へそ曲がり人間の退屈な日々

独断と偏見で好き勝手に気が付いた事や言いたい事を綴る気ままな日記。

知る権利?知りたくない権利?

2013-10-20 | 日記
今の社会は情報が溢れている。

しかし本当に必要な情報はどうやって知る?

知りたいことと必要なことが同じとは限らない。

だいたいテレビや新聞などのニュースは

殆どが発生した結果だけを要約して知らせるだけである。

しかも悲惨さや残酷さは決して見せないようにしている。

だから当然その対応にどんな対応がされたかも不明である。

交通事故でも何人死亡、何人重軽傷だけである。

リアルに知っているのは当事者だけ。

第三者は精々誰かの体験談を聞くだけに過ぎない。

その上メディアでは言葉さえ自主規制され真実の声は聞けない。

だから紛争地域の悲惨さや犯罪者の現実は

所詮異次元の出来事としか感じないのだろう。

同じ地球上の同じ時代に存在しているのだが。

原発ゼロとか核廃絶とか叫ぶだけなら誰でも出来るが

本当に実行する方法は誰も知らないし出来ない。

核廃棄物の捨て場所が無いから核を無くせと言うのは

どう考えても無責任だし矛盾している。

何故なら無くせる物ならとっくに廃絶出来ている。

知りたくない事は見たくないというだけでしかない。

どうやって処理するかを真剣に考える事こそが

本当の解決になることの筈だが

肝心の事は所詮他人任せにしているだけなのだ。