トドママのあるがままに

難病指定を受けている母親です。
笑顔を忘れないように、そんな思いだけでつらつら書きます♪

そろそろ終焉の時・・

2021-10-20 12:48:01 | 日記

産後のお母さんたちというのは、本当に大変です。

誰もが大変なのです。

私はそれを否定するつもりなんて毛頭ありません。

 

でも、どう見ても病気で苦しんでいる人がそっちのけにされてしまう現状は、とても寂しいです。

産後と病気は、両立できるものではありません。

崩壊していると言っても過言ではない家庭の中で、泥の中を這いずり回って、意地汚くも我が子を生き残らせるためにもがき続けました。

希望に溢れるはずだった赤ちゃんとの生活は、記憶にほとんどありません。ブログに書いている内容も、ほとんど映像として残っているものから起こしたものです。

そしてようやく探し当てた記憶の断片は、苦痛と涙で滲んでしまうのです。

こんな苦痛は防げると思うのです。仕方のなかったことと思えない。

 

現代の医学で救いきれない状況だとしても、誰もが掃き捨てられることなく、見捨てられることなく、生きていける方法を私は探しています。

これは政治の話だと思いますが、まずはとにかく知っていただきたかった。

制度や社会のせいにしている間に、失われていく希望や命をこの世に繋ぎ止めておきたいと願ったのです。

 

この度、多くの方にこのブログに訪れていただくきっかけを作ってもらえました。

gooブログのスタッフさんにも、ここへきてくださった皆様にも、感謝しかありません。

この素晴らしい機会に、一度このブログの方針を考え直し、この活動の新たな方向性を見つけていきたいと考えるに至りました。

 

子育て中のママさん、終わったママさん、どうか、がんばってください。

日本国に税金を払い、こうした制度を支えてくださっている皆さん、本当にありがとうございます。

こうした弱者に寄り添ってくださる皆さんには尊敬しかありません。

 

娘は、元気です。

夫も、頑張っています。

そして、私は頑張って生きています!これからも頑張ります!お辛いみなさんも、一緒に頑張りましょう!


結婚指輪を忘れました!

2021-10-19 21:48:26 | 日記

私は今、かなりしばらくの間、結婚指輪をしていません。

理由は簡単で、結婚した時と、指の様子が全然違うからです。

 

出産の時って、指輪などのアクセサリー類は外します。

誰しもが緊急手術になるかもしれないので、指輪を外しておいた方がいいと言われました。

手術の時、指輪なども全部外して消毒しないといけないのだけれども・・というお話でした。

 

その後、一度はめたことがあったのですが、その時も指なのにボンレスハム状態でした。

そしてどうしても痛くて仕方なくなってきたので、ひとりで勝手に痛がっていたところ、

「外してもいいよ。別にさ。」

と、その様子の方が痛々しいとでも思ったのか、外してもいいと夫が言ってくれたので、外すことにしました。

私の唯一のオシャレアイテムなのになあとも思いながら、寂しい気持ちと共に外しました。

その後も何回も挑戦してみようとするのですが、第二関節に引っかかって入らないわ痛いわで、もうダメかなと思いました。

「指輪が何っていうわけではないじゃないの。」

と、夫が慰めてくれるので、ピーピー泣いたこともありましたが、結局今まで外しっぱなしです。

最近は外して過ごすことにすっかり慣れているので、さして気にしていませんが。

もうちょっと気にした方がいいんじゃないの?と指摘されそうなくらいあっけらかんなものですが。

 

娘の七五三の時に、家族写真を撮ろうということになったんですね。

それで、カメラマンさんがいろいろと座り位置とかを直してくれている時に、

「あら?ママ、指輪忘れたの?」

と聞かれました。

え?なんで忘れたっていう表現なんだろうと思ったら。

そうなんです。夫はしているんですね。

「あ、はい!忘れました!」

つい咄嗟に、話を合わせてしまいました 笑

それでその場がおさまるかと思いきや、むしろ「あらら、どうしましょう」とむしろ狼狽えていらっしゃるので、

「右手を上に重ねて、隠してしまいますね。まったく、おっちょこちょいですみませーん。」

なんて、超前向き風な解決案を提示して、事なきを得ました。

 

こんな風にですね、病気によるものなんですけど、私の意に沿わず、夫が完全に尻に敷かれているとか、アゴで使われているとか、私の不甲斐なさが半端ないとか、そういう事態に陥ることは日常茶飯事です。

実態がそうなのですから、その評価は全然間違ってないです。

だから家族には、ごめんね、とは思います。

でも、この時はずっと指輪をつけ続けていてくれた夫に改めて気づくことができて、あたたかい気持ちになりました。

 

思えば。らーらーと泣いてばかりいた赤ん坊が、女の子として着物なんか着て隣に立ってじっとしているんですね。

紆余曲折ありつつも、私もこうやって写真を撮られる程度には動けるようになったことも、喧嘩しながらも家族やっていることも、全部ひっくるめて夫の指輪は見てきたんだなあと思ったら、込み上げてくるものがあって。

涙こそ止めましたけれども、吹き上がる感情を落ち着かせるのに精一杯の時間になりました。

写真として残せたことに感慨深くなり。

指輪をしていないことに感慨深くなり。

形を残しても残さなくても、それは関係なく感慨深くなるのだなあと知ったある日の思い出です。


ありがとうございます。。

2021-10-18 17:15:00 | 日記
goo blogスタッフさんに記事を取り上げていただけました。

普通の日常でしたので、ありがたいサプライズをいただいた感じです。

いきなりアクセスが増えていて、目が点、というより、バグでも起こったのかと、普通に携帯を置いて、普通の日常に戻っていました 笑


このブログに託した願いは、私のように産後の肥立が悪い人に、そして肥立が悪い理由がわからない方など、とにかく困っている方に何らかの優しさと希望が届けば!の一点でございます。
何でもいいから生きてください、その一点です。

本日も娘とくんずほぐれつで遊びながら宿題をしたり、笑いながらおやつを食べたかと思えば怒っていたりと無駄に忙しい生活を送れていることに感謝しております!

こんなブログに訪れてくださる、優しい皆さま。
どうか、こんな拙いものですが、何か掬い取って苦しんでいる方にぜひ優しさを伝えてくださることを願っております。
よろしくお願いします!



尊い、ということ

2021-10-06 08:46:22 | 日記

私は延々と、自分が社会の穀潰しであることを憂いてきました。

社会的になんらかの経済的な価値を生み出さないこと、それをきっと憂いていたのだと思います。

 

その後、いろいろな考え方に触れていく中で知ったことがあります。

私は、何か生み出すことができない、ということはだめなことではない。

むしろ、何か私のように困っている人に何かを、と願って、自分にできる行動をしているということが、尊いのだと。

結果は、とりあえず置いておいていいのだと。

 

はあ、そういう考え方があるのね、と感心するとともに、嬉しく思ってはいました。

それがようやく自分の中に染み入るようにじわじわと広がってきて、最近は心穏やか気味な毎日を過ごしております。

 

私の中では、だんだんとやりたいこととやるべきことが固まってきたような感覚があります。

ひとつの結論に至ったような達成感があるにもかかわらず、思ったように動いてくれない体に遭遇すると余計に絶望します。

考えていることをどう具現化していくかというのは、病気の人間に関わらず、誰にも言えることですが、やはり難しいですね。

ただ、そう考えているうちに、自分の身体でもできる範囲のことを見つけるために頭を使うんだと、やる気になってきました。

牛歩でも亀の歩みでも、一歩は一歩と思って、進みたいと思います。

 

そんな私ですが、娘はこれまたすくすくと元気に育ち、健康に活動してくれています。

先日、学校の先生とお話しする機会がありました。

娘がひょんな声かけをしたらしく、それがまあ嬉しかったと、本当にかわいらしいお子さんですね、とお話ししてくださいました。

もう、誰かを笑顔にできているなんて素晴らしいですね、というコメントまで添えてもらいました。

子どもは弱者で受け取るばっかりだと思っていたけれども、もう誰かのパワーになっているかもしれないんだと思ったら、私まですごく嬉しくなって、わざわざお話ししてくださった先生にも感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 

齢38にして、いろんな方に育てられているなと、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。

こうしていろんな方に感謝しながら生きられる自分に出会えたこと、病気に感謝しなければいけないのかもしれませんねー。ちょっと抵抗ありますけど 笑


抜け毛

2021-10-05 09:02:15 | 日記

毎日掃除機をかけておりますと、何と抜け毛が多いんだろうと思います。

いつもふんふんと若干ムキになって髪の毛をすぽすぽと吸ってもらうのですが、終わったと思ったのに「あら?」みたいなこともあるくらい、多いです。

 

それで久しぶりに思い出したのですが、ある一定の時期、抜け毛がとんでもない量でした。

私は毛量が多い方なので、その抜け毛は顕著で、日に2回掃除機をかけても、イライラするレベルで抜けていました。

歩くと足の裏につくんです。なんて不潔な家なんでしょう。

お風呂の排水溝は、すぐに真っ黒になりました。

「こりゃなんだ、貞子・・・」

時代を感じさせますが、夫は私が入った後の片付けていない排水溝を見て、こんなことを言っていました。

私に対して妙に楽観的だったにもかかわらず、なぜか抜け毛にはすごくシビアになっていました。

このままいくと、本当にピカピカになってしまう・・と。

 

私は自分に対してさらに楽観的でしたので、ピカピカになったらウィッグを被ればいいじゃん!

むしろ今のぼさぼさよりおしゃれ!

と思っていましたが、本当にその危機が訪れそうでしたので、ウィッグ屋さんに行きました。

 

そこで説明してもらったのは、もっと深刻で。

かぶると蒸れますからこういうタイプの方が・・

お手入れはこんな感じで・・

そんなに抜けているなら、お掃除が大変に違いないから、頭に被れるキャップを・・

(抜け毛ごとポイとできるシャワーキャップみたいなものです。)

まだ、髪の毛残っているから大丈夫そうですけど、気になるようならご相談を・・

 

と、おしゃれと考えていた私は恥ずかしくなり、そして気も重くなりました。

おしゃれウィッグと医療用ウィッグは、考え方もつける方の心持ちも全然違うんだなと、反省しました。

 

結果的に毛量が3分の1以下になったくらいで、甲状腺の低下に対する治療が始まったので抜け毛は通常の量になりました。

こんなに抜けていたのですが、甲状腺の数値は時々正常でした。

低体温も甚だしい時もあったのに・・血液検査の数値は完璧ではないんですねぇ。

とりあえず足してみましょう、みたいな感じだったのにそれらの症状は次第に終わっていったので、ああ、そうだったんだ、という状況です。

これを診断的治療、と言うそうです。

もし抜け毛にお困りの方がいらしたら、甲状腺の機能障害を疑ってもいいかもしれません!