魂魄の狐神

天道の真髄は如何に?

◆◆【我「老子」の私見を綴る】◆◆益證第五十三

2012-05-31 12:54:08 | 学問

益證第五十三

使我介然有知、行於大道、唯施是畏。大道甚夷、而民好。朝甚除、田甚蕪、倉甚虚、服文綵、帶利劔、厭飮食、財貨有餘。是謂盗夸。非道哉。

われをして介然として知るあり、大道を行なわしむれば、ただ施ならんことをこれ畏る。大道は甚だ夷なれども、民は径を好む。朝甚だ除えば、田甚だ蕪れ、倉甚だ虚し。文綵を服し、利剣を帯び、飲食に厭き、財貨余りあり。これを盗夸と謂う。非道なるかな。

もし、我が中途半端な知識で「大道」に遵い世に事を成そうとすれば、余計なことをしてしまい世を惑わすことを懼れる。「大通」は肌で感じるもので、之に遵うことは難しく堅苦しくも無いのに、大抵の人は之に遵って正しく行いを改めることが無いのだ。正しい生き方をし無い輩は、国法をも蔑にして、田畑を荒し、朝廷の財政まで食い潰してしまう;彼らは利己に奔り、贅沢三昧をする為に、汚職を蔓延らせ、重税を掛けて庶民を苦しめるのだ。これ等の輩は正しく強盗であり、このような輩がやる行いこそ「非道」そのものである。


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