セールスにはびこるムダな努力・根拠なき指導を一掃する 営業の科学
高橋浩一
かんき出版
いまの僕は管理職、それも内勤なので、自分でセールスに関わるような提案書を書いてクライアントのところに行ってプレゼンするような機会がほぼなくなってしまった。先日、久しぶりに自分がそれをやらなければならない機会があって、久々なので勘所を忘れてしまっていた。提案書にはどんなことを書けばいいんだっけ?
この「どんなことを書けばいいんだっけ?」というのは、マーケティングとかソリューションのことを指すのではない。「どういう書き方をすればクライアントはその提案をお買い上げをしてくださるか」である。いってみれば、提案書そのものがクライアントという世界におけるマーケティングに裏打ちされているものでなければならない。正論を正面から書いてもクライアントが素直に採用するとは限らない。むしろそうではないことの方が多い。世の中は生き馬の目を抜く本音と建前の生存競争であり、競争相手だっているし、予算のことだってあるし、クライアント自身の思惑や保身やプライドもある。提案を通すというのは、提案の中身も大事だが、そういったクライアントのコンディションをめぐるファクターもまた重要なのである。
というわけで本書は「営業の科学」。営業とは足と熱意と度胸だよ、というのは昔の話、パフォーマンスが優れている営業とそうではない営業をアンケート結果から比較してそのココロをひも解いた本だ。正直言うと僕はアンケート結果というものをあんまり信用していない。「人は自身の本当のところをアンケートで答えることはできない」とさえ思っている。国勢調査のように事実関係をYESかNOかみたいなもので尋ねるタイプならばズレもないが、「あのときあなたは何を思いましたか」とか「どうしてあなたはそうしたのですか」みたいな意識めいたものを問う質問は、言語化以前の脳味噌の判断も多いにあるし、様々なシナプスの連鎖反応の結果でもあるし、肌感の直観のときだってあるだろう。質問作成者が作る質問や選択肢の文章が、回答者が普段あやつっている言語感覚と合致したもであるかどうかもあやしいし、この中から選べと提示されている選択肢の区分が適切かどうかもあやしい。
だから、本書のアンケート結果そのものはそんなに注目はしなかったけれど、著者が導き出すロジックそのものはけっこう勉強になった。というか、そうだそうだたしかにそうだ、と忘れていた感触を思い出した具合である。その大前提は「お客様は本音を話さない」というところである。
じゃあ、どうすれば本音を話してくれるのか、といえば、ここで出てくる決まり文句が「信頼関係」だ。いかにクライアントと「信頼関係」をつくるか。そこにごまんと回答がある。トップセールスをほこる保険や自動車のセールスマンは何が違うのか? 飛び込み営業の名人は何が優れているのか? とはいえ、こういうレジェンド級営業による信頼関係の作り方はやはり常人離れしていて、凡夫たる我々が即とりいれられるものでもない。
では、本書はどうか? 本書はかなり分厚いのだが言っていることはシンプルで、実に「本音の引き出し方」と「決裁のさせ方」である。「本音の引き出し方」は、「あなたの個人的主観でいいから・・」という枕詞をつけて回答しやすくさせろとか、あえて「困ってないんじゃないですか?」という角度で質問することで相手の課題を口に出させろとか、急に見積依頼がきたときは見積だけでなくてお役立ち情報も渡して「話が早くて頼りになるやつ」というポジションをまずつかめとか、なんかビジネスマンマンガなんかで指南されそうなことが次々と出てくる。「信頼関係」という言葉で投げ出さないところがミソだ。こういうのは耳学問じゃなくて体が会得しなければならないものだけれど、こういった勘所も最近の自分は忘れかけていたなと思う。
これくらいならWEB記事とかにも出てきそうだが、「決裁のさせ方」の中に目を見張るものがあった。決裁の権限を持つ者は独断専行かというと多くの場合はそうではなく、何を基準にそれを選んでいいかわからなかったりする。そこで「決裁のさせ方」、これさえ押さえていれば、決裁者は安心して決裁する。ここにそれを書いてしまうと営業妨害になるような気もするので適当にはしょるが、営業トークだけでなく、提案書を書くときとかも肝要である。それは
・課題の把握
・解決策の希少性
・費用対効果
が抑えられているということだ。本書にはもう少し詳しくそれぞれのことが書いてあるのだが、この話をきいて僕は、提案を通すには「3つのi」が大事なんだよ、という会社の先輩の話を思い出した。それは
・issue (課題)
・insight(課題解決の根拠)
・idea (独創的な企画)
というやつだ。わりとよくできているので、先輩も何かの受け売りだったのではないかと思っているのだが、これとよく似ている。どちらも「課題」で始まっている。
この最初の「課題は何か」をとらえ損なうと、間違った方向に踏み出してしまう。いくら斬新なソリューションがあっても、費用対効果があってもお門違いになる。したがって「課題は何か」はとても重要な第一歩なのだが、厄介なことに「自分はいま何が課題なのか」は案外にクライアントもわかっていないものである、
しかも、この提示する「課題」が求められるスイートスポット範囲というのはわりと絶妙なのだ。「そんなの言われなくてもわかっているよ」では関心を持ってもらえないし、「それ、本当に本当なの?」という新奇性が強すぎても疑われたり、相手の脳にうまく入ったりしない。
じゃあ、クライアントが納得する最適な課題の把握とは何か。それは僕の経験では「言われてみりゃ確かにそうだな」という読後感を得るものである。
「そうそう言われてみりゃ確かにそうなんだよ」と課題を言い当てられたら、回答は半分出たも同然なのだ。根拠が少々怪しかったり、課題の分解がMICEになっていなくても、クライアントが「言われてみりゃ確かにそうだな」と反応すれば、それは好感触である。反対に、いくらデータが出そろっていてもロジックが完璧でも、クライアントに「言われてみりゃ確かにそうだな」がなければ、その提案はどこかで自然消滅する。
ところで。もともと僕は「どういう書き方をすればクライアントはその提案をお買い上げをしてくださるか」の勘所を忘れてしまって本書をひも解いたのだった。行き着いたのは「言われてみりゃ確かにそうだな」とクライアントがつぶやきそうな「課題」を提示することだった。
でも、このスイートスポットを探り当てるにはどうすればいいのだろう? これはもはや「営業」ではなくて、「マーケティング」とか「コンサルティング」とかの世界になってくる。これもかつてはなんかうまく探し当てられたような気がしたのだが、これこそは日ごろの世の中の観察とか、日常のちょっとした違和感を見つけるアンテナが大事だ。内勤の管理職なんかやっているとこういうのからどんどん離れていく。書を捨てよ街へ出よとか、事件は会議室で起きているんじゃない、とか、そういう世界だ。これだけこたつ記事があふれている今日、ポイ活目当てのモニター登録者が答えるアンケート結果からみられる分析なんかに「言われてみりゃ確かにそうだな」は見つからない。まさかマーケティングのほうが足と熱意と度胸の世界になるとは。