読書の記録

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婚活マエストロ (ネタバレ)

2024年10月29日 | 小説・文芸
婚活マエストロ (ネタバレ)

宮島未奈
文藝春秋

 「成瀬は天下を取りにいく」の宮島未奈による新作小説。発売日を待って満を持して書店で購入。文芸作品で発売日を指折り待つなんてウブな買い物は何年ぶりであろうか。デビュー作である「成瀬シリーズ」が賞も話題も総なめだったので、作者にとって完全新作の第2作目は大変なプレッシャーだったのではないかと思う。あの元気はつらつなノリの作風で、婚活といういまどきテーマをもってくるのだから、ある程度の佳作にはなりそうな予感はあるものの、婚活ネタはすでに辻村深月の「傲慢と善良」とか垣谷美雨の「うちの子が結婚しないので」とか石田衣良の「コンカツ?」とか藤谷治の「マリッジ・インポッシブル」とか定番の激戦市場でもある。最初の数ページを読み進めるときは、面白くなかったらどうしようとこちらまで緊張してしまう。

 それは杞憂だった。最初の方こそ安全運転かな? とも思ったが、章を追うに従ってエンジンがかかった感じだ。まさか成瀬シリーズでおなじみの琵琶湖の遊覧船ミシガン号が登場するとは思わなかったが、その章あたりではもは作者も吹っ切れていたように思う。最終章を読み終えたときはあと2,3話ほしいぞと思うくらいだったが、このくらいの読後感がちょうどいいのかもしれない。それともひょっとしたら続編が出るのかしら?


 主人公は40才になっても学生アパートに住むこたつ記事フリーライターの猪名川健人、いわゆる三文記者である。ヒロインは婚活支援事業をやっている零細企業ドリーム・ハピネス・プランニングの社員の鏡原奈緒子。あとは社長さんと大家さんが強いて言えばの準レギュラーで、他はその場限りの登場人物がほとんどだ。なので第1章を読み終えたあたりから猪名川健人と鏡原奈緒子はくっつくなという予感がしたし、手強いライバルの出現も、あらぬ誤解の大失態も、絶望的な大喧嘩もない。要するにハリウッドの恋愛コメディのような周到なプロットではない。そういう意味ではストーリーラインはほぼ微温のそよ風といった感じだ。
 そもそも、このドリーム・ハピネス・プランニングが開催する婚活パーティ自体がかなりぬるい。参加者が椅子を自分で手で持って運ぶとか、飲み物が水出しのコップ麦茶とか。それなのにドリーム・ハピネス・プランニングの結婚支援事業がそこそこ続けられているのは、鏡原奈緒子が高確率でカップルを成立させる「婚活マエストロ」としてそこそこ評判だからということになっている。
 鏡原奈緒子がなぜそんなにカップル成立の腕を持っているのかは詳細は本書に委ねるが、とは言うものの、読んでみた限りでは、そこの事情はこの小説のメインでも重要な伏線でもなかったように思う。単に人の目線や声色を読み取る観察力が人一倍鋭いのだ、でも通用したのではないかと思うくらいだ。

 じゃあ、この「婚活マエストロ」。いったい何が面白いのかというと、全体を漂うこの「ぬるさ」がクセになる。ドリーム・ハピネス・プランニングが主催する婚活パーティのへんな手作り感も、インターネット黎明期のようなホームページ(阿部寛の例のあれのようなものらしい)も、まあまああまり肩肘張らないでやろうよと言っているようである。
 だいたいSNSの鉄板ネタ「デートでサイゼリヤに行けるか」を知ってか知らずか(いや作者は確信犯なんだろうが)、何度もサイゼリヤで食事するあたりはかなり意味深である。しかも必ず看板商品かつコスパ最強の「ミラノドリア」を頼んでいる。もしかしてこの小説、「本気で結婚を考えている」ならばサイゼリヤに行けるか、あるいは行ってくれるかこそが相性のリトマス試験紙だと暗に仄めかしているようだ。
 しかもその果てに、そもそも婚活婚活いいながら、猪名川健人と鏡原奈緒子がだんだんくっついていくという、けっきょく職場恋愛かい! というツッコミどころもあってひょっとしたらこれは婚活小説の革命かもしれない。


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