天候は晴れで風力はほぼ無風、気温は上がり日射は強い。
無風状態が気にいらない、風向きが変わる時一時無風状態になるからだ。
天気予報は夜半になってから天気は崩れる予報である。
私は10時までに登頂をすまして下山を開始する事にした。
それには孫を先に登らせて私が後を追う作戦に変えた。
午前中は霧の発生も天候悪化も無いと確信して孫と話し合った。
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「爺ちゃんはここで待っているからヒロだけ頂上まで行って来なさい」
孫は少し不安気な表情を見せたが、登山計画の中で前もって決めていた2番目の
計画を実行する事にした。
「2番目の計画にするけど1人で行けるかな?」
と私は孫の目を見て確認した。
「うん、大丈夫だよ」
としっかり答えた。
「この道は表口登山道だ。この上に9合目小屋と9合5勺小屋と
頂上浅間神社まで45分毎に小屋があるから、頂上に着いたら杖の焼き印をもらって
噴火口を見物したら真っ直ぐ登った道を下りなさい。もしも、道が不安だったら小屋の人に
富士宮口登山道はどっちですかと聞きなさい」
「頂上の浅間神社には郵便局もあるからニューヨークにも葉書が送れるから、
お土産屋さんをみて1時間居たら下りて来なさい」
と細かい注意を与えて、荷物も軽くして厚地のフリースとレインスーツと水と食料と
地図とカメラを渡して、孫は出発していった。
これにはかなりの決断だった。もしもの時を考えたらかなり危ない決断だ。
しかし、もう中学生だ、体力的にも判断力も大人の裁量はある。
孫自身にとっても大自然を前に命をかけて挑戦する勇気と決断を私は求めた。
私は8合目小屋から登り行く孫を双眼鏡で追った。
孫の姿が見えなくなると私もゆっくり登り始めた。
気温は12度だ。だが直射日光に当たるとチリチリと焼ける光線を感じる。
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9合目小屋に着いた。孫のピッチは早く、走るように登っている、
双眼鏡で追うとすでに9合5尺小屋をすぎたようだ。
孫には携帯電話を持せていない。
登山などでは生命を守る文明の機器だが、今は生命にかかわる機器に
なっている事を思うと残念でならない。
連絡の取れない孫の姿をできるだけ追ったが、
私にはもう孫のスピードを追う事が出来なかった。
私は一歩踏み出すごとに呼吸と胸の動機を静めながらの登りである。
数年間の登山を休んだ事を悔やんだが…、それは私の決めた事だ。
双眼鏡で9合5勺の鳥居を過ぎる孫の姿を確認すると孫と会う約束の
8合目小屋まで下って待つ事にした。
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そして10時45分、走るように下って来る孫の姿を捉えた。
1時間近く早いのである。
「お爺ちゃん頂上までいって来たよ」
私と会えた喜びの表情で話し、杖に刻み込まれた頂上浅間神社の赤い焼き印を誇らしげに見せた。
「おうー、頂上まで行けたか 良かった」
2人で無事の富士山登頂を祝った。
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(孫の写した富士山の噴火口、白いのが底にある万年雪)
水分の補給をして、パンを食べようとしたら
「お爺ちゃん、僕、頭が痛いよ」
「痛くてたまらない、酸素ボンベを買ってきて良いかな」
と孫が訴えた。
つづく