夜行 (ネタバレ!)
森見登美彦
小学館
物語がはじまってしばらくは、まるで村上春樹のような喪失感のある空気が支配する。やがて泉鏡花を彷彿させるような、どこか美しくも不気味で不思議なエピソードがつぎつぎと現れ、そして森見登美彦ワールド炸裂の夢幻の大嵐となる最終章へといざなわれる。
一人称小説が夢幻の中をさまようと、読んでいるこちらも酔ってくるというか、何の筋書きを追いかけているのかわからなくなってきて、これこそ森見小説の醍醐味だけれど、本作はとくにそれが効果的だ。
大橋君なる語り手による一人称小説とはいえ、様々な人物の体験談を語るところは大橋君の聞き書きのようでもあるし、語り手が次々交代しているようにも感じるし、うまく作者の術中にはめられた感じがする。
どれが表でどれが裏かわからなくなる最終章「鞍馬」は圧巻である。
言わばこの物語は、作者が得意とするところの並行世界ものを、さらに応用させた感じのものなわけだけれど、並行しているのは「夜行」と「曙光」のふたつだけではなく、もうひとつ「我々読者のいる世界」も、並行世界のひとつにうまくからめとられた感じがする。
本書を読めば「我々読者のいる世界」と「曙光」の世界が地続きで、本編の大部分をしめる「夜行」の世界が実は並行する異世界という見立てはできるのだけれど、「曙光」の世界における、画家岸田氏の尾道での記憶は、それはそれでやはり異世界っぽい空気を醸し出し、イギリスでみた不思議な銅版画や、夢でみた京都の家の話なども入り込んでいて、どこが宙でどこが地なのか曖昧模糊としている。「曙光」の世界は、「夜行」の世界ほどではないが、やはり「我々読者のいる世界」とはちょっと違う世界なんじゃないかと思えたりする。
それとも、「曙光」の世界の中で、岸田氏は尾道の地でまた「曙光」でも「夜行」でもない、違う世界に足を踏み入れたのだろうか。
それとも、「曙光」の世界の中で、岸田氏は尾道の地でまた「曙光」でも「夜行」でもない、違う世界に足を踏み入れたのだろうか。