ええと、今回は本文のほうがいつもほど長くないっていうことで、こういう時こそ前回の前文を続きを……と思ったんですけど、↓を軽く読み返してみたらば、他に言い訳事項があることに気づいたというか(^^;)
その、奏汰先生はどうやら、ビートルズとかローリングストーンズなど、洋楽が好きらしーんですけど、奥さんの小百合さんは洋楽になんてあまり興味のない方で。。。
でも、そうした夫の趣味のことにあまり注意を払ってこなかったから、彼が愛人に走ったのかもしれないとも思い……それで、夫がどういった本を読むのが好きかにも大して注意を払ってこなかった小百合さんですが、夫の書斎の本などを見ているうちに、オノ・ヨーコさんのある文章が目にとまり――といったくだりが文章の中に出てきます。
でもこの文章のほうが、わたしのほうで出典曖昧だっていうのが、今回の一番の言い訳事項ということになりますm(_ _)m
ええとですね、わたしも小百合さんと同じく、べつにビートルズって好きでもキライでもない感じだったりします(でも、どっちかっていうと好き寄り)。ただ、兄がビートルズが好きで、大体十代の頃ですかね。しょっちゅう隣で大きな音でかかってたもので、「特段聞きたくもないのに強制的に耳に入ってくる☆」というのがわたしにとってのビートルズでした(^^;)
あと、この兄がロッキングオンなる雑誌を随分長いこと毎月買ってたもので、確かその雑誌の中に、ヨーコ・オノさんのインタビューがあって、それで↓のようなことを読んだか、あとはジョン・レノンのCDも兄が持ってて、その中のブックレットで読んだのか……大体出どころがそのあたりなのは間違いないものの――何分随分昔に読んだことなもので、それで記憶が曖昧なのです
その、ジョン・レノンさんのヨーコ・オノさんに対する愛情は熱烈なもので、おふたりがとても深く愛しあっていたのは言うまでもなく有名なお話で……でも、何かの仲間内の集まりで、それはジョン・レノンさんの応援していた政治家の方が選挙で落選してしまい、彼はそのことでとてもがっかりしていたとか。それで、その集まりの時相当お酒を飲んで酔っ払ってしまったらしいんですよね
それで、ヨーコ・オノさんもその仲間の方々といらっしゃる時に、隣の部屋のほうでジョン・レノンさんがある女性とセックスをはじめ、その音のほうがかなりのとこ派手なものだったので、彼がそうした行為に及んでいるということが、その場にいる人たちみんなにわかってしまい……で、その時その中のひとりの女性がヨーコ・オノさんの肩に手を置いて、こう言ったそうです。「彼はジョン・レノンなのよ」と……。
つまり、彼は酔ってるんだし、それ以前にジョン・レノンほどの偉大な人とあなたは一緒にいる女性として、彼のことを許すべき……といった意味だったらしいです(^^;)
けれど、ヨーコさんはその後、ジョンと距離を置くことにしたそうで、あるライブの前だったでしょうか。彼が何か自信なさそうというか、たぶん、文脈としてはヨーコさんと離れて弱っていたというか、そうした精神状態だったのだと思います。そして、そんな様子のジョンのことを見て、ヨーコさんは彼と復縁することを決めた――ということだったと思うんですけど、正直、わたしも記憶曖昧すぎて、「確かそうだったよーな」以上のことは思いだせなかったりww(すみません)
なんにしても、というのが、↓に関する、大体のところの言い訳事項となりますm(_ _)m
まあ、なんというか、小百合さんは夫の奏汰さんの部屋で、夫が集めてるビートルズの書籍関係の本の中でそうした文章に出会い、夫の浮気に関して少し考え方を変えたっていうことですよね(^^;)
わたしも書いてて、奥さんの小百合さんはとてもいい人で、彼女に何か夫の浮気に関することで落ち度があったとも思いませんし、小百合さんの言ってるのは至極まともなフツーのことじゃないかなと思ったりするんですけど……旦那さんの奏汰さんの浮気というのか、本人は本気の恋と思ってるのが最後どうなるのか、決着が着くまでにはまだもう少し時間がかかりそうです。。。
それではまた~!!
不倫小説。-【9】-
小百合の姉、瑤子は自伝本を出版後、今度はかなり際どい写真集を出版し――また、欧州の美術館を巡るという特別番組に出演したりと、その後も随分メディアへの露出が続いた。
例の自叙伝『聖なる芸術のエクスタシー~鷹橋陽一郎が最後に愛した女~』は、推薦文を氏自身が書いていたくらいであり、そうした種類の訴訟というのはなさそうではあったが、奏汰はこの時何故かは自分でもわからなかったが、あるひとつの勘違いを脳内で起こしていた。
つまりそれは、野間瑤子のことをテレビで滅多に見なくなったら、そろそろ妻に離婚のことを切り出さねばならないということであり、奏汰は瑤子のことをたまにバラエティ番組などで見かけるたび、「チッ」と内心舌打ちしていたものだった。
しかも、彼女の書いた本があるノンフィクションの賞の候補にまでなったと聞いた時には、驚くと同時に忌々しいとすら感じたものだ。だが、結局のところ受賞のほうは逃したため、奏汰としてもほっとしていたものである。
そして、そうこうしてするうちに、その年も年末を迎えたわけだが、奏汰は大晦日と元日にかけて当直を買って出ることはなく――二年も連続して実家に顔出ししないのはどうかと思っていた――明日香とは十二月・一月とは、すれ違いの日々が続いていたかもしれない。
無論、この一年近くもの間、奏汰は会うたびに明日香に「妻にはまだ……」などと言い訳していたわけではない。彼の中では義姉のメディアへの露出が減るまでは――という、一応筋の通った待機理由があったため、一度そのように脳が納得すると、もはやそう度々愛人に何かそのことで説明する必要がなくなったのである。
けれど、奏汰と明日香の間で何か恋愛の熱が下がったということもなく、ふたりは以前よりもそうしょっちゅう会えなくなったことで、尚更会えた時には激しく求めあうようになり……今では明日香も少しばかり行動が大胆になっていたかもしれない。
というのも、明日香は今では、桐生先生が自分の部長室まで来てほしいと言った場合、それほど人目を気にせずそちらへ行くようになっていた。奏汰曰く、「各科の部長室がずらっと並んでいるあのあたりは、医師同士でもそんなに顔を合わせたりしないんだよ。それに、もし何か言われた場合は『桐生先生に書類を取りに来るように言われた』とでも言っておけばいい。まあ、たぶんそんなこともないだろうな。だって、先生方はみんな、自分の抱えてる患者のことなんかで頭がいっぱいだろうからね」――とのことで、実際明日香もほとんど人と通りすがったようなことがない。
といってももちろん、前に元日にあったようなことを繰り返そうというのではなく、奏汰としては明日香のマンションへ寄れない時でも、彼女と少しでいいから話したいと思う時があるのだった。そういう時、部長室へ来てもらって少し話したり、一緒に食事できることが、彼にとっては何より嬉しいことなのだった。
それと、一度くらいならふたりでいるところを誰かに見られても、いくらでも言い訳が可能だと思っていたせいもある。去年、病院の忘年会があった時、明日香と奏汰はたまたま、各科対抗ゲームである「ミイラ誕生」で偶然ペアになっていたのだ。この「ミイラ誕生」は、トイレットペーパーを巻く係とトイレットペーパーを巻かれてミイラになる係の二人一組で、一体どの科の代表が一番早く相棒をミイラに出来るかを競うというゲームだった。
明日香は用意されていた足台に乗ると、顔から順に靴の爪先まで桐生先生のことをトイレットペーパーでぐるぐる巻きにしていき……このゲームで脳外科チームは一位になると、ナース休憩室に置くのにちょうどいいと思われる、4Kテレビをゲットしていた。
こういった経緯があったため、今ではふたりは、院内でもたまに話をすることがある。もし仮に誰かに「ねえ、桐生先生と何話してたの?」と聞かれたとしても、「ちょっと患者さんのことで」みたいに言えば、それほど不自然ではない。忘年会のことをきっかけに、少しばかり話をするようになったといえば、誰の目にもそうおかしくは見えなかったことだろう。
また、去年の十月ごろ、ロンドンで開催された国際脳神経外科学会があった時、奏汰は明日香のこともイギリスへ連れていった。飛行機のほうはファーストクラスを取り、プライヴェートのほうは守られる状態で、ホテルのほうは部屋は別々に取ったが、奏汰は夜には明日香が宿泊しているホテルのほうへ行き――とてもロマンティックな夜を過ごした。そして、二日間に渡って開かれた国際脳神経外科学会が終わった翌日、奏汰と明日香は一日かけてロンドンを観光してから日本へ帰国していたというわけである。
この時、おそらく明日香は幸福の絶頂にあったといって良かっただろう。そしてそれは、奏汰にしても同じだった。もし妻の小百合と離婚することさえ出来れば、明日香と一緒にいつでも当たり前のように外食が出来、スポーツクラブで一緒にテニスしたり、プールで泳いだり、彼女にゴルフを教えたり……なんでも出来るようになるのだと彼は思っていた。
それだから彼はもうすっかり、義姉の瑤子をテレビであまり見かけないようになったら、その時こそが妻に離婚を切り出すべき時だと思い、ずっと機会を窺い続けていたわけである。
一方、奏汰が義姉の瑤子をメディアであまり見かけなくなったら、その時こそ……と思っていたのとは真逆に、小百合のほうではむしろこの姉のせいで、何がどうでも夫と離婚だけは絶対にしないとの意志をますます固めていたといっていい。
何故といって、そもそも小百合が夫の浮気という、ある意味自分の弱味を姉に見せたのは、瑤子自身が鷹橋陽一郎との結婚生活に疲れ、ぼろぼろになって実家へ帰ってきていたせいだった。痩せて、顔の頬もこけ、何かノイローゼ患者のような雰囲気を漂わせている姉を見て……何か、ある種の共感というのだろうか。そのようなものを小百合は生まれて初めて姉に感じていたのである。
もちろん、今も姉とは連絡を取りあっているし、鷹橋陽一郎との離婚を機に瑤子が変わったということは確かなことだった。姉はひとり立ちしてからは実家には滅多に寄りつかなかったが、この時初めて「帰れる家のあることがどんなにありがたいか」といったことまで口にし、両親も涙を流したということだったし、妹の自分に対する接し方もすっかり変わっていたのである。
その日の朝、小百合は夫と娘が病院や学校へ出ていくと、少しばかりゆっくりして、新聞を読みながらお茶を飲んでいるところだった。夫の奏汰は毎日、食後に緑茶を飲むが、急いで家を出なくてはならないため、いつでも半分くらいは残していく。そして彼女は夫の残していった湯飲みに口をつけ、それを飲みながら新聞を読む……というのが習慣だった。
夫の浮気は今も続いている――それは間違いなく確かなことだった。というのも、奏汰の着ているものには今も時々、例の少しばかり茶色く見える髪の毛が付着していることがあるからだ。小百合は最初それを、愛人の部屋へ上着などを置いた際、不可抗力で付いてきたものなのだろうと思っていた。いわゆる、犯罪捜査でいうところのロカールの法則というやつである。
ところが、以前姉の瑤子にそのことを洩らすと、彼女は「チッチッ」と指を振っていたものだった。
『それはたぶん違うわよ。もちろん、そういうこともあるでしょうけれどもね、それは奏汰さんの愛人の女がわざわざ服につけてる可能性のほうが高いわ。あなたの旦那さん、浮気してますよってね』
『え?でもなんでそんなことするのよ』
この時、瑤子は妹のことを、初心なヒヨコでも見るような目で見ていたものだ。実際彼女は妹の話を聞いていて、(小百合はほんとに男ってものがわかってない)と感じることが多かった。
『決まってるじゃない、あんたの後釜に座るためよ。妻が夫の上着やズボンから、よく女の髪の毛を発見する……そしたら普通こうなるわよね。「あんた、これ一体なんなのよっ!?」って。それが狙いなのよ。そしたら夫のほうでは離婚について口に出すかもしれないじゃない?やっぱり、本格的な喧嘩になったら最終的に「おまえとはもう離婚だっ!」みたいな言葉が、売り言葉に買い言葉で出てくるかもしれない。最初はそのつもりがなくてもね。そしたらもう愛人としてはにんまりよ。「妻とは離婚することにした」って言って自分のところに来るかもしれないし、そんなことでいつもプリプリしてる妻の元には自然帰りたくなくなるものだもの。それが狙いなのよ』
『じゃあ、夫の衣服に髪の毛が時々ついてるのは、愛人がそう仕組んでのことっていうこと?』
『そのとーりっ!!でもまだ髪の毛くらいなら可愛いかもね。うちの旦那なんか、体中知らない女の香水をプンプンさせてたり、ズボンのチャックの内側に口紅がべったりついてたりとか……そう比較した場合、奏汰さんの浮気っていうのは、まだちょっとは可愛いかもしれないわね』
『え?でもなんでチャックの内側なんかに口紅がつくのよ』
妹が(本当に不思議だ)という顔をしていたため、瑤子はただ、視線を宙に泳がせていた。(さて、一体どうしてでしょうね)とでもいうように。
『だから、それが愛人からの本妻へのメッセージってことよ。そんなところに口紅がつくくらい、わたしはあなたの旦那さんと親しい仲なんですよっていうね。で、男っていうのは馬鹿なもんだから、大抵はそんなことにも気づかず、「これ、クリーニングに出しといてくれ」なんて平気で言うんだら、腹が立つったらないわよ』
(確かに、夫の服に口紅がついていたことはない。でも、そのかわり……)
姉からこの話を聞いて以来、小百合は以前以上に夫の衣服をよく調べてから洗濯したり、クリーニングへ出すようになった。どこかにうっすらとでもピンク色の口紅でもついてやしないかと、そう思って。
(あの人から香水の移り香はしたことないけど、たまにうちのじゃないシャンプーの匂いをさせて帰ってくることがあるのよね。そんなこと、気づかれっこないと思ってるのか、それとも何か言われても言い逃れのしようなどいくらでもあると思っているのかどうか……)
小百合はずずっと音をさせてお茶を飲み、途中から内容の入ってこなくなった新聞を閉じた。テレビではワイドショーで大物芸能人同士の結婚式のことをやっていたが、小百合は幸せそうなカップルが揃って指輪を見せているのに苛立ち、そちらもリモコンで電源を切って消した。
(去年の新年からはじめた良妻賢母キャンペーンは結局無駄に終わったし……何より、姉さんが立ち直ってからはわたしも夫の浮気のことなんか言わなければ良かったって後悔したのよね。やっぱり、姉さんとわたしじゃ全然違う。昔はなんでこの性悪女の本性を見抜けないでみんなちやほやするんだろうなんて思ったけど、今はわかる……姉さんは美人だってだけじゃなく、才能も豊かで、面白い人だもの。男の人が寄ってくるはずよね)
小百合はここでふうっと溜息を着いた。姉の瑤子は今ではすっかり立ち直り、艶々した肌の輝いた顔でテレビに出演している。というのも離婚慰謝料の五億を元手に化粧品会社を起業し、そのCMが定期的に流れるもので、自ら広告塔となっている野間瑤子は「この美容化粧水のお陰で、わたしは四十台なのに三十台に見られます!」などと言っては、ミューズというブランド名の化粧品を紹介していたのだから。
この化粧品は頼んでもいないのに姉が定期的に送ってくるもので、小百合も使っていた。確かに小百合も、(もしかしたら、わたしが女として衰えたから、夫は他の女に目がいったのかしら?)と思い、このごろは美容にも力を入れている。
この日も、ミューズの美容マスクをつけたまま、部屋の片付けをして掃除機をかけた。毎日プラセンタドリンクを飲み、他に美容にいいというサプリメントも色々摂取している。
その甲斐あって、小百合は自分でも鏡を見るたび、(最近なんか綺麗になったわよ、わたし。ねえ?)などと自画自賛するまでになっていた。娘の七海も、「ねえ、なんかお母さん、最近綺麗くなってなあい?」と言ってくれる。
(もちろんわたしだって、何もあの人が「最近、綺麗になったな、おまえ」なんて言う言葉を期待してるわけじゃない。ただ、あの人が愛人と手を切った時に……俺はこの女を生涯の伴侶に選んでおいて良かった。愛人とのくだらない騒ぎは終わったし、これからは妻と娘を以前のように大切にするぞって思ってくれた時――しなびた女房が横にいたっていうんじゃ、あの人も堪らないでしょうからね)
他に、小百合は自分が夫に精神的に寄り添ってこなかったことが、今のこの浮気という事態を招いたのかもしれないと思い、夫の書斎へ足を踏み入れては、そこにある医学書以外の本や、置いてあるDVDやCDなどを順番に見たり聞いたりするようになっている。
だからその日も、色々な用事と買い物をすませて帰ってくると、昼食を食べながら映画を一本見(夫は東西冷戦期のスパイものが好きなのだ。他に、本棚にはアメリカのCIAやイギリスのMI6の主人公が活躍するスパイ小説がたくさんある)、娘が学校から帰ってくるまでの間、ビートルズを聴きながらそうした本の続きを読んだ。
婚活パーティで出会ってから、奏汰がビートルズやローリングストーンズなど、洋楽が結構好きらしいということは、小百合も一応知っていた。けれど、彼女は洋楽やロックになどあまり興味がなかったし、小百合が好きなのは主にJポップだった(娘の七海がKポップが好きなため、最近はKポップも割と聞いている)。
「でもよく考えたら……」
夫の浮気を確信して以来、小百合は意味もなく夫の書斎に入り、何か決定的な証拠でもないかと探しまわる過程で、ふと気づいたのだ。そこに置いてある本にもCDにもDVDにも、小百合は結婚以来ずっと関心を払ってきたことがない、ということに。
そこで、夫所有の本をぱらぱらめくって読んでいるうちに、たまたまそこにあることが書いてあった。ヨーコ・オノの夫であるジョン・レノンが、ヨーコ自身や他の人のいる部屋の隣で、酔って知り合いの女性とセックスしはじめた時――ある女性が「彼はジョン・レノンなのよ」と言って、ヨーコの肩に手を置いたという(つまり、「ジョンほどの偉大な人の妻として、あなたは許すべきよ」といった意味なのだろうと小百合は思った)。
とはいえ、このあとヨーコはジョンと距離を置き、その後、自分と別居してから彼がすっかり弱っているような姿を見、復縁することにしたという。このあと、例の有名なジョンのハウスハズバンド期となり……彼は主夫としていい夫であり、息子のいい父親でもあったということだった。
(これだわ!)と、ここを読んだ瞬間、小百合は思った。確かに自分の夫はジョン・レノンほどの有名人ではない。けれど、毎日病院でたくさんの患者の病気を治し、命を救うという特別な仕事をしているのだ。
(そうよ。長い結婚生活の間、一度くらいの……それがもうすぐその関係も消えるといった関係なら、まだわたしも許すことが出来る。本当にもうそれが、来月にでもそうなるというのなら……)
一方、近ごろでは小百合は、別の不安が頭をもたげて来てもいるのだ。自分が例の長いうっすらと茶色い髪に気づいてから、もう二年になる。この関係がもし、これから三年、四年、あるいは五年、六年と続くとしたら……自分は到底耐えられないだろう。
(でも、今までは大体、四年置きくらいにあの人は転勤があったから――もしそういうことにでもなれば、愛人との関係も終わりになるんじゃないかしら?)
けれど、その場合でもあと一年はあるわけである。今はもう小百合は、その一年も自分の精神は持たないだろうとわかっていた。つまり、流石の彼女にも忍耐の限界が近づきつつあり、もし半年後に耐え切れなくなって<良い妻>の仮面を剥ぎ取り、今度は般若の仮面をつけ怒りの限りを尽くして夫をなじるのだとしたら……その半年分の忍耐が上乗せされている分、自分の夫への当たりは相当きついものになるだろう。だったら今、もう言ってしまおうかという誘惑と、ここのところ小百合は毎日戦っているのだった。
(自分は実はこんな嫌な女と結婚していたのか……というような一面を、わたしは夫に見せたことがない。あの人にとっての理想の妻像、理想の母親像のようなものをある程度は演じられるようにと努めてきた部分もある。それもこれも、あの人に対して愛情があったからこそ出来たことだけど、愛人がいる以上、そんなふうにこっちの気持ちを汚してくる夫のことは絶対許せない)
この葛藤のせめぎあいに、今まではかろうじて愛情のほうが勝ってきた。けれど、いつか何かの拍子にカッとして切れたら、自分は何を口走ってしまうかわからない――そう思うと小百合は怖かった。今も、ダムのように堰き止めに堰き止めた感情がみしみしと軋んだ音を立て、開放されるその瞬間を待っているとわかっているだけに……。
そして、この場合の最悪の事態は、つい何かの拍子に「愛人と手を切るまではこの家に帰ってこないでちょうだい!」と、夫に物を投げつけながら叫び、そのあと夫がこれ幸いとばかり、愛人のところへ行ってしまうということだ。
「もちろんあの人だって、家庭を捨てるほど馬鹿じゃないとは思うけど……」
無意識のうちにもそんな言葉が口を突いて出てしまい、小百合は自嘲の笑みを浮かべた。他に誰もいないのに独り言を呟いてしまうだなんて、これもまたかなり危ない兆候だ。
(それでももし万一、あの人が本当に離婚したいと言ってきたとしたら、わたしはどうしよう。わたしには七海を女手ひとつで育てていけるようなバイタリティはない。もちろん、向こうが悪いわけだから、それ相応の慰謝料と養育費はもらえるにしても……わたしには姉さんみたいに一人でも母親として輝いている姿を娘に見せてあげられるような自信がない)
実をいうと、姉の瑤子がテレビに映っているのを見るたび、小百合が落ちこむ理由がそれだった。小百合は自分の矜持をこのまま保つためにも、絶対夫とは別れたくないと思っている……けれどもし自分に夫などいなくても屁でもない、離婚?それが一体どーした!というのくらいのバイタリティが――引いては女として、あるいは人間としての魅力があったら、夫も愛人と浮気などしなかったのではないかと、そんな気もして……。
他に、姉がおそらく自分にズバリ聞きたくて聞けなかっただろうことがあるのも、小百合にはわかっていた。つまりは、夫婦の性生活がどうなっているのかということだ。
実際のところ、奏汰は明日香とつきあいはじめてから妻の体には一度も触れていない。完全なセックスレス状態だった。けれど、愛人とも関係を持ち、その上、愛人との関係を不審がられないために自分とも……とでもいうのなら、小百合はとっくの昔に切れていたことだろう。
もともと、娘の七海が生まれて、夫婦生活が五年を越える頃には――確かに夜の生活のほうはマンネリ化していたと、小百合も思ってはいる。彼女自身、夫は単に自分の体を使ってマスターベーションしているだけではないかと思ったことが何度となくある。けれど、夫婦生活も長くなればそんなものだと思っていたし、彼女の夫は疲れているからしたくないというよりも、疲れてストレスが溜まっているからこそ、セックスでそれを解消し、あとはこっちが呼んでも何も聞こえないくらいぐっすり寝る……というような、そんな感じだった。
そういう意味では小百合にだって不満が何もなかったわけではない。肉体的に不満足だというよりも、精神的な意味でのケアが自分だって欲しかったし、そのことでは寂しいとも感じていた。
(まあ、古い畳よりも新しい畳って言うけど……そりゃ個体を変えればある程度の間は新鮮味も続くでしょうよ。でも結局、愛人の間でもそういうのは長続きしないんじゃないかしら。体だけの関係だっていうんなら、尚更……)
そして小百合としては、いずれ終わる関係なら、一日も早く終わらせて欲しいと願っていたし、妻が般若のような顔をして怒っているので、仕方なく愛人とは切れた――というのではなく、仮に言葉として謝らなかったとしてもいい。ただ、「ちょっと一時的に血迷ってしまったが、やはり愛人なんかより妻と娘のいる家庭のほうがずっといい」と、態度でそれとなく示してくれたら、彼女としてはそれで十分だった。
けれど、そんな自分のささやかな望みさえ叶えられないというのなら、小百合は娘を守るためにも、自分は行動を起こすべきなのかもしれないと近ごろ思いはじめている。
つまり、小百合としても夫と正面きって言い争うような真似はしたくないし、娘に仲のいい両親が喧嘩しているところを見せたくないとも思っている。かくなる上は――その愛人というのがどこの誰なのかを突き止め、直談判すべきなのかもしれない。どういうつもりで夫とはつきあっているのか、あるいは、そんなものはないと思うが、結婚の約束でもしているとしたら、そんなものは叶わないのだから(何故なら自分は死んでも離婚する気などない)、早々に夫とは別れてほしいということなど……あるいは、手切れ金で別れてもらえるとしたら、それはいくらぐらい必要なのか。
もっとも、相手の同じ病院の看護師が(と小百合は自分の推理をほぼ確信している)相当夫に入れあげているだろうこともわかっていた。ただ、その後の対応は相手がどのような容姿で年齢で、雰囲気的に推し量れる性格はどんなか――で決まってくるだろう。会った瞬間に「間違いない。この女とは体だけの関係だ」とほぼ確信できそうなら、話もせずに帰ってくるという可能性さえある。けれど、相手の年齢があんまり若くて(もっとも小百合は三十台くらいの未婚の看護師を想定していたが)、二十台後半くらいなら……脳外科医として円熟期を迎えている夫に盲目的に憧れて恋焦がれているという、そんな感じかもしれない。あとは――小百合にもあまり想像がつかなかったが、何かの拍子に趣味などがあって、時々ゴルフの打ちっぱなしに行ったり、あるいはゴルフ場で一緒にラウンドを回っているといったような関係なのだろうか。
なんにしても、こうして無駄に悶々と夫の愛人について妄想を膨らませている自分にも小百合はいい加減疲れてきた。そのくらいならいっそのこと、相手の女のことを知りたい……そしてそのあとのことについてはそのあと考えよう。そう思い、小百合はビートルズの『Let It Be』を止めると、ダッと電話帳を手に取り、「もし頼むとしたらここにしよう」と決めていた探偵社に電話した。夫の写真や勤務先など、具体的にどういった情報を手にしてそちらへ伺えばいいのか、そうしたことを聞くために……。
>>続く。