人生の階段ー日々の詩に託してー

ある老婆の日々ーー

明け渡す

2015年06月08日 | 日記
突然

気がつきました

息子と彼女との

ほんの十日ほどの

「同居」も

実は大変

なんだと。

その一番の原因は

「食」にありました。

料理上手な彼女のために

私が昼ご飯を

作るなんて

そして

ライフサイクルが真逆の

老婆と彼ら

「食」が一番の

関門だったと

ようやく気がついて

これからは

老婆は自分だけの

食事メニューと献立てで

過ごしたいと

つまり「食の分離」が

大切なんだと

ようやく気がついた

のでした。

それでも

「同居」は・・・・

息子が二人の間にはさまって

「気を使う」のがかわいそう

なんて

思うのはいけませんか。

ああ、やっぱり

老婆は

家ごと

庭の畑も

「明け渡そう」と

決めはしたけれど

寂しいのは

正直言って

ほんとです。


女偏の漢字

2015年06月07日 | 日記
若いとき

女偏の漢字に

やたら

反抗してました。

ろくな漢字が

ないのですから。

女の方が悪くて

「妨げる」

女が三人で

「姦しい」ーー

もっともほんとだから・・・

女を男が両側から挟んで

「嬲る」・・・

「妄」想を抱くのも

「女」ですか。

ほかにもいっぱいあるけれど

若いとき

一番嫌ってたーー

おやおや「嫌い」も女だ・・・

二つの漢字に

今、老婆はーーおやおや

ーー「婆」さんは、女に皺が「波」だってますねーー

復讐されてます、

つまり「嫁」と「姑」に・・・








スベリヒユ

2015年06月06日 | グルメ
日本は

とても豊かな国・・・

てはありません

から。

いずれ

敗戦前後のあの頃の

ような

飢えに苦しむ

日々がくる・・・



老婆は憂うる

のでした。

そしてあのころ

夏になると

墓場や野辺に行き

スベリヒユをバケツいっぱい

摘んで帰って

それが晩ご飯に

ざくざく出た

あの食卓を

思い出します。

おひたしや

汁物や

ご飯に混ぜたり

あ、米ツプはほんの少し

あとは

さまざまな

野草だの

木の実だのが

お茶碗にあふれて

いたのです。

でも

食卓には

母の笑い声や

姉妹の歌声

ときにけんかも

あったけど

食卓は

なぜか

今より

健康だったような

気がします。

清里は清い里・・・

2015年06月05日 | 旅行
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老婆はそのむかし


長野県は小海線という

鉄道では日本一

高い所を走るという

列車に乗って

旅をしました。

途中に清里という

駅があって

見渡す限り

高原で

白樺が点々

人家はまったく見えず

かなたに

清泉寮だけが

ぽつんと

見えていた

のでした。

あれから半世紀

清里は

見るもおぞましい

駅になりました。

キャンディの箱を

ひっくり返したような

浅薄な建物が

ゴミのように

並んでいて

ほとんど

うすっぺらな廃墟なので

古民家が滅びていくような

「滅びの美」はまったくなくて

ただただ

うっとうしい悲哀ばかり

ウソ寒い

高原の風さえも

清らかな香りを失い

清里は

その名に背いて

哀れにも

高原列車の

汚点と

成り果てていたのでした。



国家の崩壊

2015年06月04日 | 日記
ある国は

もはや

国家とも言えない

国になってしまった

ようです。

崩壊した国家と

言うのだそうです。

老婆が最近読んだ本は

明治天皇すりかえ

を論破できないくらい

緻密に論じたものでした。

老婆の読後感は・・・

すりかえでも全然

かまいません

今、「日本」という「国家」が

たとえアメリカの

植民地と言われようとも

だれも難民となって

海を漂っているのでもなく

どんなに日本人が反日デモやっても

ちゃんと警察が

警護してくれるような

安定した国であるのは

「天皇制」があって

どんなに売国の政治家

ーたとえばOやHのようなー

がのさばったとしても

やっぱり日本は日本である

ような

安定感があるのは

神格化されず

けれども

ある意味

超越的な国家の「象徴」が

存在するから

だと思ったのでした。

だから

象徴はシンボルですから

政治に関わらずに

いてほしい。

老婆の先は長くないけれど

密かに

願ったのでした。

それは男系であれ

女系であれ

象徴であればいいのだと。