「バケツ戦争」とは一三二五年、かつてのイタリアの都市国家、モデナとボローニャの間に起きた戦争で約二千人が亡くなったと伝わる。「バケツ戦争」とは奇妙な名だが、モデナの兵士がボローニャの井戸からバケツを盗んだことが原因となり、戦争が始まったためである▼戦争とはほんのささいな理由でも始まることをそのバケツが教えてくれる。無論、それ以前からお互いへの不信や怒りがあったのだろう。それが積み重なった結果、取るに足らぬバケツでさえも戦争を引き起こす着火剤となる▼台湾問題などを巡って、対立を深める米中両国が昨日開いた首脳会談。米国としては偶発的な衝突を招かぬための「ガードレール」を置くのが目的という▼具体的な会談の成果は見えてこない。これを境に関係改善に一気に向かうとも思えぬが、両国の険悪な空気がこの会談によって少しでも和らぐことを期待したい▼バイデン大統領は会談の冒頭「米中首脳には紛争に向かわぬようにする責務がある」と述べた。その通りで核を保有する大国同士が万が一にも衝突すれば世界を大きく揺さぶることになる▼首脳会談を定期的に開催することだ。積み重ねるべきは相互不信ではなく、対話と理解である。たとえオンラインでもお互いに顔を合わせ、言葉を交わし続けていれば盗んだバケツが戦争を引き起こすようなことにはなるまい。
イチョウの色が緑から美しい黄色に変わりつつある。東京の日比谷公園に一風変わった名前のイチョウの木がある。「首かけイチョウ」という。小春日の陽(ひ)を受けた黄色の葉がまぶしい▼「首かけ」とは物騒だが、一九〇一年、この木を公園内に移植する際の話に由来する。もとは公園近くの日比谷交差点近くにあったが、道路拡張に伴い、伐採することになった。これに反対したのが「日本の公園の父」、本多静六。自分の首をかけてでも移植させると訴え、その名がついた▼気候変動問題を協議したCOP26は成果文書を取りまとめ、閉会した。地球という大きな木を守るための会議である▼焦点だった石炭火力発電をめぐる表現は段階的廃止から段階的削減に残念ながら後退した。温室効果ガスを多く排出する石炭火力を段階的に廃止したい欧州などに対し石炭への依存度がなお高い中国やインドが難色を示し、表現を弱めることで何とか折り合った▼後退した成果文書に対し不十分だとの声があがる。もっともだが、石炭火力を減らそうという方向性を国際社会が共有したことを前向きにとらえるしかないか。あのイチョウでいえば伐採ではなく、移植の方向だけはひとまず確認できたのである▼温暖化抑止は成果文書を踏まえた各国の対応にかかる。首をかけて、取り組んでほしい。地球という大木を枯らすわけにはいかぬ。