ことばにならない風の声

今日もどこからか風はやってきてやがてまたどこかへいくだろう。
何に向かっているのか己でさえもわからずに、、。

tayounasekai.

2013-10-16 21:26:22 | 日記



ここ石川県の上の方、能登の山中にある人里離れたわれらの村は与呂見(よろみ)村と呼ばれる。

わたしはここで周りの4軒の家族らと共に高校卒業までの18年間生まれ育った。
わたしの兄弟はわたしの上に兄が三人。
そのうち、今実家から通ってお仕事に出向いているのは二番めの兄である。
家にはその兄と、父母、そして母方の母、つまりは私にとってのおばあちゃん、この4人がいる。
が、そのおばあちゃんがついこの間車を避けようとして後ろに転んでしまって、腰を痛めてしまったのだ。
それが病院に行って検査してもらうと、圧迫骨折である。
それで入院生活が始まってしまった。
お見舞いに行くとよくしゃべりはするものの、ちょっと会話がうまいこといかないこともある。


病院に行くなんていつぶりか、ああいう空間に長時間いて、入院の準備をなんやかんやしたその一日は母も私も大変くたびれた。
おばあちゃんがいちばん大変だったであろうが。
田舎の病院のスタッフたちはみな患者さんに対してとてもフレンドリーでため口に方言で親しみ感があるようで、
それがいいなぁとわたしが思う感じでもない。なんだろうな。
田舎は都会より親切なんてことは決してない。
むしろ街の方がみなそこまでしてもらわなんでも、、、ちゅーくらい親切だったりする。
それのある程度の距離のある親しみやすさとか親切さってのもある。
もちろんそれがいつも全てでもないが。



ここにはうちの家以外に4軒の家があるが、わたしと同年代のこどもが総勢15人ほどか。
小さい頃は5家族みんなしてご飯を食べ、共に野山を駆け回った。
そんなこどもたちのほとんどは、もうすでに高校を卒業しここを出てそれぞれになんやかんやしている。
あんまり連絡を取らなくても、なかなか会うようなことがなくなっても、今でも会えばわっきゃーとなるし、話ができる仲間だという意識が強い。



父がここの山を切り開いてから30年が経つ。
ここはほとんど自給自足の暮らしをしている。
そんなこともあってかなくてか、多分あって、昔からたくさんのお客さんに恵まれている。
この数日前の3連休もわたしでさえも懐かしい、8年ぶりのお客さんが来た。
その人は私が小学校に入る前からここに通っている人で昔はよくここに来たものだった。
散々遊んでもらった気がする。
「ただいまー!」
第一声がこれだもんね。
会った瞬間から会話は突如始まり、懐かしむ暇もないくらいにこにこと話してしまっている自分に気がつく。
元気で明るくあったかいあの姉ちゃんは今も健在だった。


その姉ちゃん、チエちゃんと言うのだが、そのチエちゃんが連れて来たベンさんというお友達もとても魅力的な人であった。
初めて会ったにも関わらず、なんかこの人どんな人やと気になってしまう人で、そのくせ人と人との間をすいとすり抜けてもいくような印象の人だった。
その人はその人で、今奈良県にて彫金の仕事をしながらも、周りの人とごちゃまぜになってかっせかっせと地域を地域地域しているみたいだ。
安全な野菜が食べたかったら育てたらいいやんと育て始めもするし、本人の暮らしそのものがNO原発である。
自分の直感に従って、たのしい暮らしをしたいという強い想いで日々動いているみたいである。



うちの家族とはまた一風違った近所の家に今日久しぶりに出向いた。
そこの父ちゃんは版画に陶芸をしていて、作品を作っては展覧会に出向いたりとやはりアーティストなのである。
そんな父ちゃんとの会話はまた面白い。多才に多彩なのである、なーんちて。
何しろあちらがこんな小娘に対して真剣にお話をしてくれるし、もてなしてくれるのがうれしいのだ。
そこの母ちゃんも話が面白いし、明るいしユーモアにあふれてかっちょいい人なのである。
そんで今日、わたしはいまのこのまんまの私で通用するのかと改めて認識できたし、
これからそこの父ちゃんのたのしみの内の大きなひとつでもある釣りにも連れて行ってもらうことにもなり、
オカリナセッションもしようとなって、なんだかこの与呂見のすぐ近所でまたひとつの世界を堪能できるのがここの面白いとこである。


その世界を自分で見つけていくというのがここでももちろんできる、というか、どこでもできるに違いない。
そういう意志で暮らしていかないとただだらっと半年なんて過ぎてしまうに決まっている。



今日、夕ご飯が終わり食器片付け(うちでは食器片付けはこどもと父らの仕事なのである)の終わり頃に、父に提案してみた。
父から講義を受けたいと。
それは週1でも2週に1でもいい、テーマも何でもいい、ただ色んな世界を見たいと思ったのだ。
それについて父という人物はわたしにとってうってつけの大先生なのである。
彼は快く了承してくれて10日に一回という形で私が自らテーマを見つけ、それを事前に彼に伝えお互いがそれなりに勉強をしてくる。
その上で講義といこうか、という次第に至った。
近いうちに第一回が始まる。
それに備えねばならぬ。



全くなんて恵まれた環境に自分はいることか。
自分でも自覚せざるを得ないほどの自分のお嬢様っぷりが不安になる。
けれどそれを超えていかねばなるまい。
私の今一番の試練なのかもしれない。



全くなんてこの世は多様な世界なのか。




tayou na sekai.

soreha ikani subarashii kotoka.