良い戦略、悪い戦略
リチャード・P・ルメルト 訳:村井章子
日本経済新聞出版
企業が事業拡大を果たそうとするときに、ついついいままでやってきたことと矛盾、相殺するようなことに手を出してしまうことはたしかに多いと思う。
事業拡大を考える段階というのらは、少なくともそこまではうまくいっている、ということである。うまくいってるから事業拡大を計ろうとするのだろう。つまり、その時点でその企業は競争優位性があったということである。
うまくいっていたということは、うまくいくための土台がそこにできていたということを意味する。ビジネスモデルとか、調達の安定性とか、顧客の継続性とか。あるいは従業員の質とか。つまり、「競争優位性の資源」がそこにあったのである。
ところが事業拡大をするときーーとくにこれまで手を出さなかったことに進出しようとするときは、「いままで手を出さなかった」だけあって、今までのビジネスモデルや調達ルートや顧客や従業員教育と異なるカルチャーを要することが多い。そして今まで割いていた会社のリソースをこの戦略拡大の分にふりわけようとするとそこに矛盾が生じる。
まず、新たに事業拡大として進出したところは、さして「競争優位性」がないはずである。先行する競合企業がいるだろうし、ノウハウも調達も既存事業のそれとは異なってくる。
あまつさえ、これまで既存事業では競争優位性の資源となっていたリソースが、相矛盾する戦略拡大によって弱体化したりする。
M&Aなどで多角化経営・事業拡大をはかる企業の、その成功率は五分五分なのである。手を出さないほうがよかったのではないか、と思うような買収劇は国内外問わずさまざまだ。しかし、案外に経営者というものは、自分の競争優位性の資源がなんだったかというのに無自覚なのである。勘違いしていたり、読みが浅かったりする。
いやそんなことはない。事業戦略を立てる際に、自分の会社の強みは何かを徹底的に掘り下げた。そういう経営者は多いだろう。コンサルティング会社が用いるようなフレームワークとか、専門用語とかを駆使して自社の強みを見極めようとするだろう。
しかしそこで見落としがちなのは、その「強み」は、いろいろな制約条件下でようやく機能することが多いのである。その制約条件は案外にも感知されにくい。
たとえば「規模」というのがある。その既存事業のビジネスモデルや調達の安定性や従業員教育は、同一市内、10店舗程度、100人くらいの従業員ならば「強さ」を発揮する。しかし、その「強さ」は、他の地域、もっと多い店舗数、もっと多い従業員数でも通用するかというとそんなことはない。10店舗を経営するのと100店舗を経営するのでは、抜本的に異なるオペレーションを必要としたりする。
まして、違う業態とか違う市場に出ようとするときは、かなり仕組みが違うのである。
ほかにも「その時代特有の背景」というのが条件になっているとか、ある種の規制保護が条件になっているとか、「企業の強み」というのは案外に制約下でのみ発揮することが多い。
リチャード・P・ルメルト 訳:村井章子
日本経済新聞出版
企業が事業拡大を果たそうとするときに、ついついいままでやってきたことと矛盾、相殺するようなことに手を出してしまうことはたしかに多いと思う。
事業拡大を考える段階というのらは、少なくともそこまではうまくいっている、ということである。うまくいってるから事業拡大を計ろうとするのだろう。つまり、その時点でその企業は競争優位性があったということである。
うまくいっていたということは、うまくいくための土台がそこにできていたということを意味する。ビジネスモデルとか、調達の安定性とか、顧客の継続性とか。あるいは従業員の質とか。つまり、「競争優位性の資源」がそこにあったのである。
ところが事業拡大をするときーーとくにこれまで手を出さなかったことに進出しようとするときは、「いままで手を出さなかった」だけあって、今までのビジネスモデルや調達ルートや顧客や従業員教育と異なるカルチャーを要することが多い。そして今まで割いていた会社のリソースをこの戦略拡大の分にふりわけようとするとそこに矛盾が生じる。
まず、新たに事業拡大として進出したところは、さして「競争優位性」がないはずである。先行する競合企業がいるだろうし、ノウハウも調達も既存事業のそれとは異なってくる。
あまつさえ、これまで既存事業では競争優位性の資源となっていたリソースが、相矛盾する戦略拡大によって弱体化したりする。
M&Aなどで多角化経営・事業拡大をはかる企業の、その成功率は五分五分なのである。手を出さないほうがよかったのではないか、と思うような買収劇は国内外問わずさまざまだ。しかし、案外に経営者というものは、自分の競争優位性の資源がなんだったかというのに無自覚なのである。勘違いしていたり、読みが浅かったりする。
いやそんなことはない。事業戦略を立てる際に、自分の会社の強みは何かを徹底的に掘り下げた。そういう経営者は多いだろう。コンサルティング会社が用いるようなフレームワークとか、専門用語とかを駆使して自社の強みを見極めようとするだろう。
しかしそこで見落としがちなのは、その「強み」は、いろいろな制約条件下でようやく機能することが多いのである。その制約条件は案外にも感知されにくい。
たとえば「規模」というのがある。その既存事業のビジネスモデルや調達の安定性や従業員教育は、同一市内、10店舗程度、100人くらいの従業員ならば「強さ」を発揮する。しかし、その「強さ」は、他の地域、もっと多い店舗数、もっと多い従業員数でも通用するかというとそんなことはない。10店舗を経営するのと100店舗を経営するのでは、抜本的に異なるオペレーションを必要としたりする。
まして、違う業態とか違う市場に出ようとするときは、かなり仕組みが違うのである。
ほかにも「その時代特有の背景」というのが条件になっているとか、ある種の規制保護が条件になっているとか、「企業の強み」というのは案外に制約下でのみ発揮することが多い。
事業拡大は難しい。かといって、既存事業戦略のまま維持・安泰を狙って行けばよいのかというのもまた問題がある。世の中のほうが変化してくるからだ。期待されるサービス、導入される新技術、新たな法制度、そして新たな競合企業。そのような環境下で、自社の強み、競争優位性の資源が本当になんであるか、それが有効資源足りえる条件はなんなのかを真に見極めて上で、持続可能な経営をしていかなければならない。これは本当に大変なことである。大企業から個人経営までほとんどの企業はこれがうまくいかないものなのである。
ただ、うまくいかないからといって即倒産とか即廃業かというとそうはならない。そこには「慣性の法則」が働く。この「慣性」がまたバカにならない。法律上の規制保護が続いているとか、お得意様がなんとなくまだついてきているとか、従業員の暗黙知的なテクニックがかなり発達していて時代遅れになった生産設備を埋め合わせしていて、見た目の生産高に違いがないとか。場合によってはこの慣性の法則は10年くらい続いたりもする。大企業だともっと続くかもしれない。
ただこういうのは、今回のコロナ禍のように、有無を言わせない圧力がかかると、一気に軋みが露呈する。
したがって、競争優位性の資源を見極め、その強さを堅守しながらも、時代の変化に機敏に対応しなければならないとする。言うはやすく行うは難し。これはけっこうな離れ技だ。
本書では、その企業が持つ競争優位性の資源と、そこからもたらされる目標(流行りのコトバでいうとビジョンとかパーパスデザインというやつか)のこの一連の鎖を「カーネル」と表現する。この「カーネル」をぶれさせない戦略が「良い戦略」である。「競争優位性の資源と、そこからもたらされる目標」の因果関係は逆でもよい。ある目標があって、それを実現させるために試練と試行錯誤を繰り返し、強固になったものが競争優位性の資源になった、ともいえるだろう。
で、この「カーネル」をぶれさせないことを死守しようとすると、それは必然的に「一点豪華主義」になってくる。あれやこれやと総花に手を出さない。各方面の妥協よりも一点集中になり、万人のための一般解は選ばず、一部の人の最適解を志向するようになる。
なぜかというと、そのようにロジックをシンプル化しないと、実際に戦略目標を達成するための算段がたてられないはずだからである。本書の主張はこれで、目的や目標だけ箇条書きしてどうやってそのプロセスを達成するかの算段が一斉なかったり、精神論でごまかしたりする「悪い戦略」が幅を効かせていることに警告する。なぜ、そんな「悪い戦略」が横行するかというと、そもそも経営資源と相矛盾するような、相殺するような戦略拡大をねらったものがあまりにも多く、目標達成のための「算段」が詰められないからにほかならない。複数の目標を同時に実現するためのマジックのような綱渡りのような戦略もたまに見かけるが、どこか間違うとすべて破綻する。そしてたいていの物事は予定通りに進まないものである。
本書は指摘する。「戦略の要諦はフォーカスにあるが、多くの大企業はリソースをフォーカスできない。彼らはいくつもの目標を同時に追いかけるので、結局はどれも達成できない。」