こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア。-【37】-

2024年04月06日 | 惑星シェイクスピア。

【鴛鴦】

 

 

 今回こちらの動画を貼らせていただいたのは、サムネイルのほうがわかりやすかったためだったりします(もちろん内容のほうも凄く面白くてためになるんですけど……記事の内容としてはカブトガニに絞った動画を先に貼ったほうが良かったかもしれませぬ^^;)。

 

 もしかしてこれ、わたしが知らなかっただけで、有名な話かもしれないのですが……以前【5】のところで、テトロドトキシンの毒のことを書きました。そしてその後、ふとラジオで、「ふぐを食べる文化を持ってるのは、日本……あるいは韓国くらいなものなんじゃないですかね」と、ゲストの魚博士(だったかなあ。ながら聞きだったので、よく覚えてなくてすみません)のような方がおっしゃってるのを聞き、「あっ、よく考えたらそうだよね。欧米あたりにふぐを食べたりする文化ってなさそう」みたいに思ったわけです。

 

 まあ、ギベルネスの出身惑星であるロッシーニには、ふぐを食べる文化があったということにでもすればいいわけですが(笑)、その後、「あなたの知らない心臓の話」という本の中に、カブトガニもテトロドトキシンを持ってる……というお話が出てきました。また、こちらは本とは直接関係ないのですが、他にテトロドトキシンを持っている生物として、「ヒョウモンダコ」、「スベスベマンジュウガニ」、「アカハライモリ」、「ツムギハゼ」、「トゲモミジガイ」……といったように、結構いらっしゃるんだなと判明したといったような次第です(無知☆^^;)。

 

 それはさておき、今回は「悲劇!!カブトガニの青い血液」みたいなお話でした。。。でもその前に、テトロドトキシンについて書かれた文章を抜粋させていただいてから、そちらのほうにお話を移したいと思いますm(_ _)m

 

 >>アジアでは、現存する三種のカブトガニはさらに深刻な絶滅の危機にある。ウナギの餌だけでなく、ヒトの夕食にもされているからだ。タイやマレーシアなどでは、カブトガニの卵は媚薬だと考えられているため、一押しのメニューにしているレストランもある。

 しかし、茹でたり焼いたりしてカブトガニの卵を大量に食べれば、たいてい問題が起こる。ひとつは、ヒトはカブトガニの卵を食べると死ぬということだ。その死は穏やかではなく、ほぼ間違いなく呼吸系に深刻なダメージをもたらす。

 カブトガニの卵に含まれるテトロドトキシンは神経を遮断するひじょうに危険な物質で、ゴケグモの毒に比べ、少なくとも一桁(つまり10倍)以上の致死性がある。テトロドトキシン中毒といえば、(適切に処理されていない)フグ料理が悪名を馳せているが、カブトガニの卵が原因であることのほうが多い。消化されたあとで筋肉や神経の組織に蓄積されるため、テトロドトキシンは極めて厄介だ。テトロドトキシンが神経系にはいりこむさいの正確な状況は、いまだに解明されていない。その致死性の原因、少なくとも原因のひとつは、有害物質から脳を護る血液脳関門(BBB)を構成する細胞を、テトロドトキシンが迂回できてしまうことだ。

【中略

 血液脳関門を越えて運ばれることが可能な物質のひとつがテトロドトキシンで、カブトガニの卵を食べる人は、卵のなかにその毒が存在するかどうかは予測できないと知っておく必要がある。カブトガニは、有毒物質に汚染された甲殻類や腐ったものを食べることで、ある神経毒を生成するバクテリアを摂取すると考えられている。テトロドトキシンの中毒はふつう、唇や舌のかすかな痺れからはじまる。辛いタイ料理を食べているときだと気づきにくい。卵を食べた人は、顔面が痺れてピリピリする感覚が出はじめて、なにかたいへんな間違いが起こったと気づくだろう。そのあとすぐ、食事のお愉しみを台無しにすることがつづく。頭痛、下痢、胃痛、そして嘔吐だ。テトロドトキシンが全身に広がると、歩行は困難になる。化学作用が神経インパルスを妨害しはじめ、手足の筋肉のような随意筋が収縮するからだ。テトロドトキシンはまた、厚い心筋層をつくる心筋を通じて広がる電気信号を阻害することがある。後述するように、この電気信号は心臓の収縮と弛緩とを連携させる役目をする電気系統で、拍動そのものだ。

 最終的にテトロドトキシン中毒で命を落とした人の約七パーセントには意識があり、カブトガニの卵やフグが最後の晩餐になるくらいなら、一週間前の傷んだカリフォルニアロールでも、いっそのこと箸でも食べたほうがましだったと、頭のなかで後悔していたという。

 このように、食べられたり、飼料として挽かれたり、餌として砕かれたりするカブトガニだが、それ以外の理由でも、生存を脅かされる危機に直面している。 

 

(「あなたの知らない心臓の話」ビル・シャット先生著、吉野山早苗先生訳/原書房より)

 

 では、次はこのお話の続きとなりますm(_ _)m

 

 

 

 こちらの動画を視聴されたという前提で、本に書いてあったことを抜粋して出来れば説明したいのですが、なかなかお話のほうが専門的(?)だったりもして、わたしの悪い頭だとうまくまとめるのがちょっとむつかしいやも知れませぬww(すみません^^;)。

 

 >>最初の恐竜が現れるおよそ二億年前から、四億4500年前にわたって地層に形態を残してきたカブトガニは、もっとも有名な無脊椎動物である三葉虫と同じ、節足動物の仲間の唯一の生き残りだ。カブトガニと同じくらい長く生きている動物を、だれも思いつかないだろう。ゆえに、カブトガニは『生きた化石」と呼ばれる。

【中略】

 >>アメリカ大陸(ニューワールド)へやってきたヨーロッパ人は、ネイティヴ・アメリカンたちがカブトガニを食料や肥料にしたり、さらには鍬や魚を獲る槍の先につけたりして、道具として使っていることを知った。植民地が東海岸に沿って建設されるにつれ、入植者たちはカブトガニを乱獲した。いまでは信じられないほどの数だったと思われる。例えば1856年には、100万を越える数のカブトガニが、ニュージャージー州のとあるビーチのたった1.6キロメートルほどの範囲から集められた。人の手によるこのような歪んだ捕獲は、20世紀になってもつづいた。捕獲業者たちは胸の高さまで積みあげたカブトガニを、ずっとつづく海岸線に沿ってずらりと並べた。そうして、飼料工場へ輸送されるのを待った。

 飼料産業はデラウェア湾とニュージャージー州の海岸沿いで栄えたが、1960年代になるとついに崩壊した。カブトガニの数が減ったことと、カブトガニに代わる飼料が人気になったためだ。しかし残念ながら、カブトガニの乱獲は終わらなかった。1860年ごろ、アメリカウナギの漁師が、ウナギを釣るにはカブトガニが――なかでも特大サイズの卵を抱いたメスがすばらしい餌になると気づいた。こうして、カブトガニの捕獲は二十世紀半ばでもあいかわらず盛んだった。そのころ商業漁業者たちは新たな収入源として、カタツムリの仲間でウェルクという大型の貝を獲りはじめた。問題は、ウェルクもまた、バラバラのカブトガニが好きだったことだ。ウェルク漁の漁師たちは罠に仕掛けるための餌を探し、カブトガニの個体数は新たな脅威にさらされることになった。

 現在でも、カブトガニがウナギやウェルクの漁の餌に最適だと考える漁師は多い。餌の製造業者たちは毎年、カブトガニの個体数を70万ほど減らしつづけている。カブトガニの漁場は充分に規制されている(少なくとも机の上では)とはいえ、ますます深刻化する密漁者の問題や、捕獲される動物の数を制御できない無能な当局者は存在する。

 

(「あなたの知らない心臓の話」ビル・シャット先生著、吉野山早苗先生訳/原書房より)

 

 さて、乱獲され続けるカブトガニの受難物語ですが、動画の中でも語られているとおり、彼らの「青い血液」が医療用に非常に有用であるとして、動画の中にもあるとおり……心臓から血液を抜かれ、その後海に返される――ということが、今も繰り返されているということでした

 

 

 

 >>その結果、いまでは毎年50万近くのカブトガニが産卵時期に海から引き揚げられ、そのほとんどが工場サイズの研究施設に運ばれる。冷たい海水のはいったタンクではなく、ピックアップトラックの屋根のない荷台に載せられて、施設に着くとカブトガニはマスクとガウン姿の作業員たちと出会う。それから殺菌剤でごしごしと洗われ、真ん中のヒンジ状のところで殻を曲げられ(腹部で屈曲した体位)、長い金属製の台の上で縛られ、まとめて一列に並べられる。それから針の太い注射が直接、心臓に刺される。青みがかり、ミルクのような粘度のカブトガニの血液は、ガラス製の収集ビンのなかに落とされる。ドラキュラ伯爵がうらやみそうな手順で採血はつづけられ、血液が止まってようやく終わる。その頃には約三十%の血液が抜かれている。

 少なくとも理論上は、カブトガニは厳しい試練を耐えられるとされている。法律でもいったん血を抜いたらもともと採集した場所の近くにもどさなくてはならないと定めている。しかし、プリマス州立大学の神経生物学者クリス・シャポーによると、推定で二十%から三十%のカブトガニは、集められ、血を抜かれ、海にもどされるまでのおよそ七十二時間の間に死ぬという。

「鰓呼吸のカブトガニが、ずっと水から出されていることの影響は大きいですね」シャポーは言った。レスリーとわたしは、ニューハンプシャー大学ジャクソン河口研究所に、シャポーとその同僚のウィン・ワトソンを訪ねていた。

 シャポーの説明では、血を抜かれた標本が海にもどされたあと、短期的にも長期的にもなんらかの影響に苦しむかどうかはだれにもわからない、あるいは生き延びるかどうかさえもわからないという深刻な問題があるということだった。

【中略】

 シャポーたちは調査対象のカブトガニを観察し、ぐったりとして方向感覚がおかしくなっていることに気づいた。そこから、採血されたあとのカブトガニの体は必要なだけの酸素を運べなくなっているという仮説を立てた。「失った変形細胞とヘモシアニンがふたたび増えるまでには、何週間もかかります」とシャポーは言った。

 カブトガニを護る変形細胞の多くは、試験管のどこかで溶解する。そのため金属製の台に一列に並べられて長い一日を過ごしたあとでもといた場所にもどされても、傷を修復したり、グラム陰性菌がはびこる環境でふたたび活動したりすることは難しくなる。シャポーはそんな話もした。

【中略】

「問題は」とワトソンはわたしに言った。「採血するためにカブトガニに注射針を刺すとき、誤って心臓神経節に当たったら、そのカブトガニは死んでしまうだろうということです」

「では、このバイオメディカルの施設で標本の血を抜いているスタッフたちは、針を刺すときには心臓神経節の位置も考慮に入れないといけない、ということですね?」

 ワトソンは首を左右に振った。「ビル、その点が認識されているかさえ、怪しいものですよ」

 

(「あなたの知らない心臓の話」ビル・シャット先生著、吉野山早苗先生訳/原書房より)

 

 >>その結果、カブトガニは病気に強いだけでなく、究極の身体ダメージをもやり過ごすという、すばらしい能力を備えた。いつ死んでもおかしくないほどに見える傷も、変形細胞が生成した塊があっという間に塞ぐ。そして、負傷したカブトガニはその後も生きつづける。ボートの船外モーターのプロペラに拳サイズの甲羅を弾き飛ばされても、なにもなかったように。このユニークな防御と修復のシステムは、カブトガニが五億年近くも生きつづけてきたことに少なからず貢献しているだろう。なにしろその五億年のあいだに、全部で五回あった地球規模の絶滅の危機を生き延びているのだから。

 

(「あなたの知らない心臓の話」ビル・シャット先生著、吉野山早苗先生訳/原書房より)

 

 もともとはボートのモーターのプロペラに甲羅を弾き飛ばされてさえ、生き残れるほどの強靭な種であるカブトガニ。でも、その人権ならぬカブトガニ権を守るため、環境保護について深く憂慮する人々がいる一方……新型コロナウイルスということもあって、また状況は(悪いほうに)変わってきている――といったようにも、本にはありました。

 

 動画にもあるとおり、人間の血液が赤いのはヘモグロビン(鉄)を利用しているためで、赤血球が酸化すると赤く見えるのに対し、カブトガニはヘモシアニン(銅)を利用しているため、血リンパが酸化した時に青く見えるわけですが、感傷的なことを言えば、あの青い液体はカブトガニの血液というより、彼らの声なき生命の涙なのだ……といったように感じる方は、わたしだけではないのではないでしょうか。。。

 

 それではまた~!!

 

 

 

       惑星シェイクスピア。-【37】-

 

「あんたら、一体何者だ!?」

 

 まるで自分の家に押し入るように、遠慮なく中へ見知らぬ他人がずかずか入り込んでくるのを見て、三十絡みほどの年齢に見える男は怒りだしていた。ある意味、あまりにも当然の反応である。

 

「すみません。お留守のところ大変申し訳ないと思ったのですが、勝手に宿代わりにさせてもらってました」

 

 タイスが一同を代表するように男に近づき、頭を下げる。

 

「一応そのお礼にと、小麦粉と金貨を置いていくつもりではいたのですが、きのうは天候が悪かったですし、まさかこんなに早くお戻りになられるとは思ってなかったものですから……」

 

「いっ、いやあ、オラこそすみませなんだ。ここらにはあまり人が寄りつきませんもんで、オイラにしてみりゃこんな朝っぱらから当たり前みたいに誰かと会うなんて予想してなかったもんで、それでつい驚いちまって……」

 

「ですが、きのうの夜は近くのアヴァロン城址にて、ちょっとした集会があったのではありませんか?」と、カドールは厳しい目つきで男を見て言った。服装のほうは、他の村人と同じくノミでも飼ってそうなボロをまとっているが、彼と同じ人間はあの場にいなかったように思いつつ――とはいえ、カドールにも確信まではない。

 

「ああ……オイラもよくわからんのですが、月にいっぺんか二回くらい、そんなようなことがあるんじゃねえでげすか。そんあたり、オイラにも詳しいことはわかんねっす。オイラはただ、きのうまで野良仕事手つどうてた家のほうから、ついさっき帰ってきたってわけでげして……」

 

「きのうだと?」カドールは疑いの濃厚な視線を強めて、男のほうを睨んだ。「我々は、ここまで来るのに馬車で二日かかった。その上、きのうはあの悪天候だぞ。ということはだ、アヴァロン城のあの広場に貴様もいたということだろう?違うのか、ええっ!?」

 

「へっ、へえ……」自分の住んでいる場所だというのに、ジェラルドという男が強気に出れなかったのには、ある理由があった。それは彼がもともと人見知りで内気な性格をしていたこと、それと、何やら気品溢れる一団に取り囲まれ、すっかり肝を潰していたというのがある。「ええとでげすね……そのげすだ……みなさん方はこの土地の人ってわけでねえんで、よく知らんかもしれませなんだが……湿地帯には畑に水を引くのに水路がありますだ。そこを舟でこう……すいーっとでげすね、移動するんでげす。そしたら、村からここまでやって来るのにも、そう馬鹿みたいに時間はかかりませんや」

 

「水路?」

 

 ハムレットは強くその言葉に反応した。うまく言えないが、何かが彼の心の中で引っかかったのだ。

 

「では、ここアヴァロン城址までやって来るのに、村の人たちはそう時間がかからないのだな?その水路を舟で移動して来るなら……そして、そのことを当然、ホリングウッド夫妻といったよその人たちは知らない……そういうことだな?」

 

「へえ。べつに特別秘密にしてるってこともない気はするでげすが、舟で移動したほうが早い場所ってのが、領地の中にはいくつかありますもんで」

 

「もし知っていたら教えてほしい。このあたりに、墓のようなもの……あるいは、あのアヴァロン城址と同じく、遺跡のある場所というのがあるのではないか?」

 

 ハムレットのような美少年に話しかけられ、内気なジェラルドはすっかり畏まっていた。彼は、こんなに美しい少年は生まれてから見たことがないとすら思っていたのである。

 

「そうでげすね。確かにいくつかありますでげすよ……すぐそばのアヴァロン城の裏手にだって、墓はありますが、でもそこは比較的新しい場所で……村の人ん中にもそこに埋められることがあるっていうような場所だもんで……オイラは歴史とか、難しいことはわかりませなんだが、ここにはその昔、アヴァロンという大王の都があったとか。たぶん、結構なとこ広い領地だったのでございましょうね。そこのアヴァロンの城と同じく、朽ちかけたような建物というのがあっちこっちに結構ありますでげすよ」

 

「その遺跡のあるあたりを、案内してもらえないか?」

 

 ハムレットはジェラルドの目を真っ直ぐに見てそう聞いた。そのあと、「もちろん礼金のほうは弾みます」と、タイスがルーデリ金貨を見せつけてきたからではなく――ハムレットのその眼差しひとつで、おそらくジェラルドはただであっても、遺跡へなどいくらでも案内したに違いない。

 

「へえ……あ、いやっ、はい、ええでごぜえますとも。むしろ、遺跡を案内しただけでお金までもらっちまったりしたら、申し訳ねえくれえでごぜえまして……」

 

 ――こうして、一行は一度、二手に別れることになった。というのも、ジェラルド自身がボロ舟と呼んでいる舟は小さく、彼を含めて三名も乗れればギリギリということだったからである。

 

「じゃあ、俺がハムレットと舟に乗ろうか」

 

 タイスがそう言うと、ランスロットが反対した。

 

「いや、誰かひとり、ハムレットさまには必ず護衛になれる者がついていたほうがいい。あの村の男たちだって、ジェラルドと舟に乗っているのがハムレットさまだとわかったら……何をしてくるものやらわかったものじゃないからな」

 

「何おーう!!そういうことならわたしだって……」

 

 ギネビアがまたランスロットと張り合おうとするのを見て、カドールが仲裁しようとした時のことだった。

 

「私が残りましょう」と、ギベルネスが言った。「というのも、実は……そのですね、私は泳ぎが得意です。藻や泥などに足を取られた際には溺れる可能性もありますが、まあもし、万が一にも万が一、舟に穴が開いて沈むといった不測の事態があった場合、ハムレットさまを救助できる可能性は、この中で一番高いような気がします」

 

(大学時代、プールの監視員のバイトをやっていたことがあります)とか、(人口呼吸や心臓マッサージも出来ます)といったことは言っても意味が通じなかっただろうが、ギベルネスとしてはそうしたことも含めて立候補したわけであった。

 

「そのアヴァロンの遺跡群へは、陸路では行けないのか?」

 

 カドールがすかさずそう聞いた。

 

「いや、ギベルネ先生のことは信頼している。だが、昨夜あったことがどうにも気になるし……第一あなただって、よそ者である我々の誰かを道案内していたなぞと知られれば、のちのち都合が悪いのではないか?最悪、それこそ村八部にされるとか……」

 

(あるいは、メルランディオスの生贄にされるということだってあるかもしれない)と言いかけて、その部分についてはカドールは口にしなかった。

 

「いやまあ、オイラのことなら心配いらねっす。それに、村の男衆はみんな、昼間は野良仕事に出てるでげすよ。あと、水路で行かないと辿り着けないような場所も遺跡にはあるでげす。周囲には葦やらなんやら生い茂ってますし、遺跡のあるあたりに用のあるような人間は、まあまずそんなにいんなさらないでしょうしなあ」

 

「じゃあ、それで決まりだ。オレはギベルネ先生と一緒に、ジェラルドに遺跡を案内してもらうことにする。それで、メルランの墓が見つかればよし、もし見つからなかったとしても、それはそれでいいと思うんだ。ただ、オレとしては女王ニムエの言うとおりに出来なかったということが気になるという、それだけのことだから……」

 

(どうする?)といったような眼差しによって、カドールが一同を見渡すと、(この場合、自分が言うしかないだろうな)と思ったタイスが溜息を着きたそうな顔で言った。

 

「俺はたぶん、ハムレットとギベルネ先生が無事戻ってくるまでの間……気が気じゃないという気はするが、かといって、どうやら他にどうしようもないようだ。いずれ、ハムレットにはそうした局面というのが訪れるような気はしていたし、三女神の守りがあるとでも思って、ただ神にでも祈りながら待つという以外はないのだろうな」

 

「そうか、わかった」と、カドールも諦めたようだった。「じゃあ、我々は先にホリングウッドの屋敷へ戻るとして……ジェラルド殿。本当に水路で行けば、村のほうへはすぐに戻れるんだな?」

 

「さいでげすよ。今日はまだ日も早いですし……とはいえ、遺跡のほうはあっちこっちにあって、結構広いんでげす。ハムレットさまがお探しの墓所みてえな場所がすぐめっかるとええんですがなあ」

 

 ランスロットもギネビアも不満顔ではあった。とはいえ、彼らにしてもローゼンクランツ領地にあるロットガルド山から流れる大きな川――そこで泳いだような経験くらいしかなく、溺れたとすればパニックになるあまり、ハムレット王子のことを救おうにも、もしかしたら一緒に沈む可能性すらなきにしもあらずである。

 

 こののち、方針さえ決まればあとは時間が惜しいとばかり、ハムレットとギベルネスはみなに見送られ、ジェラルドの案内にて、灰色のボロ舟に乗って丈高い葦の中、湿原の水路を暫し旅するということになった。舟のほうは縦に細長く、真ん中でジェラルドがオールを漕ぐと、彼の前にひとり、それに船尾にひとり乗ったとすれば、それ以上は定員オーバーといったところであった。

 

「この木造舟の材質はなんですか?」

 

 沈むのではないかと恐れていたからではなく、ギベルネスはいつものようにちょっとした好奇心からそう聞いた。

 

「さいでげすなあ」と、巧みにオールを操りつつ、ジェラルドは水路のほうへ漕ぎだしていきながら答えた。「クスノキですよ。他に、カヤやスギなんかも舟の材料に使われることがあるでげすな。湿地を抜けた先に大森林があって、そこに家屋や舟にするのにいい樹木がたくさん生えとるもんで……あわわっ。いや、今オイラが言ったことは忘れてくだせえ。ははは。オイラ、何言っとるんだろ。まだ寝ぼけておるのかもしれねっす」

 

「大丈夫ですよ」と、ギベルネスは微笑って言った。「私たちはただの通りすがりの旅の者です。そのことは誰にも口外しません。ただ、そんな森があるのなら、村の人たちももう少しいい家を建てて住めそうな気がするんですが……」

 

「そうでげすなあ。なかなか農作業が忙しゅうて、そこまで手が回らんじゃないでげすか。それに、森まで行って材木を切り出して村まで運ぶのがまた、結構な手間でしてな。また、そんな立派な家にみんなが住みはじめたら、どこからそんないい材木を持ってこれたかっちゅうので、色々面倒がございますわな。そんなふうにして余計な労働と税が増えるのを、みんな恐れとるっちゅうわけなんでげす」

 

「その森林とやらは……」と、ハムレットはふと思い出して聞いた。「レヴァノンの森と呼ばれたりしていないか?」

 

「いや、特に名前はついてないんでげすよ。みんな、あの森のことは『あれ』とか『聖なる森』とか言うて、新しく舟を造るのに樹を切り出す時には、村長だけでなく、村で会議を開いて承認を受けてからでねえと、あすこには誰も入れねえことになってるっす」

 

「そうか……だが、湿地の中には鹿を丸呑みにするほど深みのある場所があると聞いた。そして、そんな立派な森であれば、鹿もたくさんいるのではないか?ということは、それを狩る猟師だって……」

 

 ハムレットは、ユリウスが自分の父親を猟師と言っていたことが気になっていた。無論、彼が何かの事情から自分の本当の出生について偽っていたという可能性はあるだろう。また、母親が編んでいたという籠の材料はなんだったのだろうか。そんなこともふと気になった。

 

「そうでげすね。大体、十月くらいには一度、収穫期が終わった頃くれえに、狩猟に入ることはあるようでげすよ」

 

「そこには……森番のような人間はいないのか?ほら、森っていうのは、適度に手入れする人間が必要だと、ユリウスが……ええと、オレの先生だった人が言っていたことがある。オレがこう聞くことに他意はない。というより、このことを誰かに話してオレに得になるようなことは何もないという意味だが……」

 

「オイラも会ったことはないんでげすが……ひとり、そうした男がおるそうですよ。というか、その人もオイラのような変わり者で、ひとりで暮らして森の世話をしたり、畑や動物の世話なんかをしとるとかなんとか。そろそろ結構な歳だから、彼が死んだとすれば、代わりの人間が必要になるだろうっちゅうことなんでげすが……とりあえず、村に姿を現したことがねえってだけでも、オイラ以上の変わり者だってことは間違いねえでげすね」

 

「………………」

 

 ハムレットは黙り込んだ。本当は、村長あたりにでも、ユリウスの父母に当たる人物に心当たりはないかと、それとなく聞きたいように思ってはいたのだ。だが、そんな存在を隠している森林に住んでいるということからして、もう聞くことは出来ない気がした。というより、ジェラルドがそのことをしゃべったということで罰されても困る。

 

 だが、湿原の中の水路を進むうち、そのような大きな森の存在を知られずに済んでいるのが何故かについては、ハムレットにしても理解できるようになっていた。湿原に流れる川や、そこから出来た水路はなんとも言えず不気味だった。これは、ハムレットが生まれてから今という今まで育った自然環境が、主に岩山や砂漠ばかりだったというせいだけではない。湿原に溢れる水は、日光を受けてキラキラと輝き、見ようによっては美しいのだが、どちらかというとヌラヌラと不気味に水面は輝き、さらには普通の川のようには底を見通すことが出来ず、この中で溺れたとすれば、まずもって助からないのではないか――という、何かねっとりとした静けさがそこには漂っているのだった。

 

(これならば、確かに誰かを舟の上から突き飛ばし、そのまま助けずに立ち去ったというそれだけで……相手はまずもって岸まで辿り着くことが出来ないのではないか?)

 

「こんなことは、なるべく聞きたくはないのだが……」

 

 ハムレットはなんだかだんだん心細くなってきた。最初は、砂漠にも常時このくらい水があればどんなにいいかといったように思っていた。けれど、水というものがこれほど広く大量にあるということがむしろ不気味だなどとは、これまでの人生で一度も経験してみたことがなかったのである。

 

「本当に、元の岸まで戻れるのか?水路などと言っても、似たようなところは他にもいくつかあるようだし、そこは葦などが丈高く生えていて、一度中に入ってしまえば、自分がどこにいるやらわからなくなるほどなのに……ジェラルドは迷ったりすることはないのか?」

 

「大丈夫でげすよ。オイラには他の人にはわがんねえ目印があるっす。まあ、この舟自体はオンボロかもしれませんが、その点は大船に乗ったつもりでいてけらっさい」

 

 やがて、ジェラルドが口笛を吹きはじめたため、ハムレットにしても少しだけ何かが安心だった。それに、煌く川面の光を受けて、ギベルネスもまた、そんな彼のことを笑うように微笑んでいる。そしてこの時ふと、ハムレットはまた別の疑問が浮かんだ。

 

(ギベルネ先生は、泳ぎが得意だと言った。ということは、こんなふうにたくさん水がある場所で生まれ育ったのだろうか?ユリウスの口から、泳ぎが得意だといった話を聞いたことはないが、でも、もし先生がアヴァロンの出身なのだとしたら……)

 

 その後、湿原の川に色鮮やかなオシドリの番いが流れてきたのを契機に、ハムレットは一時的に難しいことを色々考えるのをやめた。本当は、メルランディオスの言っていたことを心の中で反芻し、実の母との再会は、もしかしたら自分の望んだものとはならない――それどころか、母ガートルードには迷惑なだけかもしれないということについて、深く沈潜するように考えなくてはならないと思っていたのだが。

 

「ジェラルド、あの美しい鳥はなんて言うんだ?」

 

 二羽とも、オレンジや青や緑や茶など、まるで画家がそのように絵筆によって塗り分けたのでないかというくらい、絶妙な羽色の混ざり具合だった。

 

「オシドリでごぜえますよ、ハムレットさま。このあたりには鴨やらサギやらシギやら、色んな鳥がおりましてな。水鳥たちにとって湿原というのは、人間も大してやって来ねえ楽園といったところでしょうなあ」

 

(オシドリか。もしかしたら翻訳の問題かもしれないが、私の知るオシドリとは、種類が違うようだ。惑星ロッシーニに住むオシドリは、メスのほうは目立たない薄茶色で、オスがあんなふうに派手な色合いになるのは秋ごろからだものな……)

 

 その後、白鳥が着水し、パシャッという音とともに先をすいすい進んでいった。そして、一羽のみならず、何羽もの白鳥が同じように大空から舞い降りてきたのである。

 

「なんて綺麗なんだろう!!真っ白くて、美しい鳥だ。本当に……」

 

「ハハハッ!!なんだか縁起のいい感じでげすな。ハムレットさま、遺跡のある場所まではもう少しでげすよ。なんか珍しい鳥めっけたからって、あんまり舟から身を乗りだしたりされないよう気をつけてほしいでげす。ここらで舟が引っくり返ったとしたら、岸まで無事おふたりを連れて泳ぎつけるほどの体力はオイラにはありゃしませねえでげすから」

 

「あっ!あれはなんていう鳥だ、ジェラルド?さっきの白鳥と同じように真っ白だが、なんだか少し違うような……」

 

「白鷺ですよ、ハムレットさま。ちょいといった先に営巣地があるんでさ。オラ、こうして湿原の中で鳥でも見てる時が一番幸せなんでげす。人間でねくて、鳥さ生まれてくれば良かったにと、時々思うことがあるくらいでげすよ」

 

「そうか……だが、その気持ちは、こうした美しい自然の中にいるとわかるような気がするよ」

 

 その後、暫くの間あたりには鳥の鳴き声くらいしか音のようなものは存在しなかった。もしもう少し風でもあれば、葦やスゲや、他の湿原に生える草のそよぐ音でもしたかもしれない。だが、その葦の上にも色鮮やかな小鳥がちょこなんと何羽も鎮座しているのを見――ハムレットはなんだか自分がおかしくなってきた。世界はなんと広く、自分はなんと物を知らないのだろうと、そう思ったからだ。

 

 やがて、丈高い葦の間を再び通り、舟のほうは岸辺とも呼べないような場所へ到着した。土がねちゃねちゃ、ぬとぬとしており、一歩進むごと足首近くまで沈んだが、そのことは最初からジェラルドに言われていたことだった。「長靴でも履いていかねえと、足許が泥で汚れるでげすよ」といったようには。

 

 ちなみにジェラルドは裸足だったが、ハムレットもギベルネスも靴を脱ぐと、ズボンのほうを膝下までたくしあげ、ジェラルドが舟を陸地のほうまで引き上げるのを手伝った。

 

「ふう。これでよしっと。おふたりとも、すまねえでげすな。とにかく、遺跡のほうまではそんなにかからずして行けるはずでげすよ」

 

 ハムレットはこの時、何故だか心がうきうきした。見たこともない珍しい鳥を何羽も見たせいかもしれないし、旅をはじめた時から大人数でいるのが当たり前のようになっていたが、久しぶりに自由を満喫しているような、そんな心持ちになっていたせいかもしれない。

 

 この時、ハムレットにしてもギベルネスにしても、アヴァロン州と呼ばれる場所の、未開の広大さについて圧倒されていた。湿地帯を抜けると、確かにその先は森林地帯になっていたが、ほとんど道らしい道など、どこにもなかったからである。

 

「本当に、こんな鬱蒼とした樹木や丈高い草ばかりのところで道に迷ったりしないのか?」

 

「ハムレットさま、その点についてはオラのことを信用してほしいでげす。ただ、蚊に刺されたり、蛇が突然音もなく這ってきたりだの、そこのところはオイラにも保証しかねますんでな。遺跡のほうはそんなに遠くねえんで、ちょいと我慢してけらっさいよ」

 

 おそらく、彼は以前にもそのようにして遺跡まで行ったことがあるのだろう。丈高い雑草の間には、人が押して踏み分けた箇所が微かに残っていた。そして、さほど歩かずして、開けた場所に出ると――そこには確かに、昨夜見たアヴァロン城址のような、灰色の石壁に囲まれた、崩れた建物の痕跡が残っていたのである。

 

「ここは……あくまでも漠然とした印象として言うことですが、なんとなく寺院っぽく見える場所ですね。入口から見て、あちら側が祭壇のようなところで、奥に御神体などを納めた内陣があって、中央通路や側廊の間に信徒席があるといったような……」

 

「そうですね。オレも見た瞬間から、似たような印象を持ちました。でも、そう考えた場合、寺院のそばにはお約束として墓場が裏手あたりにでもありそうなものなのに、そうしたものは草に覆われて見えなくなってしまったということなのかどうか……」

 

「オイラ、ここらへんにはしょっちゅうやってくるで、周辺もよく調べてあるでげすよ。けんど、墓みてえなもんは見たことねえなあ」

 

 ハムレットもまた、溜息を着きつつ、(一応念のため)と思い、腰から例の聖剣を鞘から引き抜くことにした。

 

「なんだか自分が馬鹿みたいに思えるけど、ここじゃないという気はする。それに、昼間やって来てもあのメルランディオスとやらは姿を現すことがないということなんだろうか」

 

「ハムレットさま、オイラにはどういうことなんかよくわからなんだが、そんなに気落ちすることはねえでげす。他にも、大体ここと似たような場所ってのが、ここらにはいくつもありますだで」

 

 ――こうして、三人は再び舟のほうへ戻ると、大体似たような要領で湿地帯の水路を行き、泥の岸辺から舟を引き上げ、似たような幽霊を思わせる灰色がかった白壁の城跡や、なんらかの建物の痕跡が残る場所を順に訪ねていった。

 

 そしてその過程で、ハムレットの白い足に蚊に刺されたような赤い発疹を見たギベルネスは、いつも懐に常備している薬を彼の足に塗っていた。また、手製のいわゆる虫除けスプレーを、ハムレットにもジェラルドにも吹きかけてやることにしたわけである。

 

「ギベルネ先生、それは……」

 

「ある種の忌避剤……ええと、そうですね。簡単にいえば害虫除けですよ。100%完璧にというわけではありませんが、ある程度、蚊やハエや蜂なんかは寄ってこなくなると思います」

 

「それで、だったんですね。ローゼンクランツ城砦でも、ライオネス城砦でも、色々な植物を採集しては蒸留器のようなもので花の成分を抽出していたのは……」

 

「あ、これ、なんか薄荷の匂いがするだよ。薄荷の樹ってのはここいらにはあまりねえもんだが、ミントの草なら生えとるところが結構あるでげす。ええ香りだなあ。なーんか、心までスッとするっす」

 

 ギベルネスはこの件に関してはあまり語らなかった。というのも、スプレーの容器自体は彼が宇宙船カエサルから持ってきたものだったからである。そしてその中身がなくなる前に、ギルデンスターン城砦やローゼンクランツ城砦、またライオネス城砦などにおいて、彼は代わりになりそうな薬草類を探し続けていたのだから。

 

 そして、実はこの件に関して割と役立ったのが、大聖堂や寺院などを清める際に焚かれる香の香料や、掃き清める時に使われる薄荷の樹の枝や棕櫚や月桂樹に似た樹の枝葉などであった。その成分について確かなところを調べるには、宇宙船カエサルにて化学的な検査をし、AIクレオパトラの出してくれる成分表を見る必要がある。だが、ここ惑星シェイクスピアの住人たちは経験的に――そうした香料の元になっているハーブ類、樹木の葉といったものには単に宗教的な意味での清めだけでなく、実際に科学的な意味でも病原菌を多少なり払い清める効果があると知っているらしかった。

 

(私の出身惑星ロッシーニでは、薄荷(ペパーミント)といったものは、草花として存在するのであって、樹木のような形で同じ成分を採取できるものはない。たが、ここシェイクスピアでは、薄荷の樹というのはそれほど珍しいものではないし、生活に馴染み深いものでもあるのだろう)

 

 この、植物学の分野に関することでは、ギベルネスは自分の記憶力の悪さを呪いたくなることがよくあった。というのも、今のようにその知識の必要性にこんなにも強く迫られることになると最初からわかっていたら……もっとその効能について事細かく調べ、それのみならずその成分表についてまでもしっかり覚えておこうとしたことだろう。

 

(まあ、植物学に関することだけじゃない。いつでも、調べようと思えばクレオパトラに聞くか、あるいは指先ひとつでネットで調べられることから……そこから分断された場合どういうことになるか、こんなところで身に堪えるばかり思い知らされることになるとは――今の今まで、想像してみたこともなかったわけだ)

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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