ええっと、今回本文のほうが長くて、前文にあんまり文字数使えないっていうことで……何書こうかなって思ったんですけど、今ようやく「シェイクスピアの紋章学」という本を読みはじめました♪
いえ、「そのうち読もう」という感じで積んどく状態だったものの一冊で、↓のお話の中で以前、<紋章官>と呼ばれる存在を馬上試合のレフェリー役にしたことがありました。ちなみにこれ、わたしが<紋章官>という存在が気に入って、勝手にそのように設定しただけのことですので、中世時代の馬上試合においてはもっと細かなルールや儀礼上の取り決め等あったようです(^^;)
で、この<紋章官>の仕事というのがですね、前にも少し引用させていただいた、「ヨーロッパの古城」という本によりますれば、>>領主や富裕な騎士は、少なくともひとりの紋章官をやとい、紋章官は紋章以外にもさまざまな役務をこなした。もっとも重要な役割は領主の代理を務めることで、馬上槍試合では領主の代わりに号令をかけた。――とあるのですが、基本的に<紋章官>と聞いて多くの方が思い浮かべるのは、戦場において敵と味方の見分けをつけることだと思うわけです。そもそも最初にこの<紋章官>なる仕事の生まれることになったのは、戦争の野戦などにおいて、一度集団戦になると敵・味方の見分けをつけるのが難しくなったことから――楯や旗(バナー)、他に鎖帷子や板金鎧といったものの上からサーコートなどを身にまとい、そこに自軍の目印となるものをわかりやすくデザインしてあったという、このあたりが起源のようです。
言うまでもなく、この楯や旗(バナー)、サーコートといったものには自分の所属する軍の紋章が描かれてたりするわけで、そうすることで戦場において敵・味方を見分けやすくしたのだと思うわけです。ところが、最初期はフランス軍かイギリス軍か見分ける……くらいの役割だったこの紋章というのがその後どんどん複雑になっていきました。というのも、王さまの紋章だけでなく、貴族の諸侯や騎士たちも自分独自の紋章を用いるようになったからで、この場合当然、王家を象徴する紋章を使うことは出来ないわけですし、そうなるとその貴族の家独自の紋章を生みださねばならず、それが親から息子へと伝承されていったと言います。さらに、たとえばそれが騎士の家系で長男以外に次男や三男がいて、その全員が戦場へ出征した場合、次男や三男もまたそれぞれ、自分の家系を示すものに何がしかプラスするなどして、そのような紋章を楯や旗などにデザインして戦いました。
というわけで、紋章というものはどんどんどんどんどんどんどん……(息継ぎ☆)どんどんどんどん複雑になっていかざるを得なかった。そこで、<紋章官>という存在が生まれ、敵・味方の紋章を見分け、「ややっ!!あれは△□侯爵の軍ではありますまいか」といったように王さまや諸侯や騎士などに知らせたわけですよね。また当然、戦争中のみならず、戦争が終わったあとにも死んだ戦士の身に着けているものなどを見分け、「敵の貴族の誰それが間違いなく死亡した」といったように報告するのも、<紋章官>の大切な役割だったようです(ゆえに、相手が紋章官であることがわかると、戦時のルールとして紋章官は敵に攻撃されることはなかったとか)。
それで、今回は前文にあんまり文字数使えないので短めに切り上げなくちゃいけないのですが(汗)、中世には……というか、現在ももちろん存在しますけれども、<傭兵>という存在がいました。簡単にいえば、お金さえ貰えれば戦争に協力しますぜ、旦那――というこの傭兵さんたちは、特に中世後期においてお金持ちになった商人や職人も増えた城砦都市などを守るのに、需要が大きくなっていったそうなんですよね。まあお金貰って雇われれば、それがどこの貴族の軍であれ、その目印となる紋章などを付けて戦ったということなのだと思います。
こうした傭兵の中には、何かとお金のかかる騎士という身分を保持することが出来ず、傭兵にならざるをえなかった貧乏騎士さんというのがいて、この雇われ騎士とその従者(ランスと呼ばれていた)を意味するフリーランス、これが「一時的に様々な雇用主から仕事を請け負う人」を指す現代語、「フリーランス」の語源だということでした
自分的にちょっと「ええっ、そうだったの!?」と驚きだったので、今回はこんな小話で終わりにしておきたいと思います
それではまた~!!
惑星シェイクスピア-第三部【30】-
ギべルネスは翌朝の二月十四日、ギネビア、ブランカ、ルーアンとその妻ルツ、レンスブルックにカドール、それにホレイショといった顔ぶれによって、リシャール・フルクネッラの案内により、まずはラ・グリフォン城砦の方角を目指すということになった。
何故ラ・グリフォン城砦そのものを目指すというのではなく、その方角だったのかといえば――それはある理由あってのことだった。このあたり一帯の道については、獣しか通らぬような道に至るまで八方知り尽くしているフルクネッラと、ギベルネスが地図を片手に相談してみたところ……ラ・ドゥアンからラ・グリフォン城砦へ至る道というのは、広い畑といった田園風景が広がるばかりで、人が姿を隠して進むためには相当遠回りをしなければならないという。
「つまり、もしあのままハムレット王子の軍が直進していった場合……軍馬が二列になって進む以外ないような狭い道を行軍していき、向こうからはこちらがやって来たということが丸見えになるといった格好になるということですね」
「そうです。おそらく、アグラヴェイン公爵やモルドレッド公爵の好戦的なご性格からいって、大人しく籠城しているということはなく、畑の作物を蹴散らしてでもまずは小手調べとばかり戦いを挑んでくるのではないかと思われます。何分旗色が悪くなったとすれば、その時点で向こうはすぐにも城塞のほうへ戻り、城門の閂を固く閉ざせばいいわけですし……」
「なるほど」
ギべルネスはこのあと、州都ラ・ドゥアンそのものを通らずして、その背後に回れるような道はないかと聞いた。
「あることにはありますが……」ギべルネスが何をしようというのか、その目的がわからぬため、フルクネッラはどこか疑わしそうに首を傾げている。「ラ・ドゥアンの近隣の村々に至るまで、今は守備兵が派遣され、防備が固められています。そうした警護や森の見回りといった巡回の兵の目も避けるとなると……遠回りになるだけでなく、それでもなお危険ということになりましょうが、ライルフィリー城砦へと至れる道というのはございます。ですが、ライルフィリーもまた今は二公爵の手に落ちておりますゆえ、そちらへ向かうことが目的というわけでもないのでしょう?」
「そうですね。ただ、こちらのラ・グリフォン城砦の近くに、山へと続く小高い場所があるようですが……標高はどのくらいになりますか?」
「そんなに高い山ではありません。五百五十メートルもありますまいが……」
「たとえば、この山に登った場合、ラ・ヴァルス城砦というのはどのように見えるものでしょうか?」
「まあ、そうですね……緑に囲まれた赤い屋根とオレンジがかった煉瓦の城が遠く見えるといった感じでないかと思いますが……」
「ふむ」と、ギべルネスはフルクネッラの当惑をよそに、ひとり考えごとの世界へ沈み込んだ。無論、羽アリのユベールがローブのフード内にて、今の自分たちの会話を聞いているだろうとわかっている。だがユベールと連絡を取り、そのラドン山という、地図に別名帽子山と書かれた場所が、ミサイルが確実に命中したことを確認できるようなところかどうか――すぐにも聞くことが出来ないというのがなんとも歯痒い。
『ギィちゃん、ギィちゃん』と、ユベールがフードの中をギべルネスの首元あたりまで這い上がって来て、そう鳴いた。確かに、ギィッ、チャン、ギィッ、チャンと鳴く虫の声と思えぬこともない。かなり無理はあるが。『こんくらいで囁くようにしゃべるのってどう?その山……確かに頂上まで登り切らなかったとしても、ミサイルが命中したってこと自体は見えると思うぜ。だが、はっきり見えるのは城塔や城壁がミサイルで砕け散る様だけで、人的被害がどの程度かってことまでは当然見えねえだろうがな』
ギべルネスは大抵、今までも旅の最中にあっては後列のほうにいることが多かったため、この時も、ギネビアを先頭にして彼らが先へ進んでゆく後ろ姿を見守っていた。ハムレットから『この隊ではあなたが隊長なのですから、先生のこと、それにみんなのこともよろしくお願いします』などと言われ、ギネビアはすっかり張り切っていたものである。無論、カドールはそんな彼女のあとを(やれやれ)と思いつつ進んでいたのだったし、ブランカはそんなふたりのやりとりを時にくすくす笑いながら聞いていたものである。ルーアンとリシャールはお互いに地図を見、このあたりの地形のことについてなど話し、ルツとレンスブルックは今晩の夕飯の献立のことであれこれしゃべっている。
ゆえに、ギべルネスは少し彼らと距離を取ると、両側から鬱蒼とした森が茂り、頭上で枝を差し交わしているその下を歩きつつ、暫しユベールと小声で会話することにした。
『そいでな、ギィちゃん。まったくあいつら、ひでえ奴らでな……流石の俺も見ていて久しぶりにメンタルやられそうになったもんだぜ。ハムレット軍が進軍してきたら、処刑した民衆たちの生首を発射体射撃装置(トレビュシェット)なんかで城壁越しに次々吹っ飛ばそうって魂胆なんだ。こいつはただ残酷なだけじゃなく、心理的効果及び、肉体的にも効果を及ぼすことだってある』
「そうですね……」と、ギべルネスは慎重に小声で言った。「その攻撃方法はどちらかというと、攻城軍側が籠城軍側に仕掛けることの多い戦法だと、昔何かの本で読んだことがあります。籠城軍側が降伏する条件としては、飢餓や疫病の流行が多かったとか。つまり、そうしたことのために天然痘やらい病患者の死体などをトレビシェットで飛ばしたり、その着ていたものまで飛ばすことがあったそうですよ」
『まあ、逆もまた可なりってことだもんな。そんなこんなで、ラ・ドゥアンから離れたところに隔離されたらい者のための病院がある村では、その全員が連れて来られて斬首されることになったんだ』
「らい菌と呼ばれるものは、感染症の中でも感染率が低いんですけどね……それでも、症状の進んだ患者の遺体の一部を飛ばせば心理的効果は高いでしょうが、とにかく、犠牲者をなるべく少なくしてこの戦争を終わらせるためにも急ぐ必要があるようです」
隠密行動を取る必要性から、移動のほうは馬ではなく徒歩であった。ギべルネスはリシャールに、ラ・グリフォン城砦ではなく、ラドン山へ向かうようにとこのあと頼んだ。彼は明らかに戸惑っていたが、(あんなところへ行ってどうしようっていうんです?)という言葉についてはぐっと飲み込むことにしたようである。何分、彼もまた『ギべルネ先生のおっしゃることは、なんでも先生のおっしゃるとおりにしてください』と、そのようにハムレット王子から念を押されていたからである。
そして、一日かけて四十キロほど歩いたその日の夕方、薪を拾い集め、その上で持参してきた道具にて、ルツが美味しい食事を作ってくれた。彼女は鉄製の道具を組み立てると、その上に鍋をかけられるようにし、煮込み料理やスープを作ってくれた。じゃがいもやソーセージ、それに野草やキノコの入ったポトフ、塩漬け肉で出汁を取ったスープには、麦と豆がたくさんとかぼちゃも入っている。他に、バジルパンを火で軟らかくしてチーズをその上に垂らし、みんなで美味しく食べた。
その夕食後に、ギべルネスがデザートとして冬梨を食べながら言った。驚いたことには、ここまで来る途中に、当たり前のように梨がいくつも実をつけている場所があり、取り放題だったのである。見た目、青くて硬そうに見えたのだが、実際に歯を立ててみると軟らかく、しかも瑞々しくて甘味まであった。
「申し訳ありませんが、誰かひとり……やはりハムレット王子に進軍を開始されるよう連絡しに行っていただけませんでしょうか?」
誰、とはギべルネスは指定しなかったが、最終的にルーアンは自分の左右をきょろきょろ一渡り見て――自分が戻るべきと判断したようだった。誰もみな、この<神の人>ギべルネ先生とこのまま離れず、一緒に旅してゆきたいのだ。
「それでは、わしが戻るとしましょう。ハムレットさまにはどういったようにお伝えすればよろしいでしょうな?」
「ええ、ルーアン殿、あなたが戻り次第、ハムレット王子には軍備を整えて進軍してくださいとおっしゃっていただきたいんです。ただ、急いでそうする必要はありません。我々は早ければ明日にはラドン山の山裾に到達するでしょうし、そこからハムレット王子の軍が進軍して来られるのが見えると思います。そのことが大切なので、ラ・グリフォン城砦からラ・ヴァルス城砦へと進むという時、開けた場所からは先へ進まず、一旦待って欲しいんです。最低でも、ラ・ヴァルス城砦から発射飛翔体がトレビュシェットから飛んで来る圏内には絶対入らないようにとお伝えください。その後、天からのしるしが見え、もし敵軍が混乱しているようであれば……その時こそ兵を先にお進めくださいと、そのようにお伝えして欲しいのです」
「な、なるほど……こう申してはなんですが、ギべルネ先生。もし先生がラドン山へ到着後、『あれ?なんかちょっと違った気がするな。ハムレット王子には少し待っていただこうか』とした場合、いかが致しましょうか」
ルーアンがこう聞いたのには、理由があった。というのも、ギべルネスにリシャールが『先生はラドン山へは見えられたことがあるのでしょうか?』と聞いた時、彼は『いいえ、ありません』と妙にきっぱり答えていたからだ。
「まあ、その場合はまた我々の中で誰か、ハムレット王子の元に使者として走ればいいのではないか?」
カドールがそう言った。この季節は流石に朝晩の冷え込みが厳しいため、おのおのしっかり外套や持ってきた着替えなどを上にかけて眠る必要があった。獣除けのためにも火は焚いておき、交替で寝ずの番をする予定である。
「そうですな。どうやら余計なことを申したようです。ルツは置いてゆきますゆえ、野営の際に美味しい食事でもして、せめてもの慰めとしてくださりませ」
「何か、本当に申し訳ありません」と、ギべルネスは重ねてあやまった。「おふたりはご夫婦になられてから、一日たりとて離れていたことはないと聞いたのに……」
そうなのである。ルツはルーアンが東王朝との戦争に従軍するという時にも彼について来た。戦地においても女性がする仕事というのは山のようにあるもので、衣服の繕い物や料理など、働き者のルツはどこでも大人気だった。
「いえ、いいんですよ、ギべルネ先生」と、ルツは少し甲高い感じの声で笑った。彼女は小柄で、どこかコマネズミを思わせる動作で、いつもせかせか働いてばかりいたものである。「今回の戦争が終わりましたら、主人もすっかり老後を迎えて、嫌でも毎日いられますでしょ?ですから、いいんです。ちょっと離れてたら、きっと一日離れてるだけでも千日も離れてるように感じて、次に会った時、また嬉しくなりますもの」
「やれやれ。連れ添って三十年にもなるのに、こんな言葉の出てくる夫婦にオラ、初めて会ったぎゃ」
「いやあ、わしのような無骨者にはまったく、ルツはもったいなすぎるよい女房なんですて」
ルーアンもまた、まったく照れるでもなく、そう言ってのろけた。どうやら彼は料理上手な妻が自慢でならないようだった。
「カドールもレンスブルックも、これからですわね。きっといいお嫁さんを貰って幸せになれるわ。ハムレット王子……いいえ、ハムレット王の側近ということになれば、いい縁談などよりどりみどりでしょうからね」
「カドールはともかく、オラは無理だぎゃ。小人だもんで、実際の年齢よりずっと若く見られるぎゃ、実際は結構ないい歳だもんで……ま、カドールは確かによりどりみどりだぎゃ」
カドールはただ肩を竦めるに留めておいて、具体的にそれ以上この件に言及はしなかった。ギネビアとブランカは、「結婚なんてくだらな~い!!」とはっきり言った。「というか、私たちはむしろ、男性とではなく女性と結婚したいんですよ」と言ったのはブランカである。「疲れて帰ってきたら食事を作ってくれて、掃除や着る物のことやらなんやら世話を焼いてくれる人が家で待っていてくれるとしたら……そういう人と結婚したいですね。相手が男でも女でも」
「ああ。でもわたしは相手がギべルネ先生みたいな人だったら、唯一男でも結婚してもいいかもな」と言ったのはギネビアである。ギべルネスはこの時、飲んでいた茶を吹きそうになっていた。「ほら、今の反応から見て、わたしみたいな男勝りは流石の先生でも嫌なんだ。わたしは唯一先生のことなら心から尊敬できる。そういう意味で、仕えるに値いするという意味で、ギべルネ先生のような人になら、唯一女として足を屈めてもいいと思えるわけだ」
「ランスロットはどうなったの?」と、ルツはどこか悲し気に言った。彼女はランスロットの恋心については知らなかったが、ふたりをお似合いのカップルだとずっと思ってきたのだ。
「ルツもルーアンも知ってるだろう?わたしはあいつとは婚約を解消したのさ。あいつだってきっとせいせいしたはずだよ。親にそんなふうに決められて結婚なんて、少なくとも『うげー』としかわたしには思えないからな。とにかくうちには五人も娘がいるんだから、ひとりくらいわたしみたいに変わった毛色のがいたっていいはずさ」
「ギネビア、あなたは素敵な人ですから、私も結婚しても実際のところ全然構わないとは思いますよ。ですが、あなたは私に恋をしているわけではないし、それは私にしてもそうです。それはさておき、ハムレット王子はどうですか?王子がこれから王となって結婚なさるとしたら……」
ギべルネスがそう聞くと、場が何故か一瞬しーんとなった。無論、他にハムレット王子のギネビアに対する恋心を知っている者は誰もいない。また、彼自身そうした自分の気持ちを巧みに隠していたから、それとなく気づいた者さえなかったはずである。おそらく王子の縁談といった話をするなど恐れ多いと、特にルツやルーアンやフルクネッラなどはそう感じたことだろう。
「ハムレットさまが結婚かあ」と、ギネビアは腕組みして考え込んでいる。「テルマリア姉さまや、下の三人の妹たちのうち、誰かとでも結婚してくれたら……ローゼンクランツ家には最良の選択ということになるんだろうがな。だが、あくまでも選ぶのはハムレットさまだし……」
「ギネビア、あなたはどうですか?」
「ええ~っ!?無理ムリ!!ハムレットさまはきっと、わたしみたいな男か女かわからないようなのじゃなく、もっとこう女らしくてしとやかで……そうそう。きっとそういう女性と結婚されるんだろうな。相手の女性が羨ましいよ」
「なんだ、ギネビア。案外おまえ、多情な女だな。相手の女性が羨ましいということは、ハムレットさまとおまえが結婚したいと言ってるようにも聞こえるぞ。ついさっき、結婚するとしたらギべルネ先生がいいと言ったばかりのくせして……」
「何おーうっ!!そんなこと、ただの仮のもしも話じゃないか。第一、ハムレットさまはわたしの主君なんだぞ。そりゃ、ここにいるみんなにとっても主君だろうが、わたしはあの方が直接騎士に任じた初めての人間なんだ。今後とも、ハムレットさまが誰かを騎士に任じる騎士叙任式を行うことは何度となくあるだろう。だが、最初にあの方が騎士に任じたのは他でもないこのわたし、ギネビア・ローゼンクランツなのだ。その栄誉は、今後とも永遠に揺るぎのないことだ」
女として結婚し、幸せになることなどよりも騎士としての栄誉のほうが遥かに大切だとギネビアが宣言したため、この話はそれで終わりになった。ちなみにフルクネッラは王都テセウスの宮廷にて、料理女のひとりとして働いていた女性と数年前に結婚したという。だが、今回の内乱によって(つまりは夫の都合により)、仕事のほうは辞め、今はユーグ・ド・ヴラシー卿の城館のほうへ身を寄せているとのことだった。
この翌日、ルーアンは最愛の妻と暫しの別れを惜しみつつ、ハムレット王子軍の陣営へと戻っていった。残る七人はギべルネスとともにラドン山の麓を目指し、その日の夕方には山裾の小さな村近くまでやって来た。
「少々、村の様子を窺ってきたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
そう提案したのはフルクネッラだった。何分、ほぼ一日中歩き詰めだったため、ギべルネスは「明日でも構いませんよ。それより、今日はあなたも疲れたでしょうから、休んでください」と言ったのだが、働き者の彼は首を振った。
「いや、明日になってからなぞと、悠長なことを言ってはおれませんや、ギべルネ先生」と、リシャールは少しばかり呆れた顔をしていたものである。「今は日暮れ時で、もうすぐ完全に暗くなりまさあ。そしたらみんな、疲れきって畑から戻ってきますわな。収穫が終わったばかりとはいえ、畑の梳き込みやらなんやら、もう次の収穫の準備をせにゃなりませんからな。そうでもしなけりゃ今季か来季分の税を支払えないなんて小作農たちもいっぱいいるこってしょう。というわけで、みんな疲れて畑から引き上げてきますわな。そこへ俺っち、同じようにくたびれた男がヨロヨロと訪ねてゆく……なんかオラたちの仲間みてえな、冴えない奴がやって来たなと向こうは思う。そいで俺のほうでは、ラ・ドゥアンからほうほうの体で逃げてきたんだぎゃなんて言おうもんなら――間違いなくちょいと匿ってくれまさ。俺は自分の故郷のほうがバリン州だとでも言って、そっちへ逃げるのに一晩の宿を……なんていうふうに嘘つこうと思ってますです、ハイ」
リシャールならば、確かにうまくやるだろうということで、彼は仲間たちから祝福を受け、山裾の村の外れにある茅葺き屋根の丸太小屋を訪ねていった。彼の言うとおり、州都ラ・ドゥアンあたりの様子については誰もが知りたいことであったろうから、守備兵に突然突き出されるといった可能性は低かったに違いない。
こうして、翌日リシャールが戻ってきてみると、帽子山と同じ名前で呼ばれているこの村ラドンには(ちなみに、ラドンは帽子という意味ではなく、山の形が遠くから見ると麦わら帽子のように見えるのであった)、守備兵は派遣されて来ていないということだった。村の人々はまだ州都ラ・ドゥアンにて彼らの領主が首を括って死んだとも知らず、さらにはその後、アグラヴェイン公爵とモルドレッド公爵がそこを占拠し、市民らを拷問にかけて処刑しているということもまったく知らずにいたのである。
「軍事会議の時にも申し上げたとおり、仲間たちの話ではアグラヴェイン公爵の軍が五千、モルドレット公爵の軍が三千ほどでないかということでしたから……向こうでも流石に、今の自分たちの軍でハムレット軍には打ち勝てないと考えているやも知れません。ですが、まずはラ・ドゥアンにて戦ってどの程度の勝算があるものか、試すことはできますわな。そこで旗色がどうにも悪いとなれば、今度は退却し、それぞれの州へ戻り、自分たちの城を守るということになりましょう。そちらには、半数以上の兵力を残して来ているはずですから……」
「なるほど」
ギべルネスは頷いて、心の中で溜息を着いた。ここでアグラヴェイン公爵とモルドレッド公爵のふたりを討ち果たすことが出来たとすれば、後の禍根を断てようというものではある。だが彼は(そんな考え方でいいのだろうか……)と、最後まで迷っていた。確かに、ユベールはすでにこのふたりの公爵の姿を確認し、てんとう虫に内蔵した超小型カメラによって撮影も済ませていたことから――AIクレオパトラに命じれば、このふたりの存在を確認次第、そちらへミサイルを飛ばし、確実に彼らふたりを葬り去ることは出来る。
『ギィちゃん……あいつらまるで悪魔だぜ、なんて言えるくらいならまだ生易しいもんだ。血も涙もないっていう言葉も俺には浮かばねえくらいだからな。きのうも、股裂きの刑にかかって死んだ男や女がいたし、手足を牛や馬に引かせてな、ありゃ確か四肢裂きの刑ってのか?そんなのにかかって見せしめによって死んだ民たちが何人もいる。実際のとこ、あいつらが地獄へ来たら、悪魔でもビビッて「マッサージでもいたしやしょうか?」なんてって、媚売ってゴマすりだすくれえなんじゃないかと思うね。色々説明なんぞされんでも、ギべルネ先生、俺にはあんたがなんで悩んでいるかはわかる。だが、あいつらを殺した責めのほうは俺が負うからさ、ちょうどあいつらが城塔あたりにでも立った時に、そこ目がけてミサイルを撃つってことでいいんじゃねえか?』
「そうですね。確かに、もうそれしかないんでしょうね……」
それでもギべルネスは山道を歩く間もずっと、ミサイルを使用するのが本当に最善であるのかどうか、ふたつのシナリオを天秤にかけて考えずにはおれなかった。ひとつ目のシナリオは、固く閉ざされたラ・ヴァルス城砦の城門を、ではなく、別の城壁にミサイルを撃ち込み、ハムレット王子軍にそこからなだれ込んでもらう、というものだ。これでも、おそらくは兵のいくらかは犠牲になるか、少なくとも怪我をしない者をひとりも出さずにおく……ということは出来ないだろう。ただこれだけのことでも、ミサイルの衝撃に一体何が起きたかわからず、敵側は恐れ退くには違いない。ふたつ目のシナリオは、第一のシナリオでは確実性が絶対でないため、ラ・ヴァルスの城壁や城塔などをもっと徹底的に叩き、アグラヴェイン公爵とモルドレッド公爵のふたりにも死亡してもらう、というものだった。軍の将を失った残りの兵士らは烏合の衆と化し、ただちに逃げだすか、もし逃亡に失敗したとすれば――おそらく民衆たちの返り討ちにあい、今度は逆に虐殺される危険性さえあるだろう。
結局のところ、ギべルネスはそうした判断の多くをユベールに託した。最終的な決断を下す罪悪感に耐えられなかったからではなく(そうした部分も無論あるにはあったが)、何故かといえば、ギべルネスはユベールとは違い、衛星からのあらゆる角度から見たラ・ヴァルス城砦のクリアーな映像というのを見ることが出来ないからだ。
『言うまでもないことだけど、なるべく人的被害の出ない形で慎重にやるからさ。そこんとこは俺とクレオパトラに一任してくれ』
ユベールがギべルネスにそう言った時、実をいうとギべルネスが感じているような罪の重圧を、ユベール自身は彼ほどには感じてなかったと言える。まずは一発、ミサイルをハムレット軍からもはっきり見える位置から撃ち込み、それで効果及び敵兵の反応を見、それだけでは不十分だと判断したとすれば、二発目を別の場所へ発射する……とはいえ、ユベール自身は一気に数発続けざまに撃ち込んで片をつけるのがもっとも手っ取り早いのではないかという気がしていた。
(それで、ギべルネスにはあとから『衛星から見ていて、そうするのが一番いいと思ったんだ』とでも言ったとすれば、ギべルネ先生は俺に悪いことをさせたという罪悪感もあって、それ以上あれこれ詮索してくることまではないだろうからな)というのが、ユベールの内心に隠した本音だったのである。
ギべルネスたちは山中で一晩を過ごすと、その翌日も引き続き、ラ・ヴァルス城砦を遠くから見ることの出来る最善のビュー・ポイントを探した。するとリシャールが、そこから先、少しずつ緑がまばらになっていき、裸の崖の突端のようになっている場所を発見した。そこからは、眼下にラドン村の田畑だけでなく、遠く、ラ・ヴァルスの周囲に広がる田園風景についても見晴るかすことが出来たのである。
「ここは……我々の目的としては最上の場所ではありませんか?」と、カドールがギべルネスと肩を並べて言った。<我々の目的>と言っても、彼にしてもギべルネ先生が何をしようというのか、はっきりわかっていたわけではないのだが。「でかしたぞ、リシャール。この作戦がうまくいった暁には、ハムレット王子が大きな褒美をくださろう。無論、俺からもそのこと、強く口添えしておく」
「そうですね」と、ギべルネスは水田が陽光を照り返し、煌めく様や、その上を飛ぶアオサギの姿を見、その自然の持つ美しさに一瞬目を眩ませて言った。「これならば、ラ・グリフォン城砦を出、ハムレット王子が進軍してきたこともわかるし、ラ・ヴァルス城砦の様子もわかります。あとはただ……」
(ユベールがAIクレオパトラに命じて、ミサイル攻撃してくれるのを待つだけです)とは言えぬため、ギべルネスは別の言葉を脳内で探した。
「神の奇跡を待つだけです。申し訳ありませんが、その時まで私はここでひとりでいたいのですが、よろしかったでしょうか?」
「よろしいも何も……」と、カドールは微苦笑している。「すべてはギべルネ先生の仰せのままですよ、我々としてはね。ですが、今晩のうちにハムレット王子が軍を率いてやって来ることはないでしょうから、ここには誰か見張りを立てて、交替でもう少し引っ込んだ場所で休んでもいいのではありませんか?」
「そうですね……」
『祈りに専心するため、断食して祈祷しますので、私のことはお気遣いなく』との言葉が脳裏に浮かばなくもなかったが、結局のところギべルネスはそこまで<神の人>になり切ることは出来なかったのである。夕食を食べたくもあれば、火の近くで休みたくもあり……ただ、ユベールと打ち合わせする必要もあったため、ギべルネスはそこに夜、少し長めに歩哨として立っていた。
そして、その翌朝早く、ハムレット王子の軍がラ・グリフォン城砦を出、森の中を進軍し、開けた場所に出る手前に待機する姿が見えた。正確には、ラ・グリフォン城砦を出たところは見えなかったが、それでも遠く森の切れるところで騎士たちの光り輝く甲冑が陽に煌めくのが見え、長い行軍の列を確認することが出来たのである。
ギべルネスは正直、王子の軍がここまで到達するには、最低でももう一日か二日はかかるものと考えていた。だがおそらく、ルーアンの報告を聞くと同時か、その後なるべく早い段階で出立したものと思われる。
「すみません、みなさん」と、ギべルネスは後ろを振り返ると、決然とした口調で言った。「ここから少し……離れたところからラ・ヴァルス城砦の様子でも見ていていただけるでしょうか。そこからでも十分、ハムレット王子軍の動向も見えましょうから」
きのう、リシャールがこの場所を発見した時には「絶景かな、絶景かな」などとはしゃいでいたギネビアも、流石にギべルネスの言葉にこの時すぐ従った。山というのは不思議なもので、遠くから見れば多くの緑に隠れてしまい、このような裸の岩からなる崖のような場所があるとまではさっぱりわからない。また、そこから少し下がった場所からでも、十分ラ・ヴァルス城砦のことは遠く眺めやることが出来、ハムレット軍が進んでくる様子も目にすることが出来たのである。
『ギべルネ先生!!とうとうやって来たな、この瞬間が!!』
「ええ、よろしく頼みますよ、ユベール大先生」
『ま、正確には俺はミサイルのスイッチをポチッとやる役目……というより、単にその合図をするってだけの人間だ。そういう意味じゃクレオパトラさまさまといったところかな』
――こんなふうにギべルネスの茶のローブの肩にとまり、彼と話しながら、ユベールは宇宙船カエサルにて、正面スクリーンでラ・ヴァルスの様子を見ていた。360度あらゆる角度から展開させ、指先ひとつを動かすだけで、ユベールはミサイルを撃ち込む一点を指定することが出来る。
『ここが一番手薄で、人的被害も少ないかな……』
ユベールはずっと前からAIクレオパトラにあらゆる可能性のシミュレーションを繰り返させていたため、今や彼女にはさほど詳しく説明したりせずとも、ユベールが何をしようとしているかがよくわかっている。
ラ・ヴァルス城砦は円形、あるいは楕円形に城砦を囲まれているのではなく、その城壁はやや長方形寄りの四角形であった。ハムレット王子軍が正面突破しようとしているのは南門であったが、ラ・ヴァルスには他に、後方に北門があり、こちらは重厚なふたつの城塔によって堅固に防備されている。AIクレオパトラはユベールの攻撃意図がわかると、『この城門にミサイルを撃ち込むのが一番効果的と思われますが、何故そうされないのでしょうか?』と聞いていたものである。すると、「なるべく人間を死なせないためには、他の場所を狙う必要があるんだ」との答えが返ってきたため――この時、ユベールが指差した城壁の一点を見、彼女は自分のマスターにこうアドバイスしていた。『では、歩廊を見張りの兵士が誰もいない時を狙えばいいのでしょうか?とはいえ、ミサイルが発射され、着弾するまでには約1分30秒ほどかかります。その間、誰かが予測不能の行動を取ったとすれば、その者の命は犠牲になる確率が97.3パーセントです。生きていても虫の息でしょう』と。
「さてと、それじゃあタイミングについてはおまえに任せるからな、クレオパトラちゃん。あ、そ~れ、ポチッとな!!」
ミサイルの着弾地点を決め、スクリーンのその部分をタッチパネルで押すと、衛星画像のその部分が徐々に近づいて来、アップになっていく。それが今度は一気に引き伸ばされ、別の画像が隅のほうに映し出されると、岩山の中に隠された第五基地から白い円筒形のミサイルが発射されたが、その姿を見たものは誰もいなかった。極超音速で空を飛ぶそのミサイルは、その後一分四十六秒かかって設定ポイントへ到達すると――ラ・ヴァルス城砦の城壁隅角部にあった埋み門ごと、約五百五十メートルに渡って一気に突き崩した。
このことに驚いたのは、無論誰よりアグラヴェイン公爵やモルドレット公爵の兵士らだったろう。だが、それに負けず劣らずして、ハムレット軍側の騎士や兵士らも驚いたのである。何しろ「天からのしるしとは、具体的にどういうことなのでしょうな」と、中には<神の人>の言葉を信じていないというわけではなく、やはり心の中で疑問を感じている者は多く――それが突然、なんの前触れもなくラ・ヴァルス城砦を囲む煉瓦で装飾された厚みが五メートルはあろうかという城壁が、波打つようにして一気に突き崩され、あとには白とも黄色とも茶ともつかぬ煙がもうもうと上がるばかりだったのだから、彼らの驚きについては推して知るべしといったところである。
「王子、すぐにも攻め上りましょうぞ!!あれこそは天からのしるしに他なりませぬ!!」
あまりのことに茫然とする一同の中で、最初にルーアンがそう野太い声で叫んだ。ハムレットは隣のルーアンのその声に励まされ、腰の剣を抜くと――それは他でもない、三女神のニムエから戴いた不思議な由来ある剣である――「さあ、進軍だ!!あれこそは<神の人>ギべルネからの光であり、天のしるしなり!!すなわち、星神・星母の導きが我らとともにあるということなれば、なんの恐れることがあろうぞ。今こそ正義の御旗を掲げ、勝利をこの手にすべく進撃せよ!!」白馬を棹立ちにさせると、高らかな馬のいななきとともにハムレットはそう叫び、軍を率いて駆けだした。
言うまでもなく、これは危険なことである。だが、すぐに王子の勇気に応えて騎士らはハムレットの左右にそれぞれ兵を展開し、正門は無視して開いた城壁部分に突っ込んでいった。通常、敵兵が射程圏内に入り次第、クロスボウ兵や長弓兵らは狙いを定めて射てくるものである。だが、そのようなこともなく、ハムレットを囲むようにして展開したランスロット率いるローゼンクランツ騎士団と、ヴィヴィアン・ロイス率いるロットバルト騎士団、フランツ・ボドリネール率いる聖ウルスラ騎士団、トリスタン・ライオネル率いるライオネス騎士団は、まったくの無傷によって崩れた城壁の向こう側へと到達していたのである。
そこには、ハムレット軍が攻めて来た時に応戦するため、トレビュシェットやカタパルトなどが整然と準備してあり、その傍らにはゾッとすることには――老若男女の首や腕や足をバラバラにした遺体が木製の大きな桶の中に積まれていた。腕に覚えのある騎士ばかりと言えども、その光景には流石に愕然としたようである。他に、城壁の内側には主城壁のどこかを突破された際の、修復材としての木材や土の山などもあった。
だが、ランスロットやヴィヴィアンといった戦争経験のある者たちにとっては、気合を入れて死守しようといった空気感を、そこにあるものからは感じ取れなかったものである。確かに、死体の首をトレビュシェットなどによって飛ばされれば、最初こそ驚いたにせよ、相手の作戦が透けて見えるだけに、慣れてしまえば怯むこともなかったろう。他に用意してある可燃材の樽やタールの入った壺や火壺とするための油も用意された数が少なく――実戦経験の乏しさからではなく、あまりここでハムレット王子軍を食い止めようという本気さが感じられなかったのである。
「アグラヴェイン公爵もモルドレッド公爵も、ここは捨て駒の城といったように考えることにしたのではないか?」と、トリスタン。
「俺もそう思う」と、ランスロット。「となれば、北門からライルフィリー城砦へとすぐにも逃亡の途につくのではないだろうか」
「となれば、すぐに北門へと急ぎましょう。あのトレビュシェットの脇に置かれた死体の山を見ただけでもわかる。民たちは説得すれば――いえ、説得せずともハムレット王子や我らの味方となってくれましょう」
「フランツの言うとおりだ!!」と、ヴィヴィアン。「ここであのふたりの公爵に逃げられたとすれば、のちのち厄介だからな」
こうして、各騎士団の団長や副団長などがハムレットを中心にして話し合い、ハムレットはすぐにも二公爵の討伐を彼らに許可した。とはいえ、「だが、無理はしないようにしてくれ。無理して深追いせずとも、いずれあのふたりの上にもその行いが正しくなくば神の天罰が下ろうというものだからな」と言うのを忘れはしなかった。
各騎士団の長がそれぞれ精鋭を引き連れ、北門へ向かおうとした時のことである。「ま、待ってください……」と、南門を挟むふたつの城塔のほうから、降伏するように震えつつ、何十人もの兵たちがぞろぞろ出て来た。それと同時にラ・ヴァルス城砦内に住む民衆たちも、手に作業用の斧や熊手など、その他女たちも包丁やナイフなどを手にして「ワァッ!!」とばかり、このアグラヴェイン公爵やモルドレッド公爵が率いてきた兵士をあっという間に囲ってしまった。彼らは口々に「ハムレット王子万歳!!」と叫び、王子たちの軍に敵意のないことを示すと、数としては今や圧倒的に少なくなったこれらの兵士を踏み潰さんばかりの勢いで、めいめいの手にした武器により滅多刺しにしていったのである。
最早三百名以上もの民衆たちがこの三十名ほどの兵士らを囲い、引き倒してリンチにかけ、圧死させた。「ああ、せめてもあたしも一刺ししてやりたかった!!あいつはうちの人を一等残酷なやり方で殺したんだっ!!」、「あいつらはうちの娘たちのことを強姦しやがつた。絶対許せねえっ!!」、「おい、みんな。あいつらは死んじまったようだが、まだ他にもどこかにネズミよろしく隠れてる奴らがいるはずだぜっ!!」、「手分けして探せっ!!訓練された兵だとて、数で囲めばこっちのもんだっ!!」――人々の殺戮への熱意を、いかにハムレットと言えども、最早止めようがなかった。そしてそれは、トレビュシェットの横の死体を見ればわかることでもあった。この老若男女の死体は、斬首されてから五体をバラバラにされたのではなく……おそらくは体を順にバラバラにされてから最後に首を落とされたのだろうと想像されたからだ。
「そ、そのっ、ハムレットさま及びに騎士さま方っ!!」と、民たちの代表者、あるいは有志の者といった雰囲気でもない、一市民といった中年の男が、おずおずと前に進み出てくる。実際、彼は鍛冶屋で親方の片腕として働いている者であった。「公爵方はおそらく、北門からライルフィリー城砦へ向かうつもりでしょう。城砦内の道は入り組んでおります。わしで良ければ案内致しやすが……」
ランスロットが名を聞くと、その鍛冶屋の親父は「ブルカーフと申します」と答えた。すると、ハムレットが「ではブルカーフ、案内のほうを頼むぞ」と命じた。鍛冶屋の親父は恐縮しきるのと同時、どこか誇らしげに周囲に怒鳴りはじめる。「おいおい、てえめえらっ!!ハムレット王子と騎士さま方が、あの悪徳公爵ふたりを討伐されるぞっ!!北門のほうまで道を開けやがれいっ!!」
すると、どこかからブルカーフのために馬を引いてきた者がいて、彼は有難くその馬に跨ると、「それでは失礼しやす」と礼をし、王子と騎士たちの先を走りはじめた。道々、「ハムレット王子、あいつらをとっちめてっ!!」、「うちは六人いる息子のうち、四人も殺されたんですようっ!!」、「あいつらは鬼だっ、悪魔だっ!!天誅が下ればいいんだっ!!」、「ハムレット王子万歳っ!!騎士さま方格好いいっ!!」………などなど、色々な声がかかった。とはいえ、彼らもまたネズミ退治に向かう最中であり、鉈や肉切り包丁など、それぞれ手には恐ろし気な何がしかの武器を手にしていたものだった。
北門までは思った以上に遠く、南門から北門に向け、真っ直ぐ直線距離で行ける構造にもなってはいない。その途中で、遥か丘の上にラヴァルス城が聳える脇を一同は通ったが、その城門もまた開き、民衆の出入りが激しかったところを見ると――その中ではおそらく、捕えられたネズミが次々と猫の牙や爪にかかり、阿鼻叫喚の地獄を味わっているに違いなかった。
石畳みの上を長く駆けるうち、とうとう北門が見えて来た。それは構造としては南門とまったく同じ構造であり、ふたつの堅固な城塔に挟まれ、二重の落とし扉もついている。また、こちらについては公爵軍の兵士らが占拠していたとすれば危険でもあったろう。だが、落とし扉のほうは外側が下りたままであり、歩廊などにも人が見当たらなかったのである。
「むむっ!!これはもしや……」
殺した兵士の死体から鎧や兜、それに懐の財布などを漁っていた何人もの若者たちの姿を見、ブルカーフは一度止まると、彼らに声をかけた。
「おい、おまえたち!!ここから公爵たちが逃げてゆかなかったか!?」
「いいや、俺たちゃ何も見とらん」
死体から仲間たちが板金鎧を剥ぎ取るのを手伝っていた男が、振り返ってブルカーフに答えて言った。煌びやかな騎士たちの威容に圧倒された他の者たちも、急に自分のしていることが恥ずかしくなったのだろうか、死体に群がるのを一時的にやめる。
「そうだ、そうだ。俺たちゃ、南門側でなしに、北門に近いところに住んどるから……あんたも知っとるだろうが、こっから処刑場のひとつになっとる広場は近い。それで、空のほうで一度キラッとなんかが光ったかと思うと――ズドーンという物凄い音が響いて、煙がもうもうと上がっているのがこっちのほうからでも見えたんだ。一度、それで処刑のほうは中止になったんだが、そのあと、色んなことが一気に変わった。何故かは俺たちにもようわからん。だが、兵士らが及び腰になって逃げようとしだしたもんで、よく考えれば数の上では俺たちのほうが多いと気づき、あとのことは見ての通りさ」
石畳みの上のあちこちに赤黒い血のしみがついているその先に、黒の胸甲や革の防具類で身を固めた兵士らの死体を、この若者は手で指し示した。
「ということは……」と、フランツが顔色を青ざめさせて呟く。自分たちも立場が違えばああなる可能性もあるのだと思うと、彼には他人事とはまるで思えなかったのである。
「そうだ。おそらくまだふたりとも――ラ・ヴァルス城の中にいるのではないか?」
ハムレットがそう指摘すると、ランスロットとヴィヴィアンとトリスタンは互いに顔を見合わせ、それから茶色がかったオレンジのラ・ヴァルス城を見上げた。他のついてきた精鋭の騎士たちも同じようにそちらを見る。
「ということは、我々が特段手を下すとも、今ごろ彼らは……」
トリスタンが、複雑な顔の表情をして独り言のように呟く。自分のその手でアグラヴェイン公爵やモルドレッド公爵を討ちたかったわけではない。だが、彼らには公爵としての矜持もあり、そう簡単に死ぬとも思えなかったということがある。
「いや、ふたりともそう簡単にただで死ぬような器ではあるまい」と、何故か呆れ顔をしてヴィヴィアン。「最終的に、数では民衆に押されたにせよ、相当被害が出るはずだ。そして、そのことに民が怯んだとすれば、そこを突破口として逃げ出すだろう。その間、部下たちを何人犠牲にしようともな。我々はその前に、騎士の誇りにかけてもあのふたりの公爵殿をどうにかせねばなるまい」
「ヴィヴィアンの言う通りです。かくなる上は、王子。ラ・ヴァルス城へ向かいましょう」と、憂鬱そうにランスロットが言った。彼はすでに、そこで何が起きているかと想像しただけでゾッとしていたのである。勇猛な騎士としてこの国の騎士団すべてにその名が知れ渡っている彼をして、顔が青ざめたのであった。
「そうだな。だが、万一のことも考えて、ここ北門は押さえておいたほうがいい」と、ハムレットが如才なく言うと、各騎士団の団長である彼らは、それぞれ五名ずつ精鋭の騎士を出し、北門の防備に当たらせた。他に兵士らも三十名ほど部下として彼らに続く。
「おまえたちも今の話でどういったことになったのか、見ていてわかっただろう」と、ここを立ち去ろうかという時にブルカーフが若者たちに言った。「仲間たちを集めて、もし公爵方や、他の兵士の残党なんかがこっちへやって来たらみんなで止めろ。皆殺しにして構わん」
ブルカーフのこの言葉に、ハムレットはあえて反対しなかった。彼にしても、自分の仲間の誰かが同じような形で殺されたとすれば、今ごろ怒りで理性を失い、何をしたかわかったものではない。そうした意味で、家族や大切な人を殺された民衆たちの恨みの気持ちが痛いほどわかったのである。
とはいえ、ハムレット自身はアグラヴェイン公爵にもモルドレッド公爵にも直接会ったことはなく、血筋としては親戚に当たると聞いてもピンと来ず――にも関わらず、ハムレットは今、彼らに対して深い憐みの気持ちを覚えていた。このふたりがしたであろう残虐行為について考えてみれば、彼らも、その処刑行為を行った部下らにしても、同じように罰を受けるのが当然ではあろう。
だが、城のような最早逃げられぬ場所で怒り狂った民衆に囲まれる恐怖について思うと……ハムレットはなんとも言えない気持ちになった。そして心の中で、城壁を崩した後のことまで指示してくださらなかったのは何故かと思い、最初は神に、それから<神の人>であるギべルネスのことを考え(先生、オレはどうすればいいのですか。どうするのがこの場合正しいのでしょうか)と、ラ・ヴァルス城へ引き返しながら、ずっと心の中で自問していたのである。
無論、ハムレットは知らない。そのような複雑で矛盾した問いを向けられた場合――まるで神の代弁者のように頼られても、こればかりは彼にも答えようがないことから……ギべルネスが自分はそろそろしかるべき時にしかるべきやり方でこの惑星から退場すべきなのだと、そんなふうに考えていたなどとは。
>>続く。