず、『おまえ、俺の手紙を渡さずに捨てたな!?』などと詰問するつもりもなかった。というより、この頃彼は青春時代の終わりの到来とともにある種の感慨を覚えていたのである。エリオディアスは王としてガートルードと結婚し、盛大な式が催され、その後アベラルドもアナベラ・クロリエンスと結婚した。そして自分も婚約中の身……この婚約を破棄したい衝動にモルディガンは一体何度駆られたことだろう。だが、彼にとっての最愛の清らかな天使アンジェラは他の、貴族としてはひとつ格が劣る侯爵家へ嫁いでいった。ラリス=ド=ラングドックは凡庸で退屈な娘ではあるが、婚約を破棄して恥をかかせるには、善良な性格の彼女に対しあまりに申し訳ない……そのように思い悩む中、彼は結局親の取り決めた相手と結婚式を挙げることと相成ったのである。
この頃、クローディアスとモルディガンは特に親しく夜を過ごし、自分の悩み事や愚痴を彼に聞いてもらっていたものである。アベラルドは結婚以来、妻の束縛が激しく、夜はろくに外出も出来なかったし(「新婚早々夜な夜な夫が出かけるだなんて、私に恥をかかせるおつもり!?」といったことで、すぐ喧嘩になるらしい)、結局のところクローディアスは兄王のことでは何も思ってなかったのだ。むしろそのあたりの微妙な距離関係のことを察して、「自分のことは気にしないでくれ」とさえ言っていた。「兄のエリオディアスは、王である以上、ふたつの公爵家にでも盛り立てていってもらわないことにはどうにもならんからな。むしろ、せめても儀礼上だけでも兄と親しいか、親しい振りだけでもしてもらえると助かる」と、彼は頭を下げて頼むことさえしたのだ。
やがて、結婚して一年後に王妃ガートルードは懐妊し、無事ハムレット王子を出産した。だが、エリオディアスが毒殺によって急逝した時――アベラルドとモルディガンはすぐに秘密の相談の場を持った。エリオディアスが暗殺されたと聞き、彼らの脳裏にはどうしてもクローディアスの顔が思い浮かんで離れなかったからだ。そこで、エリオディアスを誰が殺したか、お互いの間で心当たりのある者を順に挙げていったりしたわけである。だが、この時このふたりの親友の間で何より大切だったのは――アグラヴェイン家もモルドレッド家もともに間違いなく『白だ』と確認しあうことだったに違いない。
そののち、ふたりはエリオディアスの毒殺を受け、クローディアスが王となってからも、共通のこの親友が兄を殺したのかもしれない……との疑いを払拭しきることは出来なかった。だが、その後五年、六年、十年と、時が過ぎるにつれ、エリオディアス・ペンドラゴンを殺害したのは誰だったのかなど、アベラルドにもモルディガンにも最早どうでもいいことになっていった。この三人はペンドラゴン王国における権力を三人でがっちりと握り、実にうまくやっていたからである。
だが、彼らが死ぬまで永遠に続くかと思われたこの栄耀栄華も、とうとう終わりを迎える日がやって来たらしい。ガートルード王妃が先王エリオディアス王との間にもうけた王子、ハムレットが実は生きており、星神・星母の啓示を受け、外苑州の兵力を結集させ内苑州へ攻め上ろうとしているということ、それに続き、バロン城塞が無血開城したとの報告がもたらされると――王都テセウスの王宮は俄かに浮き足立った。
妻ラリスの父であるラグランを助けに行こうとモルディガンは思い立ち、アベラルドはといえば、妻のアナベラに急き立てられてのしぶしぶの出陣であった。彼女は自分の故郷の州が外苑州の田舎者どもに荒らされるなど、どうにも耐え難かったのである。
モルディガンもアベラルドも、庶民が貴族に盾突くどころか、反抗して逆に処刑するなど、今までの人生で一度として想像してみたことさえないことから――ラングロフト州で遭遇した出来事にはこの上もないショックを受けた。いや、ショックを受けたなどというものではない。彼らはその衝撃が過ぎ去ると、次には怒りに駆られた。自分たちがこうした庶民らから搾りに搾り取った結果としての反乱だなどとは露ほども思わなかったし、このふたりの公爵の常識としては、貴族である自分たちが支配でもしないことには、民衆というのはどうにもならない愚かさしか有していないとしか考えなかったのである。
だが、アベラルドもモルディガンも、自軍の兵士たちに「好きにしていい」とは言ったが、彼らが自分たちが想像した以上の残虐行為に及ぶのを見て驚きはした。とはいえ、それが特段気に入ったというのでなかったにせよ、「これでいいのだ。いや、これでこそいいのだ」と思うことにしたのである。そこで、残虐な処刑行為を止めなかったところ、それはどんどんエスカレートしていった。
モルディガンがラ・ヴァルス城へ到着した時、彼の義父母はすでに首を括って自殺したあとであり、モルディガンはこの時、クローディアスが拷問室で行っていたありとあらゆる残虐行為を思いだし――この城砦都市の市民らを義父母の遺体を納めた棺の前で、一等残酷なやり方で処刑していったのは事実である。だが、ここまで見てきた庶民らの恐ろしいばかりの獣じみた様子と、次は自分の番かも知れないという恐怖……それがある種の、人間らしい感情のようなものを彼らから奪い、すっかり心の麻痺した状態にまで追いやったというのは事実であったろう。
アベラルドとモルディガンは州都ラ・ドゥアンを制圧し、ラ・ヴァルス城砦を占拠すると、ハムレット軍を迎え討つため、毎日のように軍略会議を開いた。だが、ラ・ヴァルス城砦は内憂外患といった狂乱状態にあったことから――彼らふたりは話し合いを重ねた末、この城は捨てるということに決めていたのである。だが、逆賊ハムレットの軍を止めるためには、ラングロフト州を戦地にする必要はあった。自分たちの領地を血で汚すのはなんとしても嫌であったことから、一度それぞれの州へ引き上げてのち、ハムレット軍をラングロフト州で食い止めるため挟み撃ちにしようと、そう落としどころが決まったわけである。
「クローディアス王に使者を遣わし、アデライール州の兵力二万五千、それにモンテヴェール州の兵力二万五千、それに王州テセリオン州の兵力五万とで、十分ハムレット軍には抗することが出来るだろう」
アベラルドがしきりとゴブレットの葡萄酒を飲みながらそう言うのを聞き、モルディガンは不安になった。彼は仕切り魔の妻アナベラの狂気じみた支配力の影響で、日常で何か小さな嫌なことがあるたび、酒に逃げるような人間になっていたのである。そのせいか、若かりし頃の美貌と精悍な体つきは加齢とともにだぶつき、残念な中年に成り果てていたと言える。だが、政治に関しては辣腕家であり、彼はクローディアス王やモルドレッド公爵家としっかり結託し、自分たちの采配によってそれぞれの各大臣や権力の座にある者の首を好きなようにすげ替えたり、すべては彼らの思うままという人生であったのは間違いない。
モルディガンは、義父母の死のショックが過ぎ去ると、今度は恐ろしいまでに冷静になっていた。確かに、王州テセリオンには兵力が合わせて五万ほども温存してあったに違いない。だが、アデライール州にもモンテヴェール州にも、それぞれすでに二万五千も兵力はない。また、外苑州すべての軍と、さらには難攻不落の要塞バロンを背後に控えてハムレット軍は進軍して来ているのだ。間違いなく分が悪いのは自分たちのほうだとしか、モルディガンには思えなかった。
(それに、民衆たちがハムレット王子の軍を歓迎したとするならば、アデライール州もモンテヴェール州もそれぞれ、ここラ・ヴァルス城砦と同じく、修羅の地獄となる可能性がある……)
この時、モルディガン・モルドレッドは己の死というものを生まれて初めて意識した。そして、齢四十三歳に達した今、心配なのは自分のことではなく、自分の妻や子供、それにモルドレッド一族のことであった。万一自分が死んだ場合、ハムレット王子軍が現在の公爵家をいかようにするかわからなかったからである。彼自身がもしハムレットの立場であったとしたら、後の禍根を断つためにも皆殺しにするだろう。あるいは追放だろうか。だが、追放といっても一体どこに?と、そうモルディガンは自問した。
そして、翌日にはラ・ヴァルス城砦を出るという前夜、モルディガンは義母ラヴィニアが自殺した寝室にて、夢を見たのである。このような危急の場合なのであるから、もっと色々な深い――たとえば、小さな頃から今までの人生を振り返るような――あるいは、この国の危難を打開するヒントとなるような、示唆に富んだ啓示的な夢を――見ても良さそうなものだが、モルディガンが見たのは全然別のものだったのである。
夢の中で、アベラルドもモルディガン自身もとても若かった。そして、その自分が照れた様子で、親友に例のアンジェラに宛てた恋文を手渡している。その後、アベラルドは王都の公爵家の城館で妹と挨拶するのだが、ポケットに入れた手紙のことについては何ひとつ触れなかった。そして自分の居室へ戻ると、モルディガンが一生懸命何度も書き直して清書した手紙を読み――口許を歪めて笑うと、それを暖炉に捨て、燃やしてしまうのである。
正直、目が覚めた時、モルディガンは訳がわからなかった。何故よりにもよってこんな時に、こんな夢を見たのだろうか?だが、夢はまるで現実のように生々しい感触があり、彼はそれが間違いなく過去、現実に起きたことなのだと錯覚しそうになったほどである。
(だが、もし万一それが真実であったとして、それが一体なんだいうんだ?もう二十年以上も昔に起きたことじゃないか……)
モルディガンはそうとわかっていながら、この夢の持つ強い効力に囚われてしまった。何故といって、モルディガンにとっては(アンジェラにとってはどうかわからないにせよ)、生涯最愛の女性であるアンジェラ・アグラヴェインと結婚していたとしたら、自分の人生が百八十度変わっていたことから――彼女との結婚生活やその家庭のことを夢想するだに、今も天国にでもいるような心地がするくらいであったのだから。
無論、現実には理想の女性と結婚できたにせよ、結婚生活には色々あるものだと、大人になった彼はよく理解しているつもりだった。彼の妻のラリスにしても、地味で慎み深いという意味で良い妻であったし、子供たちにとっては良き母でもあった(また、これを言うとアベラルドには驚かれるのだが、モルディガンは彼女と深刻な言い争いや喧嘩といったものを今まで一度もしたことがない)。とはいえ、(結局、これで良かったのだ)と思う一方、唯一あの手紙のことに関してはモルディガンは気にかかっており、真実は果たしてどうだったのであろうかと、今朝方見た夢によってあらためて思い出していたのである。
モルディガンにしてもこんな阿鼻叫喚の地獄絵図に囲まれた、このような呪われた城からは一刻も早く出てゆきたくて堪らなかったのだが(両親の悲しき死のことを妻ラリスに伝えるのは、なんとも気が重かったにせよ)、そうした憂鬱さの中にあってさえ、夢の中のアンジェラは彼に光り輝くばかりの幸福感をもたらしていたのである。
「こんな国の有事の時に、くだらんことを言うようで悪いんだが……」と、朝食時にモルディガンは共に食卓を囲っていた親友に何気なくそう訊いていた。アベラルドは疑い深く、側近らに毒見させてからでないと食事はしなかったものだ。
「なんだ?こんなまずい肉やスープしかないところ、とっとと出発しようじゃないか。ハムレット軍はいずれここ、ラ・ヴァルス城砦も攻囲するぞ。そうなってからでは遅いのだ」
「昔、おまえに妹のアンジェラ宛てに手紙を渡したのを覚えてるか?」
アベラルドは「ああ?」と不機嫌に唸るように言った。彼は毎日、深酒してからでないと眠れないようになっており、この日も目の下にクマが出来ているのみならず、二日酔いの時のような機嫌の悪さだった。
「あの手紙か。そう言えば、結局アンジェラには渡せずに捨ててしまったのだったな」
「な、なな、なんだって!?」
モルディガンは驚くあまり、椅子を後ろに引いて立ち上がっていたほどである。
「落ち着けよ、モーディ。俺とおまえの仲じゃないか」と、アベラルドは固いパンに歯を立て、むしるようにして食べながら言った。朝食のメニューは他に、鶏肉のソテーとハム、それにウィンナー、ひよこ豆と玉ねぎのスープしかない。「ほら、アンジェラにおまえの手紙を渡して、モルディガンの真剣な気持ちをわかってやれと、俺としちゃすっかりそのつもりでいたのさ。ところがだな、その日の夕食の席で、例によって親父の奴が突然アンジェラの結婚話を決めただのいう話をしだしたのさ。急なことにアンジェラはびっくり仰天していたし、『兄さま、レディオスさまってどんな方か知ってる?』だの、気鬱な様子で聞かれてな……俺としちゃポケットの中のおまえの手紙をどうしても渡しずらかったんだ」
「それで、その手紙のほうは?」
「燃やしたよ」と、アベラルドは肩を竦めて言った。「心配するな。誰にも見せちゃいない。それに、すぐ燃やしたってわけでもなく、折を見て渡せないかどうかと、その後も俺は窺っていたんだぜ?だが、妹はレディオス・レティシアと出会った途端、ぽーっとなっちまったんだな。今じゃすっかり似合いのオシドリ夫婦というやつだ。モーディ、おまえのほうでもいい奥方をもらったじゃないか。結婚以来一度も喧嘩したことがないだなんぞ、俺には到底奇跡としか……」
「お、おまえ、読んだんだな、あの手紙をっ!?あの、アンジェラ以外の誰かが読んだとすれば、恥ずかしくて滑稽で、なんとも馬鹿らしいような内容のあの手紙を……」
「読んださ。燃やす前に、一応内容を知っておく必要があると思ったもんでな」と、なんでもないことのようにアベラルドは言った。「気にするな、モーディ。若い頃に書いたラブレターなんぞ、誰もがあんなものだ。俺だって書いたことがある……もっとも、直前になって恥ずかしくなるあまり、結局渡せなかったがな」
「…………………っ!!」
モルディガンは黙り込んだ。アベラルドに対する恨みはない。自分でも、彼の立場であれば同じようにしたことだろう。それはいいのだ。だが、もしかしたらもう少し時期が早ければ、アンジェラがぽーっとなったのは自分だったかもしれないと思うと――何かがやり切れなかったのである。
「そんなことより、こんな呪われた城は一刻も早く出るに限る。食事が終わり次第、すぐに領地のほうへ戻るぞ」
「いや……帰るなら、おまえひとりにしてくれ、アベラルド。ここは妻ラリスの両親の城だからな。そうした意味でも俺にはここを死守する義務があると思うんだ」
「モーディ、おまえ何を言って……」
「いいんだ。ハムレットの軍がどの程度のものか、知っておく必要もあるだろうからな……それで持ち堪えられないとなれば、いよいよの時には脱出するさ」
このふたりの公爵の話を衝立の向こう側で聞いていて、心の底から震え上がったのは、彼らの近衛兵や側近の騎士らである。いや、アグラヴェイン側の家臣はそうでもなかったかもしれない。だが、モルドレッド側の家臣たちは今では民衆たちを心底恐れるようになっていたのである。ゆえに、こんな呪われた場所からは一秒でも早く脱出したいというのが彼らの心からの願いだった。
「そうか。では、脱出経路を確保した上で、ハムレット軍がいかようなるものか、まずは小手調べと行こうじゃないか」
「いいんだぞ、アベラルド。俺のことは本当に気にするな」
「何を言うか、モーディ。おまえと俺の仲じゃないか」
アベラルドは城の地下貯蔵庫にあった極上のワインを飲むと、親友に向かい、濃いクマの浮き出た目をウィンクさせた。
「俺とおまえは、このペンドラゴン王国の言わばふたつの屋台骨だ。モルドレッド公爵家が滅ぶ時は、すなわちアグラヴェイン公爵家が滅ぶ時だ。また、その逆にしても同じこと……逆賊ハムレット軍が案外大したことのない烏合の衆だという可能性だってあるんだしな」
人の運命というものは、まったくもって奇妙なものだと言わざるをえない。何故といって、モルディガンはアンジェラ宛てのラブレターについての夢を見たから気を変えたのだったし、もし彼が恋文の話をしたのでなかったら、これがまたもう少し別の話だったなら……アベラルドにしても「馬鹿を言え!!俺は自分の領地へ戻るぞ。こんな呪われた場所で死んでたまるか!!」と、自分の兵のみを率い、さっさと引き上げる決断をしていたに違いない。
アベラルドが考えを変えたのは、親友が一生懸命書いたであろう妹アンジェラへの恋文を渡せなかったことへの罪悪感は関係していない。あの時、彼はモルディガンの心情と妹の幸福の狭間で苦悩したのだし、結局他にどうしようもなくて手紙のほうは燃やし、親友には嘘をついた(とても『渡せなかった』とは言えなかったから)。ただ、そんなことで初々しく悩めた自分の青春時代を思いだすのと同時、モルディガンとクローディアスに対する懐かしい友情がしみじみと思いだされたのである。
懐かしい友情、というと、なんだか今は彼らの間に真の友情は存在しないかのようであったが、決してそうではない。ただそれは権力欲にまみれた、三人で何人もの人間を死に追いやってきたという意味でも――血塗られ、汚れきった友情であった。だが、十代と二十代の初めの頃くらいまでは、そんなこともなく彼らは純粋な友情によって確かに深く結びついていたのである。
アベラルドはそのことを思うと、こんな呪われた場所にモルディガンを残していく気には到底なれなかった。それに、自分にしてもここがクロリエンス州のグロリア城であったならば、同じようにしたかもわからない。もっとも、彼の場合は妻のアナベラが「わたしの両親が死んだ場所まで行っていながら、よくも尻尾を巻いて逃げ帰って来れたわねっ!!」と怒り狂う姿を想像し、もしかしたらそうしたかもしれない、という意味ではあったが。
とにもかくにも、こうして彼らは自らの決断によって――ラ・ヴァルス城砦から逃亡する時期を先延ばしにしようとしたことで、ラ・ヴァルス城へ乗り込んできた民衆たちに揉みくちゃにされ、とてもこれが公爵その人とは思えぬ死にざまを、それぞれが晒すという結果になるのであった。
>>続く。