秋の風情を探したが温暖な浜松南部にはまだまだであった。
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秋の日差しがまぶしい森の中を歩いた。
夕べの斜光が陰を作り緑に少し黄味を感じたがまだ早秋の二俣城であった。
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やっと見つけたもみじの紅葉に枯れ枝が伸びて
なんとなく秋の写真が撮れたかな。
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徳川信康公最後の地を思えば,
父から死の宣告を受けて自刃におよぶという現代では
考えられない親子関係があり、徳川家と家臣の行く末まで
背負って死んで逝った信康を想うと、
二俣城は特別な想いを起こさせる城である。
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戦国の世の領主武将と現代の政治家、
政治家に人の上に立つ想いがあるのなら、
背中に背負った人々の生活と命の重みは同じであろう、
しかし、現代の政治家の人としての重みを感じないのは何故だろう、
自刃して逝く主君信康公と切腹の介添え役の服部半蔵の想いを想像すると、
現代のテレビの前で泣き叫ぶ議員とそれを見る国民の関係やいかに…と思えるのだ。