運命と出会う瞬間

映画・小説・音楽・・なんでもありの気ままな感想

原子炉さんを癒したい

2011年03月14日 20時02分25秒 | Weblog

私たちの身勝手


好きなだけ電力を享受してきて


そのために作られて人のために稼動させられてきた原子炉


地面が揺れて、ショックに耐えて、震えては怖がられ

だから、ない方がよかったと言われ


怖くて,悲しくて、
泣き声もゆるされず、疫病神にされて


繰り返されるテレビの映像をいったん切って

静かな時を持ち,祈り始めたら

その悲しみが伝わって来たと友人が教えてくれた。

ごめんね、ごめんね、


一生懸命、人間の需要をうけとめてがんばつて
ありがとうと思っても貰えず
都合わるくなったら恐れ避けられ,悲しかったね,辛かったよね。

もう、こわがらないで、気持を鎮めて、歌を唄うから
あなたに届くように、あなたも生きている。
わたしたちの生みだしたもの。
みんなで、ごめんねと、ありがとうを伝えたい。


いのちのはなし&うた

2011年03月08日 23時02分20秒 | Weblog
春、桜が待たれます。

4月16日(土)午後3時から6時半(開場2時15分)
文京のシビックセンター
地下一階多目的室にて

野性にヒントを尋ねて、それぞれに活躍してきた
本当に素敵な三人の女性たちが顔を合わせる。

渡辺一枝さん
コエン・エルカさん
海老原よしえさん

それぞれ、人間としての「実力」が、ハンパではない。
呼びかけ人の一枝さんは
多数の著書をもち、保母としてのキャリアのあと
チベットに単身でかけ、保護や研究につとめておられる。
昨年の富士山でのにほんのおばあちゃんサミット、フチハーモニーにて
確かな心構えを語るだけでなく、「行動」ということを身で示してくださった。

当日、大雨の日中、長いシェアリングの合間の休み時間
ふと、開場の中庭を見たら
聖なる火を守っている大きなブルーシートで作ったテントの横で
誰かが大きなシャベルにまたがって穴を掘っている
スタッフ・・と、目を凝らしたがわからない。
出演者席、ゲスト席にあるはずの一枝さんの姿がなく
なかなか戻って来られなかった。

あとで、雨の水の重みでテントがひしゃげてはいけないと
飛び出して穴を掘って、溝を作ってくださったのは一枝さんだったと知った。
驚愕してお礼を述べると
「私、穴掘るの大好きなの」
はにかみんだ微笑まれたその表情に。。惚れましたー。

その一枝さんが、この人こそはと推薦されるコエン・エルカさん
ネイティブアメリカンと共に自然と共に生きる術を知り
22歳で来日して、日本の深い文化の理解者であると同時に
動物たちの世話や保護に日常を費やして生きておられる。

 彼女の言葉はすべて
 生き方の道しるべを失っている若者たち、大人たちに知ってほしい言葉だらけで
 叫びたくなるくらいに重要だ。

『本当はみんな、野生の動物と同じ、強い生命力を持っているんです。
 忘れているだけ、自覚していないだけで、みんなそれを持っています。
 意識していないだけで、本当はみんな強いんです。』


そして海老原よしえさんは
ギターも弾いたこと無い、歌なんて歌ってもいない主婦のとき
いきなり唄が勝手に降りてやってきて、
感動的な唄を全国で届けている。
魂の底を揺さぶる力がある。

やっと実現した三人のおはなし&うたのとき。
 
            予約申し込み:http://hanashizuku.web.fc2.com/20110416/
Fax 0265-73-4167
Tel 080-3009-2629(ワン・ルーツ)

email: /hibikiauinochi@yahuu.co.jp


 


                         


右側に気をつけろ!

2011年03月08日 01時30分04秒 | Weblog
近所の映画館で
ゴダールをまとめて上映している。

ここがこんなに並んでいるの初めて!という行列は
アカデミー賞総なめの「英国王のスピーチ」。

それを横目に、一番小さな部屋で観た
ゴダールの『右側に気をつけろ』

・・・豊穣だった。。。言葉、色彩、映像、象徴、圧倒的だ。

『死は光に向かうこと。
 一度死を経験したか、それに近い経験をしたものはそれを知っている。
音楽も同じだ 忘却の向こうの宇宙の太古のから甦る・・』

的な,
ああ、パンフレットは売られていなくて
正確なテクストではないけれど
反復される
いくつかの言葉達の深さと
まるで無関係かのように細部にわたり絶妙に組み合わされるシーン
確信からくるすべての余裕

これが映画だとしたら
いまの、すぐわかってしまうストーリーに沿ったあれらは何なんだろうと思う。
感動をねらった映画の氾濫だ。

ゴダールという人は
いったい宇宙の真理をどこで学んだのか

いや最初から知っていたのかもしれない。


エレナ雑感

2011年03月07日 09時07分02秒 | Weblog
巨木を見ると、象と同じだ、といつも思う。
そっくりな気配、息遣い、きっともとは同じところから来たのかもしれない。

以前の住まいの敷地内にも、「エレナ」と名づけて、毎朝挨拶に行っていた大きな欅があった。いまも元気でいるかしら。。

ホンモノの、エレナ、つまり、ダフニーの友人のメス象で、ずっと母象をなくした小象たちの面倒をみてきた、いわばステップ・マザーの象のエレナが、10年ぶりに自分の小象三頭を連れて遭いにやってきた話で心の中をあたためている。

欅もすっかり葉を落として、丸坊主になったのち
芽吹き始めて、ものすごい数の新しい葉をつける

見えないところのいのちの循環

目に見えない絆というのは、わたしたちにはわからない。
目に見えない野性を忘れないでいるかぎり
めぐりてめぐる

そしてみんな宇宙に還る・・・