ひとを幸福にするのは、自分にとって大きな意味のある何かに積極的に取り組むことだろう。
そう思います。
散歩する、血圧を測る、詩を書く、写真を撮る、花を育てる。
それからブログを書くもありますね。
何でもいいのですが、多くのひとには取り組んでいることがあるでしょう。
足元のおしゃれ 諦めない
障害者も楽しめる靴を考案
旅から帰り、新聞販売店さんに、取り置きしてもらっていた新聞(郵便ポストに入るよう2つに分けて、ナイロン袋に入れてありました)を読んでいるとこんな見出しに目が留まりました。
そうなんですよ、下肢装具をつけたままでは介護靴しか履けないのです。
確かに「ダサすぎる」のです。
病院で販売している介護靴を見て、私もこんな靴は履きたくない、と思いました。
そこで自分で考えて、Nマークがつくスニーカーを履いていました。
そうだ、スニーカーだとひらめいても実際にその靴に出会え、履けなければ、アイデアで終わりです。
リハ病院入院中、自宅での外泊訓練日のこと。
自宅すぐ横にあるショッピングモールのイオンさんの靴屋さんへ行きました。
初めて街のなかを、杖をつき装具をつけてです。
そこで、店員さんが目的に合う靴を探し、靴紐を緩め、履けるように手助けしてくれました。
「合わなければ介護靴もありますが」
そう言う店員さんの目は、悲しそうに見えました。
気持ちが分かっているのですね。
親切な女性店員さんにも会えてダブルで幸運でした。
その次の外泊訓練日には、その店員さんにお礼をしに行きました。
リハ病院ではこの靴を見た患者さんに質問を受けて、なかには、「どうするの?」と言いながら病室まで追いかけてきた、車いすに乗った女性患者さんもいました。
*近くまで追いかけてきたのが急だったので、少し驚きました。
やり取りを聞いていた看護師さんから「教えてもらって良かったわね」と声をかけられていました。
*リハビリの担当者に、
「あの靴はどうするの」
「〇〇さんが考えたことで、私たちには分からない」
こんな会話を耳にしたこともあります。
記事の主人公は、写真のひとです。
長女出産後の8日目の夜、脳出血を起こして、左半身麻痺。
その後、難病の潰瘍性大腸炎が再燃し手術。
母親から、
「起きた出来事は変えられない。でも捉え方次第で、気持ちもその先の未来も変わってくる」
困難は自分が成長するために与えられた宿題。そう思えるようになり吹っ切れた。
今では靴ブランドを手掛けるLUYL(ライル)代表です。
介護靴の一例です。
リハ病院で見たのは、こんなにカッコ良くなかったです。
私が最初使った下肢装具は、イメージとしてはこのようなものです。
27センチサイズのスニーカーを履いていました。
次に使ったのはこのようなものです。
*上も下も、実際はもう少し小さい。
26センチサイズのスニーカーが履けました。
こんな下肢装具を使う患者さんも多かったです。
最後に私が、リハビリ病院でのリハビリに履いた靴です。
伸縮性が高くてジャストでした。
当時、値段は5千円強でしたが、今でも販売しているのかは分かりません。
リハ病院で、長く履いた靴です。
緊急搬送される自宅玄関で、自分の手で持ちました。
Nマークを買うまで、履いていました。
ここに書いた記事がどれほどの参考になるのか、ならないのかは分かりませんが、
介護靴は履きたくないと思う患者さんはいる。
リハ病院では、他のひとにPRしないのに知っていました。
すごく関心があったのでしょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
後遺症に苦しんでいても頑張りましょう。
新聞記事全文も載せておきます。
(Answers)足元のおしゃれ 諦めない 障害者も楽しめる靴を考案 - 日本経済新聞 (nikkei.com)
*有料会員限定記事です。