takubonpapa blog

 日常の出来事や感じたこと、Mac、バイク、キャンプ、さだまさし等について書いてます。

節分

2007-02-03 22:33:01 | 日記
 ウチも人並みに豆まきをしました。今日は職場の飲み会でしたが、初めての我が家での節分とあって欠席しました。しかしいざ豆まきを始める段にになって、我が家には神棚も一升マスもないことに気がつきどうも雰囲気が出ませんでした。
 しかたなく袋から豆をつかんで大きな声で「鬼は外、福は内」と子どもたちがびっくりするくらいの声でやってやりました。「意地悪鬼出て行け、泣き虫鬼出て行け」と続けたので子どもたちも少しは効いたかな。しかし自分でやりながら思ったのですが死んだじいさんの豆まきはリアルというかうまかったのを思い出しました。あのくらいの貫禄がつくまでには何年もかかるな。俺のはどうも嘘くさくてだめです。
 ウチの豆まきはどうも雰囲気が出なかったのですぐに全員で実家へ行き太巻きを食ってちょっと飲んでいい気分になりました。実家では夕飯のあとに焼いた鰯の頭を木の棒(昔は枝豆の枝だったような)にさして玄関に飾り親父が神棚にあげて拝んだマス入りの豆をおもむろに取り出してまいていました。

 伝統文化は大事だと思うし、それぞれの家庭で伝承していくべきものだとは思いますがそれを学校で取り扱うことには違和感を感じています。学校教育として伝統文化を無視しろと言いたいのではなく一般常識として教えることはいいと思いますが、安易に神様とか鬼とかを授業の中で持ち出すことと、最近話題になっている似非科学やカルトを授業の中で持ち出すこととあまり違わないのではないかという違和感です。
 似非科学については水に言葉をかけると結晶が変化するとか、EMは魔法の薬だとか、子どもに非科学的な内容をあたかも科学的に教えることが問題になっています。そもそも授業の中で魔法などという言葉を使っていいとは思いません。テレビ番組でも納豆でやせるという内容が捏造だったことがわかって騒ぎになっていました。それらを家庭で信じて子どもに強制するのは勝手だと思いますが、義務教育のなかでやるのは問題だと思います。
 しかしそんなことを言い始まったら何もできなくなるか?。実際にウチの子どもはミッション系の幼稚園にいっていますが、写真のお面を作って豆まきをやってきました。神様とか鬼を家庭では普通に使っていますが公教育の中で取り上げることはどうなのでしょう。
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