トドママのあるがままに

難病指定を受けている母親です。
笑顔を忘れないように、そんな思いだけでつらつら書きます♪

ヘルプマーク

2021-02-28 08:22:00 | 病気
ヘルプマークというものを、私は持ち歩くカバンにつけています。
認知度は低いかなと思います。古い歴史はありませんが、かと言って数年前にはじまったばかりですね、と言うほど浅い年月のものでもないです。


実は、例のごとく、このヘルプマークに嫌気がさして外していた時期があります。
このヘルプマーク、何の効果があるのかわからず、ただの電車などで「席を譲ってください」マークのような感じがして嫌でした。みんな大変なのだから、私だけ譲ってもらうとか申し訳ないと思いました。マークを見つけて目を背ける方がいらしたりして、とても申し訳なく思いました。電車に乗る時は隠しながら乗るようになりました。

そして自分が病気ですとアピールして、面と向き合わされている感じも嫌でした。
病気を忘れてもっと前向きに生きるんだ!なんて安いプライドを掲げてポイと捨てたのです。

その後、娘からなぜ無くなったのかと聞かれて、気分が良くないから、くらいしか答えられませんでした。
すると
「歩いてても、マークがあれば許してもらえるのに」
「お友だちに聞かれたときに役に立つのに」
だからつけてくれとハッキリ言いませんが、とにかく付けて欲しそうなのです。
何度も何度も問いただされる娘の理屈に対し、私は何も答えられませんでした。

そこで、私もヘルプマークの認知度が低いなと思いますし、布教活動!くらいに思ってもう一度つけることにしました。
今は堂々とつけていますが、当時はそれでもおっかなびっくりでした。

しばらくして、娘のお習い事でママさんから
「それ、なんですか?」
と聞いてもらえました。
簡単に説明すると
「知らなかった!教えてくれてありがとう」と言ってくれました。大変に救われた気持ちになりました。

何をしたらいいんですか?と追加で聞かれて、
「怒らないでもらえたら。歩くの遅かったり、階段登るの休んだりしちゃうので、どうぞ追い抜いて欲しいです。こちらは必死で気づかないから、口では言えてないけど、ごめんなさいカードみたいな。そんな感じです。」
と言ったら、オッケーです!声かけるのはこちらも勇気入りますしね!みたいな反応でまたまた元気をもらいました。

娘も、信号や駅の階段で私がトボトボ歩いているのに、
「マークあるから大丈夫!ゆっくりでいいよ」なんて。しっかり者のお姉さんのように元気に発言してくれるようになりました。ヘルプマークを心の支えにしていたようです。

私の中では、決して「助けてください、私たちみじめなんで」というマークではないです。
こんな生き方の人もいるので、よろしくお願いします、マークだと思って、堂々とつけています!


女性よ、今こそ立ち上がる時!

2021-02-26 12:53:35 | 日記

と、勝手に息巻いております。

というのも、私のホットトピックとして、女性の生き方についてずっと考えてきたからです。

 

現在の日本において、女性というのは実に自分で意思決定をしにくい状況だと思います。

私自身、学生時代からそれは痛感してきたものの、全く変わる気配はありません。

働き方改革も、女性が働きやすく、というのとは何か少し違う気がするのです。

 

私自身ずっと思ってきたこと、そして娘にどのように教育を施すかを考える上で、女性というのはその時々の状況に合わせて判断をしていかなければならないということ、その柔軟性を身につけるべしということでありました。そのための勉学、健康、体力、精神的なしなやかさが必要かなと。

男性は、学生時代を終えて職業を得て、職業を続けるということに対し何の疑問もないかなと思います。

逆に、続けなければならないという大変さはあると思いますが。

一方の女性は、学生を終えて職業を得たとしても、結婚や出産によって、その働き方に変更を余儀なくされることも往々にしてあります。

そして、働き方も実に様々で、手に職がある人だとしても必ずしもフルタイムの正社員とは限りません。

そのほかにも、親の介護や家族の転勤、病気の看護、その他の事情、等々によって身の振り方を変えることは決してめずらしくありません。

 

これはとても大変なことだなあと思ってきました。選択肢が多すぎる上に、状況によって変化します。そして何より、何が正解かわからない。

私自身、一体何度決断を迫られたのだろうかと思いをめぐらせばめぐらせるほど、「女は度胸だ!」と今現在こんなことを口にしたら怒られそうですけれども(ジェンダー論的に)、何度も清水の舞台から飛び降りるような思いをしながら決断を続けてきました。

ですから、主人や父親と比べても、決断が早いし突拍子もないとか。

正直家族をびっくりさせるようなことも何回かあって、いまだにびくつかせているようです。

 

でも、みんな、慣れてきました。笑

むしろ、こうした決断と行動がないと、家族ごと転覆しちゃうかも、とすら思うんですね。私は。

もう、ついてこーい!みたいな 笑(病人だけど、偉そうに先頭に立って歩く時もあります笑)

 

要するに何が言いたいかと言いますと、女性は柳のように風に吹かれてふわふわ生きているんじゃない、と気づいたんです。

常に決断を続けて、判断を続けて、そして今がある。しなやかな生き様は結果論。

 

その才能や能力は、今の日本ではもはや男性より女性のが上ではないですかね?だって、そういう環境に置かれ続けましたから。お父さんが失職しました、じゃあ仕事探して、家引っ越して、学校転校してみんなで出直しだ!なんて、よく聞きますけれども、それを支えているのって奥さんだったりしますよね。

みんなその場で考えて行動し、生き抜く。その力は女性にこそ今備わっている。

 

コロナ、その後の生活、正直何が待っているのかの予測はつきません。

だから、何かが起きた時に考えて行動する、そういう時なのではないかと。その時に必要なのはアイデアと決断、そして行動に違いないと思うのです。文句を言っている時間もなければ、恐れている暇もないのです。

(ちっぽけな例えですみませんが、私は朝起きると自分の身に何が起こっているのかわからないです。すっきり起きられる時もありますが、痛みで全く動けないこともありますし、薬で何とかなりそうな時もあります。しかしその怖さを寝る前から感じていたら寝れないので、その場で考えるようにしています。家族も、朝ごはんは代わりに用意できるようにと準備してから寝ます。こういうルールに我が家がなったのももちろん家庭内で変えたルールで、行動です。家族も心の準備もしますが、いちいち恐怖には思っていません。)

だから、今こそ、女性が立ち上がって何かを考え、社会を動かす時がきたと思えてならないのです。

既定路線も、既存の社会の構造も、もうきっと耐えられない。

 

今こそ、考えてアイディアを出し合って、突き進む時!!さー!立ち上がろうではないですか!

(と、今日、ひどい背筋痛で起きることができず、家族に大迷惑をかけた私が布団の中で考えました 笑。さー、私も立ち上がれるか!?)


産後はそれこそミゼラブル

2021-02-25 10:22:28 | 日記

産後というのは、ものすごく大変だと思います。

何が大変って、生活の全部がひっくり返るくらいの大変さだと思います。

 

まずは出産で痛めつけられた体に鞭をうっての授乳。3時間おき。母乳とかミルクとかはどちらでも。睡眠時間が仮に細切れで足し合わせて6時間とかとっていても、それで足りる気がしません。寝たい時に眠れない苦痛は人生でそう味わうものではありませんから、なかなかしんどいですよね。

ちなみに私は今も夜中に痛みで起こされていますけれども、眠れない、起こされる、ということが自分の体の不調からくるものと、赤ちゃんのタイミングで起こされるのとは違う気がしています。やっぱり人のタイミングで起こされる方がしんどいかなあと。

 

こうしたお世話の大変さは言わずもがななのですが、何より大変なのは生活の変化かなと思います。

大人の生活だと、夜遅くまで起きているのは当たり前ですし、夕食の時間とか18時はいくらなんだって早い。残業とかして帰宅すれば一体何時になることやら。そのくせ朝は遅かったりして、5時に起きようものなら「漁にでも出るのかね?」とか「歳をとったものだ」とか、今考えれば大変失礼なことをサラリーマン時代は言っておりました。

ところが、子どもが生まれるとそうはいかない。外が明るくなれば赤ちゃんはピカッと起きちゃったりするわけで、親の方も夜も8時になればだんだん眠くなってくるのです。23時にご飯を食べていたあの頃は一体なんだったんだろうと思うのですが、最初の衝撃は半端ないわけです。こんな子どもっぽい生活なんていやだーみたいに。

今は人間の本当の生活はそもそも太陽があるうちが活動時間だよなあ、なんて思ったりして、今はむしろ大人の生活の方が異常に感じるくらいです。照明焚いて夜に活動し、朝日を遮って寝る、よく考えたらとても変です。

でも、そういう生活にすっかり慣れていたので、衝撃半端なかったです。

 

私の中で、最大の衝撃は「なんて無駄な時間が多いんだ」と思ったことでした。

赤ちゃんにミルクを飲ませ、おむつを替えて、よいよいとあやしながら寝る、文字にしたらたったこれだけのことが1時間とか2時間とかかけて行われるわけですね。それが3時間おきって、要するに1日5時間とか、子どもをよいよいと抱っこし続けるのです。それが毎日。休みなく。隙間時間で自分磨き、なんて啓蒙されていた私からしたら、なんとまあ無駄な時間なんでしょうと思ったのです。その無駄な時間を過ごすことが耐えられなくて、本当に辛く感じました。

寝かしつけはバウンサーに任せれば、とか、ベットに転がしておけば泣き疲れて寝る、とかいろんなことを聞いたし、言われたし、実践している人もできる人もいるのは知っています。

でも我が子はだめでした。電動で動くベットみたいなものがあるのですが、それは子どもがすやすや寝るので神さまみたいなベビーグッズだと言われ、勇んで購入していました。ところが我が子の場合には、全くの真逆。「こんなところに寝かせるんじゃないわよー」と言わんばかりにどんどん泣き声が大きくなっていくのです。「こりゃだめだ」と私も夫も母も大変にがっかりしました。無用の長物と化したお高いベットはオムツ替えのグッズおきになるという有様。

何よりがっかりしたのは、子育てにセオリーとか絶対というものがなくて、本当に人それぞれ、模索しなければならないということでした。初めてのことで戸惑いばっかりなのに、試してみてダメということがこんなにあるのか!という衝撃は結構ありました。

 

そして、こうした肉体的にも精神的にもドラスティックな変化をもたらされる「産後」。

これだけでも大変なのに、ここに看病をしなければならない「病人」が出現したらどうなるでしょうか。。

核家族の場合だと、家庭内の出来事だと

赤ちゃん-1、母親+1、父親外で仕事なので±0、となります。

これに加えて家事-1、という側面がありますから、ワンオペ育児だと無理が生じてしまいます。

 

ここで母親がマイナスになったらどうなるか。

ダブルの衝撃なんですよね。

あてにしていた戦力が失われるどころか、とんでもないお荷物になる。

もう、死んだ方がマシに違いないわけです。子どもを守るためには、自分がいなくなるべきなんです。

歪んだ思考に思うかもしれませんが、実際問題そうだから、仕方ないとも思うんです。

 

産後に母親が病気になるというのはそれだけの衝撃で、家庭にとっては崩壊する以外に方法がないレベルのダメージだと私は考えています。

これこそ地獄。

 

自殺する母親が後を絶たないわけのひとつに、こうした構造があると思います。

 

 

男性が育児休暇を取ればいいとか、お母さんをサポートすればいいとか、何か単純ではない何かが転がっているような気がしてなりません。

子育てしやすい社会って、何なんでしょうね。

朝日が登ったら起きて、夕日が沈んだらおやすみする、そんなところからはじめるのも大事なのかもしれませんね。


こんな小さな一粒の薬で

2021-02-23 07:31:00 | 病気

表現するのがとても難しいのですが、精神的に何かがおかしいという感覚は時々訪れていました。

例えば涙がこぼれて止まらなくなってしまったり、イライラする感情をおさえきれなかったり、ソワソワするような焦りを落ち着かせることができなかったりと、非常に困ることがおきました。

これらの現象は、実はどこかに別の自分がいて「おかしい」という警告を発してくれるのですけれども、どうにも感情が暴走して止まらないのです。感情失禁と呼んでいました。

 

そういう時は往々にしてステロイド切れを起こしていたり、痛みの程度がかなりのものになっていたり、とにかく体調が悪いことが多いので、何らかの薬を足すと落ち着くことが多いということが病気とお付き合いして何年かしてくるとわかってきました。

お薬を飲めばいいのです。

ステロイドか、痛み止めか。

 

でも、そうやって感情が暴走している時に何度も思い、衝撃を受け続けていることが

こんな小さな薬で私は私の性格まで変更できてしまうのか

ということです。

 

私という人間は一体どこにいるんだろうか。

こんな小さな薬で性格がまるで変わってしまう。

 

最近は慣れてきましたので。

些細なことでイライラして止まらない、という自分に遭遇した時には痛いのではないか、だるいのではないか、と問い正します。

最近は大体痛いことが多いのですが、確認のために痛むポイントを触ってみます。

激痛であることがほとんどですね。

それで薬を飲んだほうがいいのかもしれないとなるわけなんですけれども、それはそれとして、こうした感情を私は理性で抑えることができないのだという情けなさと悔しさと、やるせなさと、そして何よりも私を苦しめている肉体的な辛さから泣いてしまうことも往々にしてあります。

 

薬は大変にありがたいものです。

しかし、私が私でなくなるような、いや、そうではなくて私を取り戻すのに必要なものなのか、いずれにしても性格や感情が劇的に変化するというのは、とても怖くて、やるせない気持ちになります。

まあ、例えば陣痛でいてててと苦しんでる方が超冷静に突然仕事の話とかはじめたり、ご近所さんの様子を気にしたりし始めたらビックリするとは思うんですね笑。つまり痛くてギャーと私がなるのも正常な反応なのかもしれません。しかし陣痛は異常な空間で行われる非日常ですが、こちらは日常の生活の中で突拍子もなく普通に訪れるので、そこはなかなか。はい。



そして最たるものが精神科薬だと思います。

正直助かる側面ももちろんありますが、きつくもあります。

今まで、自分の考え方や意識を一生懸命に変えながら踏ん張ってきたのに、薬ひとつで全部パーな感じなんですね。

自分の努力はどこへ行ってしまうのでしょう。


薬や病状と心との、こんな闘いがあること、ちょっと知っていただけたら幸いです。


比較論

2021-02-22 21:44:00 | 

娘が幼稚園生の頃、よく

「他のお子さんとくらべないでください。ご自身のお子さんの良いところを見てあげてください。」

と言われていました。

そうだな、そうすべきだな、と思う一方で、やっぱり比べちゃうんだよなあと思ったり、その場でもすんなりとその言葉を受け入れることができなかったわけですけれども。

今は、むしろ、比較はすべきなのではないか?と思っています。

 

誰かと比べて「できない」とか「できる」という評価をすることはむしろ社会で生きる上でも必要なことだと思うのです。

そのできるかできないか、を「ダメ」と評価することが問題なのだと思います。

だって、得意分野ってなんだろう?って思ったら、社会全体を見渡して秀でていること、ですよね。得意分野をのばしてあげよう!なんて親心は、比較論の上にしか成り立ちません。

そして、「できない」という事実も、受け入れなければならないとも思います。

できないからダメな人間とか、落ちこぼれとか、そういう悪い評価につなげるのではなくて、そういう分野で活躍するのは控えようとか、そういう結論を導くためには大切な方法だと思います。劣っていることを把握するのは、生活する上で大きな支障がでなければ「控えよう」程度の評価でいいと思うんですね。冷静に自分自身を分析するために必要なことだと思います。

 

病気になって、私は今の自分を幸せにしてあげたいと思う一方で、比較はとても大切な考え方であると感じています。

昔と比べてできなくなったこと、がありすぎて、現実を受け止められないくらい打ちひしがれた時もあります。確かにダメな比較論の典型だとも思えます。

特に、パン屋さんでパートしてみたいなとか、そういう接客業とか肉体労働が「できなくなった」というのはさみしかったですし、ちょっとどうしていいかわからないときもありました。

でも現実はその通りなのですから。仕方ありません。

何か学校などで学習するにしても、テスト期間にテストを受けに行けないかもしれないというリスクを承知で始めなければいけないということもわかりました。

テストに行けない日があって、そういう不安があるとわかっていたくせに、悔しくて、その場では泣いてしまったことがありました。ちゃんと現実を受け止められていなかったのです。

テストの当日に体調が悪くてうけられずに留年、それが嫌ということで挫折するなら、そもそも挑戦してはいけないわけですね。健康な人とは違うけれど、かといって私が劣っているわけでもないのだから、時間がかかることを覚悟するだけです。何が劣っているかを知ることは何も自身のダメさ加減を知るだけでなく、必要な対処法を知ることに繋がる良いことだと思っています。

でも、テスト勉強はしたのに行けないとか、通常よりも時間がかかるということを受け入れるのは意外と容易くなく、そういう精神力も求められていることを知りました。

 

さて、本題として他の人と比べて例えば何が秀でているのか、と考えた時、これがまた見つからないので閉口しました。

自分ではわからないので、大体が他の人に指摘してもらったことを挑戦することにしています。

そのひとつが、まさにこのブログを書くことでした。

私のこの病気の経験が、他の人と違って面白いと。

そういうものか?と思いましたが、他の人と違えばそれだけで価値になるのかという発見のような面白さもあって、私は大変に勇気づけられました。

 

はっきり言ってこの病気の経験は「特異」なものであって「秀でている」わけでは全くありませんが、そんな経験から考え出される思考が少しでも「面白い!」と思ってもらえるなら、これほど励みになることはありません。

 

子育てにも、私の成長にもつながるなあと思った、他の人との比較。

何事も、あまり否定しすぎないことが肝要なだけかもしれませんけれども。

私はいい意味で利用して使っていきたいと思っています。