私の少年時代から青年時代(昭和30年代から40年代中頃)まで「文化の日」はヤマメの釣り納めが定番だった。気候は今よりはるかに冷涼で、十月初旬に霜どころか地面が凍ることも希でなかった。少年時代は、目的の川まで徒歩で10㌔/㍍が限度。青年時代は、自転車を購入して20㌔/㍍まで距離が伸びた。
斜里川本流はオショロコマが圧倒的に優勢で、ヤマメが釣れる目的の川はアタクチャ川上流、オニセップ川上流、クテクンナイ川、ヤンベツ川(当時は周年禁漁ではなかった)中流に限られ、特に、オニセップ川とヤンベツ川は魚影が濃かった。
ヤマブドウやコクワは九月下旬から十月上旬までが適季だったように思う。当然ではあるが、できるだけ木登りをして実を採取した。今は、加齢による体力の衰えで木登りは無理、木を揺すったり棒で実を突いたりして採取しているが、心ない馬鹿者が翌年のことを考えずに蔓を引きずり落としたり木を切り倒したりして、ブドウの木全体に壊滅的打撃を与えている。浅ましい行為を厳しく糾弾したい。
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