釋超空のうた (もと電子回路技術者による独断的感想)

文系とは無縁の、独断と偏見による感想と連想と迷想!!

及び釋超空のうたとは無縁の無駄話

40. 『馬おひて 那須野の闇にあひし子よ・・・』

2011-09-03 08:15:26 | 釋超空の短歌
『 馬おひて 那須野の闇にあひし子よ。
     かの子は、家に還らずあらむ 』
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このうたも釋超空のうたに繰り返し表れる心象風景の一つだろう。

国木田独歩の『忘れえぬ人々』の主題は、まさに釋超空のうたの主題の同質と言えると私は思う。 たとえば以下のうたも釋超空の『忘れえぬ人々』の一人に違いない。

『 邇摩(にま)の磯べを 行きし子は、
   このゆふべ
     家に 至りつらむか 』

さらに、下記の既にみてきた歌の『をとめ』も『老人』も、釋超空の『忘れえぬ人々』に違いない。

『  邇摩(にま)の海
  磯に向かひて、
   ひろき道。
  をとめ一人を
   おひこしにけり 』

『 山々をわたりて、人は老いにけり。
   山のさびしさを われに聞かせつ 』

要するに、釋超空の『忘れえぬ人々』という主題は、(いままで何度も引用してきたように)山本健吉の解説に尽きる。 再度、引用しよう。
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自分の寂しさ、悲しさ、はかなさをことさら強調するのが、感傷である。

だが超空においては、それは自分一個に止まらず、人間一般、存在一般につながる普遍的な感情となる。寂寥の感がこのような人間普遍の感情にまで広がるとき、超空はその作者に聡明さを見る。彼が万葉歌人の黒人や家持に認めたのは、この種の聡明さだった。

「黒衣の旅人」とは、歴史的には高市黒人(たけちのくろひと)の流れを汲む旅人ということだった。黒人の羇旅(きりょ)歌の価値の顕彰者は超空である。それは旅における深い自然観照に裏打ちされた孤独感や不安や寂寥感がにじみ出ていて、そこに人間の普遍なるものへの認識が芽生えてくるのである。例を挙げよう。

  何処(いづく)にか船泊(ふなは)てすらむ 安礼(あれ)の崎 
     漕ぎ回(た)み行きし 棚無小舟(たななしをぶね) (万葉集巻一、五八)

  旅にしてもの恋(こひ)しきに やましたの
     朱(あけ)の赭船(そほぶね) 沖に漕ぐ見ゆ  (同巻三、ニ七〇)
                    (注:「赭船」とは赤い色の土を塗った船のこと)

  率(あども)ひて漕ぎ行く船は 高島の安曇(あど)の水門(みなと)に 
     泊(は)てにけむかも                (同巻九、一七一八)

 どれも旅先き、それも船旅において遭遇した、見も知らぬ船に、感慨を託した歌である。自分の孤独な存在感が、相手の孤独な存在感に、同じ孤独さ、さびしさの底においてつながるのであって、このうち『何処にか』と『率ひて』とは、夜になって昼間の景色を脳裏に再現した歌であろう。

その夜どこかの水門(みなと)に船がかりして、昼間すれ違ったあの船は、どこかの水門に、夜泊の場所を得ただろうかと、気にかけているのだ。

またと会うことのない小舟であり、船人であるが、たまたますれ違ったということに、人生のかりそめならぬ、だがかすかといえばかすかな、因縁を感じているのである。
(引用終)
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国木田独歩の短篇『忘れえぬ人々』の主題も、結局、上記した山本健吉の解説に本質的に尽きると私は思う。

国木田独歩はこの短篇の最後の処でこう書いている。

『そこで僕は今夜のような晩に独り夜ふけて灯に向かっているとこの生の孤立を感じて堪え難いほどの哀情を催して来る。

その時僕の主我の角がぼきり折れてしまって、なんだか人懐かしいくなって来る。

いろいろの古い事や友の上を考えだす。その時油然として僕の心に浮かんで来るのはすなわちこれらの人々である。そうでない、これらの人々を見た時の周囲の光景の裡に立つこれらの人々である。

われと他と何の相違があるか、みなこれこの生を天の一方地の一角にうけてけて悠々たるたる行路をたどり、相携えて無窮の天に帰る者ではないか、というような感が心の底から起こって来てわれ知らず涙が頬をつたうことがある。

その時は実に我なければ他もない、ただたれもかれも懐かしくって、忍ばれて来る。僕はその時ほど心の平穏を感ずることはない、その時ほど自由を感ずることはない。』

この国木田独歩の感慨は、高市黒人や釋超空の感慨と全く同質なものに違いないと私は思う。

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世の中は便利になったもので国木田独歩の『忘れえぬ人々』は以下で読める。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000038/files/1409_34798.html