英語圏に「最初のペンギン」(first penguin)という言葉がある。
餌の魚をとるため、氷上から最初に飛び込むペンギンだ。
海には魚もいるけど天敵もいる。彼が無事なら、他のペンギンも安心して飛び込む。勘違いでも早とちりでも、とにかく最初に飛び込む人が必要だ。
誰か1人が、その決意を固めれば、1人、2人‥‥「あいつがやるなら」と感じる人が現れる。「みんながやるなら」も駆けつける。
失敗のパターンは千差万別だけれど、成功のパターンはいつも同じパターンだ。
「みんながやるなら」という考えにも一理ある。
ヌーの群れを知っているだろうか。アフリカに棲む牛の一種だ。乾季になると餌を求め大群を作って移動する。そのメリットは2つ。どちらも渡河のときである。
ヌーの旅は、雨季を迎え濁流と化した河を渡ることになる。1つ目は天敵対策でワニが獲物を狙っている。シマウマは数頭が間隔を空けて渡るので餌食になりやすいが、ヌーの場合は大群が間隔を詰めて渡るため狙いを絞りにくく捕食される確率が低くなる。
2つ目は対岸の地形。上がりやすい岸辺ばかりとは限らない。1メートル程度の崖でも巨体のヌーはすぐに登れない。しくじれば濁流にのまれる。ところが、大群で押し寄せると誰かが登りやすい場所に辿り着く。それを見て他の個体もそこに集中する。岸が崩れさらに上がりやすくなる。
殺到する。崩れる。道ができる。ヌーにもファーストペンギンがいる。最初に河に入る個体である。NHKの番組では、年長の牝♀に背中を押され、落とされるように飛び込む若い牡♂が映っていた。それを合図に大群が殺到する。
脳科学の茂木健一郎が、陸上100メートルの活躍の価値に言及して、
「科学の世界でも、ひとりがなにかやると『あ、できる』と思える。陸上では100メートル、アジアの選手は10秒の壁を切れないとなっていた。しかし、誰かが切った瞬間に何人も切りはじめた。人間ってそれくらい固定観念にとらわれていて、脳のリミッターを外すのがいちばん難しい」と説明していた。
1人のブレークスルーが、みんなの可能性へと拡大再生産される。ということだろう。せっかちでもおっちょこちょいでもいい。ファーストペンギンの勇気がみんなに伝染する。求められるのは才能でも知力でもない。誰かひとりが固定観念のリミッターを外し、「私はやる」と決めることだ。
ファーストペンギンになろうという気概は今でも持ち続けている。人が嫌がる仕事や創造性のいる仕事に直面するとよし一丁やってやろうじゃないかとなる。
そういう仕事は結果より過程が面白い。仕事を仕事だと思っていない。結果が容易に予測できないほうが結果を気にせずやれる。いい結果は出なくても次に繋がる。
海の向こうのアメリカで、大谷君がとんでもなく話題になっている。誰もがやらないファーストペンギンやチャレンジが大好きなアメリカ人である。
子どもから大人まで敵地でさえ、大谷君を一目見たいとブーイングでない大歓迎の声援が球場全体に響き渡る。どこまで突き進めるのか、とにかく健康体で怪我のないことを祈るばかりだ。