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今日の筆洗

2021年11月09日 | Weblog
スコットランドは湿地の多いところでこんな笑い話がある。力自慢の男が歩いていると「助けてくれ」という声が聞こえてきた。見れば立派な身なりの紳士が沼地に沈み込んでいる▼男はロープを投げ、紳士を引っ張るのだが、びくともしない。首まで沈み、これまでかという瞬間、紳士が言った。「しかたない。馬はあきらめよう」。分かりにくいか。紳士は馬にまたがったまま沈んでいた。馬を早くあきらめていれば自分で脱出できていただろう▼公明党が政府に求めている十八歳以下の子どもに一律十万円を給付する案にこの話を思い出した。コロナ禍の苦しい生活がある。物入りの子育て世代にはありがたい話だが、やはり、ひっかかるのは給付に所得制限のないことか。自力で脱出できたにもかかわらず、助けを求めていた紳士の顔がどうもちらついてしまう▼所得制限を設けず、さほど、お困りでもない富裕層にも同じ金額を給付することが果たして、理解されるかどうか。経済対策の側面もあろうが、当座のお金に困っていない家庭ではそのまま貯蓄に回りかねず、それでは経済効果も薄かろう▼子どもに限らず、まず、ロープを投げるべき相手はコロナという沼地に足を取られ、今もがき苦しんでいる人であろう▼ロープを投げ入れるべき場所、ロープの太さ(給付額)をよく議論したい。ロープの数は限られている。
 

 


今日の筆洗

2021年11月08日 | Weblog
江戸時代の看板にはシャレや謎かけめいたものが多かった。質屋さんならば、将棋の歩の駒を掲げたもの。店の中に入れば金となるということか。湯屋ならば弓矢の看板。「弓射る」で「湯入る」とはかなり苦しい▼今でもよく知られているのは焼きイモ屋さんの「十三里」と書いた看板だろう。「九里四里うまい十三里」。同じ秋の味覚のクリ(九里)より(四里)もうまいので足して十三里。江戸からサツマイモの名産地、埼玉県の川越まで、だいたい十三里(五十二キロ)だったのでそれにもひっかけているのだろう▼その味が恋しい季節だが、十三里好きには心配な話である。「サツマイモ基腐病」という病気が全国的に拡大しているそうだ。「モトグサレ」とは聞くだにおそろしい▼糸状菌というカビの一種が取りつき、イモそのものを腐敗させてしまうらしい。二〇一八年十一月に沖縄で初めて確認され、以降、国内最大産地の鹿児島などに拡大。今年は生産量二位の茨城や埼玉、岐阜、東京などでも見つかっている▼農家には大打撃で生産量の減少による価格上昇も心配である。焼きイモに限らずお菓子や焼酎にも使われるなど用途の多いサツマイモである▼やせた土地でも栽培でき、渡来以来、江戸期の飢饉(ききん)や戦争中の食糧難など日本の危機を幾度も救ってくれた。感染を阻止し、恩あるイモを今度はこちらが救わねば。
 

 


今日の筆洗

2021年11月07日 | Weblog

「人流」「路上飲み」「変異株」「黙食」。今年話題となった言葉を選ぶ新語・流行語大賞の候補が発表された。早いもので、今年もそんな時期になったか。肌寒いはずである▼候補となった三十の言葉をながめるとやはり新型コロナ関連のワードが目立っている。最近の新規感染者数は一時に比べて激減しており、胸をなでおろす一方で「変異株」などの言葉を見れば、感染拡大が続いていたころの緊張と不安がよみがえってくる▼大賞のトップテンは十二月一日に発表されるそうだが、一足早く、発表された英国のオックスフォード英語辞典が選んだ今年の言葉もまた、コロナ関連だった。「VAX」。わずか三文字だが、日本人には見慣れぬ言葉だろう▼VACCINE(ワクチン)のことだそうだ。「ワクチンを打つ」という意味の動詞としても使える。英語圏の新聞の見出しでも、最近はVACCINEよりVAXの方がよく使われる印象がある▼今年になってメディアやSNSなどによく登場するようになり、使用頻度は昨年の約七十倍だそうだ。ワクチンの是非や効果が口の端にのぼりやすい一年にあって、短く、言いやすい言葉が受けたのだろう▼英国をはじめ世界には新規感染者が再び増加している国がある。VAXの効果が薄れてきているという見方もある。くやしいことにその言葉の流行はなお続きそうである。


今日の筆洗

2021年11月06日 | Weblog
「噯」という漢字がある。ご存じの方は別にして、読み仮名がなければ、口へんに愛と書く字に「告白」や「ささやき」のようなものを思い浮かべてもおかしくなさそうだ。少々違う。「おくび」と読んで、意味は「げっぷ」である▼辞書によると、「愛」は心が切なく詰まり、足も進まないさまを表した字らしい。おなかに詰まった気体の放出につながりはなくもない。英国で開催されている国連気候変動枠組み条約の締約国会議(COP26)では、牛のおくびが話題になったようだ▼牛のげっぷにも含まれる温室効果ガス、メタンの削減を目指す国際的枠組みが始動した。日本も参加表明している。二〇三〇年までに、三割減らす目標に百カ国超が合意したという。会議の大きな成果になるかもしれない▼排出量は二酸化炭素ほどではないが、メタンには約二十五倍もの温室効果があるとされる。発生源の化石燃料などとともに、牛のげっぷの影響も無視できないと指摘されてきた。今後、メタンを抑えるえさなどの開発が進みそうである。口からの気体が、地球に愛してもらえるようになる日が来るかもしれない▼中国などは合意への参加を見送っているそうで、例によってそろわない足並みに、うらみも残った▼噯は「あい」と読んで悲哀の言葉でもあるらしい。危機を避けるために、悲観はおくびにも出さないほうがいいか。
 

 


今日の筆洗

2021年11月05日 | Weblog
「ワンコイン・ベア」という言葉を見たのは、二十年ほど前の春闘であった。デフレ不況下で、「わずか五百円玉一枚分」に終わった賃上げの苦みを伝えた表現である▼今もよく聞く「ワンコイン」は和製英語という。硬貨一枚の価値は国や通貨で違っているから、英語圏にあったにせよ、輸出入が困難な種類の言葉であろう。日本の五百円玉は世界有数の高額硬貨らしい。ベアでは少額の例えだったが、昼食どきには一枚の重みはなかなかのものだ▼新たな五百円硬貨の発行が今月から始まった。偽造防止のため、複数の金属が組み合わされている。画像で見ると、二色の輝きは、ユーロなどの硬貨を思わせて新しく、高級な雰囲気もありそうだ。お釣りにはまだ入っていないが、手にするときが少々楽しみである▼岩倉具視の五百円札の後継として、銀色の初代五百円硬貨が登場したのが一九八二年だった。ハンバーガーや牛丼などが、この一枚でまかなえるのは当時も今も同じである。外食などの分野で「五百円玉一枚分」は大きくは変わっていないらしい▼変わらぬ重みはありがたいのかもしれないが、物価だけでなくベアも低空飛行だったわが国である。長く続く日本独特のデフレ傾向を物語り、経済が細っていることも一枚の重みは手のひらに伝えよう▼見た目だけでなく、新たな重みを持つときを待ちたいワンコインだ。
 

 


今日の筆洗

2021年11月04日 | Weblog
昔の人もそこに血の色を見たらしい。奈良時代に紀伊国の夏の海で発生した赤潮が、歴史書『続日本紀』に残されている。「海水変(うしおかわ)りて血の如(ごと)し」。異常は五日で戻ったとある。突然水の色が変わり、時に魚が大量死する。プランクトンが原因と知られていないころには、いっそう恐ろしい天変地異だったはずである▼旧約聖書の出エジプト記には、ナイルの水が血に変わり、魚が死んで水が飲めなくなる話がある。赤潮の脅威がえがかれているとも考えられるそうだ▼真っ赤ではなく、褐色がかっている海の映像だが、流れる血や漁業者の血の涙を想像してしまう。北海道の太平洋沿岸で報告されている赤潮である。被害はひと月が過ぎても収まらず拡大している▼ウニやサケなどが大量死し、漁業被害の額は七十億円を超えた。さらに長期化し、わが国では過去最悪の赤潮被害になるおそれがあるという▼夏に起きる印象のある現象は、俳句の世界においても夏の季語だ。<赤潮や日闌(た)けし靄(もや)のなほ流れ>木村蕪城。日差しが闌(たけなわ)のころに起きそうなのに、この時期の北海道の海に起きた。低水温に耐えるプランクトンが確認されたという。これまでにない類の赤潮被害らしいと聞くと、また例の気象の異常を疑いたくなる▼南の海での軽石の漂流も、初めて見る光景だ。海水に起きている天変地異が早く去れと願うばかりである。
 

 


今日の筆洗

2021年11月02日 | Weblog
作家の向田邦子さんは初めて預金通帳を作った日、同じ電車に乗り合わせた見知らぬ人たちの顔を見てはこんな空想をしていたそうだ。「あの人はいくら預金を持っているかしら」▼思い当たる人もいるか。さすがに預金額までは思わないが、車内でたまたま目の合った人の人生や生活をふと想像するようなことはある。そして、この人にも親や子がいて、やはり良いことばかりとはいえぬ生活を大切に送っているのだと思えば見知らぬ人にも少し優しい気持ちが生まれもする▼刃物を振るう前に車内の人たちの家族や暮らしへの想像は一切、働かなかったのだろう。日曜の夜、東京都調布市内を走行中の京王線車内で男が刃物で乗客に切りつけた事件である▼一人が重体となっている。逃げ惑う人々や車内に火の手が上がる映像に震え上がる。走行中では逃げ場もない。居合わせた人はどれほど怖かったか▼男は映画「ジョーカー」を思わせる服装をしていた。仕事がうまくいかず、事件を起こして死刑になりたかったと供述しているとも聞く。不幸な環境によって冷酷な悪党になっていく映画に自分を重ねたつもりか。一切、同情できない。どんな事情があろうとも誰かを傷つけてよい理由など断じてない▼八月、小田急線でも似た事件があった。電車に乗り合わせた人を見て、胸底の悪意まで想像しなければならぬ時代にうめく。
 

 


今日の筆洗

2021年11月01日 | Weblog
「公然の秘密」「やさしい悪魔」「小さな巨人」「残酷な助言」「サウンド・オブ・サイレンス(静寂という音)」。大切な総選挙の翌日のコラムに何を書いているのかと叱られそうだが、並べた言葉には共通点がある▼いずれも撞着(どうちゃく)語法という修辞法の一種で普通なら撞着(矛盾)する二つの言葉を合わせて表現する方法である。本来やさしくない悪魔をやさしいと表現すれば読み手の印象にも残るし、複雑な状況も説明しやすいか▼「胸張れない政権維持」「ビタースイート」。今回の総選挙。こんな撞着語法を自民党に使いたくなる▼なるほど単独で過半数確保したのだから自民党としては「勝った」と言いたかろう。が、選挙前議席からは後退し、大物議員の苦戦も目立つ。およそ自慢できる結果ではなく、ビター(苦味)とスイート(甘さ)の比率でいえば、苦味七・甘さ三、あるいは八・二である▼有権者の中に撞着語法があったのだろう。コロナ禍で政権交代という大きな変化には慎重。けれども自民党のこれまでのやり方も許せない。求めたのは「謙虚な自民党」「弱者にやさしい自民党」という切実な撞着語法だったにちがいない▼撞着語法の皮肉な例として「誠実な政治家」というのがあったが、自民党は選挙結果を誠実に受け止め、変わらなければなるまい。「変わる自民党」。これも撞着語法かもしれないが。