昨日10月15日。例年通り、神山町の御本社において秋祭の方、滞りなくご奉仕申し上げました。
いつもこの秋祭の時は気候が清々しく、一年で最も気持ちの良い時期であり、大神さまにも秋の大御饌を気持よく聞こし食された事と思うところです。
さて本年は、いつもお正月、とんど祭の折には無償でお手伝いを下さる氏子の方から、氏神さまである綱敷天神社の大神さまへ、無事に古希を迎えられた事への感謝の気持ちにと、この秋祭に御剣を一振ご奉納頂く事になり、秋祭と併せて奉納奉告祭も執り行わせて頂きました。
ご奉納頂いた剣は直刀で、神代の剣のような雰囲気をもち、実に大神さまの御剣として相応しい素晴らしいものでした。 御神前に捧げられる御剣は戦うものではなく、護るものといわれ、大神さまの御稜威が強くなる事で、氏地に邪なるものが近寄らなくなるともいわれます。いわば神さまの守り刀といえるのかもしれません。
今こうした厳しい時代の中、モノというよりも、「神さまへの日々の感謝」という心を篤くお捧げ下さる事が、神社を守る私どもにしても何よりも嬉しく、崇敬家の方の名前と共に、永く御神宝として伝えてまいりたい思いです。
いつもこの秋祭の時は気候が清々しく、一年で最も気持ちの良い時期であり、大神さまにも秋の大御饌を気持よく聞こし食された事と思うところです。
さて本年は、いつもお正月、とんど祭の折には無償でお手伝いを下さる氏子の方から、氏神さまである綱敷天神社の大神さまへ、無事に古希を迎えられた事への感謝の気持ちにと、この秋祭に御剣を一振ご奉納頂く事になり、秋祭と併せて奉納奉告祭も執り行わせて頂きました。
ご奉納頂いた剣は直刀で、神代の剣のような雰囲気をもち、実に大神さまの御剣として相応しい素晴らしいものでした。 御神前に捧げられる御剣は戦うものではなく、護るものといわれ、大神さまの御稜威が強くなる事で、氏地に邪なるものが近寄らなくなるともいわれます。いわば神さまの守り刀といえるのかもしれません。
今こうした厳しい時代の中、モノというよりも、「神さまへの日々の感謝」という心を篤くお捧げ下さる事が、神社を守る私どもにしても何よりも嬉しく、崇敬家の方の名前と共に、永く御神宝として伝えてまいりたい思いです。